ヒロアカ 第一部


出てきた欠伸に大きく口を開けて伸びる。目を開けたばかりなのに眠いなんて本当に寝不足はよくない。

目元を擦りながら布団から出て息を吐きながら立ち上がる。もう一度出てきた欠伸を今度は隠すように俯いて、首を回しながら部屋を出る。

水回りで支度を終えてキッチンで朝ご飯を作る。朝から訓練に出かけるのは俺だけで、母と出久はまだ眠ってる時間だ。

作りながらおかずをつまんで、あとは全部ラップしておく。二人とも起きたら食べるだろう。

適当に握った米を持って家を出れば夏らしい強い日差しと熱風に包まれる。息を吐いて、おにぎりを食べながら歩きはじめた。

昨日の終了時の話では今日はまた体力トレーニングで、後半は人使の捕縛帯から逃げ回ることになるはずだ。

食べ終わったおにぎりを入れていたラップを畳んで鞄横のポケットに入れる。軽い鞄に目を瞬いて中身を確認すればいつも持ってきてるマグがなく、寝ぼけてたせいで忘れてきたらしい。

朝から弛んでるなぁと電車に乗り、雄英の最寄り駅、改札口を出てすぐのコンビニでお茶を買って学校に向かう。

照りつける陽に今日の訓練はきつくなりそうと思いながら垂れてきた汗を拭って、早足で門をくぐった。

ちらりと見た時計はいつもと同じ時間でもう人使は来てるだろう。

荷物を置いたら訓練場で準備体操かなと流れを思い出しながら控室に入る。見えた紫色の髪に手を上げた。

『おはよ』

「ああ、おはよう」

口元にマスク。それから首に捕縛帯を巻いてるところだった人使は顔を上げて目を合わせるとまた手を動かし始める。

俺も着替えだけ置いて、出てきた欠伸を抑え込んでから飲み物とタオルを持って立ち上がれば隣に並んだ人使が目を瞬いた。

「珍しい。今日ペットボトルなんだな」

『飲み物忘れてきたから代用品』

「…水分補給しっかりしろよ?」

『うん、もちろん』

また出てきた欠伸に人使が首を傾げる。

「寝不足か?」

『んー。そんなかんじ』

軽く話しながら訓練場に着く。いつものように体を軽く解して、鬼ごっこを始めた。




二人で準備体操の鬼ごっこを終えて垂れてきた汗を拭う。いつの間にか現れてた先生に挨拶をして、それから水分補給をして、肌に触れる熱気に首を傾げた。

「暑くないか?」

『あー、たしかに』

横の出留も軽く水分補給して頷き、タオルで汗を拭う。あの出留が準備体操で汗をかいてる時点で室内の空調がおかしいのはわかりきっていて先生を見れば渋い表情で返された。

「空調の不具合らしい。電源がこまめに切れるせいで外の空気が入り込んでる。午後には修理されるらしいが…部屋を変えるか?」

「平気です」

『俺も大丈夫です』

「わかった。無理はしないように」

見上げた時計によればあと二時間ちょっとで改善されるらしいし、堪えられないほどの暑さでもない。外の空気が入っていて少し普段より暑いとはいえ空気は循環してるのかこもってないし困ることはないだろう。

出留もあっさりと頷いて先生も肯定したから、普段よりも飲み物を多めに取るよう気をつけることにして、かけられた集合の声、その後説明された流れの通り訓練に打ち込む。

筋トレ、捕縛帯の操縦。捕縛帯を扱うときだけ出留とは別行動で、今日はどうやら用意してあったロボと戦ってるらしい。

バキバキと壊してるような音が聞こえていて、相変わらず先を行ってる姿に気合を入れ直して腕を振るう。

何時間経ったのか、かけられた声に顔を上げた。

「心操、十分休憩を取れ」

「は、はい」

室内が暑いせいでいつもより汗が流れる。息を吐いて飲み物に口をつけて、タオルを首にかけた。

「緑谷」

向こう側でロボットと戦う出留に声をかけ行った先生はなにか会話してたと思うと出留は頷いて、シャツで汗を拭うと足を一瞬気にするように視線を落としてじっと先生を見据える。

