あんスタ
運んだ先の保健室には佐賀美先生がいて、ベッドを用意してくれていた。
「おー…こりゃやばいな。誰にも見られてねぇか?」
「ええ、おそらく。人目は避けてきましたので」
さくまさんを寝かせる。頭を掻いた佐賀美先生はその人の顔を覗いたあとに俺を見て苦笑いをした。
「早速襲われたか」
『…未遂です』
「あー…何だ、おつかれさん」
ぽんぽんと頭が撫でられて前閉めたほうがいいと思うぞと告げられる。晒したままの体にすみませんと謝って、下からボタンを留めようとすれば勢い良く扉が開いた。
「しろくん!」
「大丈夫か?!」
現れた銀髪とオレンジを視界に入れた瞬間、なんでか息が出て笑ってしまった。
『あ、お疲れ様です。待ち合わせ…向かえなくてすみません』
「はぁぁ?!そんなことはどうでもいいの!」
「無事か?!ってなんで肌蹴て、まさか、」
『違いますから、未遂ですから…落ち着いてください』
取り乱して殺気立つ二人に笑えば唇を結った泉さんが手を伸ばして俺の服を留めていく。月永さんは眉間に皺を寄せて俺を見上げた。
「セナが連絡しろって言ったのになんで連絡しなかった」
『すみません、正直それどころじゃなかったです』
「ヒート時のΩとの密室なんて自殺行為だってわかってるよな?」
『気が動転してました。あと、彼が襲われかけてたので逃げるのが先決だと思いまして…』
「薬はどうした」
『飲んでます。でも相手のほうが少し強かったみたいで結構やばかったです…ご心配をおかけしました』
「うむ、素直でよろしい」
「はい、できた」
ワイシャツどころかブレザーもきっちり留め、ベルトまでつけ直されたらしい。最初と同じく乱れ一つない俺の姿に泉さんは屈めてた姿勢を正すと俺の手を取って目を覗きこんだ。
「触られたの?」
『いいえ』
「ん、そう」
体温が低めで冷たい泉さんの手が熱味を帯びてる俺の手を冷やす。ずっと力が入ってたらしい手から力が抜けて、ふっと膝から崩れれば抱きとめられた。
『はぁ、はっ』
「大丈夫、大丈夫」
『ん、はっ』
苦しくなり始めた息に優しい泉さんの声がして、両手の塞がってる泉さんの代わりに月永さんの手が頭を撫でる。息を吸って、吐いて、埋めた泉さんの首元から慣れ親しんだ香水と泉さんの匂いがして目を閉じた。
「大丈夫、しろくんは大丈夫だよ」
耳から入って体に溶ける声。
『大丈夫、です』
顔を上げると微笑んでる泉さんとにっかりと笑った月永さんがいた。
「ん!大丈夫だな!」
念押しと言わんばかりに頭が乱暴なくらいに撫でられて離れる。
立ち上がるとこちらを見守ってたらしい椚先生が微笑んだ。
「君たちは不思議ですね?」
「仲良しだろ!なんだ羨ましいのか?」
「いいえ、そうではありませんよ」
「そんなことはどうでもいいんだけど?それよりこいつはもういいわけ?」
「少し話を聞かせてもらいたいんだが、紅紫、平気か?」
『はい、大丈夫です』
カーテンからひょっこりと顔を覗かせた佐賀美先生に手招かれて中に入る。未だ眠ってるらしいその人は布団の中ですやすやと寝息を立てていて表情はどことなく緩み幼く見えた。
近くに用意されてたパイプ椅子に座り佐賀美先生と向き合う。
「まずはこいつを助けてくれてありがとう。改めて礼を言う」
頭を下げられ首を横に振った。
『いえ…この方、最近薬でも変えられたんですか?』
「ああ。もとから薬が効きにくい体質みたいでな。様子を見て変えてるらしいんだが今までこんなことはなかった。…予定よりヒートが来るのが早かったからだろう」
『なるほど』
佐賀美先生は少し真剣な目でこちらを見てきた。
「こいつが襲われてたのはどこだ?」
『三階の…あれはたぶん理科室だったかと。三人組に押さえつけられてて、いずれもネクタイは緑色でした。特徴はすみません、あまり覚えてないです』
「いや、そこまで分かればこっちも助かる。本当にすまないな」
『いえ、俺もたまたま通っただけで…あの三人が中てられていなかったら少し厳しかったですし』
「それでもお前が来なけりゃこいつがどうなってたかわからない。本当にありがとう」
頭を撫でられて少し気恥ずかしい気分になる。迷ってから頷けば手が離れていき、視線が眠るその人に落とされた。
「起きるまで待つか?」
『…いいえ、たぶんこの方もあまり俺とは会いたくないと思いますし、お二人も待っていただいてるのでここから離れます』
「そうか」
あっさり了承してくれたから立ち上がる。
