イナイレ


「ちょっと来栖くんに用があって…でも、いないみたいだね」

「ふーん」

にこりと笑んだ基山は自室に戻るのか廊下を歩いていく。いなくなったところで隣の部屋の扉を見た。

隣の奴はたしか二時間前くらいに戻ってきてたはずだし、基山が一時間前にも、昨日も訪問してたのを知ってる。

大方緑川関連のことだろうけど、気になったから試しにノックを一度してみた。

『なんだよ』

あっさりと扉が開き、中からは不機嫌な来栖が顔を出す。

「居留守かよ」

来栖は息を吐き、俺の手首を掴んで部屋へと引きずり込んだ。さっさと扉が閉められる。

『用があったから出ねーだけで居留守じゃねぇよ』

扉から離れていく来栖はさっきまで使っていたのか開いたままのパソコンの前に座った。中身を気にするよりも早く、流れるような動作で閉じられてしまい、身体がこちらに向けられる。

『なんか用かァ?』

床に座るのは嫌で、ベッドに腰かけた。来栖はどうでもよさそうに俺を見てる。室内は俺の部屋と変わりなく特記事項は見当たらない。

「帰ってきてるはずの奴がいねぇっつってて気になったからノックしただけで別に意味はねーな」

『あっそ』

そもそも俺が特に用もなく来たってことが理由なんだろうが、来栖はそっけなく返してきた。

来栖は閉じたパソコンを一瞥してから立ち上がる。

『なァ、聞いてくれよ不動ォ』

ゆらりと影がうごめいて、にたりと笑いながら来栖は俺を見下ろした。

『最近虎だの飛鷹だの絡んできやがって夜出かけられてねぇんだよなァ』

三日月を描く口元から吐き出された言葉にどうしてか背筋に得体の知れねー冷たいものが走る。

『緑川は手ぇ出せねぇし。…ちょうどいい具合に好みのがいるわけでさァ』

目の前の来栖が危険人物にしか見えなくて、異様に喉が渇いた。

『俺は男も女も気にしねぇし』

なんだ、なんだこのヤバイ感じ

『この際お前が処女だろーとビッチだろーとどぉでもいい』

まずいと思ったと同時に右手首と顎を掴まれ押し倒された。左肘を立てた右足で踏まれる。そのまま下半身に人一人分の重みがかけられて、身動きが取れなくなった。

『ヤらせろ』

なんでこいつこんな人押さえ込むの慣れてんだ。

「は、は…ぁ…?」

脳内で変換される“や”るの字。

殺る?

だったらまだ良い。
上等だ

ヤるであったらまずいどころじゃねぇ

踏まれてる左肘の痛みに意識を戻す。冷たいのにぎらついた目を見ると体が硬直した。

「なっ、てめ、やめ―…」

『うるせぇ』

言葉を遮り柔らかいものが口が塞がれた。体重をかけられた左肘と左肩が軋む。食い縛った歯と唇に来栖は気にするわけでもなく接触しただけの唇が離された。

「っ、おいっぐっ」

『噛んだら社会的に抹消する』

顎を掴んでいた右手が口に突っ込まれ親指を奥歯に置かれまた唇が重ねられた。生ぬるいものが口内に入り込み鳥肌がたつ。今すぐにでも噛みついてやりたかったが親指が邪魔していて無理だ。

「ふ、はっ」

上顎だの歯だのを舐められ、ひっこめていた舌を取られ吸われる。長い粘膜接触と乗られた腹部に息が苦しく酸素を吸おうとしたら一緒に唾液を飲み込んだ。

来栖の分まで飲み込んだと思うと酸欠で浮かんだ生理的な涙とは別の意味で涙が流れる。味わったことのない恐怖で頭がいっぱいだ舌が抜かれ口が離される。

「はぁ、はっ」

『はっ、泣きすぎじゃね』

息が上がり滲む視界の俺に対し然して息も上げず鼻で見下ろし笑う来栖。口に突っ込まれてた手が抜かれて腹をなぞった。

「っ、やめ」

『はぁ?お前脳内お花畑かァ?やめるわけねぇだろ』

当たり前のように薄い唇を舐め笑った来栖は目が光ってて情けなくも震えそうだ。笑った来栖の歯が首筋にあてられる。

大体初対面でキスされたのになんで俺はこんなとこ無防備に来たんだ。馬鹿じゃねぇの

首筋の痛みに噛み締めていた歯が鳴る。踏まれてる左肘は感覚が麻痺してきていた。

「っ、来栖」

制止も御構い無しに歯が立てられ服の中に入れられた手が体を這う。普段ゲームばかりしていて録に運動してないはずの来栖は見た目によらず力が強く、踏まれてる左腕どころか掴まれた右手も動かせない

