あんスタ


「ぷーるたのしかったです♪」

休み中に夏を満喫したようで、上機嫌に語る旧友の表情はとても柔らかい。

「ふむ、泳ぎが苦手だと言っておった気がするが…泳げるようになったのかの?」

「いいえ、およげませんよ~。でも、うきわでぷかぷかするのがとっても『たのしかった』んです♪」

両手を合わせて微笑むその様子に偽りはないように思える。

しかしながら、奏汰くんとプールに行くとはとんだ強者がいたものだ。

「うむ、夏休みを楽しめたようでよかったぞい♪」

「はい♪」

そんな会話をかわしたのは休み明け一発目の始業式前で、用事があるからと跳ねるような軽い足取りで離れていった奏汰くんを見送った。

長期休暇となると久々に顔を見る人間のほうが多く、はからずとも感動が上乗せになりやすい。

「はぁ?!なにやってんのアンタ!?」

廊下をゆったり歩いていると怒号が聞こえて目を瞬く。案外近くから聞こえてきた声に少し悩んだものの足を進めていくと校舎の裏、影になって人目につきにくいそこに立つ二人が見え咄嗟に物陰に隠れた。

「どーしたらそんなに真っ赤になるわけ?!」

『ちょっと気を抜いてしまいまして…』

「はぁ?ちょっとって度合いじゃないんだけどぉ?」

眉間の皺をこれでもかというほどに深くして仁王立ちする瀬名くんと、肩を竦めて力なく笑うそれ。

遠目からでも頬や鼻の頭が赤いのが見え、おそらく日焼けをしたのだろ。烈火のごとく怒る瀬名くんに言い返すことができないようでただただ笑ってた。

「いつ焼けたわけ?」

『昨日です』

「ちゃんと冷やしてんの?」

『……軽く』

「ばっかじゃないの?!」

『あはは…』

わざわざひと目につかないところを選んでここにいるだろうに瀬名くんの怒号がとても響く。

それもこれも日焼けしていることが原因なのは違いない。

頬や首、手首も確認したところで大きくため息をついた。

「は~っ…そんなんじゃ仕事にならないでしょ!今日アンタん家行くから!」

『え、』

「何か文句あるわけ?」

じろりと強い視線を向けられたことで苦笑いを零す。

『うーん、文句ではないんですが…今日はこれを見て悲鳴を上げた四人が家に来る予定なんですよね』

「あの四人なら問題ないでしょ。今日はトマト系の主食とサラダね」

『あ、柑子トマト嫌いなんです』

「柑子くんか…なら仕方ないからちょっと考えて連絡する。帰り待ち合わせるよ」

『はい』

苛立ちはある程度収まったのか息を吐いて髪を払った瀬名くんがポケットから携帯を取り出す。少ししたところで顔を上げた。

「ご飯は椋実くんが作る予定なわけ?」

若干と首を傾げた瀬名くんにそれも首を傾げる。

『たぶん。でも、木賊も張り切ってたのでもしかしたら二人で作ってくれる予定なのかもしれないです』

「ふ~ん。ならあっちとも話し合わせとかないとねぇ」

随分と仲がいいようで、先程の怒り具合はどこへやら。晩御飯の話をする二人の間には柔らかな空気のみが流れてる。

携帯をポケットにしまい、瀬名くんは息を吐いた。

「しろくん」

『はい?』

相変わらず神経質なくらい手入れさせれているのであろう白い手が伸びてそれの頬に触れる。触られた右頬に一度目を閉じたあと瀬名くんを不思議そうな目でじっと見つめた。

『…泉さん?』

「………―プール、楽しかった?」

ひどく柔らかく、慈しみのこもった声。 問いかけられたそれは目を丸くしたあとに何度も視線を惑わせて、唇を噛み、数十秒持たせてから歪つに笑った。

『…はい、たぶん、楽しかったと思います』

歯切れの悪い返事。ほんのりと赤くなった頬はきっと、日焼けだけが原因ではない。

「ふーん」

どうでもよさそうに、あっさりとした声色で頷くと手を伸ばして黒髪を撫でる。

「そっかぁ、よかったね。いいこいいこ」

『…………』

少し俯いておとなしく頭を撫でられているそれの表情はこちらから確認することはできない。けれど二人を包む空気は異様に柔らかく、見ていていたたまれないような、そんな気分になる。

校舎内から響き始めたチャイムに手を止めるのと顔を上げるのは同時で、二人は目を合わせるといつもの表情に戻った。

「アンタ次何なの?」

『物理だった気がします。泉さんは?』

「自習だってさぁ」

『羨ましいですね』

「ふふ、しっかり勉強しなよぉ」

『泉さんもちゃんと自習してくださいね』

「はぁ~?誰に言ってるわけぇ?」

軽口を叩きながら二人は校舎に入っていく。

ただの先輩後輩というのが相応しい二人は誰が見ても仲睦まじい。

背が見えなくなるまで見送って、ふと、頭の中で結びついた情報に唇を噛む。

「どうしたら、」

漏れ出してしまった言葉の先をなかったことにしようと息と一緒に呑み込んで、また唇を噛んだ。


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