暗殺教室



7月1日から衣替えとなる。

今日から半袖ワイシャツの着用とブレザーを脱衣が許される。
人によってはワイシャツの上にベストを着たりブレザーだけ脱いで長袖のワイシャツを身にまとう。
僕は後者だ。

朝の予鈴が校舎内に響く。
あと10分でHRが始まり出席が取られる。

けれど僕は今E組の校舎にはいない。勿論E組の校舎へ向かう山道にいるわけでもない。

今いるのは本校舎である。

絶賛書類整理中だ。

「清水くん、こっち手伝って貰える?」

整理が終わったところで反対側を片付けていた赤羽業に呼ばれた。

振り返ると彼の方はまだあと数冊のファイルが残っている。

「足引っ張っちゃってごめんねー」

えへへと笑う赤羽業に僕も笑う。

『たまたま僕たちのことをD組の担当教諭が見つけたのが悪いのだから君は謝ることないだろ?あの教諭はなにを考えているのかよくわからない節があるし資料室の整理を生徒にさせるなんてどうかしている。きっとそんなんだから僕は彼の名前も知らないんだろうね。
それはそうと赤羽業、僕の方こそ謝らなければいけない。君はきっと僕と歩いていなければこんなこと押し付けられずに済んだはずだよね?すまない』

喋りながら赤羽業の隣に並びファイルを二、三冊持ち上げる。

年号順に並べられてるファイルの背表紙を見ればあと二年分残っていた。

『2013年度春季…』

表紙を開くと入学式や年間行事予定が書いてある資料がファイリングされている。ということは一番最初か

夏季、秋季、冬季、そのた。一年毎にわけ棚に全てしまい終わると本鈴が鳴った。

『さて、整理も終わったことだしそろそろ校舎に向かおうか。
今本鈴もなったからね。これ以上遅れるとなるといくら仕事を押し付けられていたとはいえ責任が発生しそうだ。』

並べたファイルに抜けや間違いがないか確認しながら喋っているとワイシャツが引かれた。

「たのしーもんだね」

『……そうなのかい?
君の感性にとやかく言うつもりはないが…たしかに整理整頓され見映えがよくなったとかすっきりしたとは思うが僕はあまり楽しいとは思えなかったよ?
赤羽業、君は独特な価値観をしているね?』

不思議な感想を述べる彼に僕は首を傾げるように笑って返す。
赤羽業は違うってと息を小さく吐いた。

「清水くんと一緒にいれたから楽しかったんだし……言わせないで」

柄にもないんだからと僕から逸らした赤羽業は頬を髪と瞳と同じように赤く染めている。

『君は面白いね。そうか…うん、僕も君と書類整理をするのは楽しかったよ。きっと一人だったら適当に終わらせてしまっただろうし、授業をサボってまで続けなかったね。今回はいい機会だったわけだ。
たまには良いものだね?こういうのも』

実際、彼と雑談しながら作業していたから飽きなかったわけであるし

赤羽業は薄く笑ってからポケットに手をいれた。

「あーあ、SHRさぼっちゃったねー」

『全くだ。けれど楽しかったからいいじゃないか。でもこれ以上遅れるとさすがに先生たちに怒られてしまうね
続きは歩きながら話そうじゃないか』

扉を開け僕たちは本鈴が鳴った10分後にE組校舎へと向かい始めた。


丘の上にある特別校舎についたのは結局それから20分経っていて一時間目が始まってしまっていた。




遅れてしまい気負いはするものの特にこれといった態度を見せるわけでもなく僕と赤羽業は教室の扉を開けた。

そこには衣替えにより惜しげもなく露出させた腕や肌にクラスの皆とイェラビッチ先生はなにかの模様を書いている。

それはハートマークであったりファッションアートの類いのものであったりと中々目を引くおしゃれなものではあったがイェラビッチ先生に至ってはよくわからない小学生の落書きのようなものまで描かれていて一瞬思考回路を停止させた。

