暗殺教室



『第29話より
転校生の時間・二時間目』


本日は転入生が来ると烏間惟臣先生から連絡が来ていた。

僕としては転入生が来るのだから遅刻は避けようと早めに家を出たのだが、現在時刻8時45分。 現在地点は漸く校舎が見えてきた坂である。

傘をさす右手に持ったビニール袋の中には授業で使った後に殺せんせーが大層お気に召した甘い菓子類が入っており、左手の中には封の開いたコーヒー牛乳の紙パックが収まっていた。

3パック目のコーヒー牛乳に口をつける。

漸く坂を登りきり、傘を畳み水気を払った。

老化が激しく、軋み所々木の剥がれた廊下の校舎を進み教室へとついた。

がらりと歪み少々立て付けの悪い扉を開ける。

白装束を着た人影が視界に入った。

白装束とは文献や資料で見るのと実際見るのとではなにか違和感を感じるものなんだね。

普通に白装束なんて表現は面白味がないから白い人影で突き通そうじゃないか。

「……」

扉を開けたことで視線が僕へと向けられた。

『僕はもしかしなくとも空気をぶち壊してしまったようだね。空気を壊すのはあの子の専売特許のはずだったのに僕は何をしでかしてしまったんだろう。それにしてもあの教室の壊れた壁はなんなのかな?僕の席に木片が飛び散っているね。到頭取り壊しが決まったのかと思ってしまった。
ああ、今日遅れたのはコーヒー牛乳が入荷していなくて探し回ったからなんだ。何時もの事ながら此処等一帯のコンビニエンスストアを巡りに巡ったんだよね。どうしてコーヒー牛乳だけ別に運ぶんだろう。僕は今ならこの議題について論文を書けそうなほど興味も疑念を持っている。
まぁ、いつもながら話が無駄に脱線してしまった上に長くなってしまったんだけど誰か今の状況を説明してくれる人はいないかな?遅刻したのも僕で把握できていないのは完璧に僕の落ち度なのはわかっている。けれどどういった経緯で後ろの壁が一部崩落しているのか知りたいな』

喋り終わり、クラス内を窺うように目を向ければ普段と違っているのは壊された壁と白い人影の人物。そして殺せんせーの前に立つノースリーブの上着を着ている羊羮を包装紙ごと口に運んでいる見たことのない男子。

「………」

よく見れば表情を硬直させている殺せんせーも包装紙と一緒に羊羮を食べていたようで似たような状態の羊羮が手に持たれていた。

羊羮は包装紙ごと食べれたんだね

「清水…空気…」

『うん、そのようだね。僕も5分程早く来るか遅く来るかするべきだったようだと考えていたところだよ。すまないね』

廊下側、最前列に座る木村正義の声に反応してからまだ残っているコーヒー牛乳を補給するためにストローへ口をつけた。

この空気はどうしたものか

「……それ」

むしゃりむしゃりと包装紙ごと羊羮を咀嚼していた恐らく転入生の彼は僕の手元を見つめる。

代名詞だけとは参ったね

『…君の言う“それ”とは僕の持つコーヒー牛乳のことで合っているのかな?』

「そう、それであっている。それは甘いか」

『さぁ、どうだろうね。人の味覚の感じかたは多少の差異があるものだから。けれどきっと統計的には甘いんじゃないかな。現に僕もそう感じている。
君が気にしなければなんて無理な話だが僕が口をつけてしまったあとでとても悪いけど良かったら飲んでみるかい?』

初対面の相手が口をつけたものなんて僕も嫌だからね。これは一種の社交辞令のようなものだ。

笑んで見せれば彼は三歩進み僕の手首を掴み、コーヒー牛乳にさしてあるストローへ口づけた。

僕からしてみれば新鮮や動揺を通り越してカルチャーショックの域だ。

ストローで少ない液体と空気が吸い上げられパックに反響する雑音にコーヒー牛乳がなくなったことに気付いた。

「清水くんがコーヒー牛乳を他人にあげただなんて…」

殺せんせーの呟きに一体僕はどんな印象を持たれているのかが気になったが掴まれた手首が動かされたことで思考は遮られてしまった。

『殺せんせー、僕はコーヒー牛乳を独占したつもりはありませんよ。そこまで心が狭いという表現は的確ではないですけど、心が狭いつもりはないです。よろしければ殺せんせーにも差し上げますし
そうだね…僕は君の名前もまだ知らない上に好みも知らないからよくはわからないけれど、四分の一程残っていたコーヒー牛乳を一気に飲み干してしまうくらいには気に入ってもらえたと考えていいのかな?』

