ヒロアカ 第一部


勝己との朝練を終え、いつも通り一度家に帰ってから三人で登校すると人使が机に額をくっつけて微動だりしない状態で座ってた。

『おはよ』

声を掛ければぴくりと肩が揺れてゆっくり起き上がる。眉間に寄った皺は深く、動きのぎこちなさに思わず吹き出した。

「なんだよ」

『筋肉痛辛そうと思って』

「足も背中もバキバキで死にそうだよ」

『それは重傷だな』

鞄を置いて座る。

渡した筋トレは思った以上に負荷かかってしまったらしい。

『タンパク質とった?』

「ああ」

『今日はゆっくり動いたほうが良さそうだね』

「ああ」

返しまで鈍く、思わずまた笑えば周りの生徒が不思議そうに俺達を見てきてた。




担任に声をかけたところ快諾され、放課後は予定していたとおりサポート科に向かうことにした。サポート科は少し離れた場所にあり、いくつか扉を通り過ぎたところで止まる。

担任の話では一度職員室に声をかけたほうがいいとのことで、サポート科職員室と掲げられた扉をノックした。中から開かれた扉に見覚えのあるヒーローが立っていて、昨日説明会の際に自己紹介をしていたサポート科の教員だった。

「ミッドナイトから話は聞いてる。サポートアイテムの下見だろ」

『はい。よろしくお願いします』

「そんじゃあこっちが工房だ」

雄英は校舎の時点でだいぶ大学みたいな造りをした学校だとは思っていたけど、初めて足を踏み入れたサポート科は工場みたいだった。頑丈な素材であろう壁や大きめのテーブル。工具が至るところに纏められてる。

両手が塞がっている状態を想定してか自動で開閉した扉についていけば、工房と称した通り、完成、未完成問わずたくさんの器具が並べられてた。

「お目当てのもんはあるか?」

『グローブやブーツのようなもので検討してます』

「ならこっちだ」

あからさまに全身に装着するような大きな機械を通り過ぎていく。どうやって使うのか想像できない形のものも多く、横目で確認しながら歩いて、先生が止まったのを見て足を止めた。

「ここは生徒たちが作ったもんもたくさん置いてある。使い方を説明するから気になるものがあったら教えてくれ」

『ありがとうございます』

希望したとおり手足に纏うような作りのものが並んだ棚に目を向ける。

自由に手にとっていいと許可を得たところで目についたものをいくつか触る。重たいものや露骨に武器のような見目をしたものは排せば沢山あるサポートアイテムも四分の一ほどに候補は絞られた。

『体育祭のサポートアイテムは直接危害を与えるようなものは禁止でしたよね』

「あくまでもサポートアイテムだからな。もちろん使い方によって武器にも出来るだろうが、刃物や銃器はNGだ」

『わかりました』

やはりこの中から選ぶべきだろうと手を伸ばそうとして、その手が右側から掴まれた。

伸びている手の方向に目を向ければ生徒なのか少し背の小さな、細身の女性がいて先生が額を押さえる。

「発目!急に出てきたと思ったらなにしてんだ」

呆れ顔の先生の言葉に勢い良く返事をしている様子からしてサポート科の生徒らしい。見守っているうちに話がまとまったのか、目を輝かせながら俺の目の前に戻ってきた。

「ちょっと不思議な身体をなさってるのでぜひ触らせてください」

『はぁ、どうぞ』

ぺたぺたと腕や肩に触れ、屈み足や腰に触れる女子はふむふむと頷くと少し待っていてくださいと奥に引っ込んだ。

その間に先生に向き直れば両手を顔の前で合わせられる。

「彼奴はサポート科の一年、発目だ。サポートアイテム開発への意欲だけは高いんだが暴走しやすくてな…」

『はぁ、そうなんですか』

「お待たせいたしました!」

両腕に話していたサポートアイテムであろう器具を持って戻ってきた発目さんは丁寧な手つきで掲げる。

「こちら私が発明したベイビーです!」

『見たところグローブとブーツみたいですね』

「はい!なんとこちら鉄の中でも特に軽く頑丈な素材で作っておりまして強度、熱体制共に高くなっております!まずはつけてみてください!」

さぁさぁと押されるままに椅子に座り靴の代わりに渡されたブーツをつけ、手元に手袋をつけていく。ベルトで固定すれば両方ズレることなく収まった。

「関節部分にはアルミ合金を利用していますので曲がりやすく扱いやすく、丁寧に仕上げてます!」

『たしかに曲がりやすいです。軽いですし違和感はそこまでないかも』

「そうでしょうそうでしょう!素敵なベイビーなんです!!」

手を動かして、床を踏み締めてみて、振り返る。

『先生』

「どうした」

『少し試してみたいんですが練習場をお借りすることはできますか?』

「ああ。こっちだ」

予定していたのか快諾され、アイテムをつけたまま歩く。歩いている間も特に痛みや重さがないことに隣についてきている発目さんは一年ながらもかなりの腕前なんだろうと想像がついた。

五分も歩かずついたのは少し開けた部屋で、コンクリートのような材質の壁に四方が囲まれてる。

「ここはサポートアイテムの試用ができる。必要ならロボットとかも出せるぞ」

『それは壊れるタイプですか?』

「どうだかなぁ。頑丈に出来てるから壊れにくい」

『それなら一つ貸してもらえますか?』

「おうよ」

部屋の出入り口にあるスイッチを押すと壁が開いた。中からは足元がキャタピラーになっている俺の背丈よりも少しだけ大きなロボットで手のような関節のついた細長い部位が二つついてる。

