東リベ
一度育って、死んで。気づいたら半端なところから記憶が蘇って、ぼーっと眺めていたやりとりにまた死んで。
そうしたら、もっと更に昔に戻っていた。
俺がまだ布によって包まれていた時代のそれに、はて?と首を傾げて、それならばとあの日の赤音ちゃんと白犬くんを誘って強引に引き止めた。
ついでに黒猫ちゃんには手を回しておいて乾家に行かないようにしておきつつ、無人の家の庭が燃えるという事故に留めておく。
怪我人ゼロ。火種は通行人のポイ捨てのタバコで犯人はきっちりと捕まえて牢獄に捨てる。
しばらくは家に居るといいよとご家族様ごと優しく招いておけば恩も売れて万々歳である。
×
一度目も二度目も、未来で黒猫ちゃんと白犬くんが生命を危ぶまれたのは極端な話をすれば巨悪に呑まれたからで、悪意を退けるのであれば、確実なのは大本を排除すること。
少し調べればあの日の彼はまだ小さな子どものようで、その子供の動きは姫南条の力を借りれば造作もなく把握できる。
お誂え向きに夜間に出歩いてくれたそれに、布を被らずに済んだと思いながらこそこそと話している二人に声をかけた。
『お久しぶりですね、マイキーさん』
「、お前…!」
「え、えっと?」
目を見開くマイキーさんはあの頃のように真っ黒な瞳はしていなくて、それから左右に視線を揺らしてあわあわとする連れはあいにくと見覚えのない顔をしてる。
『私のことを覚えていてくださったようでなにより』
「、お前も、もしかして」
『ええ。2回分ほどでしたら保持しているようです』
笑って見せればマイキーさんは唇を結んで、じっと俺を見る。
「邪魔する気か?」
『おやおや。まだ貴方がたが何を目的かも存じ上げないのに邪魔をするかどうかなんて断言出来かねますね?』
「…………」
ぐっと寄せられた眉根にまた笑い声を転がす。ひどく不機嫌な表情に隣のその人は不安そうで、さてさてと視線を向けた。
『初めましてでしょうか?』
「あ、は、はい!はじめましてです!」
『ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。姫川と申します』
「あ、はい、姫川さん…、姫川?!え、あの姫南条春人?!!」
『おや?』
「、タケミっち、姫川のこと知ってるのか…?」
『あ、いや、その、…ええと、……』
先程よりもあからさまに目が泳ぐその子にマイキーさんは首を横に振る。
「タケミっち、こいつ俺達と一緒だ」
「え、」
「俺達と、真一郎とか三途とかと一緒」
「……ももももしかして?!」
「2回分っていつといつだ?」
『私が秘書をしているところに梵天の皆さまがいらしてそのまま就職した後、射殺されたのが1つ。関東卍會と二代目東京卍會の抗争観戦中に勝手に割り込み轢死したのが2つでしょうか?』
「………お前、ろくな記憶ねぇな」
『おやおや、どちらも死因は貴方絡みなのですけど…。まぁさしたことではございませんし気にしておりませんよ』
俺達の会話にぱくぱくと口を開け閉めして、それから頭を抱えたその子に、二人で視線を向ける。
『お疲れのようですね?』
「たぶんタケミっちはタケミっちしか知らないなんかがあって、それにお前が絡んでるっぽい」
『私がですか?』
仲が良いらしくニックネームで呼ばれているその子は見た目は黒猫ちゃんと白犬くんと同じくらいの年頃のようで、俺よりも目線が低い位置にある。
唸っていたその子にしばらく待ってみたけれど顔を上げないから、持っている傘の先端を床についてかつんと大きめに音を鳴らす。
肩を跳ね上げてこちらを見たその子に微笑んだ。
『本日の日の出は四時五十分。もう幾ばくもございません。今の私は軽装で日が出てしまいますと自由がききませんので、お早めにお話いただけますと助かります』
「す、すみません、」