カーテンに触れてから一ついい忘れてたと振り返った。
『佐賀美先生、もしその方が起きたら手荒な真似をしてすみませんでしたと伝えていただいてもよろしいですか?』
「ん。りょーかい」
ひらひらと手を振られたから一礼してからカーテンの外に出る。
保健室には椚先生しかいなくて目が合えば二人は外で待ってると告げられた。
「早速君には負担をかけてしまいました。すみません。」
『いいえ、そんな。…あの人が無事みたいだったので、俺もたまには人の役に立てて嬉しかったです』
「…君は謙虚すぎますね。もう少し自由に生きなさい。」
ぽんぽんと頭を撫で息を吐く。椚先生は苦笑いを浮かべてた。
「本当にありがとうございました」
『はい』
そろそろ待ってる二人がしびれを切らす頃だろう。扉の磨りガラスに映る落ち着きのないオレンジと苛ついてる泉さんの声。椚先生にも一礼して部屋を出た。
『すみません、お待たせしました』
「気にするな!もういいのか?」
『はい、もういいみたいです』
「それならさっさと場所移すよ。休み時間が終わる」
泉さんの言葉に従って歩き始めた二人についていく。向かっているのはどうやら最初予定してた中庭ではないらしくて、レッスン室の鍵を開けた。
「俺達が拠点にしてるレッスン室。完璧とまでは言わないけどそれなりに防音だし、ここなら人目も気にしないで済むでしょ」
「だな!」
笑った二人に促され部屋に入る。きれいに磨かれてるフローリングの床に鏡の貼られた壁。部屋の隅には棚があって物が置けるようになってた。その近くには何故かブランケットが数枚畳んで置いてあり、クッションもある。
ぺたんと座りこんでクッションを抱きしめた月永さんは俺を見上げた。
「飯と昼寝、どっちがいい?」
時計を見ると休み時間終了までもう20分を切ってる。
気づいたらどっと疲れが体にのしかかって息と一緒に言葉を吐いた。
『昼寝がいいです』
「ならさっさと横になりな」
ブランケットを広げクッションを置いた泉さんに躊躇ってるとばしばしと月永さんの隣が叩かれる。座って体を倒せばクッションが思ってたよりも柔らかく、ぴとりと抱きつかれた。
「おやすみ」
ほのかな熱と金木犀みたいな香り。電気が消されて暗くなった部屋。反対側に泉さんが腰を下ろしたのか俺の頭を撫でる。
「おつかれ」
『…はい』
目をとじればどうにも俺は疲れてたらしく、意識はすぐに落ちた。
「ぅ、?」
柔らかな布団と消毒液のにおい。目を覚ますと白い天井が映った。
「起きたか」
低めの声が聞こえて飛びおきればそこにはカーテンからこちらを見てる先生がいて力が抜ける。
「せ、んせい、ここは」
「保健室だ」
「…………あ、」
「説明は後だ。とりあえず薬飲め」
差し出された粉薬と水。迷わず手を伸ばし嚥下すればなんとも言えない苦味が広がって眉間に皺を寄せてしまう。けれど体の熱は引いていって、少しすれば匂いも収まった。
「………我輩は、ヒートを起こして、襲われて…」
「ああ、そうだな」
「…見知らぬ一年が助けてくれたんじゃが、体が熱くて、」
なんてことだ。あれ程嫌がってたΩ性の本能に負けてしまうなんて
「欲しくて堪らなくて、でも駄目だって言われて、すごく悲しくて、」
「あー…本能だから、それは仕方ないな」
「…―あやつは、我輩を助けてくれたあれは、誰かのう?」
「………名前は控えておく。さっきまでいたんだが迎えが来ちまってな。伝言だ。手荒な真似をしてすまなかったと」
「…そうか。……あれは、αじゃろ?」
「まぁ、そうだな。」
「ヒートしてるΩを前にして理性を保つとは…番か?」
「あーいや、番は多分いないと思うけど…どうして聞く?」
「………―珍しいから気になっただけで深い意味はない。疲れたんだが、もう少し眠っても良いか?」
「ああ、好きにしろ。ただ部屋を出るときは声をかけてくれ」
眠ると宣言した俺に佐賀美先生はカーテンの向こう側に行き、椅子のきしむ音がした。
もう一度枕に頭を戻せばふかふかとした感触に包まれて、なんとなく左手が唇に伸びる。
「……………」
柔らかく、甘かった。
α性特有の強い香り。ヒートしてるΩ性を前に理性を保つそれは賞賛に値するだろう。後悔するから駄目だやめろと濫りがしく強請る俺を押さえつけた声がまだ頭に残ってた。
「あんなαとなら、」
その言葉の先を言ったら戻れない気がして、目を閉じた。
