あんスタ


「甘いもの食べたいね~」

「あら!いいわねぇ♪」

俺達の一つ上、最高学年にあたる三年はこの学園で生き延びているだけあって三奇人を筆頭に一癖もふた癖もある人たちばかりだが、その一個下の戦乱を見てきた二年も負けはしない。

囲まれてると俺の存在さえも霞む。

「皆様でですか?」

今だって俺が黙っているのもあるけど若干空気になりかけてる。

騒ぎの中心は大抵決まっているけど、今回は朔間くんと鳴上、加えて伏見が話に混ざってた。

「は?ざけんな!俺は甘いものが嫌いなんだよ!」

普段通り巻き込まれたらしい影片と保護者枠の衣更が引きずりこまれてる。大神も八方から声をかけられてたじろいでいるし、今のうちに帰ろう。

支度をして立ち上がったところでくんっと服が引かれた。

ゆっくりと下を見るとあどけない顔をした影片が俺のブレザーを掴んでる。

「なぁなぁ、お師さん怒らへんやろか?」

俺に聞くなよ。

思わず口から出そうになった言葉を飲み込む、

何を勘違いしてるのか、時折、影片は俺に指示を仰ぐ。お前の師匠は一人だろうと言い返してやりたい。

「甘いもん食べに行ってもええかな?」

『んー、僕じゃなくて斎宮さんに直接聞いたほうがいいんじゃないかな…』

「あらぁ!みかちゃんと紅紫くんって仲が良かったのね!」

いつの間にか隣から消えていた影片に気づいた鳴上が嬉しそうに口を開くもんだから衣更の感嘆の目と大神の疑わしそうな目が突き刺さった。

「なぁなぁ」

可愛いけど、今は空気読めよこの野郎。



何がどうしてこうなったのか。一つ上の苦労人の言葉を借りるのなら“度し難い”だ。ふわりと香る、甘い甘い匂いと店内で笑う女子の姿。肩身が狭い。

用意周到にも予約を入れていた鳴上のお陰で好奇の目に晒される時間は短時間で済んだ。通された先は個室風になっていて端なこともあり静かに過ごせそうだ。席に流れ込み、U字の折り返しに追い込まれた俺の隣に影片、その隣に鳴上。反対隣に何故か大神が座って俺を見たあとに目をそらした。

オーダー制の食べ放題らしく、全員が揃った瞬間から二時間が始まる。

「すごいなぁ!ふわふわや!」

皿の上、生クリームのたっぷり乗ったショートケーキに目を輝かせる影片を鳴上は頬を緩ませて写真に収めた。

「うげっ、リッチ~最初からそんな頼んで大丈夫かよ!」

「ん~?大丈夫大丈夫、よゆ~。コーギーこそそれしか頼まなくていいの?」

「俺様は最初チーズケーキからって決めてんだよ!」

「伏見って甘いもん食べんだな」

「ええ。坊っちゃんのおやつを作ることのほうが多いですが、わたくしも甘いものは好きです」

「ああ、うん。見事にチョコケーキの山だもんな」

楽しそうに話す周りの食べている生クリームやらチョコの山に胸焼けを覚えながら持ってきたシフォンケーキの端を崩して運ぶ。見立て通りそこまであまり甘くないけどもっと砂糖が少なくていい。アイスコーヒーを啜って口内を濯いだ。

どうしたものかな

「あれ?食べへんの?」

『食べてるよ?』

それなりにボリュームがあるシフォンケーキは量の食えるものじゃないだろうに、ちまちまと端を崩してた俺に影片は心配そうな目を向けた。

「自分のあんまクリーム乗ってへんなぁ?」

『うん、そういうケーキだから』

「へー…あ!俺のも食べる?これ美味しいんよ!」

嬉々として差し出された一口分のショートケーキに口の端が引き攣る。歳の割に幼い表情を見せる影片を無下に扱えば真後ろで和やかそうな顔をしてスマホを向けてる鳴上から非難こそなくても印象が悪くなるだろう。

