あんスタ

急な仕事が入ってしまい関西に飛んで3日間を向こうで過ごした。土日の休みを挟んだとはいえ週始めに休んだ俺だけど、一応そこら辺に関しては許容してもらえる学校なことも幸いして特別授業という扱いになるらしい。

今までと違い仕事と事前に連絡しておいたこともあって休みの間に携帯が鳴ることはなかった。代わりに今朝、俺が起きているだろうと配慮された時間に遊木くんから連絡があって、ノートを用意しておいてくれたらしい。

手渡されたコピーは前回よりは幾分が薄い。

「そうだ、紅紫くん出れそうなの?」

お土産として買ってきた生八ツ橋を掬おうとしてる手を止め首を傾げる。

主語はなくともクラスに限らず学園内で話題になってる歓迎会の話なのはわかりきっていて、苦笑いを浮かべた。

『うーん、少し厳しいかな…遊木くんは?』

「僕は見送ろうかなって…一人で出るほどの実力もないし…」

自虐気味に笑った遊木くんは、彼の言うこととは違い実力はある。ただ、昔の名残か、人に見られることが苦手になっているからそれが引っかかってるんだろう。

『影片は?』

「もちろんお師さんと出るでぇ!!」

嬉々として八つ橋を頬張ってた影片は笑う。緩みきった表情になんとなく頭を撫でればはにかんだ。

「お師さんが今回のために新しいお洋服用意してくれるん!」

『ふふ、楽しみだね?』

「ん!」

ほんのり赤みを増した影片の頬。止まってる手に八ツ橋を摘み上げて口に運べば、躊躇いもなく口を開けるから放り込む。雛鳥に餌やりをしてる気分だ。

『気に入ってもらえてよかった』

「懐かしいなぁて、えへへ」

『そっか。あ、こっちは斎宮さんに渡してもらえるかな?』

「ん!任せといてぇ!」

本当なら直接手渡すべきだろうけど、今斎宮さんはかなり煮詰まってるから気を使わせるのは気が引けた。

先日会ったときにも反物が、生地がと頭を悩ませていたから今回のお土産は俺好みの絹織物で、たぶんあの人も嫌いではないと思う。

出てくる直前にちらっと見た構想通りなら合わないこともないと思うし、今回使わずともそのうち巾着くらいにはしてもらえるだろう。

ちょっと大きい包を両腕で抱えて絶対渡す、忘れちゃあかんやつと唱えてる影片は幼くて可愛らしい。

「あら、朝から賑やかね♪」

「んぁ、ナルちゃん」

「ん、おはよう、鳴上くん」

『おはよう』

顔を上げた影片と生八つ橋を嚥下してから声を出した遊木くん。うふふと笑った鳴上も同じように挨拶を返してから目を瞬いた。

「お仕事だったって聞いてたけど京都だったの?」

『そうだよ。これ、よかったら鳴上も食べてね』

「あらぁ!八ツ橋じゃない!ありがとう♪」

渡した小分け八ツ橋を両手で受け取り微笑んだ鳴上は一度鞄を置くために席に向かう。少し背中を見送ってから遊木くんに作ってもらったノートに目を落として内容を確認した。

幸いにも授業はまだわかる範囲で、これならなんとかなりそうだ。

「あっ、ぶねぇ~遅刻するとこだった」

飛び込んできた大神にも八ツ橋を渡して、続けて入ってきた椚先生によるSHRがはじまる。授業に関しては遊木くんの用意してくれたノートと頭の中の知識を活用して乗り切った。

「紅紫くん先行ってるね!」

『うん、お願い』

昼休みに入り荷物を持ち上げる。遊木くんには先に向かってもらうことにして、俺は職員室に活動報告書を提出してから合流することにした。

芸能活動により休んだ場合、特別授業の扱いになるこの学校は申請用の活動報告書が提出必須だ。放課後は用事があるし、今のうちに確実に出しておきたい。

椚先生も佐賀美先生もいない職員室には別クラスや教科教諭しかいなくて居辛く、報告書だけ提出して部屋を後にした。

今日は俺も遊木くんも昼食を買ってきていて、天気がよく涼しいから中庭に集まることにしてる。入学して少し経つのにまだあやふやな校内図を思い出しながら歩いて外に出た。

きちんと裏庭に出れたらしく、吹いてきた風が髪を揺らす。中庭集合といったもののどこにいるのかわからない。足を進め、近くにあった大きな木の下に入る。携帯を取り出して文を打ち込み送った。マメな遊木くんのことだから返信はすぐ来るだろう。

「ん~、シナモン?」

聞こえてきた覚えのない声に視線をめぐらせる。足元、斜め後ろ。木を挟んだ裏側にいたらしいその人は制服に草がつくのも厭わず短めに切りそろえられてる芝生の上に寝転がってた。

寝て乱れた黒色の髪の合間、澄んだ赤色の目が俺を見上げていてはからずとも見下ろす形になる。

「あれ~どっかで見たことある顔だねぇ~」

『そ、うかな?たぶんはじめましてだと思うよ』

「ん~そうだったかも…?」

寝起きなのか、生来のものなのか、ゆるいく間延びした語調はあまり周りにいないタイプで目を瞬く。思わずタメ口で返してしまったけど、ネクタイをつけていないからもしかしたら上級生しかもしれない。

なんとなく見下ろしたままなのは気が引けてしゃがみこむ。それでも寝転んでるその人のほうが目線が下だった。

「まぁなんでもいいけど…シナモンの匂いがすんね」

『シナモン?』

赤色の瞳を細めてすんすんと鼻を鳴らす様子は少し猫みたいに見える。伸びてきた手が俺のブレザーを掴んで、よっこいしょなんて言葉をもらしたその人は上半身を起こす。

引っ張られた上着にぐらつきそうになれば支えられ、鼻先が近づいた。黒い髪の毛先がワイシャツに触れる。

『あ、の?』

「…あれ?シナモンじゃない?」

ぽつりと言葉を零してまた鼻を鳴らす。吹いてる風に、その人の甘い匂いが舞った。

どこかで嗅いだことのあるような甘い匂いは風で薄まっているけど近い分離れられなくて、体を強張らせてしまう。

「あ、わかった、ニッキでしょ」

『ニ、キ…?』

急に顔を上げ、人差し指を立てにんまりと微笑んだその人。真っ白になりそうな頭の中で言葉を復唱してから、手首にかけたままだった紙袋の存在を思い出した。

『ああ…ニッキ…うん、ニッキ。八ツ橋だよ』

「八ツ橋…!」

今まで眠いのか気怠そうだった目がきらきらと輝く。その様子が少し幼く見えて紙袋から一つ、小分けにしておいた分を取り出した。

『よかったら食べて』

「ほんと?ありがとぉ~」

受け取って封を開ける。ふわりと香ったニッキに随分と鼻がいいななんて思った。

「ん~、おいしい~♪」

少し硬いそれを砕いてる音と柔らかく微笑む表情はどこかアンバランスだったけど、気に入ってもらえたのなら幸いだろう。

離れてた手に腰を上げる。

『それじゃあ、待ち合わせしてるから』

「ん、ありがとうねぇ、今度お礼するよ~」

ゆるく振られた手に振り返して足を進める。

取り出したポケットに入れたままだった携帯には、やっぱり遊木くんから連絡が来てた。

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