『なんだァ?もう抵抗終わりかよ』

耳のすぐそば、息がかかる距離で喋られ肌が粟立った。

「ひっやめ、」

突然滑り込んできた手に違う意味で鳥肌が立つ。来栖は俺を見て嘲笑した。ハーフパンツどころか下着の中に入れられた来栖の手は動きを止めない。

「くそ、ふざけんなっ、おいっ」

『残念だが俺はふざけてなんかねぇよ』

ゆるい弧を描く唇を舐めた来栖。

変わらずぎらぎらとしている目はどこか光がなく、ただ恐怖だけが頭のなかを占めた。

「来栖、やだ、っやめ―…」

恐怖で溢れ出す涙により滲む視界。なのに来栖のオレンジの目だけが鮮明に見え、それが余計怖い。痺れるを通り越し感覚のなくなった両手に力を籠めようとするが更に来栖に力を入れられたそれは失敗する。

『はっ、もう勃ってんくせになに言ってんだ』

「っ」

目をきつく閉じれば溜まってた涙が一気に端を流れ後頭部まで濡らした。

『おもしれぇけど…』

声が低くなって、手に、力が込められた。

『つまんねぇ、な』

「っあ゛あ゛ああ゛!!」

『良い声だけどうるせぇ…』

もとよりこの器官は痛みに弱くこんな風に握られるためには出来てない

来栖が何か言っていたが声など聞こえず痛みで視界が白み、体には痛みが熱になって走った。

「あ…ぁ、は…」

『…ははっ、お前すげぇなァ』

「っ、ぅ、…っ」

痛みと熱が去り、目を開けば来栖が右手を開いて見せてきた。近づけられた右手についた物から発せられる独特の臭いに目を見開く。

「ぁ…」

『んな気持ちよかったのかァ?ドM?』

笑う来栖が俺のTシャツで右手を拭った。

そのまま身を屈めてまた首筋に歯が立てられる。

「いっ!や、やめろ…っ」

射精後の敏感な体に走る痛みにもう堪えられそうにない

「やだ、もう、や、来栖っ」

噛まれる首筋が痛みを主張してる。来栖は聞く耳ももだずに少し口をずらしまた噛みついてきた。

「っ、ふ」

足掻く術が消え失せ自力でどうすることも出来ないのはとっくに理解してる。圧倒的な力の前で、無力がどれだけ惨めかなんて身を持って知ってる。

「ん、っ、ぃ」

何も見たくなくて固く閉じた目には暗闇しか映らない。這う指と突き刺さる犬歯の感覚。

『っ』

変な重い音がし、押さえつけられていた力がなくなった。すぐさま顔のすぐ近くに手が置かれて、拘束がなくなったことに恐る恐る目を開く。

側頭部を押さえる来栖は、目を閉じて表情を歪めていた。

『………』

ゆっくりと上がった瞼。来栖の眼光を目の前で受け体が強ばる。今にも人を殺しそうな目付きをしている。

違う、どっちかといえばもう殺してそうだ

『なぁ、なに許可なく人の部屋ん中入ってきてんだ?』

先程までのぎらついた笑みも、いつもの卑下た笑みも何一つなく、無表情で言葉を紡ぐ来栖はさっきよりも怖くて息を止める。

『とっとと失せろよ、豪炎寺』

顔も目線も上げていないはずなのに来栖はきつく睨み付けているそいつの名を呼ぶ。

「何度もノックした。監督が呼んでる」

扉近くから聞こえる声と転がるボール。豪炎寺が、来栖にボールをあてたらしい。

「_で、なにやってるんだ?」

「!」

我に返り拘束が解かれている両手で来栖を突飛ばし、驚いたのか声を掛けようとしてきた豪炎寺を無視し部屋を抜け出した。


×


『はぁ』

萎えはしねぇが、気が削がれた。

用もないベッドから立ち上がってパソコンが切れてるのを確認しながら携帯をいじる。メールを一斉送信れば空メールが10返ってきて、そんなかで一番早くメールを返してきたやつに同じように空でメールを返せば電話がかかってきた。