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「おー…こりゃやばいな。誰にも見られてねぇか?」
「ええ、おそらく。人目は避けてきましたので」
さくまさんを寝かせる。頭を掻いた佐賀美先生はその人の顔を覗いたあとに俺を見て苦笑いをした。
「早速襲われたか」
『…未遂です』
「あー…何だ、おつかれさん」
ぽんぽんと頭が撫でられて前閉めたほうがいいと思うぞと告げられる。晒したままの体にすみませんと謝って、下からボタンを留めようとすれば勢い良く扉が開いた。
「しろくん!」
「大丈夫か?!」
現れた銀髪とオレンジを視界に入れた瞬間、なんでか息が出て笑ってしまった。
『あ、お疲れ様です。待ち合わせ…向かえなくてすみません』
「はぁぁ?!そんなことはどうでもいいの!」
「無事か?!ってなんで肌蹴て、まさか、」
『違いますから、未遂ですから…落ち着いてください』
取り乱して殺気立つ二人に笑えば唇を結った泉さんが手を伸ばして俺の服を留めていく。月永さんは眉間に皺を寄せて俺を見上げた。
「セナが連絡しろって言ったのになんで連絡しなかった」
『すみません、正直それどころじゃなかったです』
「ヒート時のΩとの密室なんて自殺行為だってわかってるよな?」
『気が動転してました。あと、彼が襲われかけてたので逃げるのが先決だと思いまして…』
「薬はどうした」
『飲んでます。でも相手のほうが少し強かったみたいで結構やばかったです…ご心配をおかけしました』
「うむ、素直でよろしい」
「はい、できた」
ワイシャツどころかブレザーもきっちり留め、ベルトまでつけ直されたらしい。最初と同じく乱れ一つない俺の姿に泉さんは屈めてた姿勢を正すと俺の手を取って目を覗きこんだ。
「触られたの?」
『いいえ』
「ん、そう」
体温が低めで冷たい泉さんの手が熱味を帯びてる俺の手を冷やす。ずっと力が入ってたらしい手から力が抜けて、ふっと膝から崩れれば抱きとめられた。
『はぁ、はっ』
「大丈夫、大丈夫」
『ん、はっ』
苦しくなり始めた息に優しい泉さんの声がして、両手の塞がってる泉さんの代わりに月永さんの手が頭を撫でる。息を吸って、吐いて、埋めた泉さんの首元から慣れ親しんだ香水と泉さんの匂いがして目を閉じた。
「大丈夫、しろくんは大丈夫だよ」
耳から入って体に溶ける声。
『大丈夫、です』
顔を上げると微笑んでる泉さんとにっかりと笑った月永さんがいた。
「ん!大丈夫だな!」
念押しと言わんばかりに頭が乱暴なくらいに撫でられて離れる。
立ち上がるとこちらを見守ってたらしい椚先生が微笑んだ。
「君たちは不思議ですね?」
「仲良しだろ!なんだ羨ましいのか?」
「いいえ、そうではありませんよ」
「そんなことはどうでもいいんだけど?それよりこいつはもういいわけ?」
「少し話を聞かせてもらいたいんだが、紅紫、平気か?」
『はい、大丈夫です』
カーテンからひょっこりと顔を覗かせた佐賀美先生に手招かれて中に入る。未だ眠ってるらしいその人は布団の中ですやすやと寝息を立てていて表情はどことなく緩み幼く見えた。
近くに用意されてたパイプ椅子に座り佐賀美先生と向き合う。
「まずはこいつを助けてくれてありがとう。改めて礼を言う」
頭を下げられ首を横に振った。
『いえ…この方、最近薬でも変えられたんですか?』
「ああ。もとから薬が効きにくい体質みたいでな。様子を見て変えてるらしいんだが今までこんなことはなかった。…予定よりヒートが来るのが早かったからだろう」
『なるほど』
佐賀美先生は少し真剣な目でこちらを見てきた。
「こいつが襲われてたのはどこだ?」
『三階の…あれはたぶん理科室だったかと。三人組に押さえつけられてて、いずれもネクタイは緑色でした。特徴はすみません、あまり覚えてないです』
「いや、そこまで分かればこっちも助かる。本当にすまないな」
『いえ、俺もたまたま通っただけで…あの三人が中てられていなかったら少し厳しかったですし』
「それでもお前が来なけりゃこいつがどうなってたかわからない。本当にありがとう」
頭を撫でられて少し気恥ずかしい気分になる。迷ってから頷けば手が離れていき、視線が眠るその人に落とされた。
「起きるまで待つか?」
『…いいえ、たぶんこの方もあまり俺とは会いたくないと思いますし、お二人も待っていただいてるのでここから離れます』
「そうか」
あっさり了承してくれたから立ち上がる。
カーテンに触れてから一ついい忘れてたと振り返った。