「……タケミっち、なにを知ってるんだ?」
「えっと…」
マイキーさんにも促されて、意を決したように唾を飲み、口を開く。
「そ、その、姫南条さんはいつどんなときも、ココくんが買収する会社の大元になっていて」
『おや、私の会社は黒猫ちゃんの持ち物になるんですね』
「黒猫…?ええと、まぁそれで資金源を手に入れたココくんは大抵さらに事業を拡大して、所属してるチームがさらに発展するっていう…」
『なるほど。悪事を止めたい貴方とは相容れなかったようですね』
「は、はい…」
「俺も三途から聞いただけで詳しくは知らないけど、一回目にお前が死んでその少しあとに俺も死んだ後、散り散りになる幹部が多い中でココはお前の遺骨持って乾と心中して家ごと燃やしたんだってさ」
『おやおや。重たい子ですね?』
「特大級のトラウマ植え付けてった奴のセリフとは思えねぇな」
『ふふ。そう言われてしまいますと返すお言葉がありません』
『飼い猫に寂しい思いをさせては飼い主失格でしょう』
「ああ、俺も無理に引きこまない。側にいてやれ」
『それは難しいでしょうね』
「え?」
目を見開いた花垣さんとは対象的に、マイキーさんは目を細めて。首を横に振った。
『黒猫ちゃんを悲しませる可能性があるのであるのなら、最初から近くにいなければ済みます。ですから、マイキーさん、花垣さん。俺のかわいい黒猫ちゃんと白犬くんをよろしく頼みますね』
×
「本当に本当に!姫南条さん!勘弁してください!!」
『おやおや。今にも泣き出しそうなお顔をされていかがなさいました?』
「自覚なしなんですか?!!!」
『なんの自覚でしょう?』
久方ぶりにお会いした花垣さんはひどく取り乱していて、つい最近まで期末試験に向けて辛そうなお顔をしていたときとはまた違った表情をしている。
「ちょっと前に東卍に黒龍が合流したじゃないですか!」
『そのようですね。黒猫ちゃんと白犬くんはお元気ですか?』
「ええ!元気ですよ!毎日俺のことガン見してきて物言いだけにしてます!!!」
『おや?それはまたなぜ?』
「アンタが顔合わせないからでしょうが!!!」
『私ですか?』
投げつけられた言葉に目を瞬く。心当たりがなくて首を傾げれば頭を抱えた花垣さんは勘弁してほしいと零した。
「ココくんもイヌピーくんも本当に視線が痛くて!!マイキーくんは聞かれるまで放っておいていいんじゃないって言うけど!俺そのうち視線に刺されて死にます!」
『視線に殺傷能力はないからご安心なさいな』
「いつイヌピーくんの持ってる鉄パイプが俺の後頭部狙わないかヒヤヒヤしてるんですけど?!」
『おやおや、頭部を狙われるようなお心当たりでもあるんですか?』
「俺から姫南条さんの匂いがするらしいです!」
『それは失礼いたしました。香水がうつってしまったようですね』
「普通の人はそんなことで気づかないんですよ!!」
情報共有を兼ねて顔を合わせるだけでなく、つい最近までは放課後にあたる時間に勉強に付き合っていたから、その後に集会などがあれば香水がうつっていることもあるのかもしれない。
今も昔も未来も、常用してる塗り薬の臭いを消すために相性のいい同じ香水を使っていたから、特にあの頃長く共にいた黒猫ちゃんの鼻についていたのだろうか。
会うたびに頭を抱えている花垣さんに思わず笑いをこぼせば何笑ってんですか!と悲鳴をあげられてしまって、失礼しましたと咳払いをする。
『これからも仲良くしてあげてください』
「心配するくらいなら会えば良くないですか?!」
『あの子達と私が会うことはないですよ』
「ほんとそれ意味がわかんないっす!」
マイキーさんにも花垣さんにも、その都度理解できないと言われるけれど、一度決めたことを覆すことはしない。
『私はあの子達の幸せを願っています』
