東リベ


結婚式で結び直した縁は不思議なもので、あの後しっかりと連絡先を交換した数名とは気が向いたときに言葉を交わすようになった。

メッセージでのやりとりは案外便利なもので、昼夜問わず連絡を入れておけば好きなタイミングで返事ができる。その延長線上で日付を決めれば顔を合わせることもできて、お呼ばれしたその場所に目を瞬いた。

「やっほー!姫ちゃん!」

「姫ちゃん、いらっしゃーい」

『ご無沙汰しております』

会釈して見せればニコニコと笑った二人のうち、竜胆さんが慣れたように肩を組み、蘭さんが腰に腕をまわす。

「最近調子はどうよ」

『おかげさまでつつがなく過ごしております』

「あはっ、灰谷兄弟セラピーとか流行りそ」

『摘発にはお気をつけくださいね』

「兄貴、詐欺師でパクられる前提じゃん」

げらげらと声を上げて笑い始めた竜胆さんに蘭さんはにっこりと笑みを携える。

「竜胆?」

「、」

『それで、私はいつになりましたら店内にエスコートしていただけるのでしょうか?』

「お、姫ちゃん案外ノリ気?」

『気が向いていなければお時間をいただいて出迎えをお願いいたしませんよ』

言葉を重ねればすっかりと機嫌の戻った蘭さんが強く俺を引いて、歩き出す。

「俺達のお城見せてあげる!」

「楽しんでけよ、姫ちゃん」

『おじゃまします』

お二人が夜の街で店を数店舗運営しているのは再会してその日に知った。仲良く二人で夜を彩っている二人に、非営利法人を立ち上げ勤めている元梵天の方々とは同じ道を行かなかったことに少し不思議ではあったけれど、納得した。

このお二人は適度な刺激がないと生きていけないだろうし、イザナさんと呼ばれていたマイキーさんのご兄弟と仲が良いようではあったけど、梵天のときも飄々としていたし、このぐらいの距離感が丁度いいんだろう。

二人のエスコートを頼りに賑やかで薄暗い店の中を抜けていく。

支配人として存在している二人に挟まれる俺を従業員も客も信じられないものを見るように三度見して、理由を理解していても二人は離れない。

「姫ちゃん人気者〜!」

『お二人が華やかなので私も目立ってしまうようですね』

「お、姫ちゃん俺達のこと華やかって思ってたの?」

『ええ。お二人とも整ったお顔立ちですからね』

「「え?姫ちゃん俺達に乗り換えする??」」

『遠慮しておきます』

「「だよねー」」

楽しげなお二人に息を吐いているうちに連れられた一角に誘導され、三人で腰掛けた。

「姫ちゃん、好きなお酒は?」

『特にはございません』

「嫌いな酒はー?」

『なんでも嗜めます』

「ふん?強そう。んじゃ、この間飲んでたしワインからいく?」

「スパークリングで乾杯しよ!」

「シャンパン」

楽しげな竜胆さんに素早く蘭さんが注文を通して、運ばれてきた瓶とグラスに淡い金色が注がれたグラスを渡された。

「姫ちゃんとの出会いを祝してー!」

「「かんぱーい!」」

『いただきます』



お二人の誘いに乗ったのはたまたま仕事が落ち着いていて、何度も断わられそろそろしびれを切らした二人が強行に出たら困るからと時間を合わせた。

仕事を早めに切り上げて二人の勧める店のある駅で降りて、人目を集めながらこの店に入ってしばらく。お二人と会話をしながらアルコールをたしなみ、軽食をつまむ。

1時間も経たないうちに店内が騒がしくなる。もとより賑やかな店内の喧騒の色が変わったことに両隣の二人が顔を上げて、慌ててこちらに入ってきた黒服が竜胆さんを呼んで耳打ちをするよりも早く、影が部屋の中に飛び込んできた。