先生が首元の捕縛帯を掴んで、まさかと目を見開いたところで鬼ごっこが始まった。

先生が正確に、素早く捕縛帯を投げて出留はそれをすれすれで避けていく。床を蹴り、壁を蹴り、右へ左へあちこちに逃げる出留に先生は目を細めて次々と捕縛帯を操り逃げ道を狭めて追い詰める。

「どうした。反撃は許可してるぞ」

『っ、はーい』

眉根を寄せた出留に違和感を覚えたもののすぐに口角を上げ床を蹴ったことで疑問が飛んでいく。

一直線に突っ込んでいく出留に先生はもちろん捕縛帯を振って、触れる直前で床を蹴った出留は飛び跳ねて右の足を振り下ろす。全体重をかけられた足を先生は腕で受け止めようとして、すぐさま膝を折り腰を落として隙間を作るなり後ろに引いた。

出留も床にたどり着く前に踵の向きを変えて床につけた右足を軸に今度は左足を真横に振りぬく。右腕でガードした先生が眉根を寄せて左手を伸ばしたところで出留も腕を伸ばして先生の左腕に右腕を上から乗せて、腕に力を込めたと思った瞬間、ふわりと飛び上がった。

「え」

先生を支柱にして先生の真上に逆立ちするようにした出留は先生の肩と捕縛帯を踏むように左手を置いて勢い良く足を振って、先生の背に回る。引っ張られた捕縛帯と掴まれてた左腕に先生が体制を崩しかけたところで出留が手を離して屈み、後ろから足払いをかけた。