「それとこれは話が別でしょ!?危ないことにならないように姫南条さんも一生懸命働いてるのになんでそれで二人から離れる必要があるんですか!」
『一度飼い主として愛でた責任として、今後一切あの子たちをかなしませないよう尽くしているのですが…』
「それが!まちがって!ます!!!」
ふんすと鼻を鳴らす姿にいつでも全力な子供だなと思いつつ、揺れた携帯にそろそろ時間かと目を閉じて、開き直す。
『それでは私はこれで。また続きのお話をできる日を楽しみにしております』
「ココくんとイヌピーくんに会ってください!」
『無理なお願いですね』
いつもと同じ言葉で締めて、これから集会だという花垣さんを見送る。
一人になったのならば俺も仕事をしないといけないから、店を出て歩き出す。
ゆっくりと歩いていれば、あ!と明るい声が聞こえた。
「姫くん」
『こんばんは、赤音ちゃん』
「こんばんは」
微笑む赤音ちゃんは私服で、俺とは違い一度家に帰ってから着替えて出かけていたんだろう。
小さな鞄だけを携えて横にならんだから会話を続ける。
『随分と遅い時間だし、一人で出歩くと危ないよ』
「ノートと消しゴム切らしちゃって」
『学生の必需品なら仕方ないけど…それくらいなら明日言ってくれれば分けたし、買い出しくらい付き合ったよ』
「えー?私だってやんちゃしたいお年頃なんだもん」
『ふふ。黒猫ちゃんと白犬くんが聞いたら気を失ってしまいそうだね』
「そうかも」
くすくすと笑い声を転がす赤音ちゃんは楽しそうで、慣れた道を進む。
「そういえば、最近は青宗も一くんも黒色のお洋服着てて、なんだか姫くんみたいだよね」
『所属している場所が変わったから制服も変わったらしいね』
赤音ちゃんは携帯を取り出して、画面を少し操作するとこちらに向ける。
「前は白くておしゃれって感じだったけど、今は黒くて漢字の刺繍が入っててかっこいい感じ。どっちも二人に似合ってて素敵だよね」
『お二人ともどんなお洋服でも着こなしていてかっこいいね』
直近のものなのか、黒色の特攻服をまとった二人のお顔はまだまだ幼い。武道さんとマイキーさんが着ているのとは少しデザインが違うのはこれも暴走族なりの階級制度なんだろうかと思ったところで、赤音ちゃんは携帯をおろした。
「姫くんはもう、青宗と一くんに会わないの?」
『うん』
「そっか」
俺達の転機であった火事を乗り越えたその日から、俺は乾家との関わりを最小限に抑えるようにした。
同じ学校の同じクラスの赤音ちゃんと縁を切ることは難しいけれど、それだけで年の離れていて生活リズムの違う白犬くんと更には今世では顔を合わせたこともない黒猫ちゃんとは縁を結ぶことはなくて、赤音ちゃんは理解しているかのように頷くだけでこうして時折二人の様子を教えてくれた。
「姫くんが決めたことなら私は何も言わないよ」
『ありがとう、赤音ちゃん』
×
西に、東に。ありとあらゆる勢力を飲み込んで時間をかけて大きくなった組織に、マイキーさんは笑う。
「そろそろだな」
マイキーさんの言葉にぐっと表情を歪めたのは花垣さんで、泣かないように歯を食いしばる姿にマイキーさんが笑う。
「まだ宣言する前なのに泣くなよ、タケミっち」
「で、でも、だってっ」
ずるずると鼻を啜り始めたからティッシュを差し出して、そうすれば大きな音を立てて鼻をかむ。
涙をこぼす目元にも新しいティッシュをあてて押さえる姿をマイキーさんは微笑ましそうに眺めて、それから俺を見据えた。
「姫川も、ここまで支えてくれて助かった」
『私は私の望みのために動いていただけですよ。貴方を利用していただけですからお気になさらないでください』
「ああ、そうだな」
