カゲプロ



―sideユウマ



俺が研一と引き離れてる間にケンジロとあやさんも引き離されたらしい

ケンジロも俺と同様、蛇に出逢い戻された。

「悠真」

『…大丈夫なのか』

上に股がり笑いながら涙を流すケンジロは歪だ。

「すぐに助けるから、彩花も兄貴も、悠真も」

どうしてか、言葉は頼もしいのに酷く不安定で脆く壊れそう

『…―俺はお前を助けるな』

涙を拭えばケンジロは瞼を下ろし肩に寄りかかってきた。

文乃ちゃんは大丈夫なのか、聞きたかったけれど先にケンジロが大丈夫なのかが不安だった。





俺は頭を強く打っただけらしく外傷はないに等しかった。

車に直撃されたはずなのに幸運以外の何物でもないと世間が騒ぐ

『見舞い来てくれてありがとな』

「いや、まぁ、担任だし」

「もっと愛想よくしたらいいじゃない?ニュースを見たとき狼狽えてたって聞いたよ?」

「文乃…てめ…」

見舞いには特に如月とアヤノちゃんが来てくれた。

その他にも教え子や教えたこともない生徒たち、同僚。

けれど、やはり一番来てくれたのはケンジロだ。

「悠真、退院したら一緒に棲もう」

据わりきり光沢の失った瞳で笑むケンジロは俺の手を取る。

前の笑顔の方が好きだった。

ケンジロの硬い茶色の頭を撫でる。

『そうだな』

あの日から俺達は常軌をきしてしまってるようだ。

脳内が、心臓が、目が痛む





蛇いわく、俺は目が使えるようになった

『強奪でうばうとか無理読みじゃね』

「すげぇ目だと俺は思うぞ」

目の下を撫でてくる。

近づいたケンジロの顔に指を伸ばし頬に触れた。

『ケンジロの目もな』

目尻が下がったケンジロの口元は緩みとても嬉しそうだ。

「早く一緒に住もう」

段々、段々とケンジロの言動に違和感を感じてきてた。

胸に、喉につっかかるこれはなんだ





蛇は目の使い方を事細かに教えてくれた。

それはもう、丁寧すぎて疑うくらいに

疑えば蛇に泣かれ宥めて話はそこで有耶無耶になった。

『強奪でうばうね』

目の下、頬の上に指を置くが目には変わったところはなく見える。

ただ、蛇いわくこの能力は他とは違い扱いやすく、暴走しやすいらしい。

使い方を間違えりゃ俺はぶっ壊れるんだと

このことはケンジロに言うつもりはない

「悠真」

ただえさえ今のケンジロは背負い込みまくってる。言ってみろ、先にケンジロがぶっ壊れる。

『アヤノちゃん、わりぃーな。俺みたいなのが転がり込んできて』

「ううん。お父さんもそっちのほうが心強いと思う!」

アヤノちゃんは気遣った俺を気遣うように笑み、大した高校生だと感じた。

「だから蔵田先生も元気だしてね!」

この子は一体どこまで知っているのか

『―ああ、ありがと』

陽の中にいきてるアヤノちゃんは眩しすぎる。

目を細めてからアヤノちゃんの頭に手をのせた。

「先生いつから復帰なんですか?」

『ん、明後日に』

「わぁ!みんな喜びます!」

アヤノちゃんと喋ってるとこう、こっちも嬉しくなる

『迷惑かけたからな、如月にも言っといてくれないか』

「迷惑なんかじゃなかったですけど伝えておきます!」

本当、救われる。






「悠真」

『ん』

ベッドから起き上がり頭を下げれば伸ばしたままの長い髪が視界を狭めた。

「まだ寝んのか?」

ケンジロに下から覗き込まれゆっくりと一度瞬きをする。

深い眠りなんて俺もケンジロもあの時からとっていなかった。

『んや』

顔を上げれば寝付いた時と変わらない部屋が視界に映る。

「隈」

寝不足かそれ以外の原因か
最近目の下の隈がひどい。
今まだコンシーラーとか適当につかえば隠せる程度だが

伸ばされたケンジロの指が目の下を撫で笑う。

「朝飯食う?」

『おう』

ケンジロは少し変わった

「じゃ、行ってくる」

『ああ』

立ち上がりネクタイを締めたケンジロは笑って俺に唇を重ね肩に鞄をかけた。

ケンジロはあやさんを囚われてから、その感情を俺に流し向けてる。

『いってら』

大丈夫なのか?

掛けようとした言葉は閉まる扉で遮られた。






『あー…この度は長く休んで迷惑をかけてすみませんでした…』

「全快おめでとうございます!」

職員室に入れば非難の声ではなく歓喜が返ってきた。

校長や教頭まで祝ってくれてこちらとしてはなんともいいがたい

「蔵田せんせおかえりー」

教室でも優しい言葉が返ってきて、なんだか申し訳なくなってくる。

「人気だな」

資料運びを珍しく受けてくれた如月が半笑いで言ってきた。

『そんな人気じゃねーけど』

「…自分じゃ気づかねーってやつだな」

呆れたように息を吐かれる。

『まぁ、察してるもんはあんけど…つか、お前何時になったら俺に丁寧語使うんだ』

最初のほうこそ敬語を求めていたが如月には敬うなんて概念はない。

無理いじするだけ時間と労力の無駄だ

如月は鼻で笑う。

「俺が失点するようなテスト作ったらにきまってんだろ、馬鹿」

敬語どころか先生とも呼ばれたことねーって…

俺の威厳なんてないが、面目はあったもんじゃない

「ま、敬う気なんてねーけど」

『如月…お前な…』

溜め息を吐いた俺に、如月は勝ち誇ったかのように口角をあげてみせた。






『異動ですか?』

2月。唐突すぎる話に俺は固まった。

貰った紙には2つ隣の市の名前と知らない学校名が書いてあり、つまりここから離任しろと

参ったな

異動するなら家主にもそれは伝えないといけない。離任を言い渡されてから2日、タイミングをはかりにはかって、言葉を選んで伝える。

「……………そうか、わかった」

ケンジロは取り乱すわけでもなく、怖いくらいに静かに頷いた。

背筋を駆けた悪寒に身震いをしたくなったが唾を飲み込み身体を止める。

『、ケンジロ?』

「悠真、夜は何食う?」

何もなかったように俺に笑いかけ手を取ってきたケンジロ。

頭の隅で、目が、蛇が、『―――』と言っていた。






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