「もしかして俺一番?」

『ああ。で、どこ』

「ははっ。合宿所のまぁーえ」

語尾にハートでもつくような言い方に普段ならばため息だがこの際そんな些細なことはどうでもいい。

『バイクだな』

「おう!携帯だけ持っておいで諧音!!」

『指図すんな』

「あ、う、はい、すみません」

馬鹿すぎる奴との連絡を切るまでの間にイヤホンとガム、財布、通話を切ったばかりの携帯をポケットに突っ込んだ。

「どこ行くんだ」

手首を掴んできた豪炎寺に顔を合わせるわけもなく、そういや手洗わなけりゃいけねぇと関係ないことを思い出す。

『出掛けんだつーの』

「だからどこに」

『うぜぇ』

手を払いのけ部屋を出た。

共有の洗面所で手を洗い寮を一歩踏み出せば門の外にバイクに股がりぶんぶんと手を振るきょうじが見える。

忘れてたけどあれだ、豪炎寺の野郎道也が呼んでるとか言ってたから、ここで戻ったら面倒だ。グラウンドを突っ切りバイクの前に立つ。

「あれ?諧音欲求不満?」

顔を合わせるなり図星をついてくるものだから睨み付けた。

『…今すぐお前を殴りてぇくらいにはなァ』

え、待って待って、それベッドまで待って!と頬を赤らめ期待に目を輝かせる馬鹿を無視しヘルメットを被る。

相変わらず変態でマゾで、ストーカーなこいつは気持ち悪ぃ

「俺ん家?」

『好きにしろ』

「はは!任せて!」

後ろに腰掛け、右腕を腹に回せば馬鹿は笑い頷く。

二度アクセルを回し音を響かせ走り出した。

寮の出口には焦り顔の道也が、窓からは豪炎寺と不動が見ていて携帯の電源を落とす。

面倒はごめんだ。






『ちっ』

「ぁっ、ンン」

ほぼ八つ当たりで殴ってんのにも関わらず馬鹿は高く甘い声を上げる。

「諧音ッ…」

『…うぜぇ』

「ぐ、んァ」

呼び掛けてくる声も、縋るように服を握る手も、柔らかくて、意識を逸らしてから鳩尾を微妙に外した場所を殴れば一瞬息をつめてまた声を漏らす。

『ドMきめぇ』

「ッふ、諧音にやられんのが好きで」

『他の奴にはSなんだよなァ?笑えんぜ』

笑い肩に思いっきり歯を立ててやれば口の端から涎を流し笑う。口の中は鉄の味で唾を吐き出すのもだるく相手の口に流し込んだ。

「は、ぁふぅ…ん」

ただ飲み込むだけでなく口内へ丁寧に舌を這わせ味を消そうとするこの馬鹿はよく躾の行き届いた犬だなぁと思う。

「諧音…」

『_なんだ』

「ん、大丈夫。」

快楽混じりにはっきりとした口調で紡がれ頬を撫でられた。

ぞわりと腹の奥が熱くなって、寒気を覚えるから歯を食いしばって腕を下ろした。

『―うるせぇ』

鳩尾をしっかり狙い殴れば矯声と悶える声が口から溢れ出る。

「ぁ゛、ふぅ」

男子高校生らしく出た喉仏に思い切り歯を突き立てればまた口の中に血が混ざった。






目を覚ますと換気もしてない部屋の中には精液と血の臭いが充満してて息苦しかった。布団も着ずに寝たようで俺も隣の馬鹿も布団を羽織ってない。もう一度寝ようかとも思ったがそれはそれで怠くて体を起こす。

