イナイレ

目を開くと、手を伸ばそうとしていた道也と目が合った。どうしても朝から練習ださせたかったらしい。寝ぼけてるのを見越してか少しの間何も言わず、額に数回触れた後に離れた。

「顔を洗ってからグラウントに来い。朝飯は食べないだろう?」

『…くえ、ねー…、』

伝えるだけ伝え部屋を出ていった道也にもう一度布団に潜って、あーとかうーとか特に意味のない言葉になってない言葉を発してから鳴り響きだした携帯に手を伸ばした。

『……誰…?』

「あ、諧音?やっと繋がったな!」

『……ん…で…?』

「今日あたりどう?」

『ん』

「よしきた!今日は勝つ!」

通話の切れた携帯を再び投げ捨てようとして息を吐き起き上がった。

『んー……だる…』

髪を混ぜてから携帯をポケットに突っ込んでからまた声を出して立ち上がる。あくびをしながら扉に手をかけ開けた。

ごっと低くて鈍い音が響いて扉が止まる。

「諧音…」

恨みたらしい声が聞こえてにらみつけられた。

『わりぃ。でも俺のせいじゃねぇと思うけどなァ?』

不機嫌に額を擦る道也に怒るな怒るなと手をひらひら動かし、先に進む。後ろから依然として痛むのか額を撫でている道也がついてきてるが知らんぷりして、顔を洗い、外に出たところで首元が掴まれた。

「どこまで行く気だ」

『あー、ゲーセン?』

「なにがゲーセンだ」

『へーへ』

「今日から走り込みだ」

『だから呼んだわけか。はぁー、走れってかァ』

「走るだけならば鈍りはしないだろ。しっかりやれ」

押された背中に仕方無しにグラウンドを見る。準備体操をしてるイナジャパがいて、人の多さにげんなりする。

「あ!来栖ーっっ!」

別にそいつらに近づいてたわけじゃなくグラウンドに降りただけなのに一番に気づいた円堂が練習に来たのか!と騒ぐ。

『走り込みぐれーなら付き合ってやろーと思ってなァ』

「おう!じゃあ一緒に走ろうぜ!!」

『熱血うぜぇ…』

暑苦しい円堂の誘いには答えず息を吐いて、肉離れだけはしないよう足だけ柔軟を行う。

「それだけしかしないのか?!」

「急に運動なんてしたら体を壊すぞ?」

良心からの忠告なのかもしれないがそれも無視して、首を回しイヤホンをつけた。

流れ込んでくる音楽に周りの音は聞こえないが動きは把握できる。円堂と鬼道が走り始め、周りの奴らも同じように走り始めた。

道也からの視線が酷く突き刺さってうざったらしい。その場で三回ジャンプしイヤホンが取れないのをしっかり確認だけしてから地を蹴った。






同じ場所をぐるぐるぐるぐると走るのは飽きる上に、何周目かだとかペースだとかが曖昧になっていく。特に持久走みたいな距離が決まっていないものはペース配分もわけがわからなくなりやすい。

