あんスタ


たまには一緒に散歩しましょうと手を引かれ連れ出された外。太陽を避けて日陰を歩いていると大きな水音がして、隣に居た奏汰くんと顔を合わせて音の方に向かった。

「………はて?お主なにをしておるのじゃ?」

そこにいたのは髪や顎、服から水を滴らせてるびしょびしょのそれで、俺達を視界に入れるなり目を丸くして固まった。

「…みずあそびですか!?」

一緒にきょとんとしてたはずなのに、目を瞬かせて笑った奏汰くんが近寄っていけばいつもとは少し違う笑顔を繕う。

『…そんなところです』

「ふふ、たのしそうですね!」

『はい。でも、思っていたよりも寒いのでまだ水遊びには早かったみたいです』

張り付いた髪を剥がすように払い微笑んだそれから目を逸らし、そして違和感を覚えた。

大きな水音はしたし、たしかに目の前のこれはびしょびしょなのに近くに水場はない。そのうえ水を汲んでおけるようなバケツも見当たらない。ならば何故、こんなにも水濡れなのか。どうやって頭からつま先まで濡れたのだろう?

「きょうは『きがえ』をもっているんですか?」

『部室に常備しています』

「ならはやく『おゆ』をあびてきがえたほうがいいですよ。『かぜ』をひいては『たいへん』です」

『ええ、そうします』

にこりと笑いあっていた二人はいつのまにか話をまとめて切り上げてる。頷いたそれは短く頭を下げて俺達に背を向けた。

ぽたりぽたりと落ちる水が太陽に照らされて見えて、建物の影に入っていくまでその背中を見つめてしまう。

「………―まだ、なくなりませんか」

不意に耳が拾った、低く小さい、心配をも混ぜた声。

誰もいなくなった校舎から視線を移せば奏汰くんはいつもと同じようににっこりと笑ってた。

「れい、ぼくちょっとはだが『ぴりぴり』してきているので『ふんすい』でいっしょにぷかぷかしませんか?」

「……うむ、我輩今日は着替えを持っておらんのじゃ、遠慮しておこうかのう」

断ったはずなのに、上機嫌で俺の手をひいた奏汰くんとそのまま噴水に飛び込んだ。

夏が近いとはいえ水温はそれほど高くなく、濡れた肌は風に吹かれると更に体温を奪っていく。肌寒さに身震いをして、ふとさっきの違和感が戻ってくる。

こんな寒さで水遊びとは正気の沙汰じゃない。あれも気温も計算できないような馬鹿ではなかろう。

そもそも水桶もなしにどう水浸しになったんだ?

見上げた奏汰くんはさっき、ほんの一瞬見せてた暗さは感じ取れない。しかしながらなにか知っているのは違いない。

「……奏汰くん、お主は」

「ん?どうしました?れい?」

目を丸くするその表情はいつもと差異はなく見える。

「……―我輩、着替えがないんじゃけど」

「ふふ、ぼくもないので『おそろい』ですね♪」

「……それはあまり嬉ししくないお揃いじゃのう…」

底抜けに明るい笑顔を見せるからため息まじりに肩を落とす。水音にか生徒のざわめきを聞きつけたのか、走ってきた蓮巳くんはこめかみに青筋を浮かべていてまたため息をついてしまった。



蓮巳くんの説教から解放される頃には一時間をゆうに使い切っていて、鳴りはじめた腹にどうしたものかと廊下を進む。

昼食時で校舎内がざわめいていて騒がしく、なるべく人を避け歩いていれば向かい側にさっきとは違いジャージ姿のそれが見えて咄嗟に足を引いた。

『シアン』

柔らかく落ち着いた声が呼ぶ名前に聞き覚えがあって、顔を上げるとそれの隣にはどこかアドニスくんと似通った顔立ちと青みの髪をした青年が立ってた。

あれはたしか、椋実くん、といったか。

なんとなく眺める。

我輩の記憶が正しければ、あれと同じユニット、部活に所属している彼はハーフでどこかアドニスくんと顔立ちが似てるのも納得できる。

ぼーと見つめていると話の切れ目で椋実くんは手を伸ばし、それの毛先をほんの少し掬った。

「はくあ、髪が濡れてるが風呂でも入ったのか?」

『…少しね』

「きちんと乾かさないと風邪を引く」

目を細めて窘めるような口調の彼は続けて髪が痛むと付け加え、それは苦笑いを返した。

『シアンまで泉さんみたいなこと言わないでよ』

「物臭なはくあが悪い」

言い返せないのか曖昧に笑うだけのそれは物臭とは真逆のイメージがあっただけに驚いてしまって、椋実くんは右足のつま先を今までとは反対に向けた。

「…部室に行こう」

『食堂行くんじゃなかったの?』

「先に髪だ」

『さっきお腹空いてるって言ってなかった?』

気乗りしないのか渋るそれにむっとしてる椋実くんは制服の裾をつかむ。

「俺が乾かす」

『…はぁ、わかったよ』

折れて踵を返したのを見て、表情を綻ばせた彼はどこか満足そうだ。

「はくあ」

『はいはい』

歩き始めたそれの隣に並んで優しく名前を呼ぶ。呼ばれた方も機嫌が悪くはないのか穏やかな声色で、聞いてるこちらがもやもやしてきた。

なんとなく二人が遠ざかっていくところを眺めていると椋実くんは息を吐く。

「…深海さんが、心配してたぞ」

聞こえてきた名前に耳を澄ませる。一瞬動揺したように足を止めたそれは微妙な間のあとに足を再び動かした。

『………別に、心配されるようなことでもないよ』

「……そうか」

再び足をすすめる二人は宣言通り部室の天文台に向かうのだろう。

廊下の角を曲がっていった二人を見送って、詰めてしまっていたらしい息を吐いた。

「………あやつは、なにに―…」

溢れでていた言葉は最後まで音にならないで溶けていく。もう一度息を吸って吐き出せば人気のなくなった廊下には嫌なくらいに大きく響いて聞こえた。



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