後ろに仰け反らせてからの足払いのコンボに先生はすぐさま捕縛帯を振って天井の柱に巻きつけると強く引いて飛び上がった。

数m上がったところで捕縛帯を解いて、少し離れたところに降りる先生。立ち上がった出留は苦笑いを浮かべた。

『あー、やっぱ簡単にはいかないかぁ』

「お前動けるなら最初からそれぐらいやれ。今後の訓練はもっと難易度を上げる」

『まじっすかー』

へらへらと笑った出留に先生が息を吐いて、もう鬼ごっこは終わりなのか捕縛帯を首元に巻き直した先生と出留がこちらに戻ってくる。

隣に座った出留は飲み物を取ると視線に気づいてかこちらを見て、なぜか笑った。

『なぁに、その顔?』

「出留!すごいな!!」

『ん?急にどうした?』

「さっきの!さっき飛び上がったのどうやったんだ!?」

『どこの話?』

「先生に蹴り入れようとして止められただろ?あの後先生の腕を掴んだと思ったら急にふわって!」

『あー、こう、先生に触れてた腕と足に力入れて、残ってる足で床蹴ると浮く』

「それで浮くのか!?」

「普通は浮かんだろうな」

『勝己もできますよ?』

「どんな訓練してるんだ」

先生が息を吐いて首を横に振る。出留は誤魔化すみたいに笑うとペットボトルに口をつけて、半分くらい減らすとキャップを閉めた。

「緑谷は休憩だ。心操、もう行けるな」

「はい!」

『あ、はーい』

首からタオルを外して、立ち上がった俺の代わりに出留が座る。

息を吐いてる出留の姿にどうしてかまた違和感を覚える。眉根を寄せるより早く、いってらっしゃいと手を振られたから頷いて先生に近寄った。

今度は俺が同じように鬼ごっこをするらしく、先生の投げる捕縛帯から逃げながら俺も捕縛帯や身体を使って反撃して、十数回目で先生の捕縛帯に腕が取られた。

「動きはよくなってる。ただ瞬発力に欠けているから今後はとっさの判断に体がついていけるよう訓練を行っていくぞ」

「は、はい!ありがとうございました!」

流れてきた汗をジャージで拭って、水分補給してこいの声に出留の元に駆ける。さっきとまったく同じ場所に座ってる出留は頭を押さえていて、眉根を寄せた。

「出留、大丈夫か?」

『あー、うん、平気』

額のあたりを押さえてたらしく右手を外す。上がった顔は笑みを浮かべていて、また違和感を覚える。なにかがおかしい。

「体調悪いのか?」

『んーん、ちょっと寝不足なだけ』

「………先生に言ってこようか?」

『大丈夫。迷惑かけてごめんな』

「迷惑じゃないけど…水分はちゃんと取ってるか?」

『取ってるよ』

「そうか…」

出留の手元にあるペットボトルはほとんど中身がなく、さっき見たときよりも減ってるから言葉に嘘はないだろう。

俺も隣に並んで座り飲み物を取って、タオルを頭から被り垂れてきてる汗を拭う。

そこでまた違和感が強くなって、タオルの隙間から隣の出留を覗く。飲み物を横に置いて、また頭が痛むのか額をおさえてる。それから、目を強くつむって、ふらりと体が揺れたところで手を伸ばした。

「出留!」

『ん、あ、ごめん』

「どうした」

思ったよりも大きな声が出てしまって少し離れたところで誰かと連絡を取ってた先生が訝しげに近寄ってくる。

触れた体の熱さと減ってる飲み物の量、それから室温。出留の首筋を見て眉根を寄せながら顔を上げた。

「先生、出留が体調悪そうで」

『ただの寝不足…』

「頭痛もひどいんだろ。こんなに暑いのに汗もかいてないし、熱中症じゃないのか」

『あー、』

「緑谷」

先生が屈んで出留の顔を覗き込む。ぺたりと額や首筋に手をあてた先生は深々と息を吐いて俺を見た。

「すまん、気づいてくれて助かった、心操」

「いいえ…出留、朝から調子悪かったみたいなんで…」

『いや、別に普通、』

「フラフラしてたくせに何言ってるんだよ」

「はぁ。気づかなかった俺の責任だ。緑谷、吐き気はないか」

『特には』

「頭痛がひどいならこれ以上の訓練は危険だ。リカバリーガールを呼ぶからおとなしくしてろ」

『え、』

固まった出留はすぐに何か言おうとしたから息を吐いて肩に置いてた手に力を込めて体を倒す。

目を瞬く出留に持ってきてたマグの外見がまだ冷たいことを確認して首筋に押し当てれば眉根を寄せられた。

『冷てえ』

「それはよかった」

『風邪ひきそ』

「安心しろ、出留。これぐらいじゃ風邪はひかない。苦しいとこないか?」

『んーん、ない。ごめん、ありがとう』

「気にするな。俺ので悪いけど、洗ってあるからこれ使っとけ」

鞄からまだ汗を拭くのに使ってないタオルを取り出して、かかってた前髪を退かしてから一緒に持ってきてた冷えぴたを額に貼る。また冷たかったのか呻いた出留に息を吐いてタオルを目元にのせて目隠しをした。

『いたれりつくせりすぎて申し訳ねぇな…』

「いつも介助してもらってばっかだし、たまには俺に面倒みさせてくれ」

上までファスナーが上げられて着込まれたジャージの前を開けてやって首元を楽にする。

そんなことをしてるうちに相澤先生が呼んでくれたらしいリカバリーガールが独特の機械に乗って現れ、横になってる出留を見るなり額をおさえて息を吐いた。

「まったく、手のかかる子だねぇ」

「俺の管理不足です。申し訳ございません」

「ほんとねぇ。この子のことだからどうせ不調を隠していたんだろうけど、今日みたいに環境がいつもと違うならもっと気にかけてやってあげたほうがいいだろうよ。心操くん、応急処置してくれてありがとうね」

