ヒロアカ 第一部

土曜日にあたる今日は学校も休み。

本来であれば自由に過ごすことの多い曜日ではあるけど、出久は先日の敵襲撃事件の参考人として警察へ任意の事情聴取を受けるため朝から忙しそうに家を出ていった。

出久の話ではA組の全員と言っていたし、勝己も朝が早いと昨日話していたから今日は一日時間が余りそうだ。

依然として心配そうな母と食べ終わった食器を片付け、不安を煽らないようテレビはニュースを避けて映す。

時折会話をしていればそのうち母さんはソファーでうたた寝を始めたからテレビの音量を少し下げてブランケットを掛けた。

最近の母はあの事件に巻き込まれた出久を言葉の通り夜も眠れないほど心配していた。昼とはいえ少しでも眠ったほうが健康にいいに決まっているからそのまま起こさないよう、携帯を取り出して触る。

時間つぶしを兼ねて、スリープモードを解除して画面をいくつか切り替えながら操作していく。わざわざ休みの日に連絡を取って会いたいような知り合いはおらず、そもそも高校に入ってから唯一話すクラスメイトの人使とくらいしか交換してないことに気づく。問題はないだろう。

そういえばと思い出して立ち上がった。

キッチンに向かって冷蔵庫を開ける。中からパックを取り出せばあと三、四杯注いだらなくなってしまいそうなくらいにしか牛乳が残ってない。

我が家で牛乳は、朝と寝る前に出久が。日中ミルクティーにするため母が使う。これじゃあ今日はなんとかなっても明日は厳しいだろう。

近くにおいてあるメモに買い物をしてくると二言目ほど書き置いて、財布と携帯をウエストポーチに入れて止める。ウエストポーチにはいつも持っていくエコバッグを折り畳んで入れて、家を出た。

桜も散り、もうすぐ春休みが挟まれるような季節。休日のせいか人は多いし、騒がしい。

よく行くスーパーへの道すがら、信号を待っていればとんっと背に何かが触れてそのまま背中全体に感触が広がる。覗き込むように左肩の方に頭が乗せられてフードから白に似た水色の髪が揺れたのが見えた。

「よう」

『こんな時間に会うのは珍しいね』

「お前こそ。…一人か?」

『一人じゃなかったら声かけてこないだろ?』

青に変わった信号に一歩踏み出せば背中から離れて弔は横に並ぶ。初夏故にかマフラーもコートも見当たらず、黒いパーカーに、Vネックシャツとチノパンなんてラフな恰好だった。

俺に話しかけてくるくらいだからきっと彼も暇なんだろう。

『買い物付き合ってよ』

「ん」

予想通りあっさり頷かれた。両手をポケットにしまい、そのままついて歩く。

今話題の敵集団の親玉がこんな往来に居るなんてきっと誰も思わないだろう。

心の中で息を吐いてから母さんともよく来るスーパーにたどり着いてカゴを取る。すっと手を出した弔に目を瞬くよりも早く、カゴが取られた。

『なに?』

「持ってみたかったんだよな、コレ」

どこにでもあるプラスチック製のカゴを片手に口角を上げる。年齢的に買い物をしたことがないようには見えないけど、深く聞く気にもなれずそうなんだとだけ返しておいた。

『それじゃあ、よろしく』

勝手に進んでいく気はないらしくきちんと隣に並んで歩いてくれる弔はどこか物珍しそうに陳列された商品を眺めていて、野菜、肉、魚と抜けていって目的の乳製品コーナーで足を止めた。

目的のいつも買っている牛乳パックを三本取って振り返る。

『弔、ちょっと重くなるよ』

「はぁ?これくらい余裕だっつーの」

差し向けられたカゴに牛乳パックを入れれば言葉通り余裕だったらしく特に苦言が飛んでくることはなかった。そのまま近くの野菜ジュースや、少なくなってきていた水出し用のお茶パックを入れる。