「これは噂のヒーロー科入試試験で使われたギミックですね!」

『へぇ』

発目さんの言葉に出久と勝己の言っていたロボットを見られたことに目を瞬く。

初めてお目にかかる高技術の代物。かなり頑丈そうなそれを勝己は何個も壊したと聞いたけど、流石かなと息を吐いて、それから構えた。

『どれぐらいの強度か、試させてください』




息を吐いて手首と足首を確認する。痛みはなく、使い勝手も悪くなかった。

「ひょぉう!素晴らしいですね!!私のベイビーたちも喜んでいます!!」

「…緑谷は普通科専願だっただよな?こんだけ体の使い方がうまけりゃヒーローにだってなれんのにもったいねえ」

後ろで話す二人の声を聞こえないふりして前を見る。

四散したロボットは基盤を壊してしまったのか少しショートしているようで電流が走って音を立ててた。

『サポートアイテムは一つですよね』

「ん?ああ」

『そうするとグローブかブーツのどちらか…』

「ご安心ください!」

ぬっと隣に現れた発目さんは俺の手を取り、グローブを見つめる。

「こちらのベイビーは二つで一組!セット品ですから申請は一つ分で大丈夫ですよ!」

「サポートアイテムの開発者がそういうなら申請も通るだろうな」

先生の言葉が後押しをするから、案外緩そうな基準に息を吐いた。

『発目さん、この子を預けてもらえませんか?』

「ええ!体育祭までに育てあげてください!体調不良はすぐに教えてください!ケアは私の仕事です!」

快い返事に安心して先生を見る。

『申請書用意してきますね。今後もよろしくお願いします』

「ああ、フォローは任せろ!」

申請書を用意してその日のうちに提出すれば担任は手を上げて喜んだ。

今日からはサポートアイテムの調整に時間を費やす必要がありそうで、この期間中、考慮され多少は減った課題を片付ける時間を計算する。

睡眠時間を削るのが無難だろう。

「サポートアイテム決まったんか」

『オススメしてもらったやつにしたよ』

「兄ちゃん、どっちにしたの?」

『両方。最初からセットになってるものなら一つ扱いになるんだって』

「そうなんだ!」 

『今度訓練するときに借りれるか聞いてみるね』

「うん!一緒に訓練しようね!」

「ちっ」

『ほらほら、怒らない。一緒に訓練するからな』

丁度帰り時間が揃ったから三人で下校する。話題は訓練の話で、ヒーロー科も体育祭に向けて授業が少し変わっているそうで、体育祭への期待が高まっているらしい。

全国放送される雄英の体育祭は聞くところによると学年ごとにチャンネルが割り当てられ、常であれば三年生の部に注目が集められるが、今年はすでに話題を集めている一年の部が注目されるだろうとは担任の言葉だ。

そもそも今年の体育祭は開催に非難と懐疑の声も多く、セキュリティを例年の何倍にも上げることで話が纏まったという。

火種を探してるマスコミの格好の餌食になることは容易く予想ができ、上位に食い込むだろう出久と勝己が心配だ。

『二人に変なファンがつかないといいんだけど…』

「ファ、ファン!?僕なんかにそんな、ありえないよ!」

『絶対つく!だってこんなに可愛いんだよ!?体育祭をきっかけに誘拐とかされたらどうしよう!!』

「んな訳ねーだろ」

『あるよ!!世界で一番出久は可愛いんだよ!!?』

「落ち着けや」

息を吐いた勝己と苦笑いの出久に目を細める。

入学してから早一ヶ月。あんなに小さい頃から変わらなかった距離感は最近はどこか違う。出久が大きくなったのか、勝己が丸くなったのかは定かじゃないけど俺が触れるとどちらも否定するだろうから一度呼吸を置くことで紛らわせる。

『楽しみだね、体育祭』

「うん!兄ちゃん!僕、がんばるからね!!」

「は、一番は俺だ。きっちり見とけよ、出留」

予想していたとおりの表情と返事に頷いて、話しているうちに家につく。

ご飯を食べて課題を終えた出久は走ってくると家を出た。

洗い物をしながらリビングの母を見れば、買ったばかりの機材を説明書片手に操作している。体育祭のために録画機器を一新した母さんの体育祭への期待は俺達よりも強いのかもしれない。

綺麗にした食器を水切り台に置いて、手を拭きリビングに戻る。

母さんの近くに腰を下ろせば顔を上げた母は困ったら顔で説明書を見せた。

「出留、これって録画したのはどうやってみるのかしら?」

『リモコンのこのボタン押すと録画した番組名と日付が出るから真ん中押すだけで再生できるみたいだね』

「なるほど、そうしたら…」

試しに録画したらしい番組を再生して、きちんと撮れていたことに歓喜する母を横目に頬杖をつく。

子供の姿を撮っておきたいのは理解できるけれど、出久がやらかさないか、それだけが心配で仕方ない。

昔から人のために自分が犠牲となろうとすることが多い子だった。それはヒーローとして大切な素質なんだろうけど、人を傷つけることがあることを、出久は充分に理解していない。

体育祭への不安を高揚と期待で抑えつけてる様子に、何もなければいいけどと息を吐いた。



.
19/100ページ
更新促進!