念能力者の平易生活
エニエスロビーとかいう海軍施設の一つが海賊に攻め入られたとかいう話を聞いたのは、珍しく放浪から自分で帰ってきた青キジさんが仕事を放棄して全部僕に押し付けてきた資料の届け先でだった。
バスターコールっていうのは制度上名前だけ知ってはいたけど、そのバスターコールがかかったのを見たのは初めてだ。
書類を渡して帰るだけの簡単な仕事のついで。
バスターコールのために出た船に巻き込まれないよう自分用の小さな船に揺られてのんびりとエニエスロビーに向かう。
持たされてたでんでん虫を手の中で遊びながら船を漕いでいけば、白煙と黒煙の上がる塊が近づいてきてた。
何かあった時のためなんて言っても何もないだろうけど、一応の警戒だけはしながら瓦礫の山に降り立つ。
ここに本部顔負けの海軍施設があったなんて信じられないような、ただ何かがあった跡だけしかない。
辺りからは適度に血の臭いが漂ってて、誰かが怪我したのか、それとも死んだのかは瓦礫しか見当たらないから定かじゃないけど無傷はないと思う。
人の気配一つしない残骸に目を閉じて円を広げようとしたところで空気がざわついた気がした。
重たい扉が開くようなそんな音。
ゆっくり顔を上げれば空のあたりが扉みたいに開いて、誰かが転がり落ちて出た。
途端にまとわりつく、むせ返るような血の臭い。
「なんなの、これ…」
「……バスターコールの成れの果て、なんじゃな」
「………」
鼻が長い目のくりくりした人と、露出狂真っ青な格好の女に黒髪とひげの長い奴。
生き生きしているかは別として、言葉を発して思考できてるのならと口を開いた。
『生き残り?』
がらっと瓦礫を踏みしめる音がして、右手を上げて首の前に置けば重めの衝撃が腕に響く。
『…案外元気そう』
骨を折るには至らないけど痺れくらいはする蹴りを入れてきた黒髪ひげのやつを見上げた。
意外と大きい
「誰だてめぇ!」
今にも噛み付いてきそうな顔をされてはてと首を傾げる。
『僕はシャーネ』
「…あら、案外素直ね」
ぱちりと眼を瞬かせた露出狂たちを見据えてから右手で長髪ひげを払った。
テムが汚れてないのを確認して顔を上げる。
『君たちは…海賊?』
「ああ?!んなわけねぇだ狼牙!邪魔すんなら殺す!」
海賊じゃないなら逃げ遅れた海軍か何かなのかな
右手を顎に添えて首を傾げながら彼らを眺める。
海軍にしてはなんでこの人たちだけ置いてけぼり食らってるんだろう
別にあまり気になるわけでもないけど考えていればぱたぱたと飛んできた白い鳩が僕の頭の上に乗った。
ちらりと目に入った足に赤黒いものがついてて左手に鳩を乗せる。
『…血がついてる。大丈夫?』
口に出したけど、よく見るとこの子自体が怪我してるわけじゃなさそう
鳩はクルッポーっと鳴いたあとにばたぱたと羽をはたいて飛び立ち、がるると威嚇してきてるひげ、露出狂、長鼻の後ろに倒れて他に守られるようにしてる人の上に止まった。
見れば露出狂もなんか焦げたみたいに煤が付いて黒いし、長鼻もひげも、丸くて大きいのも髪がもさもさしてるのも髪型が特徴的すぎるのもみんなぼろぼろだ。
『海賊じゃないなら、海軍?』
「…」
言葉に詰まった彼らはぴくりと体を揺らしたりと忙しい。
まぁ、なんでもいいかな。僕には関係ないことだと思うし
『さっきも言ったけど僕はシャーネ。怪我してるなら簡単な手当くらいするよ。』
「…本気で言っちょるのか」
『嘘で言うことにしては面白くないし、誰も得しないと思うんだけど』
「……俺達は今後、政府の敵に値するのにそれでも助ける気か」
『言いたいことがよくわからないね。今、僕の敵じゃないなら僕の知ったことじゃないと思うし、僕は政府の全面的味方っていうわけでもないよ』
よよい!と叫んだあとになんか騒ぎ始めた変髪のあれはなんだっけ、ジャポンの…思い出せないけどたぶんそんなやつだったとおもう。
もうずっと前、声も体もおっきくて元気なやつと一緒に仲間の一人の出身地が題材の映画に出てきた奴に似てる気がする。
『それで、これから君たちどうするの?』
全員黙ったあとにこの騒ぎの中でも目を覚まさない鳩の乗った人を見た。
『一番近いのは…ウォーターセブン…だったっけ』
「それはダメだチャパパー」
ダメなら他に行くべきなんだろうけど僕は土地勘ないし、この辺の人じゃないから他の案もない
じーと僕と一定の距離を開けて存在してる彼らを見つめて、そのうちの一人、さっきからずっと眠ったままの人が綺麗な黒髪なことが目についた。
目を瞑って動かない黒髪に言葉が口から溢れでる。
『…ねぇ、僕のこと信じられる人、この中にいる?』
「ああ?」
何馬鹿なこと言ってんだなんて目で見られてもしかたないとしか言いようがないし、僕もみんなも、もしこんなこと言われたら信じない。
でも今の時点で説明はできない。
じっと彼らを見つめてると瓦礫を踏む音がして一つ影が僕の前に立った。
「何をする気なんじゃ、それによる」
『…君たちが移動する必要最低限の治療をしようと思う』
「ほぅ、具体的にどうやって」