神様のメモ帳


その日僕は、ミンさんに頼まれてヨシキさんのお店に向かっていた。

北千住にあるビル。

階段をのぼって扉を開いた。

「やぁ、こんにちは鳴海くん」

何時ものようにカウンターの前にある椅子に座るヨシキさん。

『うーみーはーひろいーなーおおきーいーなぁー』

そして、ヨシキさんの目の前にあるそのカウンターに座り、楽しそうに歌う男性。

「ちょっとマナ、今お客さん来てるから静かにしてもらっていいかな?」

『んー?』

ヨシキさんが微笑みながらやんわりと怒ると、男性は顔ごとこちらに目を向けて僕を見つめた。

『あー、ほんとだ、こりゃあすみません』

特に悪びれる様子もなくへらりと笑う。

その姿はどこか懐かしい、笑顔と重なった。

『ん?どーしたー?』

「あ、いえ、なんでも…」

慌てて愛想笑いを作ってかわし、ヨシキさんに話しかけた。

「あの、ミンさんのエプロンを取りにきました…」

「ああ、そうだったね。ちょっと今取ってくるよ」

笑い立ち上がろうとするヨシキさん。

「あ『だーめ。僕が取りいくから座っててー』

僕が阻止するよりも早く、男性はカウンターから降りて立ち上がりぽんぽんとヨシキさんの頭を撫でて奥に向かっていった。

30秒もしないうちに奥から袋をもって男性は戻ってきた。

「ありがとうね」

『んー?べつにこれくらいならいーよー』

ユルくヨシキさんからのお礼を返すと僕へもっていた袋を差し出してきた。

「あ、すみません、ありがとうございます」

『それであってる??』

上から袋を覗くと、なかにはいつものミンさんのエプロンが入っていた。

「は、はい。これです、ありがとうございます」

もう一度お礼を言うと、ぽんぽんと頭を撫でられる。

『ん、どーいたしましてー』

へらりと笑う男性はヨシキさんに呼ばれて振り返った。

「そろそろ雛との待ち合わせの時間じゃないのかい?」

『んー、あ、ほんとだー』

男性が壁にかかっている時計を見て忘れてたと笑う。

…「雛」?

『さーて、ヨシキにも会えたしもーいこーっと』

遅れたら怒られるー

男性はもう一度ヨシキさんの頭を撫でてひらひら手を振りながらお店をでていった。

結局誰だったんだろうかあの人は

男性の消えていった扉を見つめて、30秒くらい経ってヨシキさんの「あ」というなにかを見つけたような声で振り返った。

「え、どうかしました?」

ヨシキさんは苦笑いをしながら声をだした原因と思われるものを僕に見せる。

「彼奴、携帯忘れていったんだよね…」

忘れ物癖が直らない奴だ。とヨシキさんは笑う。

忘れ物癖?
あれ?やっぱりどこか…?