「あ、」

不意な聞こえた声に顔を上げれば弔がふらふらと吸い寄せられるように足を進めていて、慌てて追いかける。

小さな子どもや、付き添いらしい保護者がちらほら見受けられるここはどうにもフードを深く被ってる不審者ルックな弔は浮いていた。

周りからの視線は気にしてないのか弔の視線は商品に向いているらしく、目の動きにあわせて顔が動いてる。ぴたりとその視線が止まって迷い無く手を伸ばしたと思うと商品をつまみ上げた。

「出留」

『あ、懐かしい』

差し出されたそれは昔よく食べたお菓子で、見た目は同じ3つのガムのうち、ひとつだけが酸っぱい、いわゆるハズレの入った駄菓子だった。桃味とぶどう味があったはずだけど、弔が持っているのはぶどうの方でなんとなく頬が緩む。

『意外と美味しいんだよな。あと俺こっちのラムネとか、このちょこも好きだったやつ』

お菓子を取ってはカゴに入れていく。だんだん楽しくなってきて目についたものを片っ端から手に取ればいつの間にか静かになっていた弔が笑った。

「買いすぎ。子供かよ」

『駄菓子は金銭的にも子供の味方だから大丈夫でしょ。あ、でも流石に持って帰ったら怒られそうだから公園で少し食べていこ。時間ある?』

「少しだけな」

思ったよりも多くなった品数に手を止めてレジへ向かう。

駄菓子の個数に金額はさして増しはしなかったけどなんとなく申し訳なくて自分のお小遣いから精算して、牛乳パックを筆頭に家のものは持ってきていたエコバッグに入れて駄菓子は小さめの袋に纏めた。

『そこの公園でいい?』

「騒がしくなきゃいい」

『土曜だしどうだろうね』

スーパーから大体300mもないところにある公園はよく出久と遊んだ覚えがある。買い物について行くものの、飽きてしまう出久や勝己と一緒に母さんたちを待った場所だ。

あの頃は割と子供が沢山いて走り回ってた記憶があったけど、数年ぶりに来てみた公園は三、四人子供がいるもののゲームをしているみたいで、すべり台の下の空間で固まった画面を覗き込んでた。

予想よりもだいぶ静かで及第点だったのか弔はスタスタと歩いてベンチに腰掛ける。隣に並んで座って、それから駄菓子を広げた。

『この餅も美味しいんだよなぁ』

包装を破って爪楊枝を取り出す。薄めのピンク色のそれを刺して口に運べばほんのりとしたももの味がした。

「ふーん」

俺がカゴに入れたのか、思い出にあるチョコレートでコーティングされたスティック菓子を開けてかぶりついた弔はもそもそと咀嚼して飲むこむ。

「中が湿気ったパンみたいだ」

『それがいいんじゃん』

眉根は寄っているものの口に合わない訳じゃなかったのか、そのまま更にもう一口とあっさり食べきる。

近くにあったガムを取って開けた。真ん中にあったガムをつまみあげると俺の目の前に差し出す。

「どっちか選べ」

『じゃあこっち』

右側を取って、弔がガムを口に入れたのを見届けてから俺も口の中に入れる。歯を入れたガムは甘い味がして、弔も普通の顔で食べてることからお互いに当たりを引いたらしい。

「ちっ。これは黒霧行きだな」

残ったハズレをポケットに入れ、そのまま両手もしまう。足を投げ出すように伸ばして空を仰ぎだした。

ガムを口に入れてしまったため味がなくなるまで噛むしかなくなり、ゲームをしてる子供たちが何やら盛り上がり始めて騒ぎ始めたのを眺める。

「やっぱお前、変わってるよな」

笑いを含んだ声に目を向ければ変わらず空を仰いでる弔がいて、首を傾げて言葉の先を待つ。呆れたみたいに息を吐いてそのまま言葉を続けた。

「この間まではただの敵予備軍程度だったけど、今は立派な敵だぜ?」

『ああ、そういう…その辺は気にしてないからなぁ』

噛んでたガムがちょうど柔らかくなってきたからそのまま膨らませて、それなりの大きさになったところで空気を送るのをやめる。どう割ろうかと思った瞬間伸びてきた手が丁寧に指を五本、風船に触れさせて口の中のガムが消えた。

