あんスタ

巴さんの言っていたとおり、昼休み直前の四時間目HRで配られた資料。担任の椚先生により丁寧に説明がなされたそれは新入生歓迎会についてだった。

泉さんが野良試合のB1といっていたけど、今年からは新設の公式戦、A1というランクに分類されるらしい。参加する新入生は公式戦としてカウントされ成績に反映されるし、衣装や小物もきちんと申請すればある程度の金額は下りるようで、せっかくならこの機会にこの学園での流れを体験してほしいとのこと。

参加人数は一人から五人。幅があるようだけど実際一人で出演する人なんてほとんどいないだろうから二人から五人のグループ単位のはずだ。

ユニットの規約に載せられたいくつかの注意事項には巴さんの言っていた上級生も参加可能の文字があって、たぶん影片とかは斎宮さんと組むんだろう。

「今回組んだグループで必ずユニットを組まないといけないというわけではありませんが、一種の基準となりますのでよく考えてください。参加を希望する生徒は私のところまで申込書の提出をお願いします」

簡易パンフレットのような資料の一番うしろ、一緒に留められてた申込書に目を通して閉じた。

鳴り響いたチャイムに椚先生が終了を告げて教室を出ていく。途端に騒ぎ始めた教室内を横目に鞄に資料をしまって立ち上がった。

視線が集まった気がするけど息を吐いて紛らわせ足早に扉に向かう。事前に伝えておいた遊木くんと影片に手だけ振って教室を出た。

購買や食堂に向かう生徒が多いのか喧騒が響く廊下。突き刺さる視線に一度ネクタイを緩めて息を楽にしてから足を進める。

なんとか廊下の端まで足を動かして階段に足をかけた。

「こ、紅紫くん!」

視線の一つが飛び出して俺の名前を呼んだ。無視するわけにもいかず振り返れば見たことのない人がいて、ネクタイは俺と同じ赤色だった。

「僕は隣のクラスの1Aの者なんだけど、もしよかったら一緒に歓迎会でてくれないかな!」

言い切ったその人に周りの目が一気に集まって首でも締められてるように苦しくなる。

「待って!俺も組んでほしい!」

近くにいた人垣の中から声が上がって、口々に似た言葉がとびだしていく。集まる視線と言葉に頭がパンクしそうだ。

『…えっと、ちょっとまだ歓迎会に出られるかわからなくて、返事は今できないんだ。ごめんね』

なんとか口を動かして紡いだ台詞に納得しているのかいないのかは不明だが人の目は減らずとも空気は落ち着きを取り戻す。

「じゃあわかったら教えて!」

『うん、わかったら』

解放してくれそうな空気に頷いて声をかけてきたその人たちに背を向け階段を上がる。若干早足になってしまうのは仕方ないことで、一年の教室がある二階から三階、四階の踊り場で引き止められた。

「お、紅紫はくあだ」

最上階まであと一歩だったのに。仕方無しに笑顔を貼り付けて振り返れば緑色のネクタイを締めた人が三人いて、上級生なのは見て取れた。

「へー!ほんとに入学してたんだ」

「下の階が騒がしかったのはこれか~」

品定められる目は慣れているから微笑んでいればそのうちの一人が口角を上げる。

「そーいやもう歓迎会の時期じゃね?」

「あーあれ今年から野良じゃなくなったんだっけ?」

「そうそう、A1?」

『はい、そうです』

問いかけられたから頷けば少し悩むように目を逸らした一人が俺を見据えた。

「俺らと組んで出演しねぇ?」

『、』

「急に何言ってんだよ」

固まった俺に気づかず、仲間内の批判じみた声に発案者は眉根を寄せる。

「馬鹿、考えろよ。公式戦なら俺らに賞金出るし、一緒に出りゃそれだけ注目が集まんだろ?」

「あーたしかに」

「あの“紅紫はくあ”だもんなぁ」

じくりじくりと腹の底が炙られてるような、居心地の悪さと吐き気を覚えて、息を心の中だけで吐いた。

『お誘いいただきありがとうございます。でも、まだ参加できるかわからなくて…お返事は…』

話を纏めようとしてるその人たちに笑顔を貼り付けたままさっきと同じ言葉を吐きだす。

それでも三人の目は揺るがない。

「たとえ出れなくなったとしても参加申込みだけしときゃよくね?」

「俺ら三人に一人足して四人なら人数も範囲内だし」

じりじりと詰め寄られる。気づけば視線に交じるものが最初の品定めしているときと変わっていっていて、俺の駄目な視線になってた。

ポケットの中に入れてる携帯が揺れてる。なかなか来ない俺にたぶん安否を確認しようと連絡が入ってるんだと思うけど、今この場で出れる気がしない。

「ほら、ここで会ったのも何かの縁だろ?」

にっこりと笑ったその人たちに息が苦しくて、器官が締め付けられそうになった瞬間肩が抱かれた。視界が揺れて回る。ふわりと包まれた匂いは嗅ぎなれないもので一瞬身をこわばらせてしまった。

