イナイレ


諧『はざーっす』

練習を初日からサボり、2日目。やっと来たかと思えば来栖は3時間以上遅れてきた。しかもユニフォームではなく普通にジーンズ、私服であくびを隠すことなくこぼす。

やる気はまったくないだろう。

久 「お前は…」

呆れて物も言えぬといった様子で溜め息をつく久遠監督に、来栖は素知らぬ顔で目元を擦っていて、たっと足音が響いた。

円 「来栖!おはよう!」

にこりと来栖の肩を叩き円堂が挨拶をした。

諧『あ?ああ、なんだ、えーっと、円堂…か。はよ』

微妙に間があったうえにそのあやふやな態度はなんだと聞いてやりたい。仮にも二年同じ学校にはいて、授業だって一緒のことがあったはずだろう。

諧『ふぁーあ。つか、朝早すぎだろ、起きれねー』

3時間遅刻してきたくせに随分偉そうだなお前
起きれてないから遅刻して来てるんだろ
大体こいつが何故代表なんだ
来栖が代表になるくらいなら佐久間や闇人の方が断然いい

全員から似たようなどろりとした感情が溢れて、来栖は気にせず踵を返す。

諧『こんな朝早くから活動なんてごくろォさまァ。俺そこのベンチで寝てんわ』

久「はぁ〜…」

鬼「…………」

性格が、違いすぎやしないか。前からその欠片、片鱗はあったがこれが来栖の本性なんだろうか。

イヤホンをつけながら来栖は宣言通りに欠伸をひとつして、ベンチへ横になった。



×



目元を擦り、目を開ける。

目の前にはグランドを駆けたりシュートをしているサッカー馬鹿達。

1日そこらじゃいきなり強くなったりする訳もなく、つい最近見たのと同じような動きに起き上がると骨が軋んだ。

硬いベンチで寝てたんだから仕方ないかと、一度伸びて、体をほぐしてから足を組み、頬づえをつく体勢へと体を直してつまらない練習を眺め始めた。


×


円 「あ!来栖~!」

いつのまにか起きて座っていた来栖に駆け寄る。

諧『なに』

きっと冷たく鋭い感じで睨まれ、思わず一歩下がる。いつもとてつもなく冷静だけど、なんだか今日の来栖は特に冷たい。

円「え、えっと、サッカーしない…か?」

諧『はっ。なんで俺がんなもんしなきゃなんねーんだよ。やんねぇわ』

呆れたみたいに短く息を吐いた来栖はやっぱり不機嫌で、俺が問題をわからず泣きついたときよりも怖い顔をしてる。

円「あのさ!俺、来栖がサッカーやるなんて知らなかった!どんなプレーすんのかすっげー気になるんだ!」

諧『相変わらず人の話聞いてねーなァ、てめぇ』

円「なぁなぁ!来栖!一緒にサッカーしようぜ!」

来栖は長い溜め息をついてからじっと俺を見て、滑らすように視線をフィールドへ見渡すと立ち上がった。

諧『しゃーねぇなァ。いいぜ?やってやんよ“さっかぁ”』

身長差のせいだろうけど、俺を見おろすように笑いながら見つめてくる来栖の表情は、初めて見た鬼道の何十倍も意地が悪そうだった。


×


立 「あ」

鬼 「どうした立向居」

立 「来栖さん…」

立向居が指差す方へ目をやると、そこにはボールを指先で回している来栖がいた。周りを見ればあの不動ですら動きを止めて来栖を見ている。

諧『一本しか蹴らねーからな』

円「おう!」

左手の指先で回していたボールを落とし、右足を上に乗せた。

諧『大体俺は寝不足だっつーのによォ…』

ぶつぶつと毛先を指に巻き付けながらぼやく来栖がその先なんと言っているのかまでは聞き取れなかったけど、苛々してるのは傍目でもわかる。

円 「本気でこいよーっ!」

諧『……はっ。なにが本気だ。ほんと何も見えてねぇな、お前』

空気を読まずに叫ぶ円堂に吐き捨てるとボールを蹴りあげ、足の甲から膝の上へのせリフティングを始める。

とんとんと一定のおだやかで乱れのないリズム。必要以上に跳ねないよう丁寧に受け取って、その姿はひどく穏やかで手慣れているなんてものじゃなくて、経験者としか思えない。

