東リベ
近頃の二人は、少しだけ意識の先が散らかってる。
「ヒメ」
『どうしたの?黒猫ちゃん』
「その………や、やっぱりいい」
『おやおや。では話したくなったら教えてね』
「…ん」
『いつでも待ってるよ』
更にはどことなく物言いたげで、何かを聞きたそうにしては諦めてる。黒猫ちゃんとのこのやりとりはもう両の手では数え切れないほど行ってた。
十五夜を越え、紅葉の季節を越え。もうあとしばらくで年を越す季節。年越しに向けていくつかの仕事があるとはいえ、あからさまに俺への言葉を言い淀むような事象に心当たりはなくて、仕方がないと一つ、連絡を入れた。
×
『俺の黒猫ちゃんの様子がおかしいのですが、なにかご存知ですか?』
「「…………」」
ちらっと目を合わせて、口角を上げたお二人に答えは聞くまでもない。
「なぁに??姫ちゃん、お困りごと??」
「俺達灰谷兄弟に任せてくれたら華麗に解決してあげないこともないよ?」
『いいえ。解決は求めておりませんので遠慮いたします』
「えー?姫ちゃん本当にいいの??俺達が誰かのために頑張ってあげるなんてなかなかないことだよ?」
『お心遣いのみいただいておきましょう』
「ちっ。つまんね」
『ふふ。貴方がたに俺の黒猫ちゃんの作戦を台無しにされては困りますから』
「あれ、察した感じ?」
『いいえ?何一つも。ですが貴方がたの空気感からそのような類のものではないかと思いまして』
「相変わらず察しがいいねぇ」
トラブルでないのならば良い。
愉しいことが好きな灰谷兄弟がこの場でおとなしくしているのなら、物騒なことにはならないだろう。
ご兄弟が仔細を把握しているかはわからないけれど、黒猫ちゃんが危ないことをしていないのならそれでいい。
白犬くんも俺に隠し事の最中で忙しそうで、赤音ちゃんに聞けば内容はわかるのかもしれないけれど、たまにはこういうのもいいかと気づかないふりをして仕事に集中する。
×
帰社して、たどり着いた我が家に玄関を開けても飛び込んでこない黒猫ちゃんに不思議に思う。
出かけているのかとも思ったけれど、室内は電気が灯り、人の気配と普段はあまり嗅がない香りが漂っていて、廊下を進みリビングへと続く扉を開けた。
「ヒメ!誕生日おめでとう!」
「姫南条、おめでとう」
ふわりと届いていた芳しい香りは食べ物らしい。華やかな室内に、輝かしい見栄えの料理。アルコールなども用意されているそれに目を瞬く。
『誕生日……?』
「ヒメ?」
「姫南条?」
『……、誕生日…ああ、俺の…?』
瞬きを繰り返す俺に二人はきょとんとして、普段は雰囲気が真反対なのに似た表情を見せる。
中心に置かれたケーキも視認して、そこにも先程かけられた言葉と同じものが書かれていたから顔を上げた。
『俺、誕生日会をしたことがなくて』
「「え、」」
ぴしりと固まった二人に言ってはいけないことだったのかと視線を泳がせる。
『ええと、無下にされていたのとは違うんです。姫南条家には西洋からの文化が相容れないといいますか、祝言はありますけどこう集まって食事会というのは経験がなくて…?』
「経験、ない…?」
「嘘、だろ…?!」
戦慄する二人に何か言ってはいけないことを言っただろうかと視線を迷わせれば飛びつかれて、急いで片足を引いて耐える。
予想通り腕の中にいる黒猫ちゃんに目を瞬いて、隣に立つなり俺の服を引いた白犬くんもじっと俺を見据えてる。
「ひめ、俺達の誕生日祝いはしてたよな」
『え、ええ。黒猫ちゃんも白犬くんも俺の大切な子ですから。産まれてきてくれたことに感謝の意を込めてお祝いしておりました…?』
「なら誕生日祝いは理解してるな」
『ええ、まあ…おそらく…?』
「、はぁ〜…」
どうにも頭がいたそうに、額を抑えて息を吐く白犬くんに目を瞬く。ぐりぐりと頭を押し当ててた黒猫ちゃんがようやく顔を上げたから視線を落として、目があったと思うと手が伸びて両頬を包まれた。
「ヒメ」
『はい。なんでしょう』
「ヒメはもっとたくさん幸せを受け取って欲しい」
『?』
「俺達が幸せなら、ヒメは幸せだろ?それと一緒で、ヒメが幸せなら俺達も幸せだ」
『難しいお話ですね…?』
「なんでそこでイコールにならないのかなぁ…?!」
『俺には二人がお幸せならばそれがすべてなので…?』
