暗殺教室



※カルマによる露骨な表現があります。



「清水くんってさー、いつドーテー捨てたの?」

向かいに座っていた赤羽業は頬え杖をつきながら唇の端を上げ唐突に切り出してきた。

前々から感じてはいたけれど、好奇心旺盛な赤羽業のそれは僕に関してベクトルがおかしい。

持っていたシャーペンを置いて目を合わせた。

『随分といきなりな上に踏み込んだ質問をぶつけてきたね。どうして今このタイミングで聞かれたのかよくわからないんだけれど、そこらへんを聞いてみてもいいかい?
まぁ、僕たち以外ここにいないから聞かれて困るなんてことはないけどね?さすがに経験を君に語るなんていうのは僕でも気恥ずかしいかな。誤解を招きそうだから先にいっておくけど僕はそこまで性についてオープンではないからね。
それに僕がよくてもその相手のことを勝手に言い触らすのはどうかと思うんだ、相手も恥ずかしがりやなうえに少々プライドの高い子だからね。良しとしなそうだ。というわけですまないけれど詳細については教えられないかな。
質問は何時だったから歳だけならば教えられるけどね?』

笑顔を繕うと赤羽業は少し拗ねと残念さを混ぜた表情を見せ、いくつなの?と聞いてきた。

その表情が僕の好みで結構かわいかった。

綺麗な赤い髪を指に絡めてすけば彼は少々目を細める。

『十四歳、中学二年生だよ』

「…へー、なんか意外」

細めていた目を開いて頬杖をついていた顔を上げた赤羽業に笑いかける。

『中学三年生くらいかと思ったのかい?』

「んー、なんか、清水くんはもっと早いかなって思ってた。中二かー…、もっと早く会ってたら俺が相手だったかな」

そうだったかも知れないね?

否定も肯定もせずに笑い赤羽業の頬を撫でる。

それにしても、僕はそんなに早くから経験があると見られていたのか。

日頃の行いというやつなのかな?

気分をよくしたのか赤羽業が笑みを色濃くし撫でていた僕の手を取り瞼を閉じて顔を近付けてきた。

顎を上げて唇があたらないように逸らし赤羽業の額に口づける。

当てるだけ当て離れれば不服そうな顔があって、彼は唇を指差しているがぽんぽんと頭を撫でて誤魔化した。




「どうした、昴」

『なにがだい?浅野学秀?』

赤羽業と別れ帰路にはつかずそのまま浅野宅にお邪魔した僕は教材を開きコーヒー牛乳を飲んでいた。

問題集から顔を上げた浅野学秀はどこか訝しげで僕はなにかした覚えはない

「僕といるのに上の空だから。」

眉間に皺を寄せている彼は持っているシャーペンを回していた。

『そうだったかな?僕は君だけを見ているつもりだったんだけれど…言われてみればたしかに僕は少し考え事をしていたかな。』

コーヒー牛乳をテーブルの上に置き足を崩しながら首を回した。

ずっと同じ体制をとっていたものだから関節がなる。

「なに、赤羽のこと?」

詰問するように声をかけられる。

どうしてその考えに至ったのか聞いてみたいがきっと歯軋りと鋭い目線、そして棘だらけの話が続くんだろう

それは遠慮したい

『そうだね、赤羽業のことかと問われればたしかに関係はしているかな。彼に聞かれたことを思い出していたんだ』

「なに聞かれたの」

話すがいまだに納得はしていないようで言葉がきつい。

頬杖をつかないところに育ちの良さを感じるが、ガリガリと音を立てているシャーペンは良くないかな

『僕が何時童貞を捨てたのか』

バキっと芯が折れた音が耳に届く。

浅野学秀は俯いていてシャーペンを握る右手が震えていた。

「……なに、その話題は…」

『さぁね。結構唐突に聞かれて僕もよくわからなかったんだ。』

「で、なんて答えたわけ」

冷めているのに怒っている彼の目に肩を竦める。

『中学二年生とだけ答えておいたよ。流石に相手の名前までは出さなかったさ』

むっと口をへの字にした彼の眉間に更に皺が寄る。

なにか気に障ったのだろうか

僕からは話すことがなくなり、彼もこちらを睨み付けたまま口を閉ざしてしまっていて室内には時計の音だけが響く。

テーブルに置いていたコーヒー牛乳を思い出して口をつけた。

温くなっているね

嚥下した後にふっとこんな状況が前にもあったと記憶が甦る。

きっと赤羽業に聞かれたあの日のことだろう

たまには過去を振り返ってみるのもいいかも知れない

目の前の浅野学秀が考えをまとめて口を開くまで





【中学二年生・春】

憲法記念日、みどりの日、こどもの日。五月の頭にある連続の祝日のことを俗世間ではゴールデンウィークと銘打つ。

その初日から僕は浅野宅にお邪魔していた。

「ふーん。ここまで進むんだね」

真新しくまだ線も引いていない教科書をめくり頬杖をつきながら浅野学秀は言葉をこぼした。

彼からしてみれば物足りないんだろうね

ストローから吸い上げたコーヒー牛乳を嚥下する。

冷たく甘く、とても落ち着く。

「昴」

コーヒー牛乳を堪能している僕のことを呼んだ彼に顔を上げた。

『なんだい浅野学秀?教科書に落丁でもあったのかい?』

「そんなのないよ。じゃなくて、ねぇ、昴?」

向かいに座る浅野学秀がテーブルを乗り出して、僕の頬へと手を伸ばした。

触れた指先は滑りがよく暖かい。

「次のテストでさ、僕が一位になったら命令、一つ聞いてよ」

唇の端を微妙に上げた。

彼はまた新しいゲームを思い付いたようだ。

『面白そうなことを考えたね。うん。構わないよ?前期中間テストで競うってことだね?
ああ、でも、それはもし例えばだけれど、僕が勝ったら君が僕の命令を一つ聞いてくれるのかな?』

頬に触れる彼の手に僕も手を重ねて笑いかける。

彼は目尻を下げ、より口角を上げた。

「僕が勝つけど、もしも昴が勝ったら僕は命令を聞くよ?フェアじゃないから」

これはもう負けた方がいいのかな?

