ヒロアカ 第一部


春うらら。本日も天気がよく空は青い。桜は散りはじめてしまったけれど、まぁ葉桜でもこの際というか別に気にしない。俺には特に花を愛でる趣味はない。

窓際の真ん中。自由に窓の開け閉めができて教室の視線が向きにくいこの場所は大変心地よい。授業をさして聞いていなくても目立つことはないし、なんといってもグラウンドが何時だって眺められる。

隣のクラスの時間割はもちろん把握していて、次は体育。今のこの時期はサッカーだから屋外授業で視線を落とせばグラウンドにはジャージ姿の人影が集まっていた。

人だかりの中、群を抜いて映える金髪と、殆ど隅に近い場所にいる深緑に頬を緩ませる。教師が指示するなり準備体操が始まってトラックを走る。頬杖をつき、風に靡く髪を眺めて目を細める。

視界に入るのは二つの影。都合良く作られた瞳はかれこれ十年以上眺め続け、目が勝手に追うようになったこれは一重に、俺の執着の顕れだ。

「それでは今から進路希望調査票を配ります。きちんと考え、親御さんとも話し合った上で今週末までに提出をお願いします」

思考を邪魔したのは教師の声で、前を見ると担任が紙を配っている。中学三年にもなれば義務教育の最終学年。流石にしっかりと考えなくてはいけないそれは回ってきたけど手の中に収めても息を吐く以外にやることはない。

毎年毎年、配られるたびに誤魔化しで適当に書いてきたそれは今年はきっちりと書く気持ちであるんだけど、あの子がどこに行くのか一応聞いてからにしなければ。

沸き立つ生徒に教師の諌める声が響いて、また視線を外に戻す。

準備体操を終えたらしい集団は二つのグループに分かれて試合を始めていて、一人が鮮やかにゴールを決める。きらびやかな金髪は歯を見せて笑っていて目を閉じた。




母の作ってくれたお弁当を持っていつもの場所に向かえば、そこには光に照らされずとも圧倒的存在感を放つ金色が輝いていて、赤色の瞳が俺を見据えた。

『お待たせ』

「ふんっ」

顔を背けて手元のお弁当を広げる。隣に腰掛けて俺も同じようにお弁当を広げた。本日の母のお弁当は生姜焼きがメインらしく、周りには彩りのためか野菜が点在していた。

箸を取り出して一口、二口、咀嚼して飲み込むを繰り返せば視界の端に箱が入り込む。

「ん」

差し出されたのは煮付けてあるらしい魚のようで、手の中の箱と交換して口に運ぶ。柔らかな魚に程よくついた醤油ベースの出し汁は相変わらず料理好きの繊細な味がした。

頬を緩ませれば隣から深々とした溜め息が聞こえて視線を向ける。呆れたような赤色の瞳が俺を貫いていた。

「いつになったら言うんだぁ?」

『嫌いなわけじゃないって知ってるだろ?』

手の中の箱を返す。戻ってきたお弁当箱の肉は四分の三程消費されていてそのまま箸をつけた。

「肉より魚が好きなんは事実だろ」

『食べれないってわけじゃないし、それに、肉のほうが好きだから』

「……ちっ」

苛立っているくせに決して掻き込んだりはせず、一口ずつきちんとつまみ上げて口に運び咀嚼する。

特にそれ以上の会話もなく箱の中身を空にして、渡されたときと同じように綺麗に包んで腰を上げれば息を吸う音がした。

「進路調査、もう書いたか」

『ん?まだ』

「……俺、雄英受ける」

『へぇ!あの雄英か…!うちの学校から雄英行った人なんていないんじゃない?』

「だからだ」

鼻を鳴らして口角を上げる。自信満々なその表情は微塵も不安を抱えていないようでもう受かることが確実だとでも言いたげな顔をしてた。

「この俺様が受からないわけがねぇ!」

『うん、そうだな』

両の手のひらを合わせてぱちぱちと音を立て、下ろす。眺めた先の彼はじっと俺を見て、一瞬目逸した後に強く射抜いた。

出留いずるも、雄英、受けるよな」

雄英高校と言えばヒーローを目指す子供にとって最高峰とも呼ばれるヒーロー育成校の一つだ。人材も土地もカリキュラムも、そのへんの学校とは一線を画すその場所はもちろん志望者も多く、試験も大変厳しい難関校の一つである。

