あんスタ

さて、この世に生を受けて知らない者はいないであろうが、この世には性別以外にも人を区別するものがある。

十代後半に入るまでの、大抵は中学生の間に現れるもの。それで人はさらに三つに分けられた。

α性、β性、Ω性

知らないものはいないだろうから詳しくは言わないが、それは男女の区別ほどにしか関わらないこともあるし、人の人生を左右するほど重いものになる場合もある。




入学式を終え、クラスごとに先導され教室に向かう。視線に耐えながら歩けば視界に入った金髪が目についた。

彼も振り返って俺を見ると目を丸くしたあとに笑う。

「紅紫くん!」

『遊木くん、久しぶりだね』

ぱたぱたと足音を立てて逆流してきた彼は俺の横に並んだ。

「わ~!ほんと久しぶり!紅紫くんもここに来たんだね!心強いよ~!」

ふにゃりと笑った彼は俺と同じクラスらしく、それにまた嬉しそうにする。気づいたら最後尾になってた俺達がクラスに入ればまた視線が集まって遊木くんが少し俺の後ろに下がった。

振り向いて遊木くんに笑ってから姿を隠すように歩いていき黒板にある座席表を眺める。俺は真ん中あたり、遊木くんは窓際らしく別れて席についた。

椅子を引いて座ると向こう側から人影が近づいてきて目線を合わせてきた。

「おはよぉ、久しぶり」

『久しぶり。影片もやっぱりここだったんだね』

「お師さんあるところに俺はいたいんよ。えへへ、これからよろしくなぁ」

ふにゃりと笑った彼はこのためだけに来たらしくゆるい挨拶のあとに離れていった。

影片のお陰で少し楽になった息に安堵しながら電源を切ってた携帯に手を伸ばすと後ろから声が聞こえた。

「いいにおいだねぇ…」

小さいはずなのに舐めずるみたいな声と視線がまとわりついて、振り向くよりも先に息が苦しくなってしまい胸を抑える。小さく、小さく、不自然にならないよう息をして、携帯を握った。

スライド式の扉が静かに開いて、そこからスーツ姿の人が入ってくる。眼鏡をかけたその人は見覚えの有りすぎる顔で、どこまで根回しが行われてるのだろう。

「皆さん集まっていますね。これよりHRを行います」

きっちりとしたスーツからもわかるようにきっかりとした性格のその人のおかげで空気が変わり息が楽になる。

始まったHRでは自己紹介と簡単なオリエンテーションが行われ、ここから一時間の昼休憩の後に部活動紹介が行われるらしい。

食堂に行ったり持参した弁当を食べたり、人によっては購買に向かう人もいるらしく俺は指定されてた裏庭に向かおうと席を立った。

「少し、手伝ってもらってもいいですか?」

担任になった椚先生が俺を呼び止める。見るに特に多く荷物を持ってるわけでもなさそうだったからカモフラージュか。差し出されたファイルを受け取り歩き出す。

「上手い呼び出し方が分からずすみません」

『いえ、お気になさらないでください』

職員室が見えてくる廊下は人気も少なく、ようやく纏わりついてたいくつもの視線が剥がれた。

『それで、いかがないましたか?』

「少し貴方にはお話しておこうと思いまして。こちらへどうぞ」

開けられたのは資料室と銘打たれたその部屋は文字通り大量のファイルが置かれていて、部屋に入り扉をしめた。

「どうぞかけてください」

『失礼します』

促されるまま組み立てられたパイプ椅子に腰掛ける。少し離れたところにある机の前でたった彼は指先で眼鏡を直して息を吐いた。

「貴方がここに来ることは正直波紋以外のなにものにもならないでしょう。今、この学園は腐敗し崩れる手前です」

ゆっくりと机に腰掛けた彼は普段のその人を知る人なら誰もが驚くだろう。

「…貴方は特別ですから、今まで以上に気をつけてください。決して一人にはならないように。信頼できる人以外と二人きりにならないこと。何かあったら必ず連絡を」

『はい』

「それと、この鍵を君に。もしなにかあったら使ってください」

『使う場面が思いつきませんが…ありがとうございます』

頷いた俺に微笑んだその人と別れる。すっかり遅くなってしまったけどまだなんとか待ち合わせには間にあうだろうか。

記憶を探りながらここから待ち合わせ場所までの道を探して廊下を進む。ふわりと甘い匂いがして息が詰まった。





「はな、せ!」

抑えられた両腕、両足は全く動かない。体が熱くて力が入らないことも手伝ってるのか俺を取り囲む三人を振り切ることができない。

「あばれんなって!」

「やば、すんごいにおい」

俺が迂闊だった。まさか、予定より早くヒートが来るなんて

抑制剤が全く効いてないのか三人のうちの一人が俺のシャツを割いた。

「っ我慢できねぇ」

「ははっ!まさかアンタがΩだったなんてな」

舌が首筋を這っていく。ぬるりとした熱が気持ち悪い。

「やだ、いやだ、やめて」

嫌悪感と熱から滲み出した涙に視界が歪んで、そいつらは熱に侵された顔で笑った。

「ははっやなこった」

「アンタがオメガなのが悪いんだよ!」

決定的な言葉が俺を打ち砕こうとした瞬間、俺のズボンを脱がせようとしたそいつが吹き飛んだ。同じように横にいるやつと後ろにいたやつも硬い何かを頭にぶつけられ吹き飛ばされ、流れるように俺の腕が掴まれる。

