DC 紺青の拳


リシと会ってしまって自分の堕落加減を再確認してしまった。心身ともに穢い俺には今のリシは眩しすぎて、あの頃との差に自覚してしまえば頭がおかしくなりそうだ。

今更真人間になれるわけもない。それでも少しはとだいぶ序盤に出席日数が足りず退学になって目も向けていなかった学校に通うことにした。

再試験は手間だったし、未成年だから本来は入学手続きに親が必要で、堕落した人生の中で紡いできた碌でもないツテを駆使しなんとか入学した。

一応これでも元は勤勉であったし、帰化した人間だから英語の授業に問題はない。俺のように入り直した人間の多いこの学校はどことなく人間関係が希薄で、余計な詮索はされなかった。

入学時と同じようにツテを頼りに紹介された場所で昼間は働いて、夕方から学校に通う生活を繰り返して三年間。人よりも一年遅れたものの無事に修学した。

その足で、ずっと近寄ることのなかった場所に向かう。

最寄りの駅に降りただけで足は震えて呼吸は苦しい。思わず近くのベンチに座り込んで、息を何度もして整える。

立ち上がって、ゆっくり歩き始める。一歩、また一歩。足の裏が地面を踏みしめるたびにどうしていいのかわからなくなるけどとにかく足を進めて、本来の三倍は時間をかけ、ようやくそこにたどり着いた。

記憶に違わないそこはあの頃と同じように窓の向こうには光が灯り、庭には母の趣味の家庭菜園がそのまま、今はがなってる。

表札はまぎれもなく俺と同じ名字でまだここに住んでいたから少しの安堵とそれ以上の恐怖が頭の中を占める。

今更、俺は、ここに何をしに来たのか。

あんなに俺を心配してくれた二人の言葉を聞かなかったのに、耳をふさいで逃げ出した俺がなにを、どの面を下げて、

こつんと、少し離れたところから硬い靴底が地面を叩く音がして、目を向けるとスーツを着た人物がこちらを見てる。

訝しげな目が徐々に揺れて、服が掴まれた。

「っ、お前、今までどこに」

なにも返せなくて、口を開けようとして閉じる。引っ張られてそのまま一緒に家に入った。リビングに押し込まれて、父と母は号泣し、激怒した。それはもう見事なくらいに涙を流して何度も鼻をかみ、顔を真っ赤にしてた。

俺は平謝りする他なく、持ったままだった荷物に気づかれてそっと丸めて筒に入れといたものを広げればまたわんわん泣かれた。

二人は三時間もすれば流石に少し落ち着いて、一旦予想と違ってしまった再開に出直そうと思ったけど、夜も遅いからと家を出ていくことは許されなかった。

体はきちんと覚えているもので、数年ぶりの我が家のフローリングを踏みしめながら迷わず扉を開く。俺が出ていったときのまま部屋は残されていて、適度な掃除をされているから埃はほとんど溜まってなかった。

音を立ててベッドに倒れ込む。

目の上に手の甲を乗せて唸ってから顔を横に向ける。開いた視界には毎日触っていたパソコンがあって、そのまま目を閉じた。





リシと一度会ったことは、リシから話が通っていたらしい。

連絡がつかなくなった俺をリシは大変心配していて、毎期、長い休みが取れるたびに日本に来ていたのだという。あの日はそんな何十回目かの一日で、あの時逃げた俺をリシは必死に追いかけたそうだけど見つからず、自分が至らないばかりにと責め、泣いて謝ったらしい。

一切俺への批判のないそれにやっぱり自分はクズだなと母と父に謝り、部屋に戻る。

置いたままのパソコンは触れば簡単に電源が入って、何一つとして変わった様子のないデスクトップに並ぶマークを一つ、クリックする。

パソコンの横にかけているヘッドホンを取って耳に当て、起動した画面のそれをもう一度クリックした。

画面に出るのはCallの文字。唇を結って見つめる画面は変わらず、流石に一分も鳴らせば自動で通話呼び出しが切れたからヘッドホンを置く。溜まっていた唾を飲み込んでベッドに倒れ込む。

電話の一つでこんなに緊張するなんて、大丈夫か俺。

目を閉じて、そのうちに意識は落ちた。

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