H.O.T.D 学園黙示録

? 「どうして…っ、どうしてこんなことが…っ!」

机や椅子、ガムテープで簡易バリケードをつくり立て籠った。

俺は柵によりかかりバットをもてあそんでいた。

噛まれた男子は床に座り込み顔色が悪くなっていっている。

あと20分も保たないだろう

? 「原因はあるはずだ…原因がわかれば、解決方法が探せる…」

息も荒いし

? 「うっごほげほっ」

到頭男子は咳き込み血を床に吐いた。

? 「永っ」

泣きそうな悲鳴をあげた女子は男子に駆け寄る。

もう駄目だと全員悟っていた。

? 「はー…ぁ゛…っ…」

呼吸するのもきついのか異常な声を出しながら息をする男子。

? 「なんで…どうして…ちょっと噛まれただけなのに…」

一縷の望みにすがっているのか、それともただ諦めが悪いのか。女子が聞き分けの悪いことを言う。

? 「噛まれるだけで…もう駄目なんだ…」

現実は、見たくないものだ

? 「孝…螢蘭、手伝ってくれないか…」

後ろで奴等がバリケードに体当たりをする音が響く。

? 「……なにをだよ」

察しているのに関わらず聞き返すあたり男子も見たくないんだろう。

現実を

上げるのも辛そうに手をあげると男子は突き当たり、柵の向こうに見える夕陽を指していた。

? 「あそこからなら…地面まで真っ直ぐに…多分、ぶつかった衝撃で頭も割れるはずだ」

? 「っ」

? 「なにいってんのよ!!?」

? 「俺は奴等になりたくないんだっっ!!」

叫んだ男子は思いっきり血を吐き撒き散らす。

女子の悲痛な叫び声が響く。

? 「いや、いやぁ!」

もう、駄目だな

血を吐いた男子はか細く今にも消えそうな声をだす。

? 「なぁ…孝、頼む…俺は最期まで…俺でいたい…」

最期の最期まで

? 「お願いだ…螢蘭…頼むよ…」

笑ってる奴だな。

? 「ぐっ、かはっ!!」

血を吐きのたうちまわる。

濁り光の消えけた瞳が俺を捉え、言葉にならない掠れた声で、血を拭いもせずに口で紡いだ。

? 「け、ら…、好き、だ」

螢蘭『――…俺もだ』

最期にまた彼は、きっと、
笑った。

そして胸を掻くようにしもんどりうち体を痙攣させる。

? 「永…っ死んじゃいやぁああ!!」

最後に響いたのは女子の声だった。





「付き合ってくれないかな」

頬を赤らめ目をそらしながら照れ臭そうに笑った同級生の男子の言葉に俺は笑った。

『…大人になったらいいよ』

「大人って、いつ?」

『そうだな…俺が高校生になっても、好きだったら、付き合おうか』

高校生まではあと4年ある。日付にすれば1460日。時間にすると35040時間。正確に換算すればもっと多い。それは多感な俺達中学生にとってそれはあまりにも長い期間だ。