いくら二人に経験があるとはいえ、歳や金銭の関係でできることは限られていた。逆に俺にはその経験がないかわりに有り余る資金があって、お互いがお互いの必要なものを出し合っていただけに過ぎない。
×
「本日をもって、東京卍會は解散する!!」
×
鳴り止まない東卍の呼びかけ。熱気は日の出を迎えても冷めず、白み始めしまった空に、とりあえず帰れと叫んだ龍宮寺さんによってようやく人々は散り散りになる。
最後まで見届けて残っていた二人に近づけば顔を上げて、ぐしゃぐしゃの顔にハンカチを差し出した。
『お疲れ様でした』
「っあざっす!」
「ああ」
二人の表情は晴れ晴れとしていて、朝の静かな空気に笑顔が溶ける。
×
あっという間に月日は流れ、中学、高校と順調に卒業した白犬くんの隣にはやはり黒猫ちゃんがいる。
×
暴走族だったからといって進学で甘い目で見てもらえることなんて一つもない。故に悲鳴を上げながら勉強する様子を眺めつつ、俺は俺で仕事をこなして、いつの間にかあの頃とほとんど近い歳になっていた。
「姫川さん!お久しぶりです!」
明るく笑む花垣さんは随分と大人になってる。
『こうしてお顔を合わせるのは久しぶりですね。花垣さんがお元気そうでなによりです』
成人してからしばらくすればあの頃とは違いお互い別の人生を歩むために顔を合わせる機会は減る。
それなのにどうしてもと時間を合わせた彼に、何があったのかと問いかけるよりも早く、それを差し出された。
「俺!結婚するんです!」
『おやおや、大変おめでたいことではありませんか。祝砲を上げる準備をしなくてはなりませんね』
「あざっす!」
受け取ったお手紙は花垣さんと新婦である女性のお名前が載っていて、二人の笑顔に口元を緩める。
『以前から包んでありますので、ご祝儀を楽しみにしておいてください』
「あ、いや!お金は要らないっす!!」
『参列は難しいでしょうし、それくらいさせてくださいな』
「え?!参列できないんですか!??」
ガタンと椅子を鳴らし立ち上がった花垣さんに、個室の食事処でよかったと思いつつ、頷く。
『貴方の挙式となれば黒猫ちゃんと白犬くんも参列する可能性が高いですし、あの頃のお知り合いも多数いらっしゃるでしょう』
「あ、いや、まぁ、それはそうですけど!で!でも!来てほしいっす!!」
『せっかくお声掛けくださったのに申し訳ありません。新婦様にもどうぞよろしくお伝えください』
「ぐっ…!」
椅子に座り直して、ぐぬぬと唸る姿を眺める。それから一気にグラスのアルコールを煽って、空にしたと思うと顔を上げた。
「ココくんとイヌピーくんに会いましょう!」
『遠慮しておきます』
「強情!わからずや!」
『ふふ。直接罵られるのは初めての経験ですね』
「だって!ココくんがどんだけアンタを探してると思ってんですか!」
『さぁ?』
なんとなく、そんな気はしていたけれど、黒猫ちゃんには一部記憶が残っている様子が見受けられる。それは白犬くんも同じようで、花垣さんへの物言いたげな視線の原因だろう。
聞くところによれば花垣さんの相棒であったという青年も朧気ながら記憶があったり、マイキーさんの腹心であった三途さんもマイキーさんのお兄さんにも若干記憶があるそうで、俺の記憶が混ざっていることも含め、今世がうまく回ったのはそういうめぐり合わせもあったからかもしれない。
『私が居ることで誰かの人生を縛るようなことはしたくありません』
「もうだいぶ手遅れっすよ!ココくんが今更別の人と幸せになるとか想像つかないです!」
『ええ。今世では赤音ちゃんと添い遂げるものだと思っていたんですけどね』
「ええと、イヌピーくんのお姉さんでしたっけ…?」
『はい。以前のあの子は赤音ちゃんを好いていましたから。だからこそ今世では赤音ちゃんへのアピールが少ないようで、不思議ではあったんですが…』
「そりゃあ二回も命救われたらその人好きになりません??」