最初は隣を走っていた鬼道と吹雪もそれは同じようで、吹雪は少し後ろを、鬼道はおそらく同じ早さを保っているからか少し前を走っていた。

電子音が響いて、円堂が足を止めて、息と一緒に声を出す。

「よ、よーし!ここまで!」

「ぁぁー!」
「も、もう無理…」

「はぁ…」

終了の合図にほとんどは座り込み、寝転んで、汗を拭うのも忘れてる。

肩で息をし心拍数を落ち着かせようとするが中々落ち着かなくて、心臓は痛い。

「おい、彼奴…」
 
「来栖ーっ!」

ふと顔を上げてみると一人、まだ来栖が走り続けていた。イヤホンをつけてるからか聞こえないみたいで走る来栖に円堂が声をかけるが無視のようだ。

「く!る!すーっ!!」

無視ではなく聞こえてないらしい。来栖が一周し、 俺の横を通りすぎていった。

汗ではなく、甘い匂いがした。

来栖が汗をかいてないのに気付いてもう走り去っていった来栖を見る。

どうやらまだ走るみたいだ





誰もいなくなったグラウンド。呆れたように息を吐いてる道也があと5周したらやめろと合図をだした。

ペースを上げ、リピートされてる3分の曲が終わる前に5周終わらせ右耳のイヤホンを外しながら用がありそうな道也の隣に並んだ。

「そろそろ店を手伝いに行くんだろ」

『んー、ああ、そうだったなァ』

投げられたタオルを受け取り汗を拭った。

『今日ゲーセン寄ってくんからよォ』

「お前は昨日言ったことを理解してるのか?」

『道也って小言多いよなァ』

被ってたタオルを道也の胸に押しあて、練習を終わらせ声をかけようか迷ってる虎に近づいた。

「ぁ、く、来栖さんお疲れ様です!」

『お疲れぇ。もう行くのかァ?』

「はははははい!今日からよろしくお願いしますね!」

『おー、任せろだなんて無責任にはいわねーけど出来ん限りなら手伝うからなァ』

適当に返し虎の頭を撫でて一度寮に戻り財布とスケボーを取ってくる。

『待たせた』

「大丈夫です!こちらこそ手伝ってもらえるなんて凄く助かります!」

流石に歩きの虎が同伴だからスケボーは小脇に抱え歩く。ちらちらと虎がこっちを見てるが話しかけてこないから俺からは話さない。そんなことしてればすぐに着いた。

本来なら客の来店を知らせるベルが鳴る。

「ただいまー!」

『ちわァー』

「お帰りなさい」

出迎えられるのは、悪い気がしなかった。

「今日からよろしくね」

『おっけーす』

手渡されたエプロンを腰に巻きワイシャツの袖を捲った。フロアなんて俺には出来そうにないためキッチンを担当することになってる。大体のレシピと味はわかってるし、いざとなったら虎がやるとのことだ。

イヤホンを纏めるのに使ってるヘアピンで前髪を捻り止め、後ろの髪をゴムで纏める。

「来栖さーん!」

『おー』

「ミックスとダブルー」

『おけだァ』

意外なんて言ったら失礼だけど、虎ノ屋は繁盛してる。仕事帰りのサラリーマン、OL。家族連れに常連らしき一人客。席が空いたらまた入ってきて常に九割埋まってる店内に、こんな忙しければ体も壊れるだろうと、包丁を握り、フライパンを振って、鍋をかき混ぜ、オーブンから取り出す。

