斉木楠雄のΨ難


僕は斉木楠雄、超能力者だ。

サイコメトリー、パイロキネシス、瞬間移動、千里眼、透視。超能力と聞いて浮かぶようなものはほぼと形容してもいいくらいに可能である。

好きなものは甘いもの、特にコーヒーゼリー。嫌いなものは虫。

家族は父と母、年々ウザさを増していく兄。それと、弟が一人いる。




「あら!くーくん!おかえりなさい!はやかったわね!」

下から聞こえてくる母さんの声に兄の帰宅が教えられる。今日もあの変な機械を頭につけているのであろう兄の心の声は聞こえず、僕を呼ぶ母の声に仕方無しに体を起こして部屋を出た。

年に三回、必ずと言っていいほどに家族が実家に集まる。ロンドンにいた頃の空助も、仕事が佳境であろう日の父さんも、かく言う僕ですら、何があろうともその日は家に帰る。

階段を降りてリビングに入れば、鼻歌を歌いながら料理を並べている母さんがいて、空助は荷物を片付けているところだった。

「楠雄!手伝ってくれ!」

灰色のリボンと格闘している父さんに呼ばれ息を吐く。今年は何を贈る気なのか走らないが、父さんの全長を超えないサイズに収まっているようで安心した。

少し目を逸らした間に何があったのか、両手の首にリボンを巻いて喚いているから指を伸ばしてリボンを解き、市販品のようにリボンを結んだ。

「おー!さすが楠雄!綺麗にできたな!これなら彼奴も喜んでくれるだろ!」

にこにこと上機嫌に零す父さんに何も返さず視線の先を変える。

空助は荷物の整理を終えたらしく、キッチンの横に立つ母さんの隣で冷蔵庫から飲み物を出して飲んでいて、母さんはメインの料理である煮込みハンバーグをよそっていた。

ピンポーンと、電子音が響く。

目を輝かせた父さんと表情を明るくした母さんがぱたぱたと玄関に走り、残された僕と空助は視線を落とした。

「呼び鈴なんて鳴らさなくてもそのまま入ってくればいいだろ?」

「も〜ここは貴方のお家でもあるんですからねぇ?」

二人分の声と、三人分の足音。

リビングと廊下を遮る扉が開いて、満面の笑みの母さんと父さん、それに続いて、とても明るい、ピンクベージュの髪が見える。ほんの少し重く、長い前髪が揺れて、上がってきそうだった紺色の瞳が逸れた。

「ほーら座れ座れ!」

「今日は煮込みハンバーグよ〜」

押されるままに椅子に座らされる。目の前に並べられた料理に滑らせた紺色の瞳が輝いて表情が緩んで、母さんと父さんがかけ、促された僕と空助が向かいに座ると表情は消えた。

「さぁ!全員揃ったことだしはじめましょ!」

「そうだねママ!じゃあ、來哉の誕生日に〜」

「「かんぱーい!」」


斉木來哉。斉木家の三男であり、まごうことなき僕の弟だ。血液型AB型。身長は187cm。右利き。性格は無口、無愛想。ただし一部に関しては攻撃的と人として難しかない性格をしてる。

僕も兄も、両親でさえ知らない遠くの学校に通っており、現在はひとり暮らしで家を出ている。ただ、年に三回、必ず帰ってくる日があって、それは両親の誕生日と自身の誕生日だった。



『……なに』

視界にいれるなり、眉間に皺を寄せあからさまに態度を変えた來哉に表情が崩れそうになる。元よりたった一つしか違わない弟は誕生日を迎えて僕と同い年であり、身長もあるから弟とは思えない。

空助と同じように僕を嫌っている來哉だが、一つ、空助とは大きく異なる部分がある。

『あのさ、楠雄も空助も、用があるならさっさと言ってくれない?僕暇じゃないんだけど?』

それは同情の余地もなく、父さんと母さん以外の人間がすべて嫌いであることだ。

あの母さんでさえ気づいている僕達への敵意はかれこれもう十年来のもので、母さんと父さんが間を取り持たなければ僕達兄弟が顔を合わせることなんてないかもしれない。

それほどに溝が深く、修繕のきかない関係に僕と空助は目を合わせてからほぼ同時に持っていたものを差し出した。

「あ、あのさ、來哉、おめでとう」

「…誕生日、おめでとう」

『………………』

じっとりとした紺色の瞳は重たい。思考が読み取れないせいで何を考えているのかもわからない來哉に僕も空助も唾を飲んで固まる。

來哉は遠回りと施しをひどく嫌う。本来であれば誕生日プレゼントなんてそんなに身構えてもらうようなものではないはずだが、來哉に限っては僕からの、というよりも僕達兄弟からの施しに関しては拒否か最低限の譲歩で対応しており、ラッピングのラの字もないそれを見つめて考える素振りを見せてた。

思考が読めずとも、考えていることを想定することは可能だ。

渡されている物に実用性があるかどうか。

受け取ったとして、それを誤差のない範囲の等価で返せるかどうか。

シビアではあるが、來哉は対兄弟に関してはとてつもなく慎重になる。

どうして來哉がこんなふうになってしまったのか、それがいつからだったかなんて僕はおろか兄でさえ覚えていない。それほどの遠い記憶になってしまうくらいに來哉のシビア対応はだいぶ幼い頃から定着している。

