あんスタ
休んでいて久々に登校したと思えば中抜け。非常識なことをやらかした俺に影片と遊木くんは体調が悪くなったのかと心配してくれた。
曖昧に笑って返し、次の授業を受ける。ポケットの中の携帯が静かに揺れて、授業が終わると同時に覗けば月永さんから大丈夫だったかなんて心配するメールが届いてた。
「紅紫くんご飯一緒に行かない?」
にっこりと笑った遊木くんに携帯をしまう。
『うん、遊木くんはお弁当?』
「うんん、寝坊しちゃって…紅紫くんは?」
『僕もだから購買か食堂いこう?』
「影片くんは…」
きょろきょろと周りを見渡す遊木くんは目的の人物がいないことに苦笑いをする。
「もう行っちゃったみたいだね」
『だね』
財布を持ち、二人で教室を出た。
人気も多く騒がしい廊下を歩いて行く。道すがらちらりと見た購買は人が多すぎたし若干戦場のように見えたから食堂に入った。
『遊木くん来たことある?』
「うんん、僕も初めて」
周りの動きを見つめ食券機を見つける。俺はスープスパ。遊木くんはカルボナーラにしたらしい。買ったばかりの食券を受付に出して並んだ。
「なんだかいろんな種類あったね」
『うん、パスタだけでも八種類くらいあったよ』
「これだけ品揃えが良いと飽きなさそう」
にこにこ笑う遊木くんのおかげでそれなりに人が多く視線も集まるここで息は苦しくない。
用意された食べ物を受け取って、視線をめぐらせるまでもなく空いていた席にトレーを置いた。向かいに遊木くんが座る。
『いただきます』
「いっただきま~す!」
にこにこしてフォークに麺を巻き付ける。俺も小さめに巻いて口に運んだ。食堂だけあって低めの金額設定にも関わらず安っぽくない味に俺も遊木くんも満足を覚えながら食べ進める。
「すまん、一年。相席いいか?」
不意に聞こえてきた声に遊木くんが先に顔を上げる。周りを見るとどうやら席が埋まっているらしくて俺達の座る長机くらいしか空いてそうになかった。
「あ、はい、もちろん」
「ありがとうな!奏汰!こっちだ!」
遊木くんが頷けばその人は嬉しそうに笑ったあと、声を張る。少し離れたところから人が近づいてきた。
「ちあきみつけられたんですね」
「心優しい一年生がいてな!ありがとう!このままでは俺の麺が伸びてしまうところだった!」
「いえいえ、僕達はもうすぐ食べ終わりますから」
ねっとこちらを見る遊木くんに頷いて顔を上げる。遊木くんの隣にはどうやら声をかけてきたらしいその人が、俺の隣には水色の髪が揺れた。
「ふふ~♪おさかな~♪」
見覚えのあるその人はたしか海洋生物部の部長のはずで、もう一人はバスケ部だった気がする。ラーメンを啜り、方やボンゴレなのかパスタの上の貝をくり抜いて食べてる様子を横目に自分の食事を終わらせる。
向かいの遊木くんも同じようにフォークを置いて口を拭った。
「紅紫くん、次体育だったよね?」
『うん、そろそろ着替えないと間にあわないかも』
「うー、それは嫌だ~」
息を吐いて同時に立ち上がる。不意に隣の二人が顔を上げたから頭を少し下げて微笑んでおいた。
『お先に失礼します』
「おう!二人ともありがとうな!」
「またおあいしたらよろしくおねがいしますね~」
笑顔で見送られそれなりに緊張していた俺は息を吐く。隣の遊木くんには幸い気づかれていなかったようだからそのままからのトレーを返却口に置いた。
「そういえば、紅紫くんジャージある?」
『…あ、』
「………ごめん、僕も朝言えばよかったね…」
何故か責任を感じたように表情を暗くしてしまった遊木くんに首を横に振ってからスマホを取り出した。
『うんん、大丈夫。ちょっと借りれないか聞いてみるよ』
ひとりひとりに送るのは面倒で同じ文面を送れば一番早く連絡が返ってきたのはやっぱり泉さんで、体操服を斎宮さんが持ってるから貸してくれるとあった。
まずなんで斎宮さんがそこで出てきたのかはわからないが直接会って話を聞いたほうが早いだろう。
『借りれそう。ちょっと行ってくるからあとで合流しよう』
「うん、グラウンドで待ってるね!」
食堂を出たところで手を振り別れる。その足で階段を登っていき、二年の教室を目指した。
