ヒロアカ 第一部


最後に一緒に登下校したのはもう半月以上前だ。出久は毎日砂をつけていて、更にはどこか草臥れてる。怪我はしてないものの少し心配だ。母さんも何か言いたそうだけど、出久が大丈夫というからそれ以上口が出せない。

雄英に向けてのトレーニングと言えばそれまでだけど、あまりに唐突すぎる。今じゃ昼も別に取ってるし、家に帰ってきたと思えば部屋にこもってトレーニングをして、お風呂も別々。

『出久ぅ…』

「デクの野郎、最近気持ちわりぃよな」

『気持ち悪くないよ。出久はいつだって可愛いし』

「へーへー」

俺の持ってきてた赤色の縁の弁当箱からミートボールをつまみ上げて口に入れる。俺も進んでなかった箸を動かして鯖の塩焼きをほぐして咀嚼した。

『出久が筋トレに目覚めるなんて…もしかして好きな子ができたとかかな…』

「デクにぃ?ねぇわ」

『彼女とか連れてきたらどうしよ、俺許せるかな。出久のことすごく大切にする子じゃなきゃ無理。お婿になんて絶対出さない…』

「てめぇは親か。……デクは理想高いんだから、その辺の女に引っかかったりしねぇだろ」

『………出久って理想高いの?』

「そりゃあ身近にレベル高ぇのいんだから、そうなる」

『え、レベル高い?身近??……うーん、真面目な委員長ちゃん?それともうちのクラスの手芸部の部長?物腰柔らかくて人気らしいし』

「はぁ。…ごちそーさま。さっさと食いきれや」

『あ、悪い悪い』

少し残ってたご飯と魚を口に入れ蓋を閉じる。奪われるようにして手の中から箱が消えて、代わりに俺の赤色の箱が戻ってきた。

「デクの野郎、本気で雄英受ける気なんだってな」

『うん。出久は一度言ったことは必ずやりきる子だから』

「……。っそ」

興味がないような顔で素っ気なく返事をして、立ち上がるかと思えば弁当箱を横に置いてぐてりと体から力を抜く。寄り添ってきた体に不思議に思いながらも受け止めて、そのまま腕を伸ばしてささえれば赤色の目が俺を見上げた。

「最近デク付き合い悪いんだろ。なら俺の昼寝付き合え」

『……?いーよ』

甘えてくるなんて珍しい。支えてた腕から少しずつ力を抜いて太ももの上に頭を乗せる学ランから伸びる白い手が俺の制服代わりのパーカーを握って、髪にふれればすぐに目を閉じた。