目の前の彼はその試験をパスできるだけの力も頭もあり、ヒーローとしての素質も申し分ない存在だ。

『勝己』

けれど最愛のあの子はそうではないから、もしあの子が雄英に行かないというのなら、俺はただそれについて回るだけ。

『俺はまだ未定だけど、たぶん雄英は受けないと思うよ』

「っ、」

哀しそうに歪んだ表情。手を伸ばしてごめんねと髪を撫でてから踵を返す。

校舎に入ったときに見えた時計はいつもより少し遅い時間を指していて、三段飛ばしで階段を駆け上がる。屋上へと続く扉。鍵を差し込んで捻ればふわりと風が髪を巻き上げ視界が眩む。目を閉じてからすぐに止んだ風に瞼を上げれば隅っこにその姿はあった。

「あ!」

肩を跳ね上げて、すぐにこちらを見て表情を破綻させる。嬉しそうなその顔に俺も頬を緩めて扉を後ろ手に閉めてから駆け出した。

『出久〜っ!遅くなってごめんな!!』

「え、大丈夫だよ!そんな、いつもとあまり時間変わらないよ??」

『五分も違う。五分あれば出久とどれだけ会話を弾ませられたと思う?』

「うーん…」

真面目に悩み始めた出久は今日も大変かわいらしい。横にはいつもと同じくお弁当箱と、ノートが置かれていて、早いものでノートの表紙にはNo.15と記載されてた。

思考から戻ってきたのか、出久の大きな瞳がゆっくり上がって俺を捉える。ふにゃりと緩んだと思うとねぇと首を傾げた。

「進路希望、書いた?」

『うんん。まだ。出久は?』

「えっと、ぼ、ぼくは…」

目を何度も泳がせて、気恥ずかしそうに頬を赤らめて両手の指先を絡める。

「か、母さんにもちゃんと相談してからだけど、僕、ずっと行きたい学校があって、」

『うん』

「無個性の僕じゃ望みが薄いかもしれないけど前例がないってだけで禁止されてるわけじゃないし、もしかしたら僕だって個性がいきなりあらわれるかとしれないし、」

ぴたりとせわしなく動いていた手が止まり、小さく早く紡がれていた言葉が途切れる。また強い風が吹いて俺と出久の間を通り抜けていって、意を決したようにぎゅっと目をつぶった出久は大きく息を吸った。

「僕!雄英高校に行きたいんだ!」

ざわめく木々の音を聞いて、風が弱まり静かなるのを待つ。プルプルとふるえてる両手と肩。真っ赤な顔に笑みを浮かべて手を伸ばす。手のひらで包むように両頬に手を添えて、顔を上げさせる。かち合った瞳に笑った。

『そっか!ならたくさん勉強しないとな!』

「っ、うん!!僕頑張るから!!」

目を輝かせて大きく頷いた出久はとっても可愛い。まずは入試勉強と燃えるその姿に苦笑して口を開く。

『その前に母さんに言わないとな?』

「そ、そうだ!母さんに言わなきゃだ!」

思考の沼に入りかけてたらしくかちりと硬直して、勢い良く俺の手を取った。

「きょ、今日!一緒に母さんに言いに行くから付き合って!」

『もっちろん。可愛い可愛い出久のお願い事を俺が断るわけ無いだろ?』

安心したように笑って胸に飛び込んでくるから受け止めて、腕の中にしまいこむ。同い年のはずなのに細い肩。小さな体は男の子のもののはずだけどとてもか弱く映る。

「大好き!」

『んー!俺も出久がいっちばん好きだぞ〜!』

後ろに倒れ込めば硬いコンクリートの床が体を迎える。それでも腕の中が柔らかければそんなもの気にもならなくて、穏やかな陽射しと満たされた腹。淡いシャンプーの香りに睡魔が誘ってきてた。

重くなり始めた瞼。瞬きの間隔が徐々に長くなっていく。腕の中からはいつもと同じように寝息が聞こえ始めてたから携帯のお願い事アラームを確認して、俺も心置きなく眠ることにする。

母さんに話したら、調査票には雄英と記入しないといけない。



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