あんスタ


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前日にいきなり用事が入ったせいで四人とは別に学校に向かう。連絡をすればすでに学校についているようでグラウンド集合と追記されていた。

普段から賑やかだけれど、今日に関しては騒がしいなんて言葉が合う校舎に近づいていく。一般科らしき生徒や見覚えのあるアイドル科の顔も通り過ぎて校舎に入った。

グラウンド、探すよりも早く目についた四人に近寄れば柑子が顔を上げて黄蘗と木賊が手を上げる。

「はーちゃん!」

「はくあ~!」

『おはよう』

柑子から昨日配られたというプログラムを受け取って目を通す。事前の説明通りなそれを畳む。

「はくあ、こっち向け」

『ん?』

不意に静かにしていたシアンに声をかけられて、顔を上げると目の前が真っ白になった。

目が眩んだのは久々というか、不意打ち自体が久しぶりで状況を理解して息を吐く。

『そのカメラはどうしたの…?』

「持ってきた」

『わざわざ?』

「はくあの勇姿を撮らず、いつ使うんだ?」

『……―もっと他に撮るものあると思うんだけど…』

満足そうに口元を緩ませるシアンの手元にある少しごつめのカメラ。撮影で使うのに近いしっかりとしたそのカメラに苦笑いを返す。

気にしていないのか木賊と黄蘗に腕を取られて一緒に写真を撮る。撮られてる二人も、シャッターをきるシアンも、どうにも楽しそうな顔をしているからそれ以上何か言う気にもなれず目をそらした。