『佐賀美先生、もしその方が起きたら手荒な真似をしてすみませんでしたと伝えていただいてもよろしいですか?』
「ん。りょーかい」
ひらひらと手を振られたから一礼してからカーテンの外に出る。
保健室には椚先生しかいなくて目が合えば二人は外で待ってると告げられた。
「早速君には負担をかけてしまいました。すみません。」
『いいえ、そんな。…あの人が無事みたいだったので、俺もたまには人の役に立てて嬉しかったです』
「…君は謙虚すぎますね。もう少し自由に生きなさい。」
ぽんぽんと頭を撫で息を吐く。椚先生は苦笑いを浮かべてた。
「本当にありがとうございました」
『はい』
そろそろ待ってる二人がしびれを切らす頃だろう。扉の磨りガラスに映る落ち着きのないオレンジと苛ついてる泉さんの声。椚先生にも一礼して部屋を出た。
『すみません、お待たせしました』
「気にするな!もういいのか?」
『はい、もういいみたいです』
「それならさっさと場所移すよ。休み時間が終わる」
泉さんの言葉に従って歩き始めた二人についていく。向かっているのはどうやら最初予定してた中庭ではないらしくて、レッスン室の鍵を開けた。
「俺達が拠点にしてるレッスン室。完璧とまでは言わないけどそれなりに防音だし、ここなら人目も気にしないで済むでしょ」
「だな!」
笑った二人に促され部屋に入る。きれいに磨かれてるフローリングの床に鏡の貼られた壁。部屋の隅には棚があって物が置けるようになってた。その近くには何故かブランケットが数枚畳んで置いてあり、クッションもある。
ぺたんと座りこんでクッションを抱きしめた月永さんは俺を見上げた。
「飯と昼寝、どっちがいい?」
時計を見ると休み時間終了までもう20分を切ってる。
気づいたらどっと疲れが体にのしかかって息と一緒に言葉を吐いた。
『昼寝がいいです』
「ならさっさと横になりな」
ブランケットを広げクッションを置いた泉さんに躊躇ってるとばしばしと月永さんの隣が叩かれる。座って体を倒せばクッションが思ってたよりも柔らかく、ぴとりと抱きつかれた。
「おやすみ」
ほのかな熱と金木犀みたいな香り。電気が消されて暗くなった部屋。反対側に泉さんが腰を下ろしたのか俺の頭を撫でる。
「おつかれ」
『…はい』
目をとじればどうにも俺は疲れてたらしく、意識はすぐに落ちた。
「ぅ、?」
柔らかな布団と消毒液のにおい。目を覚ますと白い天井が映った。
「起きたか」
低めの声が聞こえて飛びおきればそこにはカーテンからこちらを見てる先生がいて力が抜ける。
「せ、んせい、ここは」
「保健室だ」
「…………あ、」
「説明は後だ。とりあえず薬飲め」
差し出された粉薬と水。迷わず手を伸ばし嚥下すればなんとも言えない苦味が広がって眉間に皺を寄せてしまう。けれど体の熱は引いていって、少しすれば匂いも収まった。
「………我輩は、ヒートを起こして、襲われて…」
「ああ、そうだな」
「…見知らぬ一年が助けてくれたんじゃが、体が熱くて、」
なんてことだ。あれ程嫌がってたΩ性の本能に負けてしまうなんて
「欲しくて堪らなくて、でも駄目だって言われて、すごく悲しくて、」
「あー…本能だから、それは仕方ないな」
「…―あやつは、我輩を助けてくれたあれは、誰かのう?」
「………名前は控えておく。さっきまでいたんだが迎えが来ちまってな。伝言だ。手荒な真似をしてすまなかったと」
「…そうか。……あれは、αじゃろ?」
「まぁ、そうだな。」
「ヒートしてるΩを前にして理性を保つとは…番か?」
「あーいや、番は多分いないと思うけど…どうして聞く?」
「………―珍しいから気になっただけで深い意味はない。疲れたんだが、もう少し眠っても良いか?」
「ああ、好きにしろ。ただ部屋を出るときは声をかけてくれ」
眠ると宣言した俺に佐賀美先生はカーテンの向こう側に行き、椅子のきしむ音がした。
もう一度枕に頭を戻せばふかふかとした感触に包まれて、なんとなく左手が唇に伸びる。
「……………」
柔らかく、甘かった。
α性特有の強い香り。ヒートしてるΩ性を前に理性を保つそれは賞賛に値するだろう。後悔するから駄目だやめろと濫りがしく強請る俺を押さえつけた声がまだ頭に残ってた。
「あんなαとなら、」
その言葉の先を言ったら戻れない気がして、目を閉じた。
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