『ドリア、サンドイッチ、カレー出来たぞ』

言ってみるけど虎も手伝いをしにきてる乃々美さんも忙しそうで、仕方なくキッチンから出ていき出来た物を運ぶ。

『お待たせしましたァ』

営業スマイルなんて高等技術はない。まぁでもこういうのは雰囲気だけだしていればなんとかなるものだ。

『ごゆっくり』

伝票を置いてキッチン戻ればすぐ次の注文が入るからフライパンにバターを落とした。





「本当に、本当にほんとっーに!助かりました!ありがとうございます!」

『別にそんな感謝すんことでもねーだろ。顔上げろォ』

21:50
洗い物だの掃除だの手伝えばもうこんな時間で、頭を下げる虎に挨拶してからスケボーを蹴った。

22:02
目的地につきボードを蹴り上げ抱えれば待ち合わせていた奴が既にいて片手をあげる。

「おせーよ」

『用があったんだっつーの』

「その髪も?」

『そうだなァ』

「似合ってるじゃん」

『笑ってんと泣かすぞ』

久しぶりに会うゲーム仲間と会話をしながらゲーセンへ入り、目についた音ゲーを適当に物を賭けて行ってく。

“you are winner”と目の前の画面に大きくきらびやかな文字が表示され、隣で悔しがるそいつを笑った。

俺に勝とうなんざ無理な話だ。

「くそー、次っ!次だ!」

『賭けんもんなくなるぞォ?』

「いーんだよ!どーせ今日は泊まりだ!!」

『ふーん、じゃ、対象決まりじゃんかなァ?』

「次ゴム着用賭けようぜ!」

『めんどくせーなァ、んなもん流れだろ』

「賭けような!!」

はいはいと引かないこいつの指差す先にある、今度は音楽に合わせ銃を撃つゲームに100円を入れた。





「―――と…」

呼び掛けられると同時に体が弱くに揺らされた。

「―いと、」

『……ん、…?』

「かいと…電話鳴ってる…」

腕の中から掠れた声と、床の方からマナーモードにしてなかった携帯が音を鳴らしてた。

『…ちっ』

「う、おおっ」

そのまま体を反転させ床の携帯を取れば腕の中にいたこいつも一緒に動きベットから落ちかけてしがみつかれる。

『ん……』

画面を確認して、電話に出ないで切る。直ぐに電源を落とし携帯を床に投げた。

『……寝る』

「俺もー…」

朝日の差し込む部屋は既に明るいが二人で布団を頭まで被り、再び寝息を立てることにした。





自然となんていったら人為的なんだから間違いなんだけど、一応、自然と俺が目を覚ましたのは壁にかかってる時計が昼を過ぎた頃だった。

人の足元でなにをしてるのか聞くのもめんどくさい。

「はよ」

『…ん…おは…』

「朝からフェラで起きる気分はどう?」

『…微妙だなァ』

「折角起きたんだからヤろーぜ」

『寝起きにかよォ…』

寝起きは頭が回らない。

にやにやと笑うそいつの唾で光ってる唇を重ね口内を貪った。

舌の上に広がる苦味に段々目が開いて、思考がまとまる。

今日も虎のところで手伝いがあるんだった。





一度寮に戻ったら道也の説教に捕まるのは目に見えてる。シャワーを浴びて約束の時間に虎ノ屋に直行した。

「来栖さん!」

『練習お疲れさまだったなァ』

小学生云々抜いて、普通に考えて練習終わりに家の手伝いなんて虎はよく頑張ってると思う。

「エビフライ定食とナポリタン入りまーす!」

『おうよォ』

中学生に混じり朝から練習でフィールドを駆け回り、夕方からは休む間もなく店の手伝い。また次の日は朝から練習。

仕事が終わって今日もにこにことお疲れ様でしたと挨拶する虎に見送られる。スケボーを蹴って寮に帰ろうとするとパトカーが走ってるのが見えて、商店街の裏へ進路を変えた。

補導はまだギリセーフな時間だが声をかけられると面倒で、周りに目を配りながら走り角を曲がった。

「あ」

曲がったその先は小さな広場のようになっていて、そこに飛鷹とたしか響木さんって呼ばれてるおっさんがいた。

『よォ』

転がるボールと黒ずんでいる壁。汗を拭う飛鷹に首を傾げる。

『なんだァ?特訓ってやつか』

「そうです」

まだボールもまともに蹴れないこいつの練習は、的を蹴ることと蹴りの威力を上げることを優先したらしい。

「来栖、お前練習みてやってるんだってな」

『たまにだけどなァ』

どこまで情報が流れてるのか。響木のおっさんは横に置いてるサッカーボールを投げてきた。試合中でもないしと手で受け止めた。

「なんでもいい、蹴ってみろ」

『はあ…?』

ボールを落とし、足の甲から持ち上げた。足先、膝上、適当にリフティングし頭の上で三回跳ねさせる。とんっと大きくボールを跳ねさせてから左足で地面をしっかり捕らえ右足を振り上げた。

ボールは壁にあたりその場でめり込むように壁で回って威力がなくなり落ちた。

『なんでもいいんだろォ』

必殺シュートだの本気で蹴れだの、最近は注文が多かったけど普通に蹴って見せればおっさんは頷く。

「来栖さん流石です」

『普通に蹴っただけで流石とか言われてもなァ。お前もすぐこの程度できるようになんぞ』

転がってきたボールを足で持ち上げ軽く蹴り、パスをする。

『蹴れるようになったのかよ』

「あ、はいっ」

ボールの上に足を乗せ止めた飛鷹は右足を思いっきり振り反動でそのまま前に蹴り上げた。

暴投ではあるけれど、当たるようにはなった。当たれば威力はあるしと、トラップしたボールをリフティングする。

『にしても…、喧嘩慣れしてる蹴りだなァ』

動揺の色を見せる飛鷹に別に脅してるわけじゃないから無視して、ボールを響木のおっさんに返した。

『お前キッカー向いてねぇ、やんならディフェンダー1択だ』

「よく見てるな」

『見てはねーよ。経験則ってやつに当てはめただけだ』

使えるのはあの蹴りの威力。ディフェンダーでもセンターバック、それも強いて言うならスウィーパーに向いてる。可能性を狭めたいわけじゃないけど、それしか道はないだろう。

『ま、どーでもいいから帰んぞォ』

抱えてたボードを置き片足乗せた。

「お疲れさまです」

「お前も練習に参加しろよ」

『おつだァ』

イヤホンを耳につけて地面を蹴った。


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