DC 紺青の拳


邪魔をするやつがいるだろうとは思っていた。

それがターゲットの彼奴なのか、それとも手を組んだはずのあの女のどちらなのか、はたまた両方なのかはわからなかったけど、まさか歯車の一因である怪盗の、その怪盗がどこからか連れてきたぽっと出の子供だとは思いもよらなかった。

予定してなかったそれにひどく動揺した理由としては、このご時世に珍しい戸籍があやふやな子供で素性がしれないくせに嫌に馴れ馴れしく、要所要所で目撃されるせいだ。

あれが所謂主人公と言うやつなのかもしれないとかアホみたいなことを思ったのはあんまりにも存在が大きく、目の端に映ってうざったらしくて仕方ないからだ。

リシが考え、組み立ててきた物語が崩される予感はしてた。

何故なら妙にリシへ接触してくる子供がリシの家に泊まったその日、リシの記憶がとぎれてるからだ。

リシはどれだけ忙しかろうと、他人が家にいる中で眠りこけるような危機感の薄いバカではない。だからその話を聞いた瞬間に俺はその子供を敵として据え、それを連れてきた怪盗も仲の良い日本人観光客の一団も異分子として計算することにした。

故に俺は、たぶん最終局面の今、リシにも伝えずに単独行動をしてる。

きちんと観光客は避難したようで、その後来た海賊のせいもあるのか人気のないホテルは中身をひっくり返したように物が散乱してる。

外の喧騒は時折爆発音を交えていて、観光地として有名な植物園が燃えてるらしいけど俺にはどうでもよかった。

耳につけてるイヤホンから聞こえるのはリシの慟哭。身を拘束されたらしくそれをした怪盗と子供が何か言ってるようだ。力が入ってたのか歯が軋んで嫌な音を立てたから息を吐いて、やっときたエレベーターに乗り込む。

カードキーを翳してから目的の屋上のプールへ繋がる階を押して目を閉じる。

雑然としたイヤホンの向こう側。

怪盗と子供はどうやらこの崩壊していくシンガポールの街並みを守ることにしたらしくハンググライダーで飛び出していったらしい。

主人公様たちが退場したところで今度はもう一人の主人公である武道家が現れたらしく、女の叫ぶ声と男たちの詰めるような息が聞こえる。

ちょうど泊まったエレベーターから降りて廊下を歩く。ロビーとはうってかわり普段の小奇麗さを保った廊下を迷いなく進んで、またエレベーターを呼び寄せる。すぐに来たエレベーターにまたカードキーを翳してから迷わず最上階を押した。

どうやら彼奴が雇った武人は主人公一派に倒されたらしい。

ついでに戻ってきた子供がリシに何か言っているらしく、リシが悔しそうに歯を軋ませる音が聞こえ舌打ちをこぼした。

復讐は誰のためにあるのか。それをどいつもこいつも理解できてない。

まごうことなく主人公たる主人公であったらしい子供と怪盗は、何があろうとも人を殺すことを否定して復讐は無意味だと、死んだやつは願ってないし帰ってこないと綺麗事をぬかしたようだけど、そもそも復讐はなんのためにするのか。

リシの復讐は死んだ父のためではない。

理不尽に父を殺した、そいつらがのうのうと生きていることが許せない、自分と俺のため、帳尻合わせの意を込めて行うのである。

目的階に辿り着いたらしく扉が開いた。

ふわりと外の火薬混じりの空気が流れ込んできて外に出る。

白いエントランスもどきを抜けて、カードキーを翳してゲートをくぐる。普段の人気あふれるプールは今じゃ荒れ果て、黒煙が所々から立ち上っている。

ゆっくりゆっくりと足を進めて、途中拾い物をしてから、プールサイドに居るそれに目を細めた。

どうやら怪盗が取り返してきたらしい宝石を持って呆然としてるそいつはもう何度も写真越しに見た顔で俺が間違えるわけがない。

格好つけた怪盗が子供を連れて空へ舞っていったのを見て、乾いた唇を舐める。

何故か揺れた足場。知らないうちに大きな音を立てて着水したらしく周りの景色はビルを見上げるものに変わってる。

まぁ別に俺がやることに変わりはない。


安全装置が外れてることを確認してから足を進めて、しっかりと手に持ったそれを構えた。急に翳ったことで俺が立ったことに気づいたらしいそいつは顔を上げて、俺の手にもうそれを見て目を見張る。