『それにしても、人が多いね…』

行事にさほど参加したことないせいで普通の行事がどうなのか比較のしようがないが、盛況らしい。

アイドル科のみならず一般科も合同な授業だからまず生徒数が多く、その生徒の保護者も来ているから人の多さに酔いそうになる。

天気に恵まれて延期や中止はなさそうだけど日射病や熱中症の心配があって朝のニュースから水分補給の注意喚起がされてた。

「はくあくん、きちんと日焼け止めは塗ってきましたか?」

『うん、一応は』

「まためんどーがって顔しか塗っとらんのちゃう?」

『…首までは塗ったよ』

「腕は?足は?」

『上着着てるから、』

「しーちゃん確保!」

「ああ」

わかっていたけど両腕を固められて上着を剥がれる。最初に俺に声をかけてきた段階から用意していた日焼け止めを手に出した柑子が触れてくる。

夏なのに体温が低い柑子の手が這って白いクリームがだんだんと透明になっていった。

「はくあくんは色が白いんですからきちんと予防しないといけませんよ」

「休み明けみたいに真っ赤なっても知らんで?」

「そーそー、先輩に怒られちゃうよぉ?」

「日焼けも火傷だから気をつけろ」

取り囲まれてる俺に周りがざわついてる気がしなくもない。無視してされるがままになっていれば柑子の手が離れた。

「これで大丈夫ですね」

『ありがとう』

「汗拭いたり水浴びたらちゃんと塗り直してね!」

『あーうん』

「塗らんかったら次はシャツの下までやなぁ」

「いざとなったらまた確保だな」

『はいはい、ちゃんと塗るよ』

差し出された上着を羽織り直して息を吐く。人目が多いところでなにをしているんだなんていう通りすがりの視線が痛い。

紛らわすように瞬きをして四人に顔を合わせる。

『それじゃあ校舎入ろうか』

「ああ」

「うん!」

「てか、クリーム校舎ん中で塗れば良かったんとちゃう?」

「ふふ、木賊?それじゃあ意味がないんですよ?」

快諾してついてくる二人、その後ろでもっともな意見を吐く木賊を優しい目で見た柑子。

四人で校舎に入ればすでに教室に集まっている生徒が殆どで扉越しに喧騒が聞こえてた。



開会の言葉、選手宣誓、話をいくつか聞いて開幕した体育祭にグラウンドはお祭り状態で第一種目の短距離走が始まろうとしてる。

俺達の中で短距離走に出場するものはいなくて、四人の中で出番が最初なのは三番目の競技のパン食い競争にでる黄蘗だった。

時間的に余裕があるからとまだ隣でくつろいでた黄蘗は俺の膝の上に手を置いて微笑む。

「はーちゃん!ちゃんと僕一番取ってくるね!」

波はあるけど有言実行タイプの黄蘗がそういうなら本当に一番を取ってくる気だ。

答えないで頭を撫でれば黄蘗は嬉しそうに頬を緩め、出番のために集まることになっているらしい本部前に向かっていった。

短距離走が終わりふたつ目の種目が始まる。四つ目の種目に出るシアンが抱えてたカメラを置いて、俺の髪を撫でた。

「はくあのためになるのなら、俺も一番を取ろう」

『…うん、がんばってね』

面食らう俺に満足そうに笑うとシアンも集合場所に向かう。呆然としてる俺に柑子と木賊が隣に掛けた。

「はくあくんは僕が一位をとったら嬉しいですか?」

柑子は微笑んでいて、木賊は息を吐いてる。

言葉を選んで吐き出す。

『…嬉しいと思うよ』

「………はぁー、はくあのためとちゃうくても、負けんのは気分良ぉーないからなぁ」

言葉も態度も正反対なのに二人して口角をあげると柑子は俺の向かいに片膝をついて頭を垂れ、木賊は二歩下がってきっちりと立った。

「必ず勝ちましょう」

「そこで見ててぇな」

『……あ、うん』

踵を返し競技の準備に向かった二人の背を見送る。思わず返事してしまったけど一体今何が起きたんだろう。ちょっと、理解ができない。

「相変わらずシンパが強いねぇ」

『……見て、たんですか』

聞こえてきた声に振り返れば二年の観覧席に異彩の緑が立っていて目を細められる。

『というか、あの四人はそんなんじゃないですよ』

「ふぅ~ん?」

どこかからかうような、試すような視線。納得が行っていないのはわかっていたけどじっとアイスブルーが俺のことを見据えて伸びてきた手が首筋に触れた。

「ちゃんと日焼け止め塗ってあるねぇ、えらいえらい」

『流石に今日は外ですからね』

「そういって休み明け、真っ赤に肌焼いてたの誰だっけ?」

眉間に皺を寄せて目つきを鋭くした泉さんに苦笑いを浮かべれば首を横に振られる。呆れたような顔をしていたはずなのに次には笑って俺の頭を撫でた。

「体育祭、楽しみなよ」

上級生らしい余裕を持った言葉。たった一言のためだけにここまで足を運んだのか泉さんは俺の返答も待たずに離れていく。

緑のジャージが人混みに消えるのを見送って、それでもぼーっとしていれば次の競技名がアナウンスされてグラウンドに目を戻した。

パン食い競争は文字通りパンを食べて走る競技らしく、用意されたパンが吊るされて宙に浮いてる。大抵の競技が一年からスタートするため第一走者は一年が六人、名前も知らないから応援のしようがなく眺めていればスターターピストルが鳴り響いた。

勢い良く飛び出した小柄な一年は迷うことなくジャンプして一つパンを取ると走り出しそのままトップを保ってゴールテープを切った。

赤色のジャージが少なくなり、青いジャージに切り替わる。一巡、二巡目で鮮やかな黄色が目に入ってピストルが鳴った。

瞬発力の塊のようなスタートを切ると一位のままパンの場所にたどり着いて、軽やかにジャンプするとメロンパンを咥える。勢いを殺すことなく走り始めた黄蘗の目が思っていたよりも本気でそのまま一位でテープを切ってた。

「はぁぁぁちゃああん!!見てたぁぁああ!?」

手が縛られてるから声を張り上げた黄蘗に微笑んで手を振る。満足そうに笑った黄蘗は拘束をとかれると手を大きく振って近くにいた蓮巳さんに窘められてた。

その様子に苦笑いをうかべてる間にパン食い競争は終わったらしくまっすぐ黄蘗が走ってきたから受け止める。

『お疲れ様』

「えへへ!ほめてほめて!」

飛びついてそのまま頬を寄せる黄蘗の頭を撫でてると次の競技に内容が移る。探すまでもなく背の高い青色が目について前から四番目らしかった。

「次はしーちゃん?」

『そうだよ、400m走』

一巡、二巡、一年から始まり二年に移る。どうやらシアンと同じレーンには鳴上がいるらしく二つ隣に金髪が輝いてる。

「うわ、しーちゃん陸上部とじゃぁん」

『…だね』

アキレス腱を伸ばしてる鳴上に対し、シアンは目を瞑っていたかと思うと息をして、俺を見つめてからスタート体制に入った。

「しーちゃん本気だなぁ」

黄蘗の小さな声をかき消すように鳴ったピストル。ほぼ同時にスタートを切ったシアンと鳴上は他の選手を置いてけぼりにしていく。

陸上部の鳴上の一人勝ちと思われてたらしいレースで、普段はそれなりにしか体育に参加してないシアンが健闘してる。放送部の煽るようなアナウンス。実力が拮抗しているから観客のテンションも上がってた。

グラウンドを二周してゴールするレースで残り半周程度。他の走者と差を開いていて鳴上とシアンの一位争いになってる。

歓声をあげずじっとシアンをみつめてる黄蘗にならい俺も眺める。さっきの黄蘗と同じ、鋭く光る淡い青色の目。視線が離せないでいればシアンが足を止めていつの間にかゴールテープを切ってた。