クラス内で居心地悪くなるのは面倒くさいなと今後と今を天秤にかけて口を開いた。

ぱぁっと目を輝かせた影片にフォークを突っ込まれる。砂糖の塊を無心で噛み砕いて飲み込み、笑って礼を言えば頬を赤らめるから少し可愛い。視線がそれたことに自然な流れを意識してコーヒーを飲んだ。

糖分過多で味覚が死にそう。

紛らわすようにシフォンケーキをコーヒーで流し込んでなんとか皿を片付けた。

当分甘いものはいらないな。

「せっかくの食べ放題だよ?食べないともったいなくない?」

最初から今に至るまで全種類のケーキを食べる気なのか、一つずつおいしそうに頬張っていた朔間がフォークの動いていない影片と俺を見て首を傾げた。

隣の影片は最初にショートケーキを頼んで空にしているのにそこから何も頼んでない。

「せやけど、これ以上食べたらお師さんが怒るんやないかなぁて…」

ううん、と悩むように体を震わせた影片に何故か朔間くんと鳴上は俺を見る。

釣られるように伏見と衣更が俺を見るものだから笑みをはっつけた。

『朔間くんの言うとおり、せっかく来たんだから食べたらいいんじゃない?』

「…お師さん怒らへんやろか?」

さり気なく摘まれたワイシャツに首を傾げる。

『うーん、もし怒られたら僕も一緒に謝ってあげるよ』

「ほんま?」

『約束ね』

迷子の子供からおもちゃをもらった子供くらい目を輝かせた影片はメニューを衣更から受け取り俺の方に傾けてきた。

「これと、これと、これも食べてもええ?」

苺タルトと抹茶スフレにミルクレープを指した影片はやっぱり俺を親鳥か何かと勘違いしてるらしい。

『いいんじゃない?』

キラキラした目で隣の鳴上に食べたいものを伝えてるそれはあざとくて仕方ないが悪意がないから許容できるレベルに可愛い。

ついでにおかわりのアイスコーヒーも一緒に頼んで店員が消えていくのを眺めてるとくいと服が引かれた。

「半分こしよな!」

『……』

「…アカン?」

『うんん、半分こしようか』

あざとい。頷いてやれば嬉しそうに笑う。

だからお人形さんなのか、お人形さんだからこれなのかは判別できかねるけど、あの人もこの子のこういうところが突き放しきれない所以なんだろう。

「お前、影片によえーんだな」

思考を遮断させる、心底意外そうな声が隣から投げつけられた。

なにかを頬張ってる大神の口元は歪められていて珍しい物を見た気分だ。

『影片に弱いというか…斎宮さんにお世話になってからちょっと、ね』

濁して笑えば元より仲がいいわけでもない大神は興味を失ったようにミルクプリンにスプーンを入れる。

ちょうど運ばれてきた追加分に影片が歓喜の声を上げて鳴上が笑った。

一緒に来たコーヒーを口に含む。

チョコレート類を食べ続ける伏見とモンブランを頬張った朔間の口を拭ってやる衣更。黙々と食べ続ける大神はティラミスを掬ってた。

ケーキ屋なこともあってケーキがメニューの大部分を占めていたから気づかなかったけど、端の方に存在するカップ類は案外甘くなさそうなものが多く、思えば大神もそこから頼んでるようだ。

あまりにも手が止まっていると次はどう事態が転ぶかわからないから真似をしてティラミスを注文しておいた。







「うう~美味しかったけどお師さんに怒られたらどないしよ」

「まあまあ、大丈夫じゃない?」

「はー!食った食った!」

「コーギーってばなんだかんだ楽しんでたよね」

「伏見って意外と食うんだな」

「普段はそうでもないんですよ?」

二時間の制限をすべて使い切った彼らは各々最後に頼んだケーキや飲み物で締めていた。

結局影片の頼んだケーキを本当に半分ずつ口に運ばれた俺はもう何杯目になるかわからないコーヒーで味覚のリセットをはかっているけど、まだ甘い気がする。特に最後の方食べたチョコプリンは冗談抜きで死ぬかと思った。