黒猫ちゃんが不服そうに眉根を寄せて俺の頬をふみふみと揉む。摘んで引っ張るのを堪えているような仕草が不思議で仕方なくて、見つめていれば手が降りて、黒猫ちゃんは大きく息を吸い、白犬くんが一歩距離を詰めた。
「とにかく!いまからヒメには、ヒメのお誕生日会という今日を盛大に祝って幸せになってもらうから!」
『はあ』
「ひめ、飯も酒もある。早く座れ。ぬるくなっちまうぞ」
『はあ』
二人に言われるまま引かれて歩き出し、いつものテーブルに添えられた椅子に腰掛ける。
テーブルには様々な料理や瓶が並べられていて、色鮮やかなそれに二人がこそこそと動いていた理由を見つけて口元を緩めた。
『ふふ』
「ヒメ?」
「ひめ?」
思わずこぼれた声に二人は目を丸くして動きを止める。
首を横に振って、差し出された箸を受け取った。
『いいえ、なんでも。…とてもおいしそうだね。お腹が空いてきました』
「ヒメ!これ食べて!俺頑張った!」
「大体は赤音がやってくれたけど、これは俺も手伝った」
『ふふ。では順番にいただくとしましょう』
進められたお皿の上には和洋折衷食事が存在していて、差し出された黒猫ちゃんの手元には小さめのハンバーグ、白犬くんは赤色のスープを持っていて、二人の嬉々とした姿に頷いた。
×
二人と赤音ちゃんが用意してくれた料理を楽しくいただいて、適度にアルコールを嗜んで。それから三人で眠りにつけば今までにないほど充実した誕生日を過ごすことができた。
充足した気持ちで目を覚まして、今日は何をしようかと連絡を確認するよりも早く、携帯が揺れた。
普段はあまり見ない名前に目を瞬いて、携帯を耳にあてる。
「17時、灰谷のバー集合な」
『え…?』
返事をするよりも早くきれてしまった通話に画面を確認して、一桁の通話時しか表示されていない。
もう一度連絡をするか悩んだものの、おそらく繋がらないだろうなと諦めて横に眠る二人の髪を撫でてからベッドを降りた。
×
「はーい!姫ちゃんおめでとー!」
「お誕生日パーティー後夜祭だよー!」
『誕生日の後夜祭という概念は初めて聞きますが…』
「呑んで食ってハッピーになろうぜ!」
「飲みつぶれても今日は許してあげるよ」
『それは後が怖いですね?』
「まぁ適度に楽しめよ。ほら、おめでとう、姫」
『そういうものなんでしょうか…?有難く頂戴いたします』
「姫川。おめでと」
『マイキーさんまで。ご足労くださりありがとうございます』
三途さんと、それから呼び出した張本人であるマイキーさんが渡してくれた袋を受け取る。
ちらりと見えた中身はどちらも細長い箱で、おそらく酒の類であろうそれに帰ったら待っているはずの二人と開けてもいいかなと割れてしまわないように丁重に置く。
蘭さんと竜胆さんはお店のアルコールを好きに飲んで騒いでくれというのが俺へのプレゼントらしく、一番に竜胆さんがこれがうまいよと瓶を開けた。
次々と勧められるお酒。皆で分けながらいただいているとはいえ、一時間もすれば瓶もつまみの乗っていた皿も空いてテーブルに乗せられないほどになった。
水分で腹も程よく膨れ、それから体温も上がっている。
『ふぅ…さすがに熱くなってきましたね』
「これだけ飲んで、まだ熱い程度…?」
顔を引きつらせる蘭さん。すでにソファーから崩れ、意識の落ちている三途さんと竜胆さんはうんともすんとも言わず、マイキーさんはこれが酒豪かと静かに頷いていた。
マイキーさんもアルコールを摂取しているとはいえ、俺達と比べれば控えめで、迎えのために現れたふたり組の服を引く。
「ケンちん、三ツ屋!行け!負けるな!」
「ふざけんな。俺はお前を回収しに来てんだよ」
「運転手が飲むわけにはいかないからな。というわけで、姫川さん、お先に失礼しますね」
『はい。本日はご足労くださりありがとうございました。またご縁がございましたらよろしくお願いいたします。マイキーさんもおやすみなさい』
「おー。またな、姫川〜」
×
「マジ化物」
『お褒めにあずかり光栄です』
マイキーさんも帰り、お二人は目を覚まさず、俺と蘭さんだけでお酒嗜んでいれば蘭さんは頬杖をついて目尻を落とす。
「くらくらしたりしないわけ?」
『多少思考の緩みは感じられますが、めまいを覚えるほどではございませんね?』
「えー、まじすごいね…」
