念能力者の平易生活


シャーネと名乗った綺麗な顔立ちのそいつはカクの問いかけに口を一度つぐんだで言い淀んだ雰囲気を出すものの、耳に飛び込んできた言葉に迷いはなかった。

『君たちじゃ理解し得ない方法で』

ぴくりと眉が思わず動く。

『君達のいうところの悪魔の実とか、それよりも理解のできない力を使う。だからこそ、君たちが僕を信じてくれないと使えない』

「なんじゃ、魔法でも使おうって?」

カクが鼻で笑ったのにシャーネは顔色一つ変えずに頷いて再度どうするかと俺達を見た。

「少し待ってくれ、考えたい」

『うん。しっかり考えて、君たちの今後を左右するだろうから』

不吉な言葉を残して、ずっと抱えたままの場違いに可愛らしいぬいぐるみへ顔をうずめた。

動けないルッチの周りに必然的に近寄った俺達は顔を上げて目を合わせる。

「あんなの怪しすぎるわ」

「まったくだ。信じられるわけがない狼牙」

「俺はどっちでも変わらないと思うチャパパー」

「よよい!全てはなるようかなしかならん!」

カクは組んだ腕を解き、顔を上げ口を開こうとしたところでハットリがルッチの上から飛び上がり俺達の前をくるくると回って飛んだあとにシャーネの被っている帽子に止まった。