影がかかる。俺を見下ろしていて、フードで隠れていた赤色の瞳と目があった。

「通ってる学校が襲撃されたのに?」

『雄英でも他校でも、どこを襲撃しても俺は構わないよ』

「じゃああのメッセージなんだよ」

風船を消し去った時と同じように、左手が人差し指を除いて頬に触れる。人差し指も数センチしか離されていなくて触れられたら顔から崩れるのかとぼんやり思った。

「兄弟が危険な目に遭ったってキレてたくせに」

『あー…』

敵連合襲撃の日、夜に送ったメッセージは彼から見るとそう映ったのかと目を逸らす。

『ちょっとね』

「…_お前も、家族が大事なんだな」

何故か変わった声色に不思議に思いながら視線を戻す。

『そりゃあ元々一つだったわけだから、半身のことは気にするよ』

「……………」

『怪我したら同じ場所がざわつくし、イライラしてると伝わるし、どうしたって気になるよね』

「…ふーん」

『関係性が家族じゃなくても、そう思う相手は居るし。あと、今回のアレは事前に教えておいてくれたら良かったのになっていう意味』

「一応メッセージ入れといただろ」

『もう少し早く欲しいかな?』

思わず笑えば射抜くように見据えてきていた瞳が揺れて空気が和らぐ。周りの音が帰ってきて耳に子どもたちの笑い声が届いた。

「ほんと、変わってるな」

『どこが?』

「そういうところが」

何に満足したのか手が離れていって顔も離れていく。さっきまでと同じように隣に腰掛けると駄菓子に手を伸ばして、食べかけだった餅を一気取って頬張った。

全部食べきってはいなかったらしい残りの一つ、餅を差し出されたから口を開ける。

「仕方ないから、雄英潰すときは事前に連絡は入れてやるよ」

『ん、ありがと』

連絡が来るなら、出久と勝己を避難させる時間くらいは確保できるだろう。

餅を咀嚼して飲み込んで、次はドーナツを開ける。小さいサイズが4つ入っていて、これを買うのは出久と二人のときか、勝己と二人のときに限定されていたなと思い出すと少し懐かしい。

もう一個つまみ上げて差し出せば躊躇いなく口が開けられたからそこにドーナツを投げ込んだ。

「……あま」

『結構砂糖ついてるもんなー』

「………、」

弔が息を吸ったところで機械音を耳が拾う。マナーモードの携帯が鳴っていて、ウエストポーチから携帯を取り出して見ると家に帰ってきたらしい出久からの連絡だった。

時間を確認すれば家を出てから一時間以上経っていて流石に乳製品もあるのにそれなりに暖かい外にいるのも良くないだろう。

目を向けると隣の弔も同じように携帯に触れていて、顔を上げたところだった。

「帰る」

『ん』

立ちたがっていつもと同じ別れの言葉を吐く。

それから視線が逸れてベンチに広げてた駄菓子をつまみ上げた。おもむろに透明の包装を開けると中からお菓子を取り出して咥えて、その姿に息を吐く。

『なんか似合うな』

「だろ?」

にんまりと笑って気に入ったのか箱ごとあまりをポケットに入れて、ついでだからと余っても仕方ないまだ封も開けていないラムネやゼリーを横からポケットに突っ込んだ。

「こんなに要らない」

『みんなで仲良く食べてね』

唇を結ってからとりあえずさっきのガムは黒霧にと呟いたのが聞こえる。

まだ会ったこともないけれど不憫なその人に苦笑いを送ってから、手を伸ばして右手に触れる。一瞬身体が強ばってから不審そうに見据えてきた。

「どうした」

『あー、うーん…』

ずっと気になってた分厚い、病院で処置されたような絆創膏。引きずってた右足に上がらない左腕。吐き出す言葉に悩んでから手を下ろした。

『怪我には気をつけて。早く治るといいな』

「…………やっぱお前おかしいわ」

表情を緩めて笑うなり足を引いてゆったりと歩き出す。

『じゃ、またな』

「ん」

ふらふらと手が振られて公園から出ていったのを見届けてから息を吐き駄菓子をまとめる。

なんだかんだ食べたりあげたりしたから残りはそんなになくて、食べかけのドーナツだけひっくり返さないように気をつけながらエコバッグを持ち立ち上がった。



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