「普通科なんだってな」

『経営科か悩んだんだけど、推薦貰えたしいいかなって』

「…雄英は普通科だって偏差値馬鹿高いのに、やっぱおかしい奴」

『伊達に皆勤賞貰ってないからね』

「ふーん」

尖っているように見える髪はふわふわとしてて触るととても気持ちいい。猫の柔らかさと犬の毛量を間取ったような髪を撫でていればそのうち眉間の皺が薄くなって力が抜けた。

眠りについた証拠に勝己の口が少しだけ開いている。パーカーを掴む手は離れないけれどリラックスしてるその姿に小さな頃と全く変わってないなと小さく笑った。





「兄ちゃん!おはよ!!」

朝起きてくるとリビングにはワイシャツにスラックスの出久がいて目を瞬く。久々に見た出久は洋服越しでもわかるくらいに筋肉がついていて、手を伸ばして肩や腕に触れた。

「ひ、あは!ちょ、兄ちゃんくすぐったい」

腹に触れて感覚を確かめるために揉んだあたりで出久からストップをかけられて、母さんが手伝ってと声をかけてきたから手を下ろす。

短期間でこんなに身体って作れるものなのか?疑問に思うものの頬は相変わらずぷにぷにと柔らかく、目を丸く、髪もふわふわしてる。

『出久が最強に可愛いからいいか』

「あら、どうしたの?」

食器を運ぶのを手伝っていれば隣で同じようにグラスと箸を運ぶ母さんが不思議そうに俺を見た。首を横に振ってテーブルに並べる。今日の朝ごはんはパンらしい。

「いっただきまーす!」

手を合わせてパンを頬張り始めた出久は草臥れた感じはなく、元気そうだ。食べる量が増えたなとは思うけど出久が元気で可愛い俺の弟ならばそれ以上は何も言うことはない。

ロールパンを取ってちぎり、口に運ぶ。付け合せはサラダとヨーグルト、ハムに昨日の残りの煮物。出久の皿には追加でソーセージが五本乗ってる。

「兄ちゃん、開始時間って一緒?」

『うん。ただ会場が離れてるみたいだから雄英ついたら分かれないとな』

「じゃあ一緒に行こうね!」

『もちろん』

ご飯を食べきって、ブレザーを羽織る。母さんに挨拶をして二人で家を出た。

「筆記試験って難しいかな…」

『ヒーロー科も偏差値低くはないみたいだもんね…でも、実技のほうが重視されるらしいし、いけるでしょ』

「受からなかったらどうしよう…」

『大丈夫大丈夫。出久の努力はきっと報われるよ』

すでにネガティブモードになってる出久に苦笑いを浮かべながら宥める。胸元のあたりに拳をつくって息を吐いてたと思うと手をゆっくり解いて、俺の右手を取った。

「兄ちゃんと雄英の制服着て学校通えるよう頑張る」

ふわりと笑った出久は花が綻んだように可愛らしい。苦笑いを消して俺も笑った。

『兄ちゃんも頑張らないとな。出久だけ受かって一人で通わせちゃったら意味ないし』

「うん!絶対一緒に行こうね!」

強く握られた手を離れないよう握り返す。そのまま手を繋いで久々に顔を合わせたことに会話が尽きないでずっと喋って歩いていれば一時間くらいの距離はあっという間に終わり、雄英の大きな校舎が見えてきた。

「雄英…!」

『でか…』

「春からここに…」

『探検できそうだなー』

「隠し部屋とかありそうだね!」

目を輝かせて笑う出久に頷いて空いている方の手で髪を撫でる。頬をさらに緩めたから頷いて、大きすぎる門をくぐった。

「緊張でお腹痛い…」

『珍しい。ほら、深呼吸深呼吸』

「う、うん」

深呼吸してる出久。ヒーロー科、普通科と掲示板が別方向を指していて自然と足が止まった。

「兄ちゃん、」

『俺も出久との楽しい高校生活のために頑張るよ』

「っ、兄ちゃんなら絶対大丈夫だよ!」

『ありがとう』

「退けやデク」

「ひぇ!?」

肩を跳ね上げた出久と繋いだ手をひいて腕の中に仕舞いこむ。ちょうど出久が立っていたあたりに進もうとしていたらしい勝己は眉根を寄せていて大変不機嫌そうな顔で出久を見て、俺を見た。

「か、かっちゃん、おはよ」

『おはよう、勝己』

「ちっ」

「きょきょきょうは頑張ろうね!」

歩行速度を緩めたと思うと出久に舌打ちを返して、俺を見上げる。

『また三人で学校通えるようにしよ』

「………」

赤色の瞳がすぐに逸らされて前を見る。重いながらも迷いのない足取りで進んでいく勝己に周りはニュースで見た顔がいることにざわめいて、腕の中から出久を取り出した。

『それじゃあ俺はあっちだから』

「う、うん…、」

『出久』

迷子みたいな顔が可愛いから、両手を使って顔を上げさせて、額を合わせた。

『いつもの優しい出久なら絶対平気。自信持って』

「…ありがとう、兄ちゃん」

柔らかく笑ったことに安堵して離れる。髪に触れた後に手を振って俺は普通科の入試会場に向けて歩き出す。緊張して上がっている出久は少し心配だけど、普段の出久で臨めば大丈夫だ。

だってあの子以上にヒーローらしい子はいない。





雄英の推薦は推薦であるけれど、ちょっと特殊だ。事前に嘆願書を出して、本来の私公立であれば面接、終了だけど面接に加えて、筆記試験もする。

要は実力確認の部分が含まれていて一定のラインを超えなければ合格することができないらしい。

私立なら大抵国語、数学、英語。公立ならそれにプラスして理科、社会だけど雄英は気合いの入れようが違う。主要五科目は更に理科であれば生物、科学、物理。社会ならば歴史、地理といったように枝分かれしていて、あわせて美術、音楽、家庭科、技術、保健体育。義務教育中に習う科目のほぼ全てから問題が出される。

多い科目数に試験は朝から夕方までみっちりと二日かけて行われて、もちろん不正行為は許されないし一応個性の使用はやむを得ず事前申請をしている者以外は禁止だと説明があった。

俺は個性なんて使う予定が微塵もないからいつもと同じように普通に試験を受ける。今頃出久も試験を受けているはずで、雄英の敷地は広く、流れはわからないからなんとも言えないけど、昨日が筆記だったから今日は実技と言ってたような言ってなかったような気がした。

答えを埋め終わった用紙にシャーペンをおいて、裏返す。そのまま頬杖をついて外を眺める。

遠くでは黒煙が小さく上がっていて、防音ゆえシャーペンや鉛筆が紙を掻く音しか聞こえないけど、聞こえないだけできっと外は大きな音が響いているんだろう。

出久と勝己がヒーロー科に進んだとしたら、一般科の俺は接点があるのか少し心配だけどたぶんご飯くらいは一緒に食べれるだろう。今までだって二人と同じクラスに割り当てられたことは一度だってないからその辺は変わらないはずだ。

試験官の終了の合図にピタリと音が止み、閉じていた目を開く。颯爽と数人の試験官が解答用紙を回収していって、代わりに次の問題用紙と解答用紙が置かれた。

きっかり一分のインターバルを置いて開始の合図がかかり、同時に問題用紙を開く音が響く。解答用紙に名前をしっかり書いてから周りより遅れて問題用紙を開き、ゆっくり答えを書き始めた。




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