『ははっ、その顔…リシに見せられなくて残念だ』

「は、」

何か、言葉を発っそうとしたからその前に引き金にかけていた指へ力を込める。サイレンサーでもついていたのか大きな音を立てることなく、軽い音を立てて狙ったとおり、首の真ん中あたりに赤色の花が咲く。

はくはくと唇を動かして、目をひん剥いているそれに口角を上げながら足を進め、距離として30mもないそこで手と、足を撃ち抜く。

まだ痛覚は生きていたのか悶えるそれが落とした蒼色を拾い上げて、登り始めた陽にかざす。

カットした面によって輝くそれは、リシに似合うかなと思ってポケットにしまう。

ジタバタと暴れて周りに赤色を撒き散らかしてるそれにプラス二発。頭のあたりを狙って弾を打ち込み、そのまま足を進める。

愛おしい黒髪をみつけたところで足を早めて、駆け出す。俺に気づいたリシが目を見開いてから唇を噛んだから、手に持ってた用済みの銃をプールに投げ捨てて空になった手を伸ばす。

頬についていた黒い煤を拭ってやれば眉間に皺を寄せながら、リシは口を開いた。

「失敗して、ごめん」

苦しそうに吐き出された言葉に口角を上げ、右手も伸ばして頬を包む。

リシの顔を上げさせてから唇を重ねてみれば眉間の皺が消え失せて、目が丸くなる。

現れた小さな黒目に笑いながら口を離した。

『大丈夫。リシと俺で考えた作戦が今まで失敗したことなんてなかっただろ?』

「え、」

『彼奴はもう居ないよ。リシ』

瞳が揺れて、唇が横一直線に結われる。堪えるみたいな表情にもう一度唇を重ねようかと思って近寄ってから、思い出して、止まった。

『リシが帰ってきたら結婚式をしたいんだけど、指って何号?』

「、」

『ていうか遅くなったけど、これからもずっと一緒にいてほしいから結婚前提に付き合ってほしい。それと、許可取る前にちゅーしてごめんね?』

「……………あ、うん」

溢れた返事。ぽかんとしたリシの顔は記憶にないくらい呆けてる。

眺めていればリシは一回視線を落として、それから結った唇をむにむにと動かしてからいつもみたいに笑った。

「シンガポールは同性婚は犯罪だけど、君の国は法律でオッケーだったよね。……いっそ違う国に行ってもいいかな」

これはさっきの答えらしい。

伸びてきた手が頬に触れたから俺も笑う。

『今から楽しみだ』

「必ず迎えに来てくれよ」

『もちろん』

瞼が降りたからもう一回唇を重ねて、すぐに離す。

ふやけたリシの表情につられて俺も表情を崩して、それから手を放した。

『待ってるね』

「うん」

ひらひらと振られた手に頷いて上機嫌で足を進める。

途中道に転がった真っ赤なソレを汚れないように避けてから水に飛び込む。しょっぱいそれをたまに飲み込んでしまいながら近くの陸地に手をかけて上がった。

シンガポールの街は壊滅一歩手前。達成感の余韻に浸って主人公一派が俺に気づいていない今がチャンスだ。

ささっと避難していた様子の宿泊客や観衆に混ざりながらさっさと歩く。

ぶつりとイヤホンから音がして、リシの言葉を拾ったのを最後にひどい破壊音が耳をつんざく。無事役目を終えたイヤホンを引き抜き、海に投げ捨てた。

さて、さっさと家に帰らなくては。

ポケットに手を入れるとさっき拾った石があたる。

指輪に加工するなら半分か、四分の一くらいに砕いて、それから磨こう。このサイズ感なら、俺とリシの2つ分くらい余裕で取れるはずだ。

婚約指輪は間に合わないので結婚指輪になるであろうそれに、デザインを考えながらさっき聞こえたリシの言葉を反芻する。

『薬指は12号ね』

案外細い指に可愛いなと頬を緩ませる。

けたたましいサイレンの音。群衆の叫喚。

全部が心地よくて、浮足立つあまりその辺の人間を捕まえて俺結婚するんだと自慢したくなる。

びしょびしょなだけでも周りから奇っ怪な目を向けられているのに、流石に気が違ってると思われかねないと首を横に振ってから、スキップで帰るくらいに留めることにした。

帰ったらまずは、石を砕こう。

リシの父さんが見つけてくれた蒼色の石は、リシの指によく似合うはずだ。



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