東リベ
傘下にするか、それとも潰すか。利用価値がないわけではないけど極めて低い。そんな会社にボスを伺えば目を細めて口を開く。
「潰せ」
抑揚のない、短い言葉。あっさりとした命令に嬉々として一番な立ち上がるのはやはり側近の三途で、それから空いている数人を見繕う。
普段ならばさして現場に向かうこともないけれど、会社の頭をすげ替えるにしても潰すにしても情報を選別作業をさっさと済ませるために俺も同行することにした。
やけにきれいで立派なビル。見掛け倒しのそれに車から降りて中に入れば妙にひと気が少ないことに眉根を寄せる。
受付すら見当たらない、空っぽな室内に眉根を寄せて、そうすればこつりと音がした。
『おやおや…』
おっとりとした言葉なのに声は柔らかくない。そんな違和感のある話し方に眉根を寄せる。
『お客様がいらっしゃるのは存じておりましたが、今をときめく反社会勢力の幹部様がお揃いでこのような辺鄙な場所までご足労くださりありがとうございます』
ふふふと笑い声を転がすとかけている眼鏡のガラスの向こう側の目を細めて、それから口角を上げる。
『立ち話もなんですから、さぁ、どうぞ。おもてなしいたします』
「はぁ?」
『?』
三途がすぐに不機嫌そうに銃口を向ける。銃を突きつけられてるそれは一度微かに首を傾げて、また口を開いた。
『いかがなさいましたか?』
「死にてぇのかてめぇ」
『おやおや、私の人生は随分と短く終わってしまうようですね。しかたがありません、どうぞお好きに』
開き直るようにじっと三途と向き合うそれはどこか異様で、三途が指に力を込める前にとんっと肩に手を置いたのはめずらしくついてきてたマイキーだった。
「お前、何が目的だ」
真っ黒な瞳でじっと見据えられてもそれは怯えを見せず、笑い声を転がす。
『目的などございません。予定のないお客様がいらっしゃるとお伺いして、秘書としておもてなしにまいった次第です』
「秘書?」
『はい。私はここでは社長秘書を務めておりました
「……………」
緩やかに上がった口角。相変わらず目元は色付きの眼鏡のせいであまりはっきりとしないから余計底が見えず気味が悪い。
見つめ合ってる二人に三途はマイキーに待てをされたままで動き出せず眉間の皺がどんどんと寄っていって、かわりに動いたのは鶴蝶だった。
「ボス、このままだと支障が出る」
「…………」
「お前、俺達をどこに連れて行く気だった」
『応接室か社長室かお選びいただこうかと思っておりました』
「社長室一択だ」
『では社長室までご案内差し上げます』
会釈の後にくるりと踵を返して、あっさりと俺達に背を向けて歩き出す。
つい今しがたまで銃を向けられて反社の人間と見つめ合っていた奴の動きではないそれににまにまと笑っているのはついてきていた蘭で、三途は不服そうに睨みつけてる。マイキーが何をもって三途を止めたのかはわからないけど、今はこのひと気のない建物が罠かどうか考えるほうが先決で、鶴蝶もマイキーの一歩前に立ち離れていく背中を追う。
一定の距離を保ちながら進み、生体認証でロックを抜けた先、扉の前でボタンを押して、また違う認証を抜けた先導者に静かに扉が開いて、奥からくぐもった声が聞こえてきたから三途が持っている銃を構え、俺も銃に手を伸ばし、蘭は警棒を用意する。
以前として先頭を歩くそれは慣れたように室内を進み、床に転がっているそれと、その横にまっすぐ立つ男を確認すると頷く。
「おかえりなさいませ」
『ええ。ご苦労様でした』
「仕事ですから」
『後のことはお任せいたしますね』
「はい。姫様」
深く頭を下げ、失礼いたしますと俺達に背を向けてさらに奥の扉に消えていった男に、それはようやくそれは振り返って、俺達に微笑みかける。
『お紅茶と珈琲でしたらどちらがお好きですか?』
「…………は?」
『おや、日本茶のほうがよろしいですか?』
「…ぷはっ!え、なに??やばくない??」
『アイスもホットもございますが…。ああ、 お茶菓子との組み合わせが気になるようでしたらご希望に合わせてご用意させていただきますのでお先にご案内いたしましょうか?』
「反社幹部招き入れてふんじばられた社長転がった状態で秘書が話す言葉それじゃなくない??」
『お客様をおもてなしするのが私の仕事ですので…?』
「イカれすぎでしょ!」