それに進路だって変わるし、なにより性別の壁というものがある

きっとこの約束が果たされることはない。

『どう?』

「勿論、俺は螢蘭を好きな自信があるからいいよ!」

笑った男子は以前として頬を赤らめたままだ。

「じゃあさ、螢蘭、約束」

差し出された小指に呆ければ男子は無理矢理左手をとり小指を絡めてきた。

「約束だ、螢蘭」

『ふぅ…そうだな』

脱力し諦めたように笑ってやれば男子はとても嬉しそうに笑う。

「ああ!これからもよろしくな!」

真っ直ぐに俺を見つめてくるこの男子の目を俺は気に入った。

『悪いけど、名前教えてくれない?俺は椚 螢蘭』

今更だなと男子は笑うが認識されたことの嬉しさにか男子は心底嬉しそうに笑った。

「螢蘭、俺は…―――



次に会ったとき、俺はすっかり彼のことを忘れていた。

いや、忘れていたわけではない。思い出せなかっただけで。

「螢蘭!」

『え?』

入学式の日、突然見知らぬ男子に声をかけられ笑顔がひきつった。

制服の胸ポケットには俺と同じ新入生の証である花が飾ってある。

男子は嬉しそうな笑顔をむける。

「螢蘭?」

呆ける俺を不審に思ったのか男子が眉をひそめる。

『え、えっと…ごめん、なさい。まだ名前覚えられてなくて、誰ですか?』

「う、嘘だろ…、螢蘭…俺が誰か、わかんないなんて?」

絶望まじりながら希望を探すような目を向けられるがわかるはずがない

『すみません。ちょっとわかんないです』

「っ」

失意のどん底に落ちたような目を見せる男子。

「螢蘭…、っ本当だったのか…」

『あ、あの?』

男子は今にも泣きそうでいながら、笑顔を繕い俺の左手を取った。

「悪い…、なぁ、俺と友達になってくれよ」

『う、うん、?なりましょう、か』

圧され気味に首を縦に振れば男子はありがとうと嬉しそうに笑った。

「螢蘭、俺は…――――



『………井豪、永』

壊れる前の俺を好きだと、壊れた後の俺に友達になろうと、笑いかけた、
俺が唯一この世界の中で認識した男。

「「俺は井豪 永だ、よろしくな。螢蘭」」

もう、彼が俺に声をかけてくることも笑いかけてくることも二度とないだろう

こんなことならばもう思い出してると、気づいてると言ってやればよかったな

伝わっていたかもしれないが

まぁ、彼にはもうこの女子がいたわけだから付き合うなんてことはないだろうが、もしかしたらそんな未来もあったかもな。

現に彼は最期、愛を紡いだのだから。

? 「いやぁ…いやよ…永…」

亡骸にすがる女子は彼氏を喪った哀しみにうちひしがれていた。

仕方ないことだ。人間誰しも死ぬのだから

それが早いか遅いか、自分の目の前かそれ以外かの違いなだけで。

ぴくりと井豪永だったものの指が動く。

それはもう、彼ではなくなったなにか。彼の言葉を借りれば、奴等になった証拠だ。

隣の男子がバットを握り直す。

? 「離れろ、麗」

重い声色で伝えれば女子は顔を歪ませ叫ぶ。

? 「だめっ、そんなことしちゃだめっ!ならない、ならないわ!永は奴等になんてならない!!永は特別なのよ…っ!!?」

庇うように手を広げる女子はもう壊れてる。

? 「…離れろ」

依然重い口調の男子の言葉を聞き入れない女子。

横たわっていた体が普通ならば到底難しい動きで起き上がる。

? 「ほら孝!永が死ぬはずなんてなぃ…永?」

立ち上がったものに近寄ろうとした女子を男子が引き剥がした。

? 「こんなの嘘…嘘よ…」

それは立ち上がったがもう生きてはおらず、ただ動くだけのものだった。

バットを持ち直す。

? 「たしかに…ありえないよな…馬鹿馬鹿しいよ…」

『現実ってのはいつでも残酷だ』

? 「孝…螢蘭…」

俺と男子は女子から一歩離れ目の前の【奴】を見据えた。

? 「でもっ」

? 「やめて…」

? 「ほんとのことなんだよっっ!!!」

一歩一歩確実にこちらへ歩いてきた【奴】に走りながらバットを振りかぶった。

? 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」












本当に動かなくなった彼に部室らしき場所で見つけたワイシャツをかける。

生憎花なんてものはないから白い布が顔にかけられているだけで、回りの地面に飛び散った赤黒い血と相まわず浮いていた。

『さようなら』

何時だったか、さようならは左様ならばこれにて御免の略だと教えてもらった。

誰かがなにかをしたことに対し、
それではしかたない。納得はいかないがこれで御別れだ。

たった五文字を紐解けばそれだけの意味があり、ただの挨拶ではなく別れがたい人との御別れの挨拶だと捉えられる。

真意を知ると普段簡単には使えなくなってしまうが、言葉を知るのは嫌いじゃなかった。

? 「なんで…なんで…」

? 「殺らなければ麗が喰われてた」

? 「私は…私は助けてほしくなんかなかった」

壊れた女子はほざくが俺は様子を見ているだけだった。

? 「孝は、永のことを本当は嫌っていたのね…、私と付き合っていたから!」

完璧に目が据わった女子をちらりと男子は、死んだ目で見た。

自意識過剰な女は何を言うかわからない。
どうしたらそうなるのか聞きたいところだが俺になにか言ってきたわけでもないからアホ毛を引っこ抜いてやるのはよした。

男子は何も言わずバリケードへ近づく。

? 「ちょっと…どこいくのよ!」

? 「僕が一緒にいたら邪魔だろ」

下に行くと自殺行為をするようなことを言えば女子は目の色を変え慌てて立ち上がった。

? 「ねぇ…孝…?」

笑いかける女子を見もせず男子はガムテープを外し足をかけ登った。

? 「だめっやめて!ごめんなさい本気じゃないの!本気で言ったんじゃないの!」

とんだ雌犬ぶりだと思うが所詮蚊帳の外の部外者である俺はただ見ているだけ。

? 「お願い…一緒に、一緒にいてっ!」

すがるように涙を流す女子を男子は抱き締めた。

男子の目は依然変わらず死んでいた。



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