昼休みだから比較的人が少ない。視線もまだ少なめだか慣れない空気に息苦しさを覚えながら目的の教室の前に立つ。開いたままの扉を一応ノックしてから覗けば視線が集まってしまい、一瞬息ができない。
「しろくん」
『っ、』
顔を上げると泉さんが俺の目の前にいて、その隣にマドモアゼルを片手にしてる斎宮さんが周りからの視線を遮ってくれてた。
手元のマドモアゼルが左右に可愛らしく揺れる。
【こんにちは、紅紫くん♪】
『こんにちはマドモアゼル。お久しぶりです』
【うふふ、紅紫くん夢ノ先の制服とっても似合ってるわね♪】
『ありがとうございます。マドモアゼルもそちらのドレス、とっても綺麗でお似合いです』
【ありがとう♪宗くんとみかちゃんが作ってくれたの♪】
「ちょっとぉ?仲がいいのは知ってるからさっさと用件済ませなよねぇ」
しばらく見守ってくれてたらしいが時計を見た泉さんが息を吐く。
「ふむ、体操服を忘れたのだろう?」
『時間割の確認を忘れてしまいまして…』
「ならば使うといい。サイズが合わないだろうからきちんと裾はまくるのだよ。終わったのならそのまま返してくれて構わない」
『いえ、悪いですから洗ってお返しします』
「気にするな。それよりも早く行かないと遅れるぞ」
『そうですね』
「着替えるなら鍵かけたトイレでにしなよぉ。更衣室は過信しないこと」
『はい』
泉さんにぽんぽんと頭を撫でられてマドモアゼルが柔らかく手を横に振った。
「頑張りなよぉ」
「怪我はしないよう気をつけるのだよ」
『はい、ありがとうございます』
二人とマドモアゼルに見送られて教室をあとにする。道すがらにあったトイレの個室に入り着替える。借りたジャージはやっぱり大きくて、言われたとおり二回折って裾を上げた。
ブレザーとベストも脱いでワイシャツの上にジャージを羽織り、空になった袋の中に制服を畳んでいれてトイレを出る。
個室を出たところにあった鏡に映った俺は青いジャージを着ていて、どうにもサイズがあっていないのが不格好だった。身長はそこまでま変わらないはずなのに手足が長い人だ。
鳴り響いたチャイムにはっとして駆け足でグラウンドに向かう。靴を履きかえて出たところできょろきょろしてる遊木くんがぱっと表情を明るくした。
「よかった!ジャージ借りれたんだね!」
『うん、無事に』
隣に並べば一緒にいた影片が首を傾げる。
「んあ?お師さんの?」
『そう、斎宮さんに借りたんだよ』
「なるほどなぁ~」
にこにこと笑う影片はどうにも匂いが気になるようで俺横にひっついて頬を緩ませてた。
「お師さんがおるみたいで落ち着くわぁ」
『うん、俺も斎宮さんがいるみたいで安心するよ』
柔軟剤できちんと仕上げられていてふわりとした手触りのジャージはほんのりとあの人の香りがする。遊木くんは首を傾げてたけどまぁそれは仕方ないことだろう。
招集がかけられてグラウンドの中心に集まれば号令がかけられてから今日の授業が簡易的に説明された。
今日はサッカーらしい。遊木くんが前回からそうといってたから予想はしていたし、そのまま準備体操とまずグラウンド三周が言い渡された。
「ひぇ~、つらいっ」
「初っ端から疲れるわぁ」
『二人とも余裕そうだけどね』
ぐるりぐるりと一定の速度、教師に怒られないくらいの速さで走る。三人で固まって走ってからストレッチをしてからチーム分けをされた。
「はぁ、俺球技苦手なんよ」
「僕も好きじゃないよ~」
同じチームになった二人が肩を落として横に並ぶ。1クラス20人程度。それを2グループに分ければ、正規のよりも一人少ない。
正直影片と遊木くん以外未だに話してもいないクラスメイトにチームワークをなんていうのは無茶な話だろうし、遊木くんと影片も人見知りする部類だから似たりよったりだった。
チーム分けがわかりやすいように配られた蛍光黄緑のビブスを被る。
「おい!てめ~ら!端なんかにいねぇでこっちこいよ!」
かけられた声に三人で顔を合わせてから頷く。呼んだのはどこか泉さんみたいな髪色をした人で、蜂蜜色の瞳は細められてた。
「あらあら、そんなに大きな声をなさ出さなくったっていいじゃない。ねぇ?」
「せっかくのチームメイトなのですから、仲良くいたしましょう」