肩がほんの少し揺れる。

『…―決まった?』

ぬいぐるみで顔が隠れ、なおかつつぶられていた目が開かれ深い海のような紺碧色の瞳が俺達を写した。

「……決めたぞ」

カクが輪から一人抜け出てシャーネの目の前まで歩く。

止まったところでハットリがカクの肩に止まった。

カクは一度瞬きをしてうっすら笑う。

「…わしがお前さんを信じよう」

「っ!本気!?」

「おう」

カリファの声は俺達の代弁そのもので、カクは笑顔で頷いた。

『そう。』

シャーネは目を一瞬細めてカクを見据えるとぬいぐるみを抱え直す。

「そんな怪しいやつに従う必要なんてねぇだろう!」

「わしがあやつを信じるだけじゃ。減るもんでもなかろう?なあに、問題ない」

振り返ったカクが笑ったあと、もしなにかあったらそんときは頼むぞと目が語る。

俺達は頷いて、カクは向き直った。

「そんで、何をすればいいんじゃ?」

『君の名前、フルネームで教えてもらえる?』

「…カク、カクじゃ」

『そう。それは本名だよね?』

「ん?ああ」

『カク、僕はシャーネ…シャーネ・ロナイラ』

「??」

『僕の名前、呼んで』

「…シャーネ、じゃろ?」

『うん。―ここから、聞いたことにはとにかくうなずいてね。』

「は?」

ぽかんとしたカクにシャーネはいつの間にぬいぐるみを脇においたのか、空いてる両手を伸ばして白く小さな人も殺したことが無いような手をカクの前にかざした。

『…カク、君が治したい傷をこれから僕が治す。それに納得できる?』

「ん、ああ」

『僕がいいよって言うまで、喋らないで。約束できる?』

「おおう」

『…それなら、僕に手に君の手を重ねて』

「おう」

鏡合わせにでもなってるかのように目を添えたところでシャーネはひとつ息を吸う。

瞬間にぴりりと異常なほど空気がざわついた。

『―――――』

目を丸くしたカクと何か呟いたシャーネを空気が包み、強い風が吹いた。

『嘘つきなお母さん―トリックホスピタル―』

嵐のような強い風に一瞬目をつぶってしまい、慌ててカクたちに目を戻す。

『っ』

ちょうどふらついたシャーネをカクが驚いた顔をして見下ろしてた。

『も、喋っていいよ』

告げてから置かれた状態と変わらず鎮座してるぬいぐるみを拾い上げる。

カクは瞬きを繰り返す。

「痛みが、消えたじゃと?」

『そう。ならよかった……、でもまだ完璧に治ったわけじゃないから、僕から離れないでね』

少し休憩と腰を瓦礫の山に下ろしたシャーネの言いつけを守り、カクはその場を動かずに自分の体を触っていた。

「おいカク、ほんとに治ってんのかよそれ」

「見るか?痛みどころか深い傷も治っておる」

バッと服をめくったカクの晒された腹やらには戦闘で泥だの埃がつき汚れてはいるものの、深い傷どころか切り傷、擦り傷の一つも見当たらない。

「ほぉー、不思議なことがあるもんじゃなぁ。悪魔の実も大概不思議だがこれはまた…すごいのぉ、シャーネ……シャーネ?」

こっちからはよく見えないものの、なにか不審だったのかカクはシャーネの顔を覗き込んだ。

『、ちょっと、話しかけないでくれると嬉しい、』

弱々しくぬいぐるみを抱いてるシャーネにカクは目を丸くして眉間に皺を寄せた。

「顔色が悪…怪我、!まさか」

『ほんと、静かにして、あと2分…』

それ以降カクは目線を合わせてしゃがみこんだまま黙りこくってしまう。

何が起きたのかよくわからないまま黙っているとシャーネの言ってた2分が経つ。

『…久々だから疲れたかも』

さっきとはうってかわりケロリとした顔で立ち上がったシャーネはぬいぐるみに顔を一度埋めてからカクを見た。

『全部治ってるかはわからないけど、僕の認識できる限りの傷は治ったと思うよ。』

「そ、そうか。…じゃが、さっきのあれは、なんであんな」

『君の傷を何倍かの痛みで僕に移しただけだよ』

言葉の意味が理解できずに呆けた俺達を尻目に、シャーネは何事もなかったかのような顔を見せる。

『たぶんあれは四倍だったはずだけどあれくらいなら僕は死にはしないし気にかけることのほどでもない』

そう吐き捨てたシャーネの表情は血が通ってるようには見えず、人形のようだ。

『他に、僕を信じられる人は?』

普通の顔で俺達を見て首を傾げたシャーネよりも、カクの物言いたげな表情が目についた。





拒んだカリファ、ジャブラ、そして俺、ルッチを除き動けるものの数は多いほうがいいだろうとクマドリとフクロウが治療を受ける。

クマドリは二倍、フクロウの時には五倍だったらしく膝をついて汗をにじませてたシャーネにさらにカクが物言いたげな顔をしていたがついぞ口を開くことはなかった。







シャーネは乗ってきたという小舟の話をして俺達を先導する。

到底全員が乗り込めるようなものじゃないだろうと船を見れば小回りの良さそうな四人乗り程度の筏に近いものが浮いていた。

『その寝てる人乗せて、あと一人か二人くらいなら乗れると思うから好きにしていいよ』

君たちが乗ればいいとシャーネは降りて押す方に回り、怪我のひどいルッチを寝かせてまだ悪魔の実に慣れてないカリファを隣に乗せた。

船に乗ったカリファをシャーネがずっと見ていて、視線に気づいたカリファが眉根を寄せて何と睨みつける。

『露出狂なの?』

「そんなわけがないでしょ。」

ぼろい上着一枚を羽織ってるだけのカリファはたしかに他から見たらそうなるんだろう。

シャーネは違うのかと表情は変わらずも目を瞬かせたあとに、背負っていたリュックをおろして着てたコートを脱ぐとカリファに投げかけた。

『そんなのでも、無いよりはマシだと思う』

「………あなた、海軍だったのね」

掛けられた正義の文字が入る白いコートにカリファも俺も全員が眉根を寄せた。

『一応所属はそこ。じゃあ、進みながら話し聞こうか』

一応でもらえるようなものではない将校クラス以上のコートを、カリファは眉間に皺を寄せたまま羽織る。

シャーネ改め、シャーネ中尉だと本人があやふやそうに口にして階級がしれた頃、フクロウのお喋りが俺達がCP9だと告げれば顔色も変えずに薄く相槌をして線路の上を歩いた。

『CP9…たしか青キジさんが目をかけてたような気もする』

シャーネは青キジ大将の直属の部下だったらしく、それにまた一段と、主にジャブラの眼光を鋭くさせた。

当人は自分に向けられる視線の意味に気づいてるだろうになんの素振りも見せずクマドリとフクロウの話し相手になっていた。

『そう、彼はルッチっていうだ』

聞いたことはあると思うと言ったシャーネはルッチを見る。

眠ったまま生きも微かなルッチにしばらく黙ったままだったカクがなおしてやれないかと問う。

シャーネは一度カクを見たあとにルッチを眺め少しの間を置いて彼には使えないと首を横に振った。

「どうしてじゃ?」

『彼は僕のこと知らないから』

意味深長な短い答えにカクが食い下がろうとするとぷるるとでんでん虫が鳴き始め、シャーネは迷うことなくガチャリと通話を始めた。

『はい』

「あ!シャーネ中尉今どこにおられますか!?緊急連絡網です!」

『さぁ?今迷子になってると思う。連絡なら聞くけど』

「え!また迷子ですか!?えーと、緊急連絡網は元CP9の六名が特別指名手配になりまして」

『それ、僕が顔知ってると思う?』

「思いません!だから早く戻ってきてください!顔写真あるんで!」

ガチャンと向こうから通話を切られ眠り始めたでんでん虫を見下ろしていたシャーネは顔を上げて俺達一人一人を見た。

『特別指名手配、すごいね』

「ああ!?」

機嫌を悪くしたジャブラは声を荒らげるが特に反応を返すことなく、でんでん虫をつついてポケットに落とし込んだ。





『ここから先は、悪いけど君たちだけで言ってほしい』

セントポプラまであと少し。

目と鼻の先でシャーネは一人立ち止まり首を横に振った。

『幸運を祈るね』

餞別。とコートと小舟、袋に入ったベリーを置いてシャーネは俺達と別れた。






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