向かい合っている三人の目が驚きで見開かれる。

「うんうん、無理強いはよくないよね!そもそもこの子は僕と組むからお引き取り願おうか!」

独特な口調と声。つい何時間前にも聞いたその声は目の前の上級生を牽制した。

『ともえ、さん』

見上げたその人の錦糸が揺れて紫石が細められる。

「ふふ…これはたしかに…危なっかしくて目が離せないね!」

巴さんは上機嫌な口調ながらも意味深長な言葉を吐いて頷いた。

「ちっ、お姫様かよ…」

「なんでお姫様がふらついて…」

「不届き者が僕のものに手を付けようとしていたからかな!うん、今日はいいことをしたね!とってもいい日和だ!」

笑っているのに紫石は排他的な意味を込めたまま三人から動かない。それを正確に感じ取った三人は不満げに踵を返した。

遠ざかっていく足音に息が軽くなって、途端に噎せこめば抱かれていた肩が離され足元がふらつく。両手で俺の顔が掴まれ顔が上げさせられた。

覗きこんできた紫石はさっきとは違い何故か揺れ、丸くなってる。

「大丈夫かい?」

『…はい、大丈夫…です。すみません、助かりました』

「うんうん、お礼が言えるのはいいことだね!…でも、僕は言ったはずだよ、」

細められた紫石。息が掛かるくらい近い距離で覗きこまれて、ゆるく端の上がった唇を舌が舐める。

「嘘つきは嫌いだって」

『んっ』

ぶわりと舞い上がったα性の香りと押し付けられた唇。手入れがされているのかとても柔らかい感触と匂いに頭が麻痺してるのかくらくらする。

鈍くなる思考で手に力を入れ、その人を押しはがして一歩後退る。離れた唇と頬を包んでた両手の熱、落ち着くために一度息をして見上げた。

『、なにを』

「からかってみたくなってね!ふふ!驚いてるね!」

『……驚かないわけがないですよ』

「あはは!随分と可愛らしい反応をするから…飽きない子だねぇ!退屈しないで済むよ!」

『…そうですか』

息を吐いたところでポケットの中の携帯がまた揺れて、手を入れる。画面には泉さんの名前が表示されていて指を滑らすよりも早く手を取られた。

「お昼はもう食べたのかい?」

『…これからです。今待ち合わせを、』

「そうかいそうかい!ならついてくるといい!とっておきを君にもあげよう!」

否定するよりも早く手が引かれて階段を登る。この上は図書室がある階のはずで、巴さんはなんの立て札もかけられていない扉に、慣れた手つきで鍵を差し込んで回した。

「僕が分け与えるなんて珍しいことだからね!少し待っているといいよ!」

扉の前で離された手に言われたとおりその場で待つことにする。部屋の中に入っていった巴さんは扉がしまったから何をしているかわからない。

また動き始めたスマートフォンにはっとして手を伸ばす。タイミングをはかったように開いた扉から紙袋が差し出された。

「既製品だから安心して食べるといいよ!アレルギーはないかな?」

知識として知っている有名な店のロゴが印字された紙袋と中に覗く箱。受け取った拍子に芳ばしい香りがした。

『ない、です…ありがとうございます』

「うんうん!冷めないうちに食べたほうが美味しいよ!揺らさないように持っていきたまえ!」

上機嫌に頷いて用は済んだと言わんばかりに俺の髪を撫でて扉を閉めた。ぽつりと残された俺は一瞬呆けてしまって、再度揺れ始めた携帯に意識を戻して、誰も見ていないだろうけど扉に頭を下げ早足で歩き始めた。