俺達と同じく黄緑色のビブスをつけたからチームメイトだとは理解したが今一誰かわからず苦笑いを返す。
「こんにちは紅紫様。私は伏見と申します」
『よろしく、伏見』
それを察してか微笑んだ伏見は一番に自己紹介からしてくれ、入学初日、弓道部として場を締めていた彼だと思いだした。
「アタシは鳴上嵐、ヨロシクね!」
「あんな、ナルちゃんは俺にも優しいんよ」
ウインクをした鳴上にゆるく微笑んだ影片が俺のジャージを掴む。
『よく瀬名さんと雑誌に載ってるよね?』
「あら!知ってたの?嬉しいわ♪」
うふふと両手を頬につけはにかむ鳴上は雑誌で見る表情とだいぶ違って見える。
「仲良しごっこは終わったか?」
むっとした声でこちらを睨みつけてくるその人をどこかで見たことある気がして、けれどやっぱり思い出せない。伏見が微笑んだ。
「こちらは大神晃牙様です。たしか、紅紫様の斜め前の座席にあたりましたよね?」
『うん、よろしくね、大神』
「はん!俺はお前なんかとよろしくなんてしたくねぇよ!」
何をしたのか全く覚えがないのに随分と嫌われてるようで首を傾げるしかない。それはほかも同じようでぱちぱちと瞬きをして首を傾げた。
「えっと、どうしたの大神くん」
「そんなに嫌がるなんて珍しいわね?」
「…………ふんっ」
口を噤んでしまった大神に残された俺達は顔を合わせて首を横に振る。嫌われてるものは無理に近づいたって仕方ないだろう。心配そうな顔をしてる影片の頭を撫でて遊木くんにも笑いかけておいた。
チーム内が不仲だろうと授業は授業だ。パス練も終わり、試合形式の授業が本格的に始まった。ボールを蹴る。
『影片!』
「ん!」
パスしたボールをなんとか足首辺りで受け取った影片は蹴りながら走る。後ろから敵チームの白いシャツを着た男子が走ってきて、影片は視線を彷徨わせた。
「あ!ナルちゃん!」
「ふふ!ナイスパス!」
難なくパスを受け取った鳴上は前を向いて走り出す。パスを出せた安堵からか息を吐いた影片はなにか引っかかったのか前のめりになったから慌てて手を伸ばして捕まえた。
『大丈夫?』
「ん、うん」
『そっか。ナイスパス』
「えへへ、ありがとうな」
笑った影片の頭を短く撫でてると笛がなる。どうやら大神がゴールを決めたらしく笑顔でガッツポーズを見せてた。
「大神くんすごいなぁ」
『運動神経抜群って感じでかっこいいよね』
「なら次は自分の番やな?」
こてりと首を傾げた影片に苦笑いを浮かべる。
『あまり球技は得意じゃないから、難しいかもしれないや』
「アシストがんばるで」
小さく両手を握り微笑んだ顔が可愛らしい。頑張ってみるねと頭を撫でて再開した試合にまざった。
2対1でこっちのチームが追いかける形の試合。あと五分も時間はなくて今大神が1点とったから2対2の同点だ。向こうもこっちも負けず嫌いは一定数いるわけだからボールは取って取られてを繰り返してる。
伏見が見合い、横からスライディングをした大神がボールを相手の足元から奪う。そのボールは進行方向にいた遊木くんが受け取った。
「うぇ?!」
「走れもやしメガネ!」
「ひぃ!?」
大神に叱咤され走り始めた遊木くんは今にも泣きそうで、向かいから敵チームが走ってきたことにパニックになってる。
「遊木くん!こっちや!」
「か、影片くん!」
覚束ない様子でパスを出して、それをなんとか影片は受け取ると敵チームが来る前にこっちに向かってボールを蹴った。
『影片?』
「かっこいいとこみせてぇなぁ!」
走ってたせいか顔が少し赤い影片に応援されて仕方無しに走り出す。大神や遊木くんの方に敵チームの人員が割かれてたこともあってかニ、三人抜けばゴール前で、ボールを蹴ればあっさりとネットを揺らした。
なんとか1点に繋がったことに息を吐くと背中に衝撃が走る。
「ん~!ごぅつかっこよかったでぇ!」
『そんなことないよ。でも、影片、パスありがとうね』
「それくらいお安い御用や~」
飛びついてきた体制のまま顔を押し付けてるらしく熱が背中に残る。視線が集まってる気がしたけど影片がいるおかげかそこまで気にならない。
ピーッと響きわたったホイッスルは試合終了を告げた。