自信満々に笑う浅野学秀に僕は心中息を吐く。

僕としては命令を聞いても言ってもあまり差異がなさそうだからね。




テストが帰ってきて五教科の点数総計結果、僕よりも浅野学秀の方が高く彼の勝ちだった。

その日は金曜日だったこともあり浅野宅にお邪魔する。彼はどこかせわしなく僕と目も合わせようとしない。

少々僕は笑って、向かいに座る彼の頭を撫でた。

びくりとあからさまに跳ねた彼の肩。

『どうしたんだい?今日は妙に静かじゃないか。たしかに普段から君は喋るほうではないけれど幾らなんでも口数が少ないね?
君が喋らないんじゃ僕も喋れないよ』

伏せられていた睫毛を震わせた彼はゆっくりと顔を上げる。

視線が揺れていて、少ししとから僕と目を合わせた。

「ちょっと、緊張してるんだ。柄でもなくね…」

そっと伸ばされた彼の手が僕の頬に触れる。

ゆっくりと撫でられた。

「あ、あのさ、僕が勝ったよな?」

どこか自信なさげに眉尻を下げた浅野学秀に僕は笑って口を開く。

『そうだね、僕が総合得点492点、君が496点で君が賭けに勝ってるよ。』

彼は目線を一度落としてから再度合わせて微笑した。

いつもの気丈な雰囲気はまだ戻ってきていない。

「昴、命令…聞いてよ」

下手な彼もあまりみれないからかとても物珍しく貴重だ。

命令なんて台詞は浅野学秀らしいが聞いてよなんていう言葉は実にらしくない

『勿論。君が勝ったんだから聞くよ。そういう約束だっただろう?僕は破棄したりなんてしないよ』

不安そうに揺れる彼の瞳に頬を撫でる。

安心したのか緊張が緩んだのか軽く噛まれていた唇がゆるく弧を描いた。

「昴、じゃあ命令ね」

浅野学秀は優しく笑って両手で僕の頬を包んだ。

「君は僕を―………」



どんと背中を打った痛みに息が一瞬つまり噎せた。

ひゅーと息を吸って吐いたあとに顔を上げれば未だ不機嫌そうに結われた唇と皺の寄った眉間が目にはいった。

「だから…僕といるのになに考えてるのさ…」

馬乗りになった浅野学秀は先程よりも鋭い目付きで、相当機嫌を損ねさせてしまったようだ。

「僕を見ないなんて、そんなに赤羽が好きなわけ?」

ぎりぎりと両頬を摘まれ引っ張られる。

僕の頬は柔らかいわけではないからそんなに伸びない。つまるところ痛い。

手を伸ばし、まだ不機嫌な彼の髪をすいてから頬を撫でれば息を吐いて僕の頬を引っ張ていた手の力が緩んだ。

『…君の主張はよくわかったけれど…僕は今赤羽業のことを考えていたわけではないよ。君のことを考えていたんだ。詳しく言うならば一年前のことを思い出していただけだ。
たしかに今の君を見ていなかったのは僕の落ち度だけれど考えていたのは君のことに違いないよ?だからということではないけどそんなに眉間に皺を寄せないでくれないかな。折角の整った愛らしい表情が怖い』

見上げた彼の表情は硬直してから眉が八の字になり噛まれた唇が薄く開いた。

「…ごめん…勘違いなんかで頬引っ張っちゃって」

彼の良いところはしっかりと自分が誤ったことをしたのならば謝罪できるところだ。

秀才で少々支配欲が強いけれど傲慢ではない。

未だ地味に痛む頬を壊れ物でも扱うかのように指先で撫でてくる。

『君の思い違いで僕は無意味な苦痛を受けたわけだが別に怒ってはいないよ。もとはといえば僕の分かりにくい行動をしたために君の中に疑心を生ませてしまったんだ。僕にだって非がある。君は不信感を抱きやすいとわかっているのに目を逸らした僕の責任だね。もっと目の前の君に目をかけるべきだった。
ごめんね、浅野学秀』

浅野学秀は目を開き、僕の頬を撫でていた指の動きをとめる。更に頬を薄く朱に色付けた。

彼の背中に腕を回して引き寄せる。

密着した体から他人の熱が伝わってきた。

耳元に彼の呼吸音が響く。

「…うん、僕を見ててよ」

伸ばされた彼の腕が僕の首の後ろに回って力が籠められる。

けれど不快感はなかった。





「やぁ、こんにちは」

「…、こんにちは、こんなとこで会うなんて思わなかったな、浅野クン」

E組校舎へ向かう最中、人のいい笑顔を見せた浅野クンが待ち伏せてた。

笑顔はあの理事長にそっくりだ。

「僕がここにいる理由って、君にはわからないと思うんだけど」

近くで登校してきてた渚クンや菅谷クン、磯貝クン、前原クン、茅野さんたちが遠巻きにしてる。

それを気にもしないで笑顔のままの浅野クンは口を開いた。

「君が昴に邪な感情を抱いてるのには気づいてる」

凛とした声は清水くんとはまた違う声で、不快だ。

「けどね、」

俺がなにを考えてるのかまで見通すみたいに笑った。

「昴は君を見ていないよ」

やっぱり不快で、嫌いだった。






あとがき
元々はR-18に走るはずだった話
いつも以上に尻切れトンボですみません。

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