諧『ちゃんと、止めろよォ?』

薄い唇が弧を描き、ボールを高く蹴りあげた。

来栖の蹴ったボールは普通のシュートの筈で、空気を切り裂くような勢いに目を瞠る。

豪 「速い!」

円 「ゴットハン―…」

不 「!?」

吹・基 「「円堂くん!!」」

来栖の蹴ったボールは、円堂が必殺技を出すよりも速く、円堂ごとゴールネットを揺らした。吹雪やヒロトがボールが腹に入った勢いのせいで噎せてる円堂に駆け寄る。

諧『……口ほどにもねぇなァ』

すっと目線を落とした来栖に風丸が手を伸ばした。

風 「くる「諧音っ!」

キレた風丸よりも早く怒号が聞こえる。

諧『あ?』

それは久遠監督の声で、足早に来栖の前に立った監督は眉間の皺は深く、声を荒げた。

久 「何をしているんだお前は!」

諧『なにって何が。やれって言われたサッカーだよ、サッカーぁ』

知らねーの?と笑う来栖に久遠監督は怒りを露わにする。

久「選手を潰す気か!」

諧『はぁ?潰すもなにもシュートの一本も満足に止めらんねぇ奴がわりぃだろ。俺に非はねぇ』

真っ向からぶつかる来栖と久遠監督。回りは静かで二人分の声だけが響いてる。

久 「お前それでも『代表かァ?』っ」

今まで遮りはしていなかった来栖が言葉を被せ、来栖は表情を落として目を細める。

諧『いつ、誰が、代表にしてくれなんか言った。お前らが勝手に選んだんだろうが』

もとからよくはない目付きを更に鋭くして久遠監督を射抜く。

諧『扱えないなら欲しがるな。使えないなら捨てちまえ』

来栖は久遠監督の横を通り、もといたベンチに座ってイヤホンをつけなおした。


×


壁 「大丈夫っすか、キャプテン」

円 「おうっ。平気だ!」

にかにか笑う円堂くんに後輩の子達は安心したように息を吐く。

基「凄いシュートだったね…」
豪「ああ。シュートはすごかったな」
吹「でもあれはいただけないよ…」
鬼「人にシュートを打ち込むなんて人間性が疑われるな」
風「お前が言うか??」
緑「…………」

自分を棚にあげている鬼道くんに首を傾げる風丸くんに、緑川も頷く。痛いことに僕も緑川も円堂くんどころかキーパーの心を折るようにボールを打ち込んでた記憶しかないから来栖くんのあのシュートに関しては何も言えなかった。

鬼道くんがぐぅっと言葉を詰めているのを横目に歩いて、不意に、声を耳が拾って顔を上げる。僕と同じように気づいた吹雪くんが廊下の角を覗いた。

久「なんだあのシュートは」

諧『ちっ。まだ文句あんのかよ』

そこには相変わらず厳しい表情の久遠監督と壁に寄りかかりイヤホンを指先で持て余すように触れてる来栖くんがいた。

久 「いい加減その態度もプレイも改めろ」

諧『改めるも何もねーよ。もとからこんなだったの道也も知ってんだろ』

久 「名前で呼ぶな。今のお前はただの選手の一人だ。諧音」

諧『聞かれたら語弊されそうな言い方すんじゃねぇ。つーかそっちから呼んだんだろあほかよ』

久 「なんの語弊だ…。まぁいい。とにかくあのプレーはするな」

諧『さっきも言っただろ。改めるもなにもあれが俺のプレーだ。それが道也と日本代表に不利益をうむんなら切り捨てればいいって』

久 「お前はまたそんなことを言って!」

諧『あー、もーはいはい。今日の練習で疲れたからどっちみち当分ボールなんか蹴る気ねぇよ』

久 「何が疲れただ」

諧『…正直なとこ、あんな弱い奴らに合わせてぬりぃー練習してたら俺が鈍る。そう思うだろォ?』

久 「………」

諧『ってことだし今日はもういいだろ。家帰って寝ん「“カイア”とは連絡取れたのか」

諧『……てめーに関係ねーだろ。首突っ込んでくんな』

来栖くんは久遠監督に振り返ることなく三叉路の一路へと消えていく。

久遠監督もそんな来栖くんの背中を見て溜め息をつき廊下の向こうへ消えていった。

基・吹 「「…………」」

なんだろうこの後味の悪さは

僕と吹雪くんは先に行ってしまった円堂くんや豪炎寺くん達のあとを追った。





円「ん?」

合宿の夜ご飯。

円「虎丸と来栖は~?」

食堂には二人分の姿がなかった。同じテーブル、向かいに座ってる風丸が口にいれようとしてたご飯を置いた。

風「虎丸なら結構前に帰ったぞ」

吹「来栖くんは一時間くらい前に見た気がするけど…」

円「そうなのかー。折角一緒に飯食おうと思ったのに~」

虎丸は確かにそうだが来栖とご飯は食べたくないな。

食堂内では飛鷹と不動が一人1テーブル使い、それ以外は3人4人のグループでテーブルを囲んでいた。

小「それにしても今日の来栖さん?のシュートびっくりしたよねー」

土「びっくりっつーかあれは危ねーよ」

小「色んな意味ですごかったけど〜」

昨日は初めての人との練習で盛り上がっていたが今日はどこのテーブルでも来栖のシュートについてだ。

円 「あのシュートさ!速さもスピードもほんとすごかったよな!」

豪 「そうだな。それにあれが普通のシュートなら必殺技になったときの威力なんて予想もつかない」

吹 「うんうん。来栖くんも仲良くしてくれるといいのにね」

風 「来栖のことだし、そのうち寄ってくるだろ。今は鬼道、ヒロト、緑川の一匹狼、悪代官時代みたいなものだな」

鬼「悪代官言うな!!」
緑「そういう仕事だったの!!」
基「う、傷口が…」

そこから三人はご飯を食べずに頭をかきむしっていた。




タンタンとボールの弾む音に首を傾げ窓から下を覗く。そこにいたのはあの来栖さんだった。

ジーパンなんて動きにくい服にも関わらず、来栖さんはボールを自由自在にまるで手足の一部かのように正確にコントロールしていて、ボールが生き物のように見えた。

ボールを高くあげると、円堂さんにシュートをいれたときと同じように蹴りいれる。ネットへ突き刺さったボールは転がって来栖さんの足元へと戻った。

『ちっ』

ボールを見て、来栖さんは納得がいかなかったのか舌打ちをしてボールを片足で踏みつける。


×


『かいあ』

悲痛に満ちた小さな呟きは、誰の耳にも届かない。

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