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曖昧に笑って返し、次の授業を受ける。ポケットの中の携帯が静かに揺れて、授業が終わると同時に覗けば月永さんから大丈夫だったかなんて心配するメールが届いてた。
「紅紫くんご飯一緒に行かない?」
にっこりと笑った遊木くんに携帯をしまう。
『うん、遊木くんはお弁当?』
「うんん、寝坊しちゃって…紅紫くんは?」
『僕もだから購買か食堂いこう?』
「影片くんは…」
きょろきょろと周りを見渡す遊木くんは目的の人物がいないことに苦笑いをする。
「もう行っちゃったみたいだね」
『だね』
財布を持ち、二人で教室を出た。
人気も多く騒がしい廊下を歩いて行く。道すがらちらりと見た購買は人が多すぎたし若干戦場のように見えたから食堂に入った。
『遊木くん来たことある?』
「うんん、僕も初めて」
周りの動きを見つめ食券機を見つける。俺はスープスパ。遊木くんはカルボナーラにしたらしい。買ったばかりの食券を受付に出して並んだ。
「なんだかいろんな種類あったね」
『うん、パスタだけでも八種類くらいあったよ』
「これだけ品揃えが良いと飽きなさそう」
にこにこ笑う遊木くんのおかげでそれなりに人が多く視線も集まるここで息は苦しくない。
用意された食べ物を受け取って、視線をめぐらせるまでもなく空いていた席にトレーを置いた。向かいに遊木くんが座る。
『いただきます』
「いっただきま~す!」
にこにこしてフォークに麺を巻き付ける。俺も小さめに巻いて口に運んだ。食堂だけあって低めの金額設定にも関わらず安っぽくない味に俺も遊木くんも満足を覚えながら食べ進める。
「すまん、一年。相席いいか?」
不意に聞こえてきた声に遊木くんが先に顔を上げる。周りを見るとどうやら席が埋まっているらしくて俺達の座る長机くらいしか空いてそうになかった。
「あ、はい、もちろん」
「ありがとうな!奏汰!こっちだ!」
遊木くんが頷けばその人は嬉しそうに笑ったあと、声を張る。少し離れたところから人が近づいてきた。
「ちあきみつけられたんですね」
「心優しい一年生がいてな!ありがとう!このままでは俺の麺が伸びてしまうところだった!」
「いえいえ、僕達はもうすぐ食べ終わりますから」
ねっとこちらを見る遊木くんに頷いて顔を上げる。遊木くんの隣にはどうやら声をかけてきたらしいその人が、俺の隣には水色の髪が揺れた。
「ふふ~♪おさかな~♪」
見覚えのあるその人はたしか海洋生物部の部長のはずで、もう一人はバスケ部だった気がする。ラーメンを啜り、方やボンゴレなのかパスタの上の貝をくり抜いて食べてる様子を横目に自分の食事を終わらせる。
向かいの遊木くんも同じようにフォークを置いて口を拭った。
「紅紫くん、次体育だったよね?」
『うん、そろそろ着替えないと間にあわないかも』
「うー、それは嫌だ~」
息を吐いて同時に立ち上がる。不意に隣の二人が顔を上げたから頭を少し下げて微笑んでおいた。
『お先に失礼します』
「おう!二人ともありがとうな!」
「またおあいしたらよろしくおねがいしますね~」
笑顔で見送られそれなりに緊張していた俺は息を吐く。隣の遊木くんには幸い気づかれていなかったようだからそのままからのトレーを返却口に置いた。
「そういえば、紅紫くんジャージある?」
『…あ、』
「………ごめん、僕も朝言えばよかったね…」
何故か責任を感じたように表情を暗くしてしまった遊木くんに首を横に振ってからスマホを取り出した。
『うんん、大丈夫。ちょっと借りれないか聞いてみるよ』
ひとりひとりに送るのは面倒で同じ文面を送れば一番早く連絡が返ってきたのはやっぱり泉さんで、体操服を斎宮さんが持ってるから貸してくれるとあった。
まずなんで斎宮さんがそこで出てきたのかはわからないが直接会って話を聞いたほうが早いだろう。
『借りれそう。ちょっと行ってくるからあとで合流しよう』
「うん、グラウンドで待ってるね!」
食堂を出たところで手を振り別れる。その足で階段を登っていき、二年の教室を目指した。
昼休みだから比較的人が少ない。視線もまだ少なめだか慣れない空気に息苦しさを覚えながら目的の教室の前に立つ。開いたままの扉を一応ノックしてから覗けば視線が集まってしまい、一瞬息ができない。