「あ、いえ」

頭を下げた先生にリカバリーガールがまた深々と息を吐いて、出留の腕に手を伸ばす。脈拍を見ながら目を細めた。

「朝から調子悪そうだったんだって?」

「えっと、悪そうというか、忘れ物してきてたり、欠伸が止まらなかったりしてて、聞いたら寝不足だって…」

「熱中症は寝不足や体調不良のときに起こりやすい。特に今日は暑いからねぇ。頭痛もあったんだって?」

「はい。頭押さえてて…俺も熱中症になったとき頭が痛かったのと、汗が全然出てこなかったんで、もしかしたらと思って。それに、急に出留ふらついてたんで、まぁ、そんなかんじです…」

「はぁ。まごうことなき熱中症さね。とりあえずこの子は一旦救護室に運んで寝かせておいてあげよう。急に吐き気が来たりしたらここじゃ対処しきれない」

リカバリーガールが指示して、ちょうどよく非番で学校にいたらしいセメントス先生とブラド先生が出留を担架に乗せて運び出す。いつの間にか出留は眠ってたようであっさりと連れて行かれた。




「申し訳ございませんでした」

「まったく、弟といい、兄といい、何回救護室に来る気なのかねぇ」

聞こえてくる低い声と高い声。性別が違うことから二人以上いるらしい。

「ともかく、この兄弟はもう何言っても無茶するだろうよ。弟はわかりやすいけど、兄の方は隠すのが上手だ。周りがしっかり見てあげないとまた同じことがおきかねない。イレイザー、わかってるね」

「ええ。責任を持って面倒を見ます」

「そうしてあげな。中々この子も根深そうだ。何かあったら手助けはするから、よろしく頼んだよ、イレイザー」

「はい」

「じゃあアタシは一度離れるけど、何かあったら連絡をおくれ」

「ありがとうございます」

扉の開く音のあとに機械の起動音が響いて、静かにモーターが動く音がしたと思うとまた扉が閉まる。

静まり返った室内にため息と、布の擦れる音がして、おそらく先生が座った。

残されたのは俺と、先生。他に気配を感じないことから人使は居ないらしく、そもそも俺はなんで保健室にいるのかと記憶を探る。

訓練をし始めてすぐ、頭痛がするようになった。飲み物を飲んで誤魔化しながら先生と鬼ごっこをしたところまでは覚えてる。その後に休憩をとって、休んでいるはずなのに更に頭痛が酷くなって背筋が寒かった。風邪のような症状に嫌な予感を覚えて、いつの間にか隣に戻ってきた人使に大きな声で名前を呼ばれて、首筋と額につけられた冷たいものと、光を遠ざけるように乗せられた布。楽になった呼吸と途切れた記憶になるほど、寝落ちたんだなと体を起こした。

ぱさりと落ちたのはやはりタオルで見覚えのある色味のそれは俺が人使に汚してしまったタオルの代わりに渡したもので、顔を上げれば少し離れたところに座ってる先生と目が合った。

「おはよう、緑谷。気分はどうだ」

『…おはようございます。普通です。ご迷惑をおかけしました』

寄せられた眉根の皺に目を逸らして落としたタオルを拾う。タオルをゆっくり畳む。今は何時なのか、先生がここにいるってことはもうとっくに訓練は終了していて人使は帰ったのかもしれない。

『…あの、』

「今は六時四十分。心操なら帰した。心配していたから後で連絡を入れてやれ」

『、はい』

「………………」

妙に重い空気に顔を上げづらい。

またため息が響いて、先生の気配が揺れる。立ち上がってベット横で立ち止まった先生に仕方なく顔を上げれば眉根を寄せたままだった。

『あの、本当にすみません』

「…謝らないといけないのは俺の方だ。管理不足で危険な状態に追い込んでしまい誠に申し訳なかった」

『へ、あ、ちょ、』

折られた腰。下がった頭に髪が揺れて慌てる。

『せ、先生が謝ることなんて何一つも、むしろ感謝してます。こんな遅くまで寝こけてすみません、助かりました。あの、本当にすみません。今度からは体調管理しっかりします』