あくびをこぼして、たまに視線を落として、ゆらゆらとし始めた蘭さんはそのうち諦めたように顔を押さえた。
「あー、ちょっと、…今日は、…負けでいいや…」
『お粗末さまでした。…とても楽しい一日をご用意してくださりありがとうございます。おやすみなさい、蘭さん』
「んー…」
ばたりと倒れた拍子に額を打っていたように見えるけれど、うめき声一つあげず微動だりしないところを見るに意識はないのだろう。
立ち上がって、空の瓶を片付けていく。まとめて端に置いて、グラスも寄せて。落ちている竜胆さんを拾って蘭さんの隣に寝かせて、三途さんも拾い、別の場所に寝かせる。
全員に最初羽織っていたそれぞれの上着を腹のあたりにかけてやって、元の場所に座ってから携帯を取り出す。
気遣ってか連絡の入っていない携帯に、ボタンを一つ押してみて、呼び出し音が一度鳴るか鳴らないかですぐに通話に切り替わった。
「ヒメ、どうした?」
『、おやおや…、とても早いけど作業の邪魔をしたかな?』
「んや。作業はしてない。携帯触ってただけ」
『そうなんだね』
「うん。…………」
『俺の黒猫ちゃんは今日は一日何をして過ごしてたの?』
「、イヌピーと赤音さんと子犬と出かけてた」
『そうだったんだね。楽しかった?』
「うん。子犬とみんなで動物園行って、ピクニックして久々に歩き回った!」
『そうでしたか。もうお家にいるのかな?』
「夕方くらいには切り上げて、イヌピーと家にいる。な、イヌピー」
「ああ」
今日は朝早くに二人は出かけてしまって、俺もここに来るために昼過ぎには家を出ていた。
昨日ゆっくり会話したとはいえ物足りないそれはきっと電話越しに言い淀んだこの子も同じだろう。
「ヒメ…?」
今も会話が途切れたことに不安そうな声を上げるから笑って、言葉を紡ぐ。
『これはわがままなんだけど、今とても、俺の黒猫ちゃんに会いたいなと思っていて』
「っ!迎え行く!」
『俺が帰ったほうが早いのでは?』
「だめ!危ないから!イヌピーとすぐ行くから外出たりしないでね!!」
「おとなしく待ってろよ、ひめ」
『ええ。では気長にお待ちするといたしましょう』
慌ただしい向こう側に通話を終了させて、荷物をまとめ始める。
二人が来ると言うならば、本当に来てくれるだろう。
多く見積もっても三十分以内に姿を見せてくれるはずだから、三つの空のグラスに水を八割ほど注いでおき、頂き物を丁寧に集めて、眠りについている皆様にも挨拶と感謝を伝えて、時間を確認しながら部屋を出る。
以前にもお邪魔した店内に道を迷うことなく出口まで進み、扉を明けたところでふわりと黒色が舞った。
「ヒメ!」
『お迎えありがとう、黒猫ちゃん、白犬くん』
飛び込んできた黒猫ちゃんを右腕に寄せて、抱き締めれば淡い香りが漂う。我が家の香りに目を細めて、そわそわしている黒猫ちゃんの額に口付けてから手を伸ばして白犬くんの髪をなでた。
『お家に帰ろうか』
「そうだな。早く乗れ」
「ヒメ!一緒に帰ろ!」
×
二日間かけていたる人に祝ってもらって、産まれてこの方、初めての経験であるそれに生まれてきて、生きていてよかったなと、少しだけ思った。
三人で映る記念写真の横には後夜祭と称してアルコールを嗜んだ夜の写真が、更にその後に会った赤音ちゃんと子犬くんとのか写真も添えられていて、より一層と華やかになった団欒の間に口元を緩めながら目を逸らす。
『おいで、黒猫ちゃん』
「ヒメ!」
入浴を済ませて物陰からじっと俺の様子を窺っていた黒猫ちゃんは、飛び出してくると勢いをそのままに抱きつく。
お風呂あがりでふわりとした髪を梳いて、抱え上げれば首元に腕が回された。
「ヒメ、今日はもう疲れてる?」
『いいえ?たとえ疲れ果てていようとも、俺の黒猫ちゃんのお願いならばどんなことでも叶えてさしあげるよ』
「ほんと?」
『ええ、もちろん』
キラキラした瞳に表情を緩めて額に口付ける。そのまま歩きだして寝室に向かえば黒猫ちゃんは上機嫌に足を揺らしていて、扉をゆっくりとしめた。
×
「はぁ〜。ヒメがかっこいい…!イヌピー、どうしよう!ヒメがかっこよすぎて心臓死にそう!」
「ココは幸せか?」
「俺すっごい幸せ!」
「そうか。なら俺は応援する」
「ありがとう!イヌピー!」
「ああ」