「ヒメ!」

『黒猫ちゃん?』

軽やかな足取りで俺に抱きついた黒猫ちゃんをなでて、もう一つ入ってきた影に顔を上げ、眉尻を下げた。

『白犬くん?おろしてあげなさい』

「ん」

白犬くんが首根っこを掴んでいた黒服から手を離せばべちゃりと音を立てて地面に落ちる。

外損はないように見える黒服は涙目で立ち上がって、すぐに部屋を飛び出していった。

『二人とも急にどうしたの?』

「姫南条が帰ってこねぇってココが心配してたから迎えに来た」

『きちんと夜には帰ると伝えたはずだけど…』

「もう外暗い!夜!」

『おやおや。黒猫ちゃんは真面目だね』

膝の上でごろごろと喉を鳴らす黒猫ちゃんの頭をなでて、白犬くんはちらりとこちらを見る。

俺の隣に座っている蘭さんを見ているらしいそれに、空いている方の席にすっと座って、黒服の報告を受けていた竜胆さんが片眉を上げた。

「そこ俺の席なんだけど?」

「ココと姫南条の横が俺の定位置だ」

「はぁ?」

わかりやすく不機嫌になった竜胆さんに蘭さんはどうにも楽しげで、俺の肩に凭れかかった。

「そんでー?九井も乾も飲んでく?」

「ヒメ連れて帰る」

「ココと姫南条が帰るなら帰る」

「うわぁ、腰巾着〜」

「うるせぇ!あとヒメに触んな!金とんぞ!」

「いくら払えばいい?」

「あ?蘭てめぇ…!」

『はいはい、落ち着こうね』

白犬くんの頭を撫でて落ち着けて、腕の中の黒猫ちゃんを抱え直す。

『お迎えも来てくださいましたし、そろそろお暇いたします』

「えー!姫ちゃんまだ来たばっかじゃん!」

「夜はまだこれからだよ??」

「女のコも呼んであるのに」

「「は?」」

『ふふ。それはまた不必要なご面倒をかけてしまいましたね』

殺気立つ二人をよしよしと撫でて、けらけらと笑って楽しそうな蘭さんに息を吐く。

『蘭さん、私は人見知りですので初めてお会いする方とお酒をいただても相手を退屈させてしまいます。お気遣いは有り難いですが席を立たせていただきますね』

「まったく、一途だねぇ」

『ええ。そうなんです』

腕の中の黒猫ちゃんを抱き締めれば少し前から俺だけをみつめてた黒猫ちゃんが表情を緩めて頬を擦り寄せる。

可愛らしいそれに本当にねこちゃんだなぁと唇も寄せて、それから番犬よろしく隣に座る白犬くんの頭を撫でた。

『二人ともお迎えありがとう。ご飯は食べたのかな?』

「まだだ」

『まったく、俺が居なくてもちゃんと食べないとだめだよ』

「ココがヒメの心配してるときに飯食ってらんねぇだろ?」

『じゃあ黒猫ちゃんにしっかりとご飯食べさせないといけないね』

「ヒメ?」

『お腹は空いてる?』

「空いてる!」

『ふふ。かわいいね。じゃあたくさんご飯を食べよう』

さてと腰を上げようとしたところで手が伸びて俺の肩を押さえた。

「まぁまぁ。ほら、そんな急がないでいいじゃん。夜飯ここで食べていきなよ」

「お前らの用意した飯なんて何入ってるかわかんねぇよ」

「はいはい。警戒しなーい」

黒猫ちゃんに楽しげに笑う姿は昔から変わらない。竜胆さんも黒服に指示をしていて、運ばれてきた皿の数に黒猫ちゃんが少し目を開いて、白犬くんは俺を見上げる。

『食べたいのあったの?』

「肉!」

『そっか。用意してくださったし、せっかくだからいただいていこうか。白犬くん』

「ああ」

すでにテーブルに向き合いフォークを持つ白犬くんに黒猫ちゃんを横に添えるようにおろして、二人が口を揃えていただきますと挨拶をしたところで隣を見る。

『お食事をご用意くださりありがとうございます』

「姫ちゃんと話すための献上品だからね」

「姫ちゃんを掴まえるにはまずあいつらの胃袋からってね」

『うちの子たちはそこまで食いしん坊ではないですよ…?』





蘭さんと竜胆さんの作戦によりここに留まり、会談を続ける。

食事をして満足げな黒猫ちゃんと白犬くんは今は少しばかりのアルコールを口にしていて、今は竜胆さんと仲が良さそうに会話をしていた。

「姫ちゃん、楽しんでるー?」

『ええ』

「本当に女のコ要らない??」

『充分に楽しませていただいておりますので大丈夫ですよ』

「ふぅーん?」

にっと笑った蘭さんが入ってきたときと同様に俺の腰に腕を回して笑った。

「じゃあ男呼ぼうか?」

『結構です』

笑い合えば、あらあらと蘭さんは手を離す。

「おあついことで」

『ええ。あんなにかわいい子が傍にいたら大切にしたくもなるでしょう?』

「ほーんと、姫ちゃんも一途だねぇ」

楽しそうな蘭さんは以前と変わらず何を考えているのかわからない。

アルコールのためかいつもよりもわかりやすく楽しそうにも見える表情に、それならそれでとお互いに口元を緩めて、聞こえてきた足音にそちらを見やる。

黒服の一人が佇んでいるから、蘭さんに用事だろうと離れる。ついでにお手洗いを借りて、それから元の部屋に入ろうとして、聞こえた、おいの声に顔を上げた。

「お前、灰谷さんのなんなんだよ!」

『お二人は友人として仲良くしてくださっています』

ずいぶんと不服そうな表情。後ろな見えるのは先程白犬くんに掴まれていた黒服で、それ以外からも視線がこちらを突き刺してきていて、どうにも敵視されているらしいそれに困りましたと笑ってみる。




