あんスタ

『あとは泉さんと、月永さんと―…』

昼食も食べ終えて午後の授業を消化していく。提示された問題を説いて、時間に余裕があったからお土産を渡していない相手を整理する。

泉さんと月永さんは放課後ユニットの練習があるとは言っていたけど連絡したら一度教室によってくれると言っていたから今日中に渡せそうだ。

問題は神出鬼没に定評があるらしい巴さんとそもそもの接点が少ない朔間さんだ。お世話になっているから用意したはいいけど好みがわからないからもしかしたら断られるかもしれない。

別にそれなら自分で消費するから更にプラスで事務所にでも差し入れすればいいか

こっそりと携帯に触れて机の中で操作する。最後にちらりと文面を見てミスがないことを確認してから泉さんに文を送った。

授業を終え、荷物を片手に階段を上る。

朔間さんも巴さんも二年生ならば教室に行けば会えるかもしれない。低い確率ではあるに違いないが、向こうから会いに来てくれる可能性のほうが低いし、泉さんたちに直接渡せて手間も少ない。

ついた二年の教室は授業が長引いているようで扉が閉まってた。

扉の向こう側で教師らしき人の喋る声だけが響いていて終わりがわからない。壁に背中を預けて、掲示板に貼ってある広告を眺める。校内アルバイトなんていう手伝いの募集や交換留学生との案内、それ以外にも年間行事の日程なんかも貼ってあった。

がたがたんと音が響き喧騒が聞こえてきて意識を戻す。授業が終わったようで勢い良く扉が開き人が飛び出した。

「ぬうぉっ?!」

『!』

目の前に迫ったその人に思わず固まってしまう。ぶつかるななんて頭の片隅で意識した瞬間に腕が引かれてふらついた。抱きとめられて目を回していると飛び出してきたその人は茶髪を揺らす。