携帯を取り出しながら階段を上って、通話開始のために画面をスライドし耳にあてる。

「アンタ今どこにいるわけ?!」

『す、みませんもうつきますっ』

耳元と扉越しに聞こえてきた泉さんの上擦った声に最後の二段も駆け足でのぼり扉を開けた。

ぶわりと勢い良く吹いた風に前髪が混ぜられて視界が狭まる。一度目を閉じて開けばお弁当も広げず携帯片手に立っている泉さんと正座してる月永さんがいて、早足で近寄った。

「遅い!」

『すみません』

携帯をしまって俺を睨みつけた泉さんに頭を下げれば下からまあまぁなんて仲裁する声が聞こえる。

「とりあえず無事に来れたんだからいいだろ?ほら、セナもお腹空いてるからピリピリするんだって!ご飯だべよーぜ!」

空気を紛らわせるために明るく響く声。泉さんはへの字に曲げてた口元を緩めてその場に座った。

「時間もないし、言い訳は食べながら聞いてあげる」

『はい』

一先ず許されたから俺も腰を下ろす。泉さんと月永さんで手分けして広げられたのは泉さんの手作り弁当で、今日は三段重箱につめられたおかずとおにぎりだったらしい。

紙袋を横に置いて回ってきた除菌ティッシュで手を拭く。手を合わせてからいつもどおり泉さんはおかずを取り分け始め、月永さんがおにぎりをとった。

「はい、アンタの分」

「ほら!おにぎり!」

『ありがとうございます』

渡された皿と箸、ラップに包まれたおにぎり。気を使われてるなぁなんて思いながら泉さんと月永さんがそれぞれ食べ物を口に入れたところで俺もおかずをつまむ。

泉さんの作るたまごやきは出汁が入っていて少し甘めで、咀嚼して飲み込むとおにぎりを食べていた月永さんが顔を上げた。

「それで?どうしたんだ?」

『…四時間目が新入生歓迎会の説明だったんですけど、終わってからここに向かう途中で何人かに声をかけられまして』

「知らないやつ?」

『名前はちょっと…一応同級生に声をかけられたときはすぐ切り上げられたんですけど、階段の途中で上級生に声をかけられまして…』

「二年?」

『三年生でした。話がうまく切れなくて、そのぐらいで多分一回目の電話をいただきました』

「……一回目って…どうやって切り上げたわけ?」

『えっと、巴さんが牽制かけてくださいました』

「「巴?!」」

目を丸くし声を荒げた二人に苦笑いを返す。とりあえず話し切るべきだろうと口を動かした。

『三年の方たちは巴さん相手じゃ分が悪いと感じたのか退散してくださって、……ご飯がまだだと言ったらこちらをくださいました』

省略はしたけど別に嘘はついていない。最後に横に置いていた紙袋を前に出せば訝しげな目の泉さんが受け取って中を覗く。

「……キッシュだねぇ」

『美味しいらしいです。温かいうちに食べるようにっておっしゃってました』

「なんだっけこれ、有名なとこのやつだよな?」

「結構差し入れとか手土産とかに選ばれてるよねぇ。彼奴なに考えてんだか…」

「宇宙人みたいなやつだからな!」

「巴もアンタにだけは言われたくないだろうねぇ」

毒気が抜かれた二人の会話。折角なら食べようと紙袋を受け取った月永さんは嬉々として箱を開ける。

箱の中で崩れないよう綺麗につめられた3つのキッシュはそれぞれ味が違うのか表面の色が三通りで、それを見た泉さんは眉間に皺を寄せた。

「アンタ、俺達と待ち合わせてるって言ったの?」

『言ってませんよ』

「……ほんと、巴も大概くえないやつ…」

むっとした泉さんはプチトマトの乗ったキッシュ、月永さんはほうれん草が混じったもの、俺は黄色みが一番強いのをとって一口運んだ。

「おお!」

「…ふぅん」

黄色いのはかぼちゃが入っているかららしい。ほくほくとしてて甘みの強いそれは食事というよりもおやつのような印象を受けた。

「ほら、半分こ」

『ありがとうございます、こっちもどうぞ』

泉さんのプチトマトが乗ったものは生地にもトマトが入ってるのかほんのり赤みがかってる。持っていた分と渡されたものを交換して口にいれればさっきよりも酸味がきいていて、バジルが香った。

「よし!口開けろ!」

『あ、はい』

左側から突き出されたものに口を開いけば3種類めのキッシュが投げ込まれる。緑色のそれはほうれん草とチーズらしく、今まで食べた2つよりも食事っぽい。

『美味しいですね』

「さすが巴って感じだな!」

「今度買ってみてもいいかもねぇ」

それなりに気に入ったらしく二人も頬を緩ませてる。俺も名前は知っていたけど食べるのは初めてで、口にあったから巴さんに改めてお礼をするべきかもしれない。

キッシュを食べ終わって再び泉さんの作ってくれたお弁当を食べ進める。

たまごやき、肉巻き、蒸し野菜。

箸でつまみあげたトマトを咀嚼していればなんとなくさっきの巴さんの唇を思い出して視線を落とす。

泉さんと月永さんに言うべきだろうか

匂いはしたけどどちらかと言えば試すような軽いものだったし、行動と思考回路が読めないところはあるけど悪い人ではなさそうだ。

泉さんと月永さんも俺には優しいけど、良くも悪くもはっきりしているから俺の不用意な一言で巴さんとの関係が悪化してしまうのは気が引ける。

「そういえば、アンタ―…」

聞こえた声に顔を上げれば泉さんはその先を飲み込むように口を閉じてしまって、眉間に薄く皺を寄せて息を吐いた。

「全然食べてないけど、もうお腹いっぱいなわけ?」

『あ、いえ、まだ食べれます』

「ならさっさと食べないと食べつくしちゃうよ」

空になってた皿が攫われて、残り少なくなってるおかずを確保していく。月永さんからこっちも数少なくなってるおにぎりが渡された。

「しっかり食え!」

『はい』

手の中のおにぎりを齧る。今度のおにぎりは梅おかかで、横からおかずを乗せ終わった皿が渡された。


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