この子達は灰谷さんを慕っているのだろう。だからこそあまり無碍にするのも可哀想だろうとお話を聞いてあげる。

蘭さんのカリスマ性と竜胆さんのコミュニケーション能力。そして二人揃ったときの圧倒的な行動力。大まかに分けると二人のその辺のところを尊敬しているらしいその子達は、二人が孤高の存在であるのを崇めているそうで、俺が共にここに来たのは許されないことだったらしい。

右から左、左から右、並べ立てられる話を聞き流して、ある程度付き合ったからそろそろ離れようかと思ったところで視界の端に見慣れた紫色が揺れて、視線を動かした瞬間にばしゃりと音がした。

頭から浴びた水と途端に漂いはじめた甘いような渋い香り。目に染みるそれにまったくと顔を拭おうとして、ひゅっと音が聞こえた。

「ヒメ…っ!」
「ひめ!!」

蒼白になった二人の顔に、近くにいた彼らは、え?と目を見開いて、ふらふらと飛び込んできた黒猫ちゃんが手を震わせる。

「血、血が、ヒメ、ヒメ、また俺をおいて、死んじゃ、ヒメ」

『大丈夫だよ。血じゃなくてお酒だからね』

「ひめ…っ!死ぬな!ひめ!!」

『死なないよ。ほら、ご確認なさい』

顔を拭ったときについた液体を白犬くんの口に突っ込んで、空いてる方の手でかたかたと震えてる黒猫ちゃんを撫でる。

味に気づいて白犬くんが落ち着いたのを確認したところで口内から手を抜いて、ぼろぼろと涙をこぼしながら歪な呼吸音を響かせる黒猫ちゃんを抱きしめた。

『置いて逝かないからね』

「ヒメ、ヒメ」

『まったく、俺の黒猫ちゃんを泣かせるなんて…。蘭さん、竜胆さん。それ、後でいただいてもよろしいですね?』

「んー、いいよー」

「じゃあ適当にふん縛っとくわー」

『ええ。よろしくお願いします。それと、お部屋を一つお借りしても?』

「お好きなだけどーぞ」

『ご厚意いたみいります』

抱えあげた黒猫ちゃんをしっかりと支えて、それから白犬くんを確認すればついてくる気のようだから一緒に歩き出す。

白犬くんが先に進んでVIPルームの一つを開けて、俺達が入ればきちんと続けて中には入り鍵を締める。

進んで柔らかなソファーに腰を下ろして、黒猫ちゃんを撫でながら顔を覗けばまだ呼吸が浅く顔色の悪い黒猫ちゃんの震えてる瞳孔と目があった。

『俺の黒猫ちゃん。いい子だから落ち着きなさい』

「ヒメ…っ、ヒメ、血が、」

『血じゃないよ。大丈夫。少し遊んでいてワインを被っただけだからね。匂いでわかる?』

「っ…」

口が開かれて、あれと思った瞬間に見えた赤色が俺の頬を撫でる。赤色で暖かい、小さな舌が這う感覚が擽ったくて、我慢していれば舌は頬から唇に触れて、少し離れた。

「ヒメ…」

『なぁに、黒猫ちゃん』

「本当に死んじゃわない?」

『うん。もう置いていかないよ』

ぼろりと涙を零したところで手を伸ばして髪を撫でる。

「で、でも、二回も、置いてって、今回は、全然会ってくんなくて、」

『ふふ。…ええ、花垣さんにも叱られまして、心を入れ替え、俺の持てる全てで黒猫ちゃんを誠心誠意大切にすると決めていますよ』

涙が止まらない目元に口付ける。驚いて見開かれた目にようやく涙が落ち着いて、髪を撫でながら涙を拭った。

『黒猫ちゃん。不安になるのは今までの俺のせいだから、その度、俺は何度でも黒猫ちゃんの不安が消えるまでこうして愛を伝えて抱きしめるからね』

「っ〜!ヒメ〜!!」

『ふふ。可愛いなぁ。ほらほら、もう心配はないからね。ゆっくりとおやすみ』

「んっ」



すっかりと眠りについた黒猫ちゃんに、ずっと近くのソファーに腰掛けて待っていた白犬くんは俺と目を合わせた。

「お前が居ないとココは幸せじゃないから、お前は俺の目の届く範囲で生きてろ」

『おやおや、難しいお話だね…?』

「難しくねぇ」

立ち上がった白犬くんは俺の前に立って、少し屈んで俺と目を合わせると額を合わせた。

「あぶねぇことはすんな」

『ええ』

「ちゃんと寝て飯食え」

『ふふ。うん』

「それからココを一番大事にしろ」

『もちろん』

しっかりと右腕で黒猫ちゃんを支えて、左手を伸ばす。くっついたままの額にあたりをつけて、白犬くんの後頭部に手のひらを添える。

『黒猫ちゃんは俺の一番大事な子だけど、白犬くんも俺の大切な子だからね。二人ともきちんと甘やかして愛でてあげるよ』

「………ならいい」

満足したのか目を閉じた白犬くんはおとなしい。


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