「す、すまん!大丈夫だったか?!」

『は…い、大丈夫、です』

思っていたよりも大きな声での問いかけに若干押され気味で答えてしまって、そうすれば俺を引き寄せていたその人が息を吐いた。

「千秋さん、元気がいいのはかまわないが、人を怪我させてしまっては元も子もないぞ?」

「うむ…すまない三毛縞さん、助かった」

どこか聞いたことのある声だけどどこで聞いたのか、だいぶ背が高いようで少し持ち上げられるような形で抱えられていてゆっくり地に足がつく。

「ごめんなぁ?」

『い、いえ、ありがとうございます』

ぽんぽんと頭が撫でられて視線を彷徨わせてしまう。直視できず言葉を返せば困ったようにその人が笑った気がした。

「守沢、邪魔」

どこか怒りを含んだ声色が聞こえて顔を上げる。もりさわと呼ばれた茶髪のその人を退かした泉さんはみけじまさんと俺の間に入った。

「怪我は?」

『ない、です。えっと、お疲れ様です』

「はい、おつかれ~」

ぺちぺちと俺の頬に触れたあとに身体検査のごとく制服をはたかれて抱きとめられたときに寄ったであろう皺を伸ばされる。

「ママ!ありがとうな!」

「ん?レオさん?別に気にすることじゃないぞぅ?」

聞こえてきた明るい声と会話する声にふと、初めて巴さんにあったとき、飛び込んできた月永さんと一緒にいた人だと気づく。

みけじまさんに礼を言って月永さんが俺に抱きついた。

「おつかれさん!」

『はい、お疲れ様です』

「ちょっ、直したそばから…!」

眉間に皺を寄せた泉さんにへらりと笑って軽く謝った月永さんが離れる。すっかり騒いでた俺達は注目の的で、しかしながら純粋な好奇心の目だからそこまで息苦しくない。

「出入り口付近で騒ぐんじゃないのだよ」

『すみません』

教室から出てきてため息まじりに苦言を呈すから頭を下げれば手元のマドモアゼルが揺れた。

【紅紫くん、お土産ありがとうね♪宗くんとっても喜んでいたわ♪】

「む、マドモアゼル」

【お仕事が片付いたら夏に向けてあの布であたしのお洋服作ってくれるみたい♪】

『とても似合うと思います。今から楽しみですね?』

【ええ!出来上がったら一番に知らせるから見に来てちょうだい♪】

嬉しそうに笑うマドモアゼルにもちろんと返せば下げてた視線の先に足が一つ増えて、顔を上げる。斎宮さんの斜め後ろ、若干隠れるような場所に立つその人と目があった。

躊躇うように目を逸らそうとしたから息を吸う。

『お久しぶりです、朔間さん』

「…―うむ、久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」

『はい』

目を丸くしたあとに表情を和らげ目を細める。頷くとそうかそうかと嬉しそうに笑った。

目的の人に会えたことにそもそもここに来た理由を思い出して、手持ち無沙汰な紙袋に手を入れる。

『お土産です』

「はい、ありがとぉ~」

「ありがと!」

泉さん、月永さん、3つめも取り出して差し出せば赤色の瞳が丸く見開かれて首を傾げた。

「我輩に…くれるのか?」

『はい、お世話になっていますのでもしよろしければ』

きょとんとしたあとに視線がさまよう。少しばかり噛まれた唇に不安が煽られる。

『…―もしかして、食べれないですか?』

「い、いや、大丈夫じゃ、食べれる!」

何故か大きめの声で言葉を発し、恐る恐る伸びてきた手がお土産を受け取った。まじまじとものを見つめて、微笑む。

「ありがとう」

『お気になさらないでください。お世話になっていますから』

至極大切そうに両腕で抱えて唇を結う。噛みしめるみたいにむにむにと唇を噛んでる様子がなんだか面白くて、眺めてると服を引かれた。

「しろくん、用が済んだならさっさと帰りな」

集まりすぎてる視線に気遣ってくれてるんだろう。周りから隠すみたいに泉さんと月永さん、斎宮さんも立っていて察したように朔間さんも頷く。

渡さないといけない人物の半分以上に会えて、目的としてはあと一人。

三人に囲まれているから探すことは難しく、口を開く。

『あの、今日って巴さんはいらっしゃいますか?』

「、」

「来てない」

驚いたのか目を丸くした朔間さん。首を横に振った泉さんにならもう用は済んだしと紙袋を持ち直した。

「終わりか?」

『はい』

「喧しいぞ。下級生を取り囲んで何をしているんだ」

ちょうど斎宮さんの後ろから聞こえてきた声は影になっていて姿が見えない。泉さんの顔が嫌そうに顰められて、目線が俺に滑る。その後に斎宮さんの方を見て、月永さんが俺の腕を取った。

「ママ!助けて!」

「んん?!」

「守沢、貴様ぶつかりそうになったの詫びくらいしたまえ。それくらいなら持ち上げられるだろう、連れていけ」

「お、おう?!任せておけ!」

訳もわからず俺を抱えたもりさわさん。一気に高くなった視界に混乱していれば月永さんがもりさわさんの背を押した。

「はっしれ~!」

『え、え?!』

「おい!?廊下を走るな!」

「レオさん?!」

意味もわからず走り始めたらしいもりさわさん、先導する月永さんとついてきてるみけじまさん。足止めは泉さんと斎宮さんが行ってくれるようで、朔間さんが奇行にぽかんとしてるのが見えた。

めまぐるしいスピードで後ろに過ぎていく景色、どこに向かってるのかもわからない。

「ち、千秋さん!?どこに向かってるのだ!?」

「わ、わからん!」

「そのままつっきって!スタジオまで!」

『つ、月永さん??』

揺られて舌を噛みそうになる。スタジオとはきっと初日にお邪魔した部屋のことで、どんどんと人気のない方に向かっていってる気がした。

スタジオについたのかぴたりと足を止めたもりさわさん。同じように足を止めたみけじまさんと月永さん。息が切れてる二人に対してみけじまさんはけろりとしていて首を傾げた。

「うむむ、レオさん、これは一体どういうことなんだ?」

「正義の味方の活動だな!ほら、流星隊ってヒーローだっただろ?」

「そうだぞ!俺は真っ赤に燃える、あ、すまない」

なにか口上を述べようとしたもりさわさんは抱えたままの俺に気づいたのか謝ってゆっくりと屈む。数分ぶりの地上に今日はやけに持ち上げられる日だと思った。

『助けて?頂いてありがとうございます』

「困っている人を助けるのがヒーローだからな!それにしても軽いがきちんとご飯は食べているのか?」

『えっと、そんなに軽くはないと思います』

「軽かったぞ!瀬名より軽いんじゃないか?」

『…僕が怒られるのでそこは触れないでもらえませんか…?』

首を傾げるからちょっと鈍感なのかもしれない。なんとなく流れを掴んでたのかみけじまさんは苦笑いを浮かべて、月永さんはぱっと顔色を明るくする。

「さすが正義の味方ってかんじの走りっぷりだったな!」

「うむ!これからも困ったことがあれば頼ってくれ!月永!」

「おう!頼むな!」

握手をかわしてる二人に残された俺とみけじまさんは顔を見合わせて、とりあえず笑みを繕った。

『挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。紅紫はくあと申します。改めまして、先程はありがとうございました』

「紅紫さんだな!よろしく!俺は三毛縞斑。“ママ”とは通称みたいなものだからもしよかったら呼んでくれ?」

『はい』

「そして君を運んでいたのが流星隊と呼ばれるユニットのリーダーも勤めている守沢千秋だ」

「よろしくな!」

『守沢さんはバスケ部の部長…でしたよね?それと三毛縞さんは陸上部の…』

「よく覚えているな!」

「そのとおりだぞぅ!」

にっこり笑った二人はどことなくテンションや行動が似ている気がする。とはいえ、どちらかというと守沢さんのほうが無理矢理合わせてるような、真似ているような、そんな感覚がした。

「紅紫!困ったことがあれば頼ってくれ!」

『はい、そのときはよろしくお願いします』

差し出された右手と握手して離す。流れで三毛縞さんとも握手をかわして、何故か月永さんも握手をした。

満足そうに頷くと月永さんは視線をめぐらせたあとに口を開く。

「じゃ!また明日な!」

『お疲れ様でした、また明日。失礼します』

「じゃあな!」

「ばいはい!」

大きく手を振る二人にも頭を下げて足早に老化を抜ける。なんとか外に出れば下校する生徒の波は引いていて、一度校舎を見上げたけれど三年の教室の前には誰もいなそうだった。
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