「はぁ。届けてこなきゃ」

ヨシキさんは立ち上がりエプロンを外す。

あ、ちょ、

「待ってください!」





北千住のビルの階段をかけ降りる。

まだ出ていってから時間はたっていないし近くにいるはずだ。

僕の右手には先程までヨシキさんが持っていた携帯が握られていた。

見過ごすというか見なかったことにできないし…

駅のほうへ走りだそうとする。だけど男性は意外と近くにいた。

『にゃー』

階段を降りてすぐのところで猫と戯れていた。

『かわいーなぁー』

指先で猫の首の下辺りを撫でて遊んでいる。

かけ降りた必要…

無駄な運動をしたことに息を吐きながら男性に声をかけた。

『んー?』

振り返った彼は僕を見て不思議そうな顔をする。

「あの…携帯忘れてましたよ…」

ヨシキさんからと携帯を渡せば、あー、本当だーとへらっと笑った。

『ありがとねー?』

首を斜めに傾げながら笑いお礼を言われる。
しゃがんでいる彼を腰を折っているとはいえ立った状態で見ている僕からすると必然的に見下ろすような形になっている訳で

「い、いえ…」

普通の男性が持ち得ないはずの色気といえばいいのだろうか。どこかヒロさんと似た雰囲気ではあるがそれとは違う、もっとこう…

性的な色気

雰囲気の正体に気づいた瞬間、僕の鼻孔に少し甘い薫りと、暖かい何かが頬に触れていた。

「……ぇ…?」

実際2秒にも満たない時間だっただろう。

でも僕にはものすごく長い時間に感じられた。

ふわりとまた甘い薫りが鼻孔を擽って、目の前には、正確にはしゃがんでいるから目線は少し下だけど、男性がふにゃりと笑っていた。

『ありがとねー』

この人の思考回路理解できない。

今思えばそれで済むのだが、あのときは頭がついていかず、呆然と立ち尽くしてしまった。

下から見上げるように彼はどうしたーと笑う。

「え、あ、あの…っ!?」

目の前の男性に今なにをしたのか聞こうと口を開いた。

しかし、被せるように車の止まる音が後ろからした。

続いて扉が開き、人が降りた足音。
そして扉がしまった。

僕は振り返る。

「あ」

そこに立っていたのは、ビルの影の中ででも映える白い髪をした目付きの悪い男性。

「あ゛?」

なんだ、園芸部じゃねぇか

僕に気付き四代目は目を一瞬丸くしてから睨み付けるように細めた。

ヨシキさんのところに用があったのかな…

そうほけーと思っていると四代目が歩いて階段を通りすぎた。

通りすぎた?

「おい、」

四代目は僕の横に立ち、下を見下ろす。

「時間忘れてんじゃねーよアホが」

視線の先には先程まで猫と戯れていた男性がいた。

『あれー?もう時間?』

小首を傾げふにゃりと笑う男性。

え、え?

「お知り合いですか?」

男性の額にでこぴんをしてから頭を痛そうに額を押さえため息をついている四代目。

「あ?こいつか?」

四代目が男性を見る。

当のご本人はでこぴんされたことを気にもせず猫とまだ遊んでいる。

四代目は深いため息をついた。

「おい、“マナト”いつまで遊んでんだ」

男性は名前を呼ばれ、猫を離してゆるゆると顔をあげた。

『壮くんはせっかちだなぁー』

ふにゃりと表情を綻ばせて立ち上がる。

ていうか…

「壮くん?」

それって四代目のこと?

考えていたことが口から溢れていたようで、マナトと呼ばれた男性が『そうだよ』と返事をする。

「なんだ園芸部。お前マナトとも知り合いだったのか」

「えっと…知り合いといいますか、さっきヨシキさんのお店で初めて会って…」

『僕の携帯届けてくれたの』

マナトさんが補足する。

「へー」

ん、っていうか「とも」?

言葉の中にどこか違和感を感じて考え込もうとした。

「そうなんです…って、ちょ、」

が、それはしようとしただけで終わった。

「おい…園芸部」

マナトさんが僕の背後から肩に腕をおき抱きついてきたからだ。

『んー、ヨシキと壮くんと友達だったんだねー?』

慌てる僕を置いてマナトさんは喋る。

『なら僕とも友達ー』

楽しそうに声を弾ませているマナトさん。

目の前の四代目がこわいんですけど!!?

『僕は、愛音。愛の音で愛音だよー、アイトじゃないからよーく覚えてくよーにぃ』

愛音さんが後ろから抱きついて喋るものだから愛音さんの吐息が耳を撫でて鳥肌が立った。

気持ち悪いとか嫌とかそういう鳥肌じゃなくてなんていえばいいんだろう
興奮したが多分一番近くてあっている。

『君の名前も教えてよ』

「ふ、藤島…です」

んー。と愛音さんが僕の耳もとに顔を近づける。

『藤島くんかぁー、下の名前は?』

「あ、な、鳴海…」

『鳴海くん?綺麗な名前だね』

「は、はい…ありがとうございます…」

誉めていただいたのは嬉しいんですけど、この近さはどうにかなりませんか!?

「園芸部…」

てめぇ…後で覚えてろよ…

言葉には出ていないはずなのにそう聞こえた。

よ、四代目ぇ!?
目が殺る気ですよ!?

これは命の危険!?

「あ、あの愛音さん!?」

『なにー?』

「僕、そろそろバイトがあって…いかなくちゃいけないんで…」

離してもらっていいですかね

やんわりと伝えると愛音さんはしょうがないと僕から離れた。

『僕もそろそろ壮くんと遊びいくし、鳴海くんバイト頑張ってねー?』

よしよしと頭を撫でられた。

『壮くんお待たせー、いこっかー』

「はぁ」

愛音さんが微笑んで四代目の腕を引けば、四代目の殺気が霧散した。

「遅せーんだよバカが。いくぞ」

心なしか四代目の表情も雰囲気も柔らかい。

するりと僕の横を抜けていくすれ違いざまに愛音さんは僕の頭を撫でていった。

あわてて振り返れば僕にひらひらと手を振って愛音さんは四代目の車に乗り込んだ。



…―…―…―…―…―…―…

ねこっぽい主人公
まなとくん。
同作品の誰かのご兄弟
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