「なんか皆おもしろそーなことやってるじゃん」

ひょいと僕の横から顔を覗かせた赤羽業の目は少し輝いていて好奇心がしめていた。

「メヘンディアートってやつらしいよ?カルマくんと清水くんもやってもらったら?」

扉の近くにいた茅野カエデが腕に描かれたペイントを見せながら笑う。

「インドのやつだっけそれ?
誰がかいてんの?」

特に驚く様子を見せない赤羽業にやはりカルマとはヒンドゥー教からあやかったものなのかと考える。

不破優月は潮田渚と喋っていた菅谷創介を呼ぶ。

「お、おはよ。なんだカルマと清水もかく?つか、描こうぜ?」

液体らしきものが入った小さな絞り袋のようなもの、彼の施しているものがメヘンディアートならばたしかコーンと呼ばれるものを取りだし僕と赤羽業の肩を組んで笑う菅谷創介。

「俺中三病風に手んとこにちょっとだけかいて」

「ちゅ、中三病?よくわかんねーけどわかった任せとけ!」

早速赤羽業の右手になにか描き出す菅谷創介。

ちなみに中三病というのは赤羽業が今後流行らせたい病気らしく僕もよくわからない。

小さな絞り袋に入った液体と彼の技量によって描かれたのは十字架と蝶をモチーフにした絵で完成度はとても高く赤羽業も満足そうだ。

「清水は?清水は?」

辺りを見渡す限りクラスメイトや先生方には書ききってしまったようで残るは僕だけみたいだ。

笑いながら肩を竦める。

『申し訳ないが遠慮しておくよ。とても興味深いことに代わりはないんだが生憎僕は長袖のワイシャツを着ていて君の求めるキャンバスの面積には少々足りなそうだ。
滅多にない機会だからやってみたいことに代わりはないんだよ。本当に。
ただね、露呈させている肌が少なすぎてね?』

菅谷創介は落胆と諦めの色を隠し切れなそうに肩を落とす。

申し訳ないね。

「首に描けば?」

そんな菅谷創介と僕に声をかけたのは愉快犯として定評のある赤羽業ではなく笑っている速水凛香である。

赤羽業は現在中三病蔓延を目論み殺せんせーとイェラビッチ先生、烏間惟臣先生になにか仕掛けている。

寡黙なイメージがあったが彼女もこの空気に浮き足だっているようだ。

「首?」

「首なら開いてるし見えるじゃない?」

速水凛香は簡潔に告げ自席へと向かってしまい、残された菅谷創介はきらきらと瞳を輝かせ僕の反応を待っていた。

ここで断るのはさすがに気がひけるし、何より僕だけなにも描かれていないというのもつまらないのも事実だ。

『それでは折角だから、菅谷創介、君が嫌でなければお願いしてもいいかな?
僕も描いてほしい』

「うっし!きたーっ!」

ガッツポーズもどきを見せ僕を椅子に座らせた。

僕の首筋にかかる髪を左手で上げて押さえ右手にもった絞り袋を動かす。

「清水って髪柔らかくね?」

どこか驚くように言われ僕はそうかい?と返すことしかできない。

「男子ってこんなふわふわしてなくね?や、渚とかは除いてだけど」

『たしかに潮田渚の髪の毛は女子のようだね。当人もそれが似合うほどの愛らしい顔立ちをしているし
男子と一括りに言っても潮田渚のようにボーリュームのある天然パーマのような髪質やさらさらと流れ女子の憧れる赤羽業、前原陽斗のようなキューティクルの強い髪質。木村正義や杉野友人のように運動によって日焼けした少し色素自体が明るくなり毛質が固くなった髪。磯貝悠馬のような先にいくにつれ少し跳ねる芯がしっかりとしていて纏まりにくい髪質。実にこのクラスないだけでも様々な毛質の持ち主がいる。菅谷創介、君は赤羽業や前原陽斗と似た髪質だから僕からしてみれば羨ましいよ。僕みたいに芯がないと毎朝起きる度に寝癖やらが酷くてね。毎日ここまで直すのにそれはそれは熱い戦いを繰り広げているのさ』