思い出せばまた鳥肌が立った気がしてコーヒーを流し込む。

「せっかくみんなが揃ってるんだからこのまま帰っちゃうのは勿体無いわよねぇ」

「記念写真でも撮るのか?」

「そういえばこの間、セッちゃんとエッちゃんのクラスがゲームセンター行ったらしいね~」

「あー、すけこましがんなこと言ってたなぁ」

「ゲームセンター?」

「ゲームセンターとはゲーム機器が置いてある娯楽施設のことですよ、影片様」

「この前お師さんがゆーてたところやな?」

つい先日、ゲームセンターにいった三年の話にプリクラを撮ろうと始まる。全員が皿の上を空にし、一息吐いたタイミングで立ち上がった。会計を済ませて店を出れば日もだいぶ落ち、空は紫に近い。

店を出て真っ直ぐ、一番近いところにあるゲームセンターに向かう。

食べてる間に溜まったメッセージを消化しながら着いて行く。歩調が緩まったせいで一番後ろになったけど気にするほどのことでもないだろう。

「紅紫が一緒に飯に行ってくれたのは意外だったな」

ふいに声が投げられて顔を上げた。

隣に並んだ衣更が笑ってる。

『そうかな?』

首を傾げ気味にすれば衣更はためらいなく頷いた。

一応クラス内では当たり障りない程度親睦を深めていたはずだけど、俺はどう見られていたんだ

「あーわかるわかる~。なんかいつも固定メンツに囲まれてるし、必要なこと以外あんま喋んないもんね~」

ゆるい口調で斜め前の朔間くんは夜に近いからか赤い目がキラキラとして言葉も元気に聞こえる。

『んー、朔間くん気づいたら寝てるからじゃない?』

「それもあるかも~」

「気づいたらってかいつも寝てるだろ」

笑った朔間くんに衣更はため息をついて、苦労性が垣間見えた。

「意外と喋りやすいね~」

「お前紅紫をなんだと思ってたんだ…?」

「……んー、なんだろう。超人?」

「なんだそりゃ」

漫才にも見える二人のやり取りを笑顔で流していれば目当てのゲームセンターにつく。

それなりに遅い時間なこともあって人がいる。騒音に近いゲームの音に影片は戸惑ったように鳴上の後ろに隠れた。

「プリクラどこだー?」

「あちらではありませんか?」

きょろきょろとあたりを見渡した衣更に伏見が遠くを指す。一角がプリクラコーナーになっているらしく、釣り看板を目指して進んだ。

「なんだ?結構種類あんだな」

正直いってどれがいいかなんて判断できないのは大神だけではなく、全員が詳しそうな鳴上を見上げた。

「こっちの機種にしましょ、アタシここのならプリクラ全部取れるから♪」

予想通り指示を出した鳴上に促され全員が箱の中に入る。流石に華奢が多いと言ってもそれなりに身長がある男子高校生が七人も入れば中は狭い。必然的に隣とくっつくことになった。