「……………まったくだ」

顔を上げた先生があまりにも眉間に皺を寄せていて深すぎる溝に口角が引きつる。これはガチギレだろうか。

「朝から体調が芳しくないことがわかっていたなら知らせろ。寝不足から来てるのはわかってるが熱中症の予兆があったなら言え。いつから頭痛がしてた」

『えーと、いつから、でしたかね…』

「いつからだ」

『………筋トレ終わってちょっとしてからです…』

「随分と序盤だな。ということは俺と模擬戦したときにはだいぶきつかったはずだろう」

『あー、いやぁ、』

「きつかっただろ」

『ぅ、………ちょこっと、だけ』

「はぁ〜」

深々と息を吐かれて肩を竦める。頭が痛そうに手のひらで目元を隠すように覆う。それから眉間の皺を解すように指先で押して、俺を見た。

「お前は大抵のことを一人でできるせいで自分の限度がわかってない。弟も一直線すぎて向こう見ずなところはあるし、幼馴染も妙なところで執着心が強すぎてから回るところがあるが、二人とも限度をわかってる。心操はもちろん、大体このぐらいの歳になれば皆できてるっていうのに…このままじゃお前は、自分の状態に無頓着すぎていつか取り返しがつかない事態を招きかねない」

『あ、え、』

「いいか、緑谷、」

じっと赤色の瞳が俺を見据えて心臓が掴まれたように大きく音を立てて跳ねる。妙な汗が流れて、目を逸らしたくて、今すぐ逃げ出したいなんて、初めて思ったかもしれない。

「お前の今後の課題は自分の限度を理解することだ。なんでもいい、知力でも体力でも、自分がこれ以上やったらマズいっていうラインを見つけだせ」

『そんな、の』

「必要だ。限界がわからなければそこから伸ばすこともできない。このままじゃお前、彼奴らを守るどころか置いてかれるぞ」

『、』

思わず目を見開けば先生は呆れたように目を細めて、俺の額を突いた。

「わかったなら今後は訓練で手を抜くな。俺との模擬戦で体調不良の状態であれだけ動けるんだ。心操との鬼ごっこで捕まりかけてるのはわざとだろう」

『わざと、では…』

「ならどこまで力を出していいか測りかねてるな?それはお前にとっても心操にとっても良くない。いっぺん本気でやってみろ」

『………けど、』

「けど?…何が引っかかる」

先生がじっと俺を見てくる。言葉の先を促すように黙ったから背後から追い詰められてる感覚で、いつの間にか結んでた口元を解く。

『俺が目立つと、おかしい、から』

「なにがおかしい」

『………俺が目立ったら、周りは…俺は、俺は、正しく…お、』

ブーッと振動音が響いて、はっとしてそっちを見る。いつからそこにあったのか、俺の鞄が棚の上に置いてあっておそらく携帯が着信してる。

止まない振動に逸してしまってた視線を戻せばため息のあとに出ろと言われて手を伸ばした。

取り出した携帯にはグループ着信の文字があって、すぐに画面をタップして耳に当てる。

『もしもし?』

「にいちゃあああん!!」

『うぉっ、どうした出久?』

「心操くんから連絡もらって!兄ちゃん倒れたって!!」

『あー、大げさな…寝不足できつかったから寝かせてもらっただけ。大丈夫だよ』

「でも兄ちゃん頭痛がひどかったって!それに汗もかいてなかったっていってたし妙に体温も高かったって言ってたから!」

『大丈夫大丈夫。ぐっすり寝たらちょー元気。なんなら今から訓練できるレベル』

「訓練なんかしてねぇでとっとと家かえって休め!!」

『あははっ。ごめんなぁ、勝己にまで連絡いってたかぁ』

「デクがアホみてぇにグループ荒らしてんだ!気づかんわけあるか!!!」

「だって兄ちゃんの緊急事態だったから!!君だって兄ちゃんがこういうことにあったら連絡してくるじゃないか!!」

「あたりめぇだろうが!!家族に伝えねぇでどうすんだ!クソデク!!」