「へ~」

書き終わったのか彼は僕の髪を押さえているだけで右手はもう動いていない。

どのようになっているのか気になるのだがそれはまた後で確認すれば良いだろう。

「寝癖かー、俺は風呂入ってすぐ寝てもあんましつかねーかな」

『それは実に羨ましいね。そんなことをした翌朝にはもう僕は帽子を被る他ない』

数回そのようなことがあったが髪の毛の跳ね具合といったら目も当てられないもので仕方なくもう一度朝からシャワーを浴びて直したさ。

「ははっ、じゃ、清水が帽子被ってたら寝癖が酷いときってことか」

『ああ。その通りだよ菅谷創介?もし僕が帽子を被ってきたらフォローを頼むことにしようかな?一緒になにかいい言い訳を考えてくれないかい?』

笑って問いかければにこやかにおう!と返され僕も笑う。

冗談のつもりだったのだけれどこれはいつか帽子を被って登校する日も近いかもしれない。

『して、菅谷創介。このペインティングはどのくらいで乾くのだろう?そろそろ30分は経過するはずだが…これは乾燥にかなりの時間を要するものなのかな?メヘンディアートとは表面を乾かして定着させたあとに剥がすものと聞いてはいるが…』

離すことなく押さえられた髪の毛と近い菅谷創介に笑う。

周りがいまだに赤羽業による殺せんせー、イェラビッチ先生、烏間惟臣先生の中三病蔓延に気を取られ授業が進んでいないのが幸いだ。

「ん?もー乾いてんじゃね?」

菅谷創介はしごく当然のように答えるが僕の髪を押さえている手は離れない。

「カルマのひっついてねーときに清水と喋っとかねーと中々喋れねーしちょいと出来の確認をな」

赤羽業はそんなに僕と一緒にいるだろうか

いないときでないと喋れないと笑う菅谷創介の言葉に少々疑問を感じるものの彼は今描いた作品の出来映えを確認しているようで自分の世界に没頭してしまっている。

そういえば資料室の整理が終わったとあの教諭に連絡を忘れてしまったな

「ん、おけ」

僕の髪を押さえていた手を離し満足感に溢れる笑顔を見せる菅谷創介は俺画伯だわーと溢す。

「首って体温たけーし、あとちょっとしたら剥がしていーぜ」

『そうか、ありがとう菅谷創介。これはとてもいい経験になったよ。きっと僕はこの先このようなボディペイントをすることはなさそうだからね。流石にインドまで行く費用もないから今回は特に他国の文化に触れられた貴重な時間だったよ。知識として知っているだけよりも実際に経験したほうが何倍も記憶に残る。本当にありがとう。嬉しいよ。
今度君の予定がない日にでもどこか行かないか?そうでもしないと僕の気がおさまらない。といっても僕の知っている場所などたかが知れているけれど
ところでどのような模様を描いてくれたんだい?』

おそらくこれを浅野学秀や僕の知人達に言えば海外旅行なんて簡単にいけるだろ?くらいに軽く返されてしまうのだが菅谷創介はどういたしましてと笑い今度遊びいこーぜ!とこちらにノってくれた。

常識のあるE組の生徒はこれだから嫌いになれない

「お礼なんかじゃなくていーから普通に遊びいこーぜ!お前誘っていーのかよくわかんねーからいっつも誘い損ねんだよ!」

『そんなに僕は絡みにくい雰囲気を纏っているのかな?たしかにこの口調はよく指摘されるけれど僕からしてみれば是非ともお呼ばれされたいな?これでも皆と交流をしたいと切に思っているし少しでも仲良くなれたらと思っているよ?だから次からは混ぜてもらえるととても嬉しい』