算段がついたのか、來哉が動く。僕も空助も息をとめてその動きをじっと見逃さないように見つめていれば來哉の淀んだ瞳は向こう側を見た。

『父さんと母さんにもらったから、いいや』

今年は手が伸びてくることはなく、思わず手に力が入って加減ができなくなりそうになる。空助もぴしりと固まっていて、來哉はあのさ、と冷たい声を吐いた。

『毎年言ってるけど、別に無理して買わなくていいし。自分の欲しいものくらい自分で買うから気つかわないで』

こちらを気遣うというよりは面倒事を排除したいがための台詞ととれるようなそれに言葉を失う。

『電車なくなるしもう行く』

履いている靴を確かめるようにつま先を二回、床にあてて、マフラーを首に巻き直した來哉は躊躇いなく扉を開けるとそのまま出ていく。足音が離れていき門を開けて、閉じる音がすれば肩に入っていた力が抜けて自然と息が出ていった。

「ど、どうだった、二人と………あー…」

様子をうかがいにきた父さんが僕達の空気を見て駄目だったかと天を仰ぐ。





「きゃー!!」

突如、母さんの絶叫が家に響きわたった。

以前であれば瞬間移動ですぐその場に駆けつけるか、叫ぶ前に何があったか透視もしくはテレパシーで聞きとっていたが、今はそうもいかない。

虫を見てもあっさりと躱してしまうあの母が叫ぶとなれば、本当になにかがあったのかもしれない。

急いで階段を降り叫び声の聞こえたリビングに入れば、母さんはなにか手紙を見てカタカタと震えていて、一緒に見ていたらしい父さんは口を開けたまま固まっていた。

「母さん?!」

同じように駆けつけた空助も僕と同じ物を見て首を傾げていて、仕方無しにソファーに腰掛けている二人に近寄る。

一つの手紙を仲良く覗き込んでいる二人。封書らしいそれは薄いピンク色の封筒で、二人は差出人を見て固まっているようだった。

空助が好奇心からか、二人の後ろに回って覗き込む。僕も並んで覗くと、そこにはお世辞にもきれいとは言えないけれど丁寧さを心がけたような字で、家の住所、両親の名前が書いてあり、その下に、來哉の字が連ねられていた。

「え、」

空助が思わずといったように声をもらす。はっとしたように父さんは目を瞬き、止まっていた呼吸をはじめた。

「く、來哉から手紙なんて初めてじゃないか?!」

「ええ!どうしたのかしら!!」

母さんは中の紙を切ってしまわないよう橋に寄せて、反対側を丁寧に鋏で切った。そっと取り出したのは何かが挟まった折りたたまれている紙で、三つ折りのそれをゆっくりと開く。

”父さん、母さんへ“

宛名からわかりきっていたことではあるが、そう書き出されていた手紙に喉元を突っかかっている気がするなにかを無視して、視線を滑らせた。


”拝啓 父さん、母さん、お元気ですか?
ていっても、ついこの間会ったばっかりだよね。プレゼントありがとう。最近寒いから、もらった膝掛けは毎日使ってるよ。”
“本当はメールにしようと思ったんだけど、同封したいものがあったから手紙にします。手紙なんて初めてで、何を書いたらいいかわからないから、要件をまとめて書きます。“
“高校に入学して、一週間。学校見学とかを通して何回も足を運んだけど、実際通うといろいろなトコが見えてきて、まだまだ僕は視野が狭かったんだなって勉強になります。”
“まぁ、どうでもいい僕の面白みもない話なんて置いておいて、要件なんだけど、今度、近くの学校で大きなイベントが開催されるらしくて、チケットをもらったからもし良かったら一緒に見ない?ついでに、終わったら、少しだけ話したいことがあるから時間もらえると嬉しいです。”
“ちょっと日付が近くて、いきなりになっちゃったから都合がつかなくても大丈夫。無理はしないでね”
“それじゃあお返事待ってます。敬具”
“斉木來哉”


便箋一枚にも満たない、そんな手紙を最後まで目を通したらしい母さんは包まれていた方の紙を見る。細長い形をした紙は四分の一あたりに切り取り線がついていて簡単に千切れるようになっていて、新人戦決勝戦の文字、座席数かなにかの番号が書かれていた。

「「あひゅ~」」

筆不精というか、音信不通に近い一番下の息子からの知らせに同じ表情をして、声を上げ泣く両親。空助はじっと手紙とチケットを見比べていて、僕は二人にティッシュを渡す。鼻をかんだ父さんと涙を拭った母さん。落ち着いたのか二人は表情を緩めた。

「くるくんがお手紙くれるなんて、お母さんとっても嬉しい!!」

「來哉が自分のことを教えてくるなんて…明日僕は死ぬのかもしれない」

天を仰ぐ父の姿はつい先日にも見た気がする。ただあの時との違いは、悲壮感が幸福感に変わって輝いていることだろう。

眩しさでいえば照橋さん並みに輝いている父さんは気持ち悪かった。

「來哉~、この父さんがママと行くからね~」

「あ!でもちょっと待ってお父さん!この日付!」

唐突に声を上げストップをかけた母さんは正気に戻っときたらしい。父さんを引っ張って二人でチケットを覗いて、青褪めた。





「くーちゃん!くーくん!これはチャンスよ!!」

目を輝かせて、押しに押してくる母さんに空助どころか僕でさえ逃げ腰になる。





『さぁ!僕と夢の先へ!』

來哉が、あんなに声を張り上げて、笑っているところなんて初めて見た。笑って、歌って、頬を赤らめてる。汗をかいているのかスポットライトに照らされて輝く額と首元に喉を鳴らしてしまって、胸が締め付けられた。

観客は笑顔でサイリウムを振り、來哉は音にあわせて踊る。

隣の空助でさえ言葉が出てこないようで目を丸くしていて、僕と空助は、來哉が虹色に光る場内を去るまで息ができなかった。



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