けらけらと笑う蘭にそれは相変わらず不思議そうにしていて、床に転がってるそれは口を塞がれているにもかかわらず騒ぎ立てている。
鶴蝶があまりの異様さに俺に助けを求めるように見てくるから頭を掻いて、さてどうしたものかとマイキーと三途を確認する。
三途は依然として不機嫌な顔で、なんならイライラするあまり引き金にかけてる指を今にも動かしそうだし、マイキーは何を考えてるのかわからない目で茶菓子を案内してるそれの話を聞いてる。
「…三途、その転がってるやつ回収してくぞ」
「ゴミは要らねぇだろ」
「いくつか確認したいことがある」
「ちっ」
八つ当たりにか思い切り転がっているそれの腹を蹴り飛ばした三途にくぐもった絶叫が室内に響いて、床をのたうち回るそれを気にも止めずそれは悠々ともとなしの準備を続ける。
室内に広がりはじめたのは珈琲の香りで、蘭がにまにまと笑いながら、いつの間にかマイキーとソファーに座っていて、丁寧に並べられた液体のそそがれたカップと数種類の洋菓子が乗った皿に額を押さえる。
「ボス、なにやって…」
「飽きたから座ってる」
「嘘だろ、おい」
「お砂糖たっぷりいれちゃおーっと」
自由すぎる蘭はホットコーヒーに角砂糖を数個落として、くるくるとスプーンでかき混ぜてる。
「正気か?」
「眠気覚ましにちょうどよさそうだし」
さっと手に持ったカップに迷わず口をつけた蘭の喉が上下する。口を離して、蘭はにんまりと笑った。
「うっま。え?竜胆にも飲ましてやりたいわ」
『お口にあったようでしたらなによりです』
変わらず淡々としていてやわらかな声と口調のそれは気味が悪い。
マイキーはじっと皿の上を眺めたあとに手を伸ばして、あ、と鶴蝶と三途が止める前につまみ上げたちいさなどら焼きを頬張った。
もそもそと咀嚼してごくんと飲み込むと、今度は隣にあった大福を拾い上げて同じように口に運び、それから用意されていた湯呑みを取り茶をすする。
「まあまあ」
『精進いたします』
めったに自発的に物を食べないし、自我のある行動を取らなくなっていたマイキーに三途は固まったまま動けなくなっていて、マイキーは頬杖をつくと向かいを見据える。
「座れ」
『失礼いたします』
目配せした位置に正しく腰掛けたそれに、鶴蝶は背を取って、マイキーは一挙一動を見逃さないようにか視線を動かさずに口を開く。
「事前に社員を逃して、社長を捕まえて、俺達をもてなして、お前の願いはなんだ?」
見据えられてるそれはふふっと笑う。
『もしお願いを聞いてくださるのならひとつだけ』
命だけはと続くであろうそれに三途と鶴蝶は銃を突きつけて、それはマイキーから視線を外すと俺を見た。
『可能でしたら、そちらの黒猫ちゃんに殺されたいですね』
「………は?」
思わず溢れでた声は思ったよりも間抜けで、ぶふっと蘭がまた吹き出す。三途と鶴蝶でさえも信じられないものを見る目でそれを見据えていて、くすくすと笑っているそれは俺から視線を外さないし、マイキーは無言のままだ。
『死に方は焼死以外でしたらなんでも構いません。けれど死体は見つかるようにしていただけると助かりますね』
「…理由は?」
『私が行方不明になってしまうと必要のない捜査が行われてしまって、家に無駄をかけるのは面倒なものですから』
「へぇ?」
どうにも楽しそうな声色に眉根を寄せて、トチ狂ったそれに銃を向ける。
「いくら払う?」
『おやおや、私の死に方はおもてなしの功績で選ばせていただけるのでは?』
「ボスが頷いてもいねぇことに俺が従ってやる義理はねぇよ」
『ふふ。黒猫ちゃんは昔からお金を集めるのがお上手でしたが、すっかりと悪いお顔も板についているようですね』
「………」
眉根が、寄る。
さっきからずっと俺のことを黒猫と呼んでいるのはやはり聞き間違いじゃない。今はすっかり脱色しきって白髪の俺に黒色の要素はほとんどないのに、一体どこを見て黒猫と指しているのかと思っていたけど、これは俺の昔の髪色のことかもしれない。
以前の事を仄めかす言葉にマイキー以外の全員が構えて、4人から突きつけられている武器にそれはやはり楽しそうに笑ってる。
『当家のシステムを甘く見られていたようですね』
「当家…?」
『さて、黒猫ちゃん』
「…」
『先程のお話に戻りますが、いくらご用意すれば私は望みを叶えていただけますか?』
「、そりゃあ最低でも千万単位だろ」