『救った覚えはございませんよ。俺はただあの子を悲しませただけです』
「あー!もう出た!姫南条さんの無自覚ネガティブ!」
頭をかき乱しはじめた花垣さんは追加で運ばれてきたアルコールを半分減らして、じゃあ!と俺を見た。
「もしココくんから会いに来たら姫南条さんはどうするんですか!」
『黒猫ちゃんが?』
今まで、何が起きようとも顔を合わせないよう物理的に距離を取っていたし、時間もずらしていた。だからこそ仮定したことのなかったそれに視線を上げて、首を横に振る。
『そのようなことは万一にもありえないかと』
「たとえば!もしもです!!」
『そうですね…』
いくら以前の記憶があったとしても、あの頃の俺とあの子はただの上司と部下。今はもう存在しない世界線の記憶に懐かしさを覚えながら、思わず笑う。
『では、黒猫ちゃんが自ら望んで俺の元に帰ってきたその時は、今度こそ生涯離さず愛してあげることにいたしましょう』
「っ〜!その言葉!やっぱなしはなしですから!!!」
『ええ。この姫南条春人。家名に誓って言葉を違えないと約束いたします』
「言質とりました!!!!」
『はい。お好きにどうぞ。………まぁ、そんな日が来るとは思えませんが…』
随分と盛り上がっている様子の花垣さんは俺の言葉は聞いていないらしい。
そのままアルコールをもう一度煽り、テーブルに突っ伏してしまったから、今日の食事会はお開きにすることにした。
×
赤音ちゃんと会いつつ、二人が無事に生きていることを確認して、俺は俺で前回の記憶をもとに経営を続けて。成人して独立してしばらくした頃に、打診を受ける。
飛ぶ鳥を落とす勢いの新鋭企業が台頭したそうで、その企業の代表の名前は稀咲という、どこかで見覚えのあるようなお名前で首を傾げつつ許可を出した。
さぁ、顔合わせとなったところで、現れた眼鏡をかけたその人は稀咲と名乗り、それから、事前には聞いていなかった共同経営者を連れていた。
視界に入った黒髪はあの頃付き添っていた白色とは違うけれど、俺を見据えるなり泣きそうに揺れる瞳は変わらなくて、稀咲さんはそのお顔に一度驚いたように目を見開いたものの、すぐに連絡がはいったと適当すぎる言い訳を口にして扉の外に出る。
じっと見つめてくる黒色の瞳に、口角を上げる。
『まったく。俺が離れてあげたのに何一つとして懲りない子どもなんだから』
「っ」
飛び込んでくるから迎え入れる。とんとんと背中が撫でていけば零れていく涙と嗚咽はすべて服に吸われていって、髪を撫でた。
『俺を選んだのなら、もう離してあげられないよ、黒猫ちゃん』
「ヒメっ」
背にまわされて、強く込められた腕の力にかわいいなぁと目をつむった。
×
泣き止む頃にはすっかりと目元が赤くなってしまっていて、お仕事どころじゃなさそうなその表情に一度離れようとすれば腕の力は緩まなかった。
「置いていくな」
『お目々が痛そうだから氷嚢を取りに行こうかと思っただけなんだけど…誰かに頼むことにするね』
「ん」
満足そうに頷く黒猫ちゃんに随分と駄々っ子になったようだと思いながら抱えてそのまま内線をつなげる。氷嚢と、それから外で待たせたままの稀咲さんの案内。いくつか指示を出して切る。
『いっぱいお食べ』
「いただきます」
もきゅもきゅと、りすのように頬を膨らませて食べる黒猫ちゃんは以前と変わらず細いのによく食べる。
泣いたことで体力を使ったのもあってか、用意させた料理を次々と平らげる姿を眺めていれば気配が揺れた。
「姫南条さん、あの…」
『稀咲さんも遠慮せずお召し上がりください。お嫌いなものがありましたか?』
「あ、いえ、その…」
居心地の悪そうな表情にわかっていたって触れてあげることはしない。