「しろくん」
『っ、』
顔を上げると泉さんが俺の目の前にいて、その隣にマドモアゼルを片手にしてる斎宮さんが周りからの視線を遮ってくれてた。
手元のマドモアゼルが左右に可愛らしく揺れる。
【こんにちは、紅紫くん♪】
『こんにちはマドモアゼル。お久しぶりです』
【うふふ、紅紫くん夢ノ先の制服とっても似合ってるわね♪】
『ありがとうございます。マドモアゼルもそちらのドレス、とっても綺麗でお似合いです』
【ありがとう♪宗くんとみかちゃんが作ってくれたの♪】
「ちょっとぉ?仲がいいのは知ってるからさっさと用件済ませなよねぇ」
しばらく見守ってくれてたらしいが時計を見た泉さんが息を吐く。
「ふむ、体操服を忘れたのだろう?」
『時間割の確認を忘れてしまいまして…』
「ならば使うといい。サイズが合わないだろうからきちんと裾はまくるのだよ。終わったのならそのまま返してくれて構わない」
『いえ、悪いですから洗ってお返しします』
「気にするな。それよりも早く行かないと遅れるぞ」
『そうですね』
「着替えるなら鍵かけたトイレでにしなよぉ。更衣室は過信しないこと」
『はい』
泉さんにぽんぽんと頭を撫でられてマドモアゼルが柔らかく手を横に振った。
「頑張りなよぉ」
「怪我はしないよう気をつけるのだよ」
『はい、ありがとうございます』
二人とマドモアゼルに見送られて教室をあとにする。道すがらにあったトイレの個室に入り着替える。借りたジャージはやっぱり大きくて、言われたとおり二回折って裾を上げた。
ブレザーとベストも脱いでワイシャツの上にジャージを羽織り、空になった袋の中に制服を畳んでいれてトイレを出る。
個室を出たところにあった鏡に映った俺は青いジャージを着ていて、どうにもサイズがあっていないのが不格好だった。身長はそこまでま変わらないはずなのに手足が長い人だ。
鳴り響いたチャイムにはっとして駆け足でグラウンドに向かう。靴を履きかえて出たところできょろきょろしてる遊木くんがぱっと表情を明るくした。
「よかった!ジャージ借りれたんだね!」
『うん、無事に』
隣に並べば一緒にいた影片が首を傾げる。
「んあ?お師さんの?」
『そう、斎宮さんに借りたんだよ』
「なるほどなぁ~」
にこにこと笑う影片はどうにも匂いが気になるようで俺横にひっついて頬を緩ませてた。
「お師さんがおるみたいで落ち着くわぁ」
『うん、俺も斎宮さんがいるみたいで安心するよ』
柔軟剤できちんと仕上げられていてふわりとした手触りのジャージはほんのりとあの人の香りがする。遊木くんは首を傾げてたけどまぁそれは仕方ないことだろう。
招集がかけられてグラウンドの中心に集まれば号令がかけられてから今日の授業が簡易的に説明された。
今日はサッカーらしい。遊木くんが前回からそうといってたから予想はしていたし、そのまま準備体操とまずグラウンド三周が言い渡された。
「ひぇ~、つらいっ」
「初っ端から疲れるわぁ」
『二人とも余裕そうだけどね』
ぐるりぐるりと一定の速度、教師に怒られないくらいの速さで走る。三人で固まって走ってからストレッチをしてからチーム分けをされた。
「はぁ、俺球技苦手なんよ」
「僕も好きじゃないよ~」
同じチームになった二人が肩を落として横に並ぶ。1クラス20人程度。それを2グループに分ければ、正規のよりも一人少ない。
正直影片と遊木くん以外未だに話してもいないクラスメイトにチームワークをなんていうのは無茶な話だろうし、遊木くんと影片も人見知りする部類だから似たりよったりだった。
チーム分けがわかりやすいように配られた蛍光黄緑のビブスを被る。
「おい!てめ~ら!端なんかにいねぇでこっちこいよ!」
かけられた声に三人で顔を合わせてから頷く。呼んだのはどこか泉さんみたいな髪色をした人で、蜂蜜色の瞳は細められてた。
「あらあら、そんなに大きな声をなさ出さなくったっていいじゃない。ねぇ?」
「せっかくのチームメイトなのですから、仲良くいたしましょう」
俺達と同じく黄緑色のビブスをつけたからチームメイトだとは理解したが今一誰かわからず苦笑いを返す。