『そちらの金額でしたら即金でお渡しできますので10分ほどいただいてもよろしいでしょうか?』
「は、?」
『おや、金額が足りませんか?ではもう五倍でお願いは叶えていただけますか?』
「なに、言って…」
にこにこと、きみの悪いそれに冷や汗が流れる。異様な空気感に三途が引き金をひこうとして、なぁと声が待ったをかけた。
「お前、何者だ?」
マイキーの問いかけに、それはふわりと微笑む。
『自己紹介させていただきます。先程までこちらで社長秘書をしておりました
「………お前、それ本名か?」
『おやおや…』
先程よりも微かに上がった口角に、それはそっと眼鏡を外して、晒された赤色の瞳は喜びに満ちてた。
『なぜそうお思いに?』
「なんか名前があってない気がした」
『ふふ』
「そもそも一介の秘書がそんな金額ぽんぽん出せるわけねぇし、行方不明になったときにめんどくせぇ家なんてそうそうねぇ」
『人が一人消えることは結構な騒ぎになるものですよ?佐野万次郎さん』
「…………」
『ふふ。お金に関しては私の動かせる範囲程度ですとさして巨額でもありませんよ。死んでもお金は持っていけないんですから自分の好きなものに貢いで逝こうかなと思っただけです』
「…その好きなもんが、ココってことか?」
『ええ。黒猫ちゃんが必要なものはなんでも差し上げたくなるものでして』
「…………ココ、お前こいつと知り合いか?」
「…会ったこともねぇよ」
『ふふ』
楽しそうに笑うだけのそれは先の言葉を続けず。居住まいを正すとボスと見合う。
『最初で最後の自己紹介とかなるかもしれませんが、改めまして、私は
「、は?」
「姫南条…!?」
ピンときたのは俺と鶴蝶くらいだったらしい。固まった俺達に三途と蘭は知り合い?と不思議そうで、鶴蝶が俺を無言で見つめてくるから銃を下ろす。
「お前、騙りだったらどうなるのかわかってんのか」
『ええ。正真正銘の私の名前です。必要でしたら本家と連絡を取って証明いたしましょうか?』
「……………マイキー」
「三途、蘭」
不服そうに下ろされた武器にそれでも顔色は変わらず、マイキーが初めて眉根を寄せた。
×
始末のために向かった会社で、思わぬ拾い物をしてしまった。
浅すぎる経歴と偽名で秘書として勤めていたそれは、姓を姫南条といい、古くは公家からはじまり、後に華族の地位にも名の残る、爵位制度が撤廃された今もなお、ありとあらゆる地方にて強い力を誇る一家の人間であった。
それがなんであんな会社の秘書なんてものもしていたのかと思えば社会見学なんて馬鹿らしい理由で、これだから金持ちは頭がおかしいと全員が口を揃え眉根を寄せる。
いくら反社会とはいえ、手を出してはいけないところというのは弁えている。危うく全面抗争になりかねなかったそれに、火種になったのも落としたもの鎮火させたのも当人だった。
『まだまだ社会見学がたりませんので、今しばらくそちらにおいていただけませんか?』
そうにっこりと笑ったそれに誰もが何をと口を開こうとして、おもむろに立ち上がったマイキーが額に銃口を当てる。
「要求は」
『そうですね…特に思い当たりませんが、せっかくですから黒猫ちゃんの下で働かせていただけますと幸いに存じます』
「わかった」
「は?!」
×
『私のことは変わらず姫川とお呼びください』
姫川は、思った以上にイカれていて予想以上にマトモだった。
もとより大手企業で社長専属秘書を担っていただけのことはあり頭の回転は早く、数字に強くてスケジューリングも無駄がない。
更には送迎、お茶汲み、書類整理、掃除、社交とできないことを探すことの方が難しい人材で、導入されて早2日で成果を叩き出し、3週間もすればなくてはならない人物トップ10にめり込み始めた。
「姫ちゃーん」
『こんにちは、竜胆さん』
蘭と竜胆に絡まれても表情を崩さず、怪しいとすぐ銃を抜いたり薬がキマってラリってる三途にも臆せず、思えば幹部に囲まれた時ですら微動だりしなかったのだから肝がすわっているというよりも感性が死んでいるといったほうが正しいのかもしれない。
「姫ちゃん、怖いものないの?」
『おやおや、私の怖いものを知って何に使われるご予定ですか?』
「そりゃあもちろん…わかってるでしょ??」
『ふふ。では内緒ですね。隠しているわけではございませんからいつでも暴いてください』