やはりこの口調を直すべきなのだろうか

どうも話が長くなってしまうし一々流れが止まってしまう。

それに聞いている側としては苛つくこともあるとよく言われるからね

「ま、ちょっと話長いときあんけど俺はそれが清水だと思ってんし直さなくていーんじゃね?つか、ここの奴ら全員会ったときからずーっとその口調なんだから慣れた?ってか」

これは菅谷創介。とても嬉しいことを言ってくれるじゃないか

少々慣れとは怖いものだとは思いつつ僕は笑う。

僕はE組にきてよかったと本当に思う。

『ありがとう、菅谷創介。』

「ん、ぉ、おう」

普段から少し閉じぎみな瞼を上げ目を丸く見せたあとに照れ臭そうに笑う。

「じゃ、今日ゲーセンいこーぜ!」

『唐突だね?行こうか、実のところ僕そういう場所に行ったことがなくてね。楽しみだ』

「ゲーセンいったことない…!?まじか!」

なぜそんなに驚かれたんだろう。菅谷創介はカラオケは?と追加して聞いてくるが首を横に振る他ない

「じゃ、まじで初めていくんだな…」

とても感慨そうに呟かれ僕としては首を捻るばかりだ。

所謂僕は世間知らずの部類に入るようだ。

「菅谷、清水となに話てんの?」

僕と話をしていた菅谷創介に気づいた杉野友人が和に混ざる。

一瞬眉をひそめた菅谷創介だが再び笑みを取り繕い口を開いた。

「清水がゲーセンいったことねーっていうから遊びに行こうって話してただけで…」

「え!?いったことねーの!?じゃいこーぜ!」

「…おう…杉野も来る…」

「へー、じゃ、いついく?」

「木村!?え、じゃ…」

「俺行くなら清水とプリクラ取りたい」

「女子か?!前原まで…」

「よし、俺とエロ本でも買い行くか」

「岡島ちっと黙ろーぜ」

「私と格ゲーしにいましょ?」
「バスケゲームしにいかない?」
「シューティングゲームしにいく?」

「それよりプリンたべいこーよー!」

参った。何故か僕を置いて話がどんどん進んでいく。

菅谷創介がむっと表情をさせ僕の肩を組んだ。

「清水は俺と行くんだよ!」

次の瞬間対殺せんせー用銃による銃撃戦とナイフの応酬が始まった。

一体何が起きているんだろう



「俺の清水くんなのに…」

「カルマくんそれ違う」



「私が誘っても来ないくせにアイツら…!」

「にゅにゃ!?私の人気が清水くんに…!!」

「お前らどこまで迷走する気だ」







結局のところ、僕の首にはなにを描かれたのだろう



「なにそれ、刺青?」

放課後、朝に片付けた資料室の報告をしにいった帰りに浅野学秀と出逢い一緒に廊下を歩いていた。

歩いている拍子に髪が跳ね浅野学秀の目に止まったようだ。

頷き髪をあげると途端に眉間に皺を寄せ顔が険しくなる。

「は?誰のイニシャルいれてるの?僕のじゃないよねそれ」

イニシャルとは何の話だろうか

聞き返すと浅野学秀は不機嫌そうに手持ちの鏡を取り出して見せてきた。

『ハートにリボンでS,S…?』

この類いのものは大体恋人のいる人がその相手のイニシャルや名前をいれるものだが…生憎僕にそんな人がいると菅谷創介に教えたことがない。

推測出来たとしても良いところ赤羽業や浅野学秀だろう。

「馬鹿。その刺青消すまで僕に話しかけてこないでよ」

鏡を奪い取るように片付け見るからに不機嫌な後ろ姿で先を歩いていってしまった浅野学秀。

僕は首を傾げ校門へ向かう。

「清水こっち!」

がっと手を取られ校舎裏に連れていかれる。

それは菅谷創介で物陰にしゃがみこみしーっと人差し指を口の前に置き悪戯気に笑っていた。

ああ、なるほど菅谷創介か

「彼奴ら張り込んでやがる…」

校舎外にいる木村正義や茅野カエデ、片岡メグ、木の上にいる前原陽人、赤羽業、それらは僕から確認できただえで実際のところよくわからない。

『そうだ菅谷創介、君に首へ描いてもらったものだけど中々面白いものをいれてくれたじゃないか。気にいる気にいらないは置いておいて、お礼に出掛けようといっていたけれどそれなりのことをしたいと思うんだがどうかな?このペイントはそう捉えていいんだよね?
そうだな。出来れば半日くらい時間をもらいたいな?放課後にデートでもしようか』

頬杖をつき笑いかけると菅谷創介の頬は一気に赤く染まる。

日当の夕日のようだ。

「お、おう…いついく…?」

照れながら微笑む彼は中々だ。

いつ行くとこちらに問われても君の予定次第なのだが

「あれ?清水くん?菅谷くんもこんなところでなにやってるの?」

丁度下校しようとしていた潮田渚が首を傾げながら声をかけてくる。

菅谷創介は声が大きいと制止をかけようとしたが時すでに遅し。聞き付けた女子愉快犯代表の中村莉桜が拡散し木村正義と前原陽人、赤羽業、磯貝悠馬その他が駆けてくる。
E組俊足を誇る木村正義に長距離で勝てる気がしない

潮田渚が自分のした行為に申し訳なさそう肩を竦める。

別に君のせいではないだろう




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