全てを目の前の彼だけに伝えたい訳ではないけど、合った目線を逸らさずに口を開いた。

「清水がコーヒー牛乳わけた…」

何故か驚愕混じりの磯貝悠馬の言葉にやはり僕はコーヒー牛乳に対しとてつもない執着心の持ち主だと思われているようだ。

目の端で白いものが動いたのを捉え視線を向ければ白装束を纏った人は先程から僕の手首を掴んでいるままの彼の肩に右手を置きおそらく笑った。

「君はとても面白いですね、この子は転校生の堀部イトナ、私は保護者のシロ、イトナのことは気軽に名前で呼んであげてくださいね」

『…これはご丁寧に態々ありがとうございます。』

保護者同伴だなんて過保護なのだろうか

「清水くんおはよー、座んないのー」

更にこの空気を壊すように赤羽業の声が聞こえてきた。

僕も座りたいのだが手首を掴む手が離れない

僕には関節外しなんて高等な芸当はできないから堀部イトナに手を離してもらわなければ座れないんだよ





僕の座席は右に赤羽業、左が空席、前は奥田まなみである。

僕は男子で、順当でいうならばこの座列は女子だ。
だがクラス替えの際に、少々不備と策略があったようで僕の座席はここに決まった。

僕としては隣に誰もいないよりは誰かがいたほうがなにかと都合がよいと考えついるため僕の席は替えることなくここである。

右側に赤羽業がいることや左側が空席であることはもう慣れきっていたのだけど、今回転入してきた堀部イトナはどうやら僕の左隣のようだ。

「先生の弟なんだってさ」

そう伝えてくれた赤羽業の表情はつまらなそうにもとれるが、状況を楽しんでいるかのように口調は弾んでいた。

弟…か

「甘党なところまでそっくりですね…」

教卓で駄菓子をたしなむ殺せんせーと自席、机の上に大量の菓子を積み重ね駄菓子を貪る堀部イトナを見比べる生徒たち。

金銭面の違いからか菓子類の量は目にみて差がある。

ビニール袋を片手に椅子から立ち上がり、殺せんせーの前に立つ。

袋ごと中身を献上すれば殺せんせーは中身に気付き恐らく瞳を輝かせた。

「こ、これは…ッ」

『はい。そうですよ。先日の理科の授業で使ったものと同じものです。殺せんせーがお気に召していたのを思いだしてコーヒー牛乳を探している道中で買ってきたんです。見つけて二箱買ったはいいんですけど僕一人では食べきれそうにないから御裾分けでもしようかと、いかがですか?』

「清水くん…っ!」

ぷにょぷにょと触れられると不思議な感覚のする触手の一本で僕の頭を撫で二本を使い流れだした涙を拭っていた。

給料日前できつかったんです…っ!

彼は地球を滅ぼす危険人物と言われる割には所帯染みており僕たちと差異のない人間らしさを感じさせる。

「清水俺にもちょーだい」

『うん、もう一箱あるから僕は構わないよ。』

席に戻ると菅谷創介が椅子を反転させ座り笑いかけてくる。

「清水くんいちごチョコと交換しよー」

『君はいちご味のもの全般が好きなのかな赤羽業。てっきりイチゴオレが好きだとだけ聞いていたからそう思っていたけど認識を改めることにするよ』

所謂物々交換を千葉龍之介や奥田まなみといった近い席の生徒たちから始まり着実にそのお菓子をクラスメイトたちに配る。
気付けば僕の持っているビニール袋には中身がなくなり軽くなるどころか交換したもので最初よりも重みを増していた。

配っていた菓子の箱の中身を見れば残り2つで包装紙で小分けにされているそれを取りだし左側の席の机の角を叩いた。

最初のお菓子の山は半分以下にまで減り包んでいた包装紙の山が無くなった分つまれている。

『突然話しかけてすまないね。残りが2つだけな上に声をかけるのが最後になってしまいとても申し訳ないんだけど君もよかったら食べるかい?』

潮田渚にも負けず劣らずの大きな瞳で僕を真っ直ぐ見据えた堀部イトナは、一度僕から視線を外し机上に積まれ中身の入ったお菓子を選別するかのように全て違う種類の包装を10個とり僕に全て渡してきた。

「それ、全部おいしいやつ。俺のお気に入りだから」

そういえば潮田渚のとっている殺せんせーの弱点の中に苺は最後派なんていうものがあったね。

彼も殺せんせーと同じような嗜好をしているのならば終盤まで取っておかれていたこれらの菓子類はきっと相当気に入っているものだろう

『こんなにもらってしまっていいのかい?僕の手持ちは2つなんだけど、世の中等価交換が主であるはずなのに君は面白いね。
けれと、もしもこれが感謝の意を表していたとしても、本当にもらってもいいのかな?』

「会ったときに甘くてうまいものをもらったし、俺はお前に興味を持った。現時点で俺を抜けばこのクラス内で一番強いのはおそらく赤羽だが技量や素質ならお前も劣っていない。その差は、お前に闘争心や競争心といったものがないからだ。持てば一番になるのも訳がない力量もあるのに」

これは誉められているのだろうか

後ろから赤羽業の鋭い視線や杉野友人の感嘆の声があがっている。

それにしても僕に闘争心がないだなんて、随分とストレートに確実に言いえてきたね

もらったお菓子を落とさないように気を配りながら2つの小袋を彼の手のひらに置いた。

『…そうかい、僕のような個性のない人間に興味をもってくれたようで嬉しいよ。コーヒー牛乳も気に入ってもらえたようだし。何と無くで不確定要素ばかりだが僕は君と良い交友関係を築いていけそうだ。
聞けば君は放課後に一対一で殺せんせーと決闘するようじゃないか。生憎僕は本校舎から呼び出しを受けてしまっているからその対決を見ることはでないけど、頑張ってね』

「えー、清水くんまた呼ばれてんのー?」

堀部イトナが口を開くよりも早く不満そうな赤羽業の声が耳に届いた。

思考がまとまらなかったのか横槍がはいったと感じたのか、堀部イトナは首を傾げてから視線を前へと戻したために僕は赤羽業に向き合う。

『先程連絡がはいってしまったんだ。時期から考えて今度に行われる球技大会の話だろう。どうして僕が毎回呼ばれるのか意味がわからないけどいかないといけないんだよね。資料作りどころか意見を聞いてくるわけでもない、何がしたいのかな。今日は短い時間で終わると願っているよ』

「なーんだ、一緒にジェラート食べいこうって思ってたのになー」

『うん、僕もできれば君といきたかったね』

赤羽業と話していれば教室内が少々ざわつき、視線を集めている殺せんせーと堀部イトナに目を向ければ同一のグラビア雑誌を読んでいた。

巨乳好きということで同雑誌を持つ岡島大河も騒ぎ始めていて潮田渚と茅野カエデが冷めた目で見つめている。

やっぱり兄弟というのは似ているものなんだね



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