俺にとって、大事なのは俺の黒猫ちゃんがお腹いっぱい食べる様子を眺めることで、黒猫ちゃんにひもじい思いをさせないことだけが重要だ。
『黒猫ちゃん、足りてる?』
「…、米ほしい」
『遠慮せず好きなだけお食べなさい』
追加で運んできてもらった炒飯を主食に黒猫ちゃんは麻婆豆腐を食し始めて、あっという間に空になっていく皿に稀咲さんは諦めたように小皿に近くのエビチリを少しよそって口に運んだ。
静かな食事会を終えた頃には顔合わせの時から三時間を過ぎていて、口元を拭ったところで椅子を引く音がしたからそちらを見上げる。
『どうしたの?黒猫ちゃん』
「ヒメ、運んで」
『構わないよ。どこに行きたいの?』
「案内する」
『それなら安心だね』
はやくと言いたげに手を伸ばす姿に立ち上がり抱え上げる。食事後でも記憶とさして変わらない重さに、食生活が心配になりながら隣を見れば、目を見開いていたから首を傾げた。
『稀咲さん、黒猫ちゃんにこの後のお仕事はございますか?』
「、ありません…!」
『ではお借りしますね』
「え、あ!はい、どうぞ…!」
何故かひどく怯えた表情の稀咲さんに不思議に思いつつ、許可が降りたのならばと腕の中に視線を戻す。
ふわりと笑った黒猫ちゃんは俺の体に耳を預けて、甘えるように見上げられた。
「外」
『うん、いいよ』
抱えたまま部屋を離れる。社員たちに今更俺の行動な疑問を持つような人はいないから、誰に止められるわけでもなく促されるままに進んで、建物を出たところで、見つけた金髪に目を瞠った。
「ココ、姫南条」
『白犬くん…』
ばちんと音がして、走った痛みに目を瞬く。
ひりひりとする額に思わず向かいを見つめれば、むっとしたままの白犬くんはもう一度俺の額を弾いて、手をおろした。
「ひめのばか。あんまりココに心配させんな」
『ええと、申し訳ございません…?』
「はぁ」
×
「…ヒメの家、行ってもいい?」
『構わないよ』
×
我が家と提携を組んだあちらの会社はさらに盤石を強固なものにして、忙しそうな様子を眺めていれば黒猫ちゃんは時間を作るなり俺のもとに来て寛ぎ、またせかせかと仕事に向かう。
忙しない日々を送っているらしい黒猫ちゃんだけれど、会うたびに肌艶の良くなっている様子に健康ならば何よりと頷いた。
『赤音ちゃん。白犬くんは元気?』
「うん!青宗なら、一くんを盗られたーって怒ってるよ」
『おやおや、血気盛んなことで』
「一くんがすぐに姫くんのところに行っちゃって、予想してた以上に遊べなくなったのが堪えてるんだろうね?」
楽しそうに笑う赤音ちゃんに俺も笑う。
いつの間にか、赤音ちゃんにならって姫くんと呼んでいた白犬くんは俺のことを姫南条と呼び敵視するようになって俺が離れる前から疎遠になっていた。
最初の頃の黒猫ちゃんは白犬くんと決別していたし、次も巻き込まないようにと離れていた。今回は各々が自身のやりたいことを追求した結果常に横にいるわけではなさそうだけど、きちんと連絡を取り合っているようで、赤音ちゃんは目を細める。
「でも、私も少し意外だったかな…?姫くん、いつの間に一くんと仲良くなったの?」
こてりと首を傾げる姿に、目をそらす。
『…さぁ、いつでしたかね?』
「あれあれ?恥ずかしがってるなぁ??」
『ええ。黙秘権を行使します』
「せっかく姫くんと恋話できると思ったのに」
ぶんぷんと怒って見せる赤音ちゃんに思わず笑い声をこぼして、目を合わせた。
『赤音ちゃん、幸せ?』
「うん!もちろん!」
蕩けるように微笑む姿は何十年と見続けても飽きない。
「ヒメ!」
「姫南条てめぇ…ココだけじゃなくて赤音まで俺から盗る気か…」
上擦ってる焦り声にばっと掴まれた右手。それから地を這うような低い声。
赤音ちゃんがきょとんとして、それから笑う。
「青宗、一くん。二人揃って珍しいね?仕事終わりかな?」