『…ぁ、』

「ん?はーちゃん見てなかったの?」

『……見えてなかった』

「そっかぁ~」

肩で息をしてる鳴上が地上を見てるのに対し、シアンは空を仰いで一度息をするとこちらを見た。

黄蘗と俺で手を振るとシアンは柔らかく微笑んで一位のフラッグを持つ。番狂わせを見せたシアンに観客はもちろん大盛り上がりで続けて走る人たちにも歓声が飛んでた。

「しーちゃんすごかったねぇ~」

『そうだね。黄蘗もシアンも、本当に一番だよ』

「うん!僕頑張ったもん!」

黄蘗の頭をなでているうちに全選手が走り終わったようでシアンが隣に腰を下ろす。じっとこちらを見つめてくる青色の瞳に苦笑いをこぼして一度頭を撫でれば頬を緩ませた。

『次は木賊と柑子だね』

「こーちゃんはわかるけど、くーちゃんも負けず嫌いだからどうなるかなぁ」

「木賊と柑子が別枠ならばお互いに一番をぶんどってくるんじゃないか?」

「かもね~。競技なんだっけ?」

「仮装競走だな」

「あ~」

プログラムに目を落として淡々と返すシアン。グラウンドには長机の上に置かれたいくつもの布袋。それと人一人入って少し余裕がある程度の直方体が置かれていて、簡易的な更衣室になってた。

『早着替えならあの二人は得意そうだね』

「ああ」

眺めているうちにピストルがなる。この競技は学年が分かれていないのか一気に三色のジャージが走り始めて適当な袋を掴むと更衣室に入った。

ガタガタと揺れる更衣室。差はあれど数分も開かない間隔で開いた更衣室から人が飛び出した。

「わ、浴衣はだけてる~」

「きぐるみは暑そうだな」

ジャージの上からでも切れるような服が多いらしくキャラクターの被り物が目立つ。中には浴衣やメイド服もいてあれは恐らく外れ衣装なんだろう。

「あ!こーちゃんだ!」

黄蘗の言葉通り、レーンに立ってる柑子はじっとこちらを見ているから手を振ってみる。途端に笑ったと思うと前を見て合図に合わせ走り出した。

二番手で更衣室に入った柑子は一分もかからず出てくる。浴衣というよりは十二単のような何枚もの反物を羽織った柑子は和服が似合う。宣言どおりトップでゴールした柑子は迷うことなく一位のフラッグの前に立った。

「こーちゃんの安定感」

「木賊は次の次か」

笑う黄蘗、シアンが目を凝らした先にいた木賊は同競技に出る氷鷹と話しているらしい。

『木賊は何に当たるだろうね』

「「メイド服」」

『ふふ、声揃えるのやめてあげてよ』

ぱんっと音を立てたそれに合わせて走り出した木賊は袋を掴んで更衣室に飛び込む。少し更衣室が揺れてたと思うと走者の中で二番目に扉が開いた。

「ふぁ!さすがくーちゃん!!」

「見事にメイド服だな」

『引きがいいのか悪いのか…』

妙にクオリティが高いヴィクトリア朝のメイド服。裾やエプロンにフリルがあるからそれなりにアレンジが加えられているらしい。

走りづらかったようで裾を両手で掴み持ち上げ走る木賊。衣装も仕草も違和感がないけど黄蘗は腹を抱えて、シアンも半笑いでシャッターを切った。



「アカン!メイド服?!」

「とても似合ってましたよ」

喚く木賊と微笑んでる柑子が席に戻ってくる。服はジャージになっていて隣の黄蘗が残念そうな顔をした。

「くーちゃんもこーちゃんも着替えちゃったの?」

「何時までも着とるわけないやろ?!」

「動きづらいですからね」

「写真、撮っておいたぞ」

「消せ!」

からかう二人に吠える木賊。眺めていれば柑子が俺の前にたって膝をついた。

「ご覧くださいましたか?」

『うん、一位だったね。おめでとう柑子』

「…はい」

少し低い位置にある柑子の髪をなでれば目を細めて微笑む。滲み出てる感情に柑子も変わったななんて思ってれば背中に突きがいれられて一瞬前のめりになった。

振り返ったそこには不機嫌そうな顔の木賊がいて、シアンと黄蘗はカメラに夢中になってる。

「………」

物言いたげな目。そのわりに開かれない口に笑みを浮かべた。

『頑張ってたね、木賊。おめでとう』

「………は!あたりまえや!」

唇をむにむにと動かしたあとに笑った木賊をシアンが激写する。気づいてないのか木賊は俺の隣に座っていかにメイド服が走りづらかったのか語りたしてた。ほんのりと赤くなってる頬に触れれば目を丸くしたあとにそっぽ向かれる。

『みんなお疲れ様、すごかったよ』

「もっと褒めて!甘やかして!」

「ありがとう、はくあ」

「貴方のためなら幾らでも捧げましょう」

「べ、別に自分のためとちゃうからな!」

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