あんスタ

鞄を持って飛び込んだ俺は案の定悪目立ちして、遊木くんと影片が話しかけたそうに腰を浮かせて落ち着けてた。

運良く教師がいない。黒板の上にある時計を見ても授業開始時刻は過ぎていて間違いないのに不思議に思いつつ自席に腰をおろした。

予定表通りならそろそろ古文の授業が始まってもいい頃だ。

迷いながら教科書を取り出す俺に席が近い鳴上がふふと笑みを零す。

「先生が遅刻してるみたいよ」

『そうなの?教えてくれてありがとう』

「うふふ、気にしなくていいわよっ♪朝はいなかったと思ったけど、今日は寝坊?」

『…―そんなところ』

笑顔を繕い教科書とノートを机に並べる。何故か楽しそうに微笑んでる鳴上に隣の大神は息を吐いた。

「そんなんじゃ留年すんぞ」

『うん、気をつける…心配してくれてありがとう』

「別に心配なんかしてねーよ!」

いくら単位制で比較的出席日数に余裕があるとはいえ、初めからこれじゃ確かな先が思いやられる。声を荒げてそっぽ向いた大神に苦笑していれば扉が開いた音が響いた。

「遅れてしまい、すみません」

入ってきたのは何故か椚先生でクラス内は困惑を覚えてる。眼鏡の位置を直して黒板の前に立った椚先生は息を吐いた。

「古文教諭の――先生は本日体調不良により遅れてくるそうなので一時間目のこのクラスは自習とします。課題プリントを配りますのでこちらを埋めておいてください。もしわからないことがあれば質問を受け付けます」

急ごしらえだったのかまだ熱を持った紙の束が回される。覗きこんだプリントには古文の基礎とタイトルが付けられていて、活用法や単元、中学の復讐が中心らしい。

「授業ですがあまり騒がなければ席を移動を認めます。グループで問題を解いても構いませんので必ず完成させて提出をお願いします。では、始めてください」

ペンケースからシャーペンを取り出して、ペンを紙につけようとすると足音が寄ってきて俺に飛びついた。ぱきりと音を立てて折れた芯を見送って顔を上げる。

『おはよう、影片』

「おはようさん」

ぐりぐりと顔を押し付けてきてた影片が離れて、床にしゃがみ込み顔だけを上げた。

「元気?無理しとらん?」

『うん、今日は大丈夫。昨日はごめんね』

「俺は平気やで」

ゆるく微笑む影片の頭をなでてるともう一つ近づいてきた足音がとまる。

「紅紫くんおはよ!」

『うん、おはよう』

「…元気そうでよかった」

挨拶をかえしただけでほっとしたように表情を緩めた遊木くんになにか言うべきか悩む。噛んでいたらしい唇を開くよりも早く、楽しそうに笑う鳴上の声が響いた。

「紅紫くんったら人気者ね♪」

『そう、かな?』

「遊木くんもみかちゃんも、貴方がいないだけですごくソワソワしてたもの」

「な、鳴上くん?!」

「んああ!ナルちゃんそれは言わんといて!」

顔を赤らめてしまった二人に保護者のような優しい目をした鳴上が椅子をひきずってきて座らせる。ついでに空になってた俺の後ろの席と机をくっつけて四人で机を囲んだ。

「アタシ古文ってあまり好きじゃないの。よかったら一緒に解きましょ?」

「人はいっぱいいたほうが早く終わるもんね!」

「俺も古文が得意とちゃうから、みんなさえ良ければ手伝ってほしい」

ちらりと見た椚先生はこちらを見て微笑んでたから俺も頷いた。

『うん、みんなで課題片付けちゃおうか』

二つの机の上に四人分のブリントを広げると少し手狭で、隣の遊木くんと影片が近い。けれど全員がプリントに集中しているからあまり気にならないで済んだ。

基礎はある程度問題なかったけれど、入試で出題されるような言い回し、活用になると影片が唸る。それをサポートしていれば例文の読解に鳴上がペンを止め、遊木くんが口を開いた。

穴埋め形式の最終問題まで抜け一つなくプリントを埋めきれば緊張の糸が解けた影片が大きく息を吐いて机に体を倒した。

「んんー、あかん…こんなんでこれからやってけるやろか…」

『斎宮さんもいるし、僕もいるから一緒に卒業しよう?』

「せやな!あ!俺、卒業式でボタンもらうからとっといてな!」

『う、うん?』

励ますつもりが変なところに着地した気がする。結果として励ませたのならそれはいいかと苦笑いを浮かべた。

「ふふ、みかちゃんったらほんと紅紫くんが好きネェ♪」

「あ、あんま言わんといて!」

顔を両手で覆った影片はそのまま額を机に押し付けてしまう。

俺と遊木くんが小さく笑っているとチャイムが鳴った。

「それではこれで授業を終了いたします。プリントを提出した方から退出してよろしいですよ」

聞こえてきた椚先生の声にクラス内はゆるい返事をしてそれぞれ立ち上がる。自分でプリントを提出する人もいれば頼まれたのか何人分かのプリントをまとめて提出する人もいて、なんとなく四人分のプリントを集めて椚先生に渡した。


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