『起きろ』

血の滲んだ歯形と青と赤色の痣がついた体に蹴りをいれれればのろのろと起き上がった。

「諧音おはよ…」

胡座をかく内股には歯形と白いものが流れた痕が残ってる。

『…先風呂入ってこいよ』

「おー、垂れてくる垂れてくる」

『いーからさっさといけ』

立ち上がり内股をさして笑うそいつの腰を躊躇いなく蹴っ飛ばせば悶えてた。

窓を開いて換気をする。風呂からシャワーの音が聞こえてきたのを確認して携帯を開いた。履歴の数が異常で、残念なことに回していって見るが道也としかない。

あー、キレてんなこれ

放っておくことにして携帯を仕舞う。

「諧音ー、いーよー」

風呂場に行けばもう上がったのか頭をタオルでがしがしと拭いてるきょうじがいて、シャワーを浴びるため中に入った。

「ご飯どこいくー?」

扉越しに聞こえてきた声に大声だして答えんのも面倒で無視して顔を洗って出る。

「はい、拭くよー」

出た途端頭を拭かれた。ふわふわとしたタオルが髪の水滴を奪っていって、顔、首筋も丁寧に拭われる。

「ご飯どうしようか、お腹空いてるっしょ?」

何故か、この変態ドMストーカーは無駄に俺の世話を焼きたがる。高校生の割には色々と残念で仕方ないが俺にとってはちょうどいい居場所の一つだった。

「ちょっと遠出してもいいならおすすめのカフェあるし、ガッツリ行くなら肉?あ、回転寿司が近くに出来たんだよね。あとは…」

『…どこでもいい』

「あ、回らない寿司がいい?」

『…本当、お前貢ぎたがるよなァ』

「諧音愛だからね!」

馬鹿すぎて呆れを越す。息を吐いてタオルを奪い、人を拭くのに夢中すぎて垂れてきてる髪の水を拭った。

『回る寿司行くぞ』

「うん!わかった!」

からりと笑って頷いたから服を着て、来たときと同じくバイクに乗る。近くにできたっていう話は本当らしく、バイクで十分も走らない場所にあったチェーン店に入った。

『……毎回思うんだけどよォ』

平日であるにも関わらず私服で向かいに座る馬鹿を見つめ口を開く。

『それ、隠さなくていいのか?』

それと指したのは俺がつけた歯形だ。首もとの開いた服から覗く首筋には痛々しいくらいの痕が残ってる。他人が見れば五度見は必須だ。

「え?なんで?諧音がつけてくれた痕隠す必要とかないじゃん」

どこまでも変態でドのつくマゾなこいつが普段はサディストなんだから信じらない。

首を横に振って、息を吐けば首を傾げた。

「あーんする?」

『しねぇよ』

動かない箸を見て何を勘違いしたのか笑まれる。寿司を食い終わり、店を出たところでマナーにしてた携帯が鳴ったことに気づいた。

道也だろうなと思いながら取り出すと、知らない番号で眉間に皺が寄る。通話を開始し、携帯を無言で耳にあてた。

「…―あ、出っ?!あ、えっと、あの、うええ、」

向こうであたふたとしている声が聞こえて深く息を吐いた。

『何の用だァ?虎』

「諧音さん!よかった繋がって!あの、あのですね!」

向こうで騒ぐ虎は話し始めるけど、誰から俺の連絡先教えてもらったのかのほうが気になる。要点だけ聞き、忙しいからと通話を切った。

「…………」

『なんだァ?』

隣からの視線に顔は上げず携帯を弄る。これが虎の携帯なら、登録しておこう。

「帰っちゃうの?」

『帰んねぇけどォ?』

こいつ本当、人の言葉で一喜一憂するな。道行く人が二度見していくような甘い笑みを浮かべてヘルメットが差し出された。

「諧音、ドライブする?ゲーセン?アウトレット見に行く?」

『昼はドライブして夜はゲーセンだな』

携帯を仕舞いヘルメットを被った。







「さすがだね、お疲れ様!」

ゲームを終えて振り返る。にこにこと何時ものように優男風に笑んでいる馬鹿は飲み物を渡してきた。喉は別に渇いてないが受けとって、コーラを流し込みまだ少し中身の残ってる缶を捨てた。