「うふふ、狭いわねぇ」

「白!眩し!なんやねんこれ!」

「うぁぁ、目がやられた…」

「プリクラとか久しぶりだな~」

「うぉ?!なんだ!?」

「ふふ、お怪我はございませんか?」

経験者らしき鳴上と衣更が画面を触る。降りてきた後ろ幕にぶつかった大神が声を上げたことで伏見が笑った。

「撮るわよぉ~」

「じゃ、最初は俺と凛月、前に行くわ」

何が起きてるのか理解できている人間は案外少ない。鳴上に引っ張られた影片と衣更、朔間くんが前に出て、後ろに残された俺達は思わず顔を合わせた。

「はいはい!もっと寄って!ポーズして!」

「あ、はい?」

「お、おう?」

鳴上と機械のカウントダウンに急かされて営業スマイルをつくりカメラを見た。

アイドルらしく一部を除いて決め顔をつくった一枚目。促されるまま前と後ろを入れ替えて二枚目が撮影される。

「みかちゃん笑って笑って!」

「んぁぁ、そない急に無理やぁ」

半分入れ替えた次は俺と鳴上、影片が後ろだった。

一枚目も二枚目も顔が引き攣ってる影片は困ったようにこちらを見てきて苦笑いをこぼす。

『無理して笑わなくていいと思うよ。ただ、ちょっと肩の力抜いてみたらどう?今日は遊んでるだけだから、ね?』

ぽんぽんと頭を撫でて見るとええんやろかと首を傾げてそのままふにゃりと表情を崩した。

「あらもう!妬けちゃうわぁ!」

鳴上の不満そうな顔の後にぐいっと手を引かれて前に押し出される。隣の影片も目を丸くしていて、視線があえば二人して破綻した。

アップ撮影はこれで終了らしく、次は全身撮影とまた移動を促される。並びを変えると今度は朔間くんと大神と一緒になった。

「あ、このポーズやろ~」

唐突に声を上げた朔間くんは画面を指す。見本らしきそれは三人の女子が指で文字を作っているらしい。

「はいはい、コーギーがLね~」

「おう」

『なら僕はOとV?』

「そうそう察しがいいね~。それで俺がE~…あ、はみでちゃうからもっと真ん中よってー」

ぐっと寄ってきた朔間くんと控えめに寄ってきた大神に挟まれる。アイドルらしく決め顔を作った二人に思わず表情を崩してしまい、何故か釣られたらしい二人も笑った。



「お師さんに怒られまうかもしれへんけど、ごっつ楽しかったわぁ」

疲れたのか、壁にもたれて零した言葉に頷いてやる。プリクラの落書きに夢中になってる鳴上と朔間くん、大神。衣更と伏見は後ろから覗き込んで笑う。取り残された俺と影片は待合用の椅子に座ってた。

「ん~…うー…」

『影片?』

様子がおかしいと思うと同時にくてりと肩に重みがかかる。瞼をおろした影片は問いかけてもなにか唸るだけだ。

『おいおい、嘘だろ』

頭痛を覚えてこめかみを押さえる。ちょうど落書きが終わったのか鳴上たちが出てきて、こっちに気づいたと思うとスマホを向けてきた。

「やだぁ~!かわいい~!」

「眠られてしまったんですね」

「遊び疲れて寝るなんて子供か」

「紅紫に懐いてんな」

「ほっぺぷにぷにだね~」

鳴上に写真を撮られ、朔間くんに頬を突かれても起きない影片に身動きが取れない俺は苦笑いしか出てこない。

切り分けられたプリクラを受け取り、スマホケースに差し込む。影片の分は衣更がノートに挟んでやってた。

「さて、そろそろ時間も遅いですし解散いたしましょうか」

にっこりと笑った伏見に頷いたのは全員で、眠っている影片は何故か俺の預りになって荷物が増えた。

仕方なしに影片を背負う。人形らしく身長の割に軽い。こいつの師匠どうよう設定ミスの塊だ。

影片の帰る家はここからさほど遠くなく、正確には影片家ではなく斎宮家に帰っている。話に聞いていたけどまさか影片のために初めて斎宮家に向かうことになるなんて予想もしてなかった。ゆっくり星空の下を歩く。

耳元で聞こえる穏やかな吐息と人肌に大きな子供を背負ってる気分だ。

大体この辺だろうとあたりをつけていた場所につく。住宅街らしく幾つもの家が建ち並び、一つずつ確認するのは骨が折れそうだ。

どれかななんて視線を巡らせようとしたところで、一つ、ベージュピンクに近い外壁をした家から人影が飛び出した。

明かりが落ちた遠目でもわかる高身長と独特の髪色。手元にはあのお人形はいない。

『こんばんは』

「っ、」

夜なこともありそこまで大きな声を出さずとも聞こえたようで、弾かれたように振り返った彼は俺と影片を見比べて何か言葉を発そうとして失敗してた。



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