「こんにちは紅紫様。私は伏見と申します」
『よろしく、伏見』
それを察してか微笑んだ伏見は一番に自己紹介からしてくれ、入学初日、弓道部として場を締めていた彼だと思いだした。
「アタシは鳴上嵐、ヨロシクね!」
「あんな、ナルちゃんは俺にも優しいんよ」
ウインクをした鳴上にゆるく微笑んだ影片が俺のジャージを掴む。
『よく瀬名さんと雑誌に載ってるよね?』
「あら!知ってたの?嬉しいわ♪」
うふふと両手を頬につけはにかむ鳴上は雑誌で見る表情とだいぶ違って見える。
「仲良しごっこは終わったか?」
むっとした声でこちらを睨みつけてくるその人をどこかで見たことある気がして、けれどやっぱり思い出せない。伏見が微笑んだ。
「こちらは大神晃牙様です。たしか、紅紫様の斜め前の座席にあたりましたよね?」
『うん、よろしくね、大神』
「はん!俺はお前なんかとよろしくなんてしたくねぇよ!」
何をしたのか全く覚えがないのに随分と嫌われてるようで首を傾げるしかない。それはほかも同じようでぱちぱちと瞬きをして首を傾げた。
「えっと、どうしたの大神くん」
「そんなに嫌がるなんて珍しいわね?」
「…………ふんっ」
口を噤んでしまった大神に残された俺達は顔を合わせて首を横に振る。嫌われてるものは無理に近づいたって仕方ないだろう。心配そうな顔をしてる影片の頭を撫でて遊木くんにも笑いかけておいた。
チーム内が不仲だろうと授業は授業だ。パス練も終わり、試合形式の授業が本格的に始まった。ボールを蹴る。
『影片!』
「ん!」
パスしたボールをなんとか足首辺りで受け取った影片は蹴りながら走る。後ろから敵チームの白いシャツを着た男子が走ってきて、影片は視線を彷徨わせた。
「あ!ナルちゃん!」
「ふふ!ナイスパス!」
難なくパスを受け取った鳴上は前を向いて走り出す。パスを出せた安堵からか息を吐いた影片はなにか引っかかったのか前のめりになったから慌てて手を伸ばして捕まえた。
『大丈夫?』
「ん、うん」
『そっか。ナイスパス』
「えへへ、ありがとうな」
笑った影片の頭を短く撫でてると笛がなる。どうやら大神がゴールを決めたらしく笑顔でガッツポーズを見せてた。
「大神くんすごいなぁ」
『運動神経抜群って感じでかっこいいよね』
「なら次は自分の番やな?」
こてりと首を傾げた影片に苦笑いを浮かべる。
『あまり球技は得意じゃないから、難しいかもしれないや』
「アシストがんばるで」
小さく両手を握り微笑んだ顔が可愛らしい。頑張ってみるねと頭を撫でて再開した試合にまざった。
2対1でこっちのチームが追いかける形の試合。あと五分も時間はなくて今大神が1点とったから2対2の同点だ。向こうもこっちも負けず嫌いは一定数いるわけだからボールは取って取られてを繰り返してる。
伏見が見合い、横からスライディングをした大神がボールを相手の足元から奪う。そのボールは進行方向にいた遊木くんが受け取った。
「うぇ?!」
「走れもやしメガネ!」
「ひぃ!?」
大神に叱咤され走り始めた遊木くんは今にも泣きそうで、向かいから敵チームが走ってきたことにパニックになってる。
「遊木くん!こっちや!」
「か、影片くん!」
覚束ない様子でパスを出して、それをなんとか影片は受け取ると敵チームが来る前にこっちに向かってボールを蹴った。
『影片?』
「かっこいいとこみせてぇなぁ!」
走ってたせいか顔が少し赤い影片に応援されて仕方無しに走り出す。大神や遊木くんの方に敵チームの人員が割かれてたこともあってかニ、三人抜けばゴール前で、ボールを蹴ればあっさりとネットを揺らした。
なんとか1点に繋がったことに息を吐くと背中に衝撃が走る。
「ん~!ごぅつかっこよかったでぇ!」
『そんなことないよ。でも、影片、パスありがとうね』
「それくらいお安い御用や~」
飛びついてきた体制のまま顔を押し付けてるらしく熱が背中に残る。視線が集まってる気がしたけど影片がいるおかげかそこまで気にならない。
ピーッと響きわたったホイッスルは試合終了を告げた。
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