「あー!」

『収集しようとすんからなァ。捨てんに決まってんだろォ?』

勿体無いと肩を落とした馬鹿の背中を叩く。

どこの世界に自分のゴミを収集されて喜ぶやつがいると思ってるんだ。

次はどのゲームにしようかと顔を上げる。不穏な空気に気付き目を凝らせば小学生か中一くらいのガキをそれよりも歳上のやつらが連れ出していた。

「……諧音、あれって」

『カツアゲじゃね』

「諧音、助けいくつもり?」

『なんで俺がァ?』

きょうじはまた優男風に笑んで冗談と付け足す。手を引かれた。

「もう一回ゲームしよ?」

DIV●を指差し首をかしげるからそのまま足を進めてゲームを始めた。


×


3クレジット。満足したところでゲーセンを出た。

夕飯を一緒に食べないかと見つめてくるから頷いて、二人で駐輪場に向かう。

「なに食べる?」

『あー…?』

視線の端で、何かが動いた。凝らせば不穏すぎる空気が流れる路地裏があって暗闇でなにかが蠢いてる。

『……ちっと電話してくんから、バイク取ってきて待ってろ』

「ん、え?諧音!…ううん、」

訳がわからなそうに頭を掻きバイクを取りに向かった馬鹿の背中に背中を向け路地裏へと足を踏み込む。狭い路地裏には10人弱いてそのうちの3人は踞ってるか囲まれていた。

身体的差があるそれは、目障りだった。

「ぐっ!?」

近くにいた奴の腹に蹴りをいれて、横にいた奴にも回し蹴りを喰らわせた。

「てめっ」

『なんだァ?ようはよォ』

やっと俺に気づいたからそのまま近くのやつも蹴り倒す。これで3人終わりだァ

『ま、俺の土台なってろよ』

ガキ相手にいじめカッコ悪いだの正義振りかざしたいわけでもない。ちっと苛ついてんからストレス発散したかった。

四人目の遅く見えきってるを右フックを避け顎を掌打でとらえ脳を揺らす。五人目が後ろから掛かってきているのには気づいていたから腰を落とせば、頭上を掠められた左腕。がら空きの脇腹に振り向きざま膝蹴りをいれた。

「す…すげぇ…」

小学生だか中一だか、やられていた奴が感嘆の声をあげた。見て感動する前にさっさと逃げればいいのに。

「くそガキ!」

振り上げられた鉄パイプを避け、手を蹴る。からんからんとパイプの落ちた音がした。

「っ」

「諧音!」

『あ?』

顔の横を掠め通った握られた右手が目の前にいた奴の顔面を捉え吹き飛ばした。相手は振り返らずとも、路地裏の前に止められたバイクと声でわかってる。つか、あれ鍵とっとかねーと盗まれんじゃねーの。

「大丈夫?触られてない?怪我は?」

人の顔を両手で包み覗き込んできた馬鹿は犬っぽい

『あるわけねぇだろぉーが』

心配そうな表情と手がうざくて鳩尾から微妙に外した場所に左手の拳をいれた。そのまま、これ幸いとばかりに後ろからそろりと近づいてきた奴の腹に肘をめり込ませる。

「っぐ」

そいつが踞った。

「ぁー…イイ…じゃなかった!一人でなにやってんの!」

本音が駄々漏れていた馬鹿に今更侮蔑などしない。ベクトルが怒りに向いてるそれに目を逸らした。

『ストレス発散』

「ストレスって…」

『いーから鍵抜いてこい』

「んっ、…わかってるって」

脛を蹴り鍵を抜かせに行く。ある程度の発散はできたから帰ろうと思ってたけど、どうせきょうじのことだ。この小学生どうにかしないととか始まる。

仕方なくぼろぼろな小学生に目を向けた。

『…―?』

気づかなかったが、一番小さい奴の髪型…なにかに似てる

顔を覗き込もうとして、視界の隅に銀色に光る長いものを捉える。瞬間的に振り返りながら一歩下がった。同時に額から左目辺りにかけ火が走るような痛みにかられる。どろりと流れるそれが目に入り痛んだ。

「諧音…っ!?てめぇ!」

馬鹿が鉄パイプを持った奴に殴りかかったのが見える。止めようとして、声が出ない。頭部に直接的なダメージを喰らったせいか吐き気が込み上げてきたからしゃがみこむ。

片方の目だけで見える視界と痛みに占領された頭で、最後に理解できたのは怒り狂った馬鹿が目の前の奴らを血みどろにしてるところで、確実にキレてしまってて早く止めないといけない。

上がってくる吐き気を飲み込んで、五回目でやっと息を吐いた。

『……きょ、じ』

「…諧音?…っ、ちょっと待って、立てる?」

顔面血まみれの気絶したそいつを投げ捨て、シャツで血を拭い取り俺の肩に手をおいた。

『……ん…』

血は大分止まったことで押さえる必要なくなったがまだふらついて、癪だが肩を借り立ち上がった。

喧騒に気づいた通行人が携帯を片手にしてる。

「ごめんね、すぐ病院連れてくから」

『勝手だなァ…おい、お前らもとっとと逃げろ』

ゆっくりとバイクに近づきエンジンを掛ける姿を見ながら、後ろで呆然としてる奴らに声をかけた。

「あ、っ、はい!」

弾かれたように駆け出した小学生に息を吐く。まぁ、伸びてん奴らはどうにかなんだろォ

「掴まれる?」

『…ああ』

普段ならばひっつきなんてしないが例外ってやつだ。腹に手を回し背中に寄り掛かる。

「ゆっくり走るけど無理だって思ったら殴って」

運転中のやつ殴るって危なすぎんだろ





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