「かっちゃんのそういうとこ!!ほんと律儀で好き!!僕もかっちゃんは家族だと思ってるから兄ちゃんのことは伝えておきたいんだよ!!!」

「テメェとは家族でも何でもねぇわ気持ちワリィ事いうな!!!」

「ひどい!!!!」

俺を放置してどんどんと進んでいく会話に思わず笑っていれば、勝己がため息をついて声のトーンを落とした。

「今は体調、本当にきつくねぇんか」

『うん、大丈夫。心配してくれてありがとう』

「けっ」

「兄ちゃん!迎え行こうか?」

『うんん、平気。もう帰るよ。母さんには適当に伝えておいてくれる?』

「わ、わかった!えっと、どうしようかっちゃん」

「訓練後に俺と会って話してるらしいから遅れるっつっとけ」

「ん!まかせて!」

『ごめんなぁ』

「まっすぐ帰って今日はさっさと寝ろ」

『りょーかい』

「待ってるね!兄ちゃん!」

『うん』

ぷつりと切れた通話に携帯を下ろす。鞄を取って振り返れば会話が丸聞こえだったのか先生が呆れたように息を吐いた。

「元気な奴らだな」

『ええ。俺のことを心配してくれるとっても優しい子達なんですよ』

「そうか」

短いため息をついてじっと俺を見る。にっこりと笑ってみれば首を横に振られた。

「わかった。…次の訓練からは手を抜かせないから覚悟しておくように」

『がんばります』

「見送る」

先生が出入り口に向かうからタオルも鞄に入れて、額に張り付いてる冷えビタをはがしてポケットに入れ、ジャージの前を閉める。

背中を追いかけて保健室を後にし、すっかり日が落ちてしまい薄暗く、静かな廊下を歩く。

なんとなく横に並んで歩いていれば視線が刺さって、緑谷とまた名前を呼ばれたからゆるく返事をしてそちらを見た。

「お前、個性を使えるんだってな」

『…俺は無個性で申請してますが?何故急にそんなことを?』

「オールマイトさんから聞いてる」

『ああ、この間の…オールマイトも同じことを言ってましたが、俺が個性を使ったなんてまさかですよ。あの事件が解決したのはその辺にいた善良な市民がこっそり手助けしてしてくれたからとか、そんなとこじゃないですか?』

「そうか」

すぐさま逸らされた視線にこれは誤魔化されてくれてないなと心中息を吐く。オールマイトからどんな風に伝えられてるのかはわからないけど、やはり人目があんなにあるところで暴れたのはよくなかった。

せめて全員に目隠しをしてから暴れるべきだったなぁとぼんやり考えて、がりっと痛みが走った首筋にはっとして無意識のうちに首に触れていた手を下ろす。

よくない癖が出てると目を逸らして、ちょうどたどり着いた昇降口に三歩前に進んで距離を取り一度頭を下げた。

『それでは、本日はご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした。また明後日もよろしくお願いします』

「ああ。心操に連絡を忘れるな。あと、さっきも言ったように今後の課題は限界を知ること。次回からは訓練内容も変えるからそのつもりで準備してこい」

『はい』

「体調が悪ければ事前に連絡を。今日もお疲れ様」

『ありがとうございました』

顔を見ないようにもう一回頭を下げてすぐに体の向きを変える。足早に校舎をあとにして駅へ向かう。

最近、精神衛生上良くないことばかり起きてる。またボロが出る前にそろそろ一度、気分を変えるべきか。

取り出した携帯からメッセージを開く。数件溜まってるのは新着から出久、勝己、人使の順で、勝己に文字を打って送信し携帯をしまう。

一度足を止めて息を吐き顔を上げる。

まだどこか明るいような気のする空には星が光ってて、眺めてるうちに携帯が揺れた。返ってきた言葉を確認して、快諾されたそれに口角を上げる。

これでしばらくは保ちそうだ。


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