ぞわりとそこから走る熱と、腕を掴むそいつの匂い。それに反応して更に濃くなった気がする俺からの匂い。

こいつ、α性か

「っ、だれ、」

「うっ、待ちやがれ!」

「横取りすん気か!」

慌てた後ろからの声を無視するように走り出したそいつは思ったよりも強く俺の腕を握っててつられて俺も走りだす。

熱に侵された頭と体じゃ走りづらくて仕方なかったけど後ろから聞こえてくる喧騒にだけは捕まりたくなくて必死に足を動かした。

入り組んだ廊下であいつらを撒くように走るそいつはいくつか曲がった角の先にあった扉に鍵を刺して俺を連れ込むとさっさと扉を閉め、鍵をかけた。そのまま俺の腕を引き少し奥にあった椅子に座らせられた。

「はぁ、はぁ」

すっかりと上がった熱。下半身が匂いに反応してるのか分泌された液体でべたべたしてて気持ち悪い。

『大丈夫ですか?』

俺と目を合わせるためにか膝をついたそいつの胸元には赤色のネクタイが締められていた。

声だけで脳が溶けるような感覚に陥る。強く俺の中のΩが疼いて、手を伸ばしてしまった。

「あつい、助け、て」

『っ、落ち着いてください』

α性であろうそいつは眉間に皺を寄せると目を逸らして俺の肩を押す。

『…ヒートですね、薬は?』

「効かな、くてっ、熱い、早く」

『少し待っていてください、今薬を持っていないか連絡を取りますから。えっと、失礼ですが名前は?』

「―さ、くま…れぃ」

『わかりました』

携帯を耳に当てたそいつは俺から目を外す。α性ならば相当この空気はきついはずなのに顔色を変えずにいて、それがこいつを信用したる人間だと判断した。

こいつが、俺の運命だ

そう思った途端、届いたαの香りが思考を焼き切った。



教えてもらったばかりの連絡先を呼び出す。すぐに電話に出てくれたその人に息を吸った。

『緊急事態です。ヒート状態の方を保護しました、薬が効いていないようで名前はサクマレイさん、今二人で立てこもっ―…っ』

伸びてきた手が俺ベルトを引き抜こうとバックルを触った。

「はやく、はやく」

とろりと目が据わって、今まで嗅いできた誰よりも甘く強い。脳みそが殴られたようにぐらつきそうになって唇を噛んだ。

『っ、借りた鍵でどこかの準備室にいます、すみません、早めにお願いします』

携帯を切ってスマホを近くに置いて、空いた両腕でその人の肩を押さえつける。

「なんで、なんでっはやく、はやく、熱い」

『駄目です、落ち着いて!絶対に後悔します!』

「やだ意地悪しないで、お前の子供がほしいっ」

ぶわりと更に強くなった甘い匂いが俺を揺さぶってくる。薬が本当に効いてるのか不安になるくらいこの人の匂いが甘くて鼻が馬鹿になったのかもしれない。

それを見計らってか一瞬腕の力が弱まったときにぐっと腕に力が込められ馬乗りになられた。

そのまま唇がぶつけられる。余計強くなった甘い匂いと塞がれた口に息が苦しくなる。息を求めて開いた口にその人の舌がもぐりこんできて、熱いそれは俺の口内で唾液を混ぜて呑み込んだ。

「ん、はぁ…俺を…愛して」

紅潮した頬と甘い匂い。身じろいだその人の下腹部にあたる硬いそれ。中てられそうになってるのか思考が揺らついてしまい、その間にベルトが引き抜かれた。

「好き、好き、愛して」

『っ、駄目だって、やめろ』

身体を起こそうにも腹の上に乗られてるせいで力が入らない。それでも体を軋ませながら無理やり起き上がれば上がった息がこぼれた。

「ん、ふぅ、愛してる、好き」

『っ、』

間近で向き合うことになってしまい、腕が首に回され腰が擦り付けられる。Ωのヒート時の匂いは、αを誘惑する作用があるけれど、この人はあまりにも匂いが強い。

「ねぇ、子供がほしい」

『っ、ふぅ…』

息を整えようにも間近すぎる甘い匂いがどうしても鼻に入ってしまい思考が更にぐらつく。

『さ、くまさん、おちついて』

「なんで?」

『それは、』

生来のものなのか赤色の瞳が涙と熱に揺れてる。伸びてきた手が首に回って唇がまた塞がれた。

開いてる口にまた舌が入ってきて絡められる。熱いそれは甘く、ぬるりとした感覚に背筋がぞくぞくとして、甘い唾液を飲み込めば腹の中から熱が広がった。

「ん、ふぅ、」

鼻を抜ける声に劣情が煽られるから手を伸ばして彼の少し長い黒髪に触れる。毛を撫でればふわりと甘い匂いがまた届いて頭がおかしくなりそうだ。

「ん、」

『さくま、さ…ん…』

唾が離れたばかりの唇の間に繋がって、重力に負けて落ちる。

やばい、このままじゃ、やばい
また取り替えしかつかないことになる

頭の中に信号が響いて唇を噛んだ。

『、すみません』

「っ、な!」

肩を押して突き飛ばし、床に転がったその人の腕を掴んで裏返す。腕を背に回して押さえつければばたばたと藻掻かれた。

「痛、っなんで!なんで!」

『ごめんなさい、駄目なんです。後悔しますから』

「やだ!やだ!」

「紅紫くん!ここですか?!」

外から聞こえてきた足音と声に思考が引き戻された。

「離して!愛してっ!」

『っいます!かなり不味いです!』

「わかりました、開けます!」

鍵か回されて扉が開けられる。開かれた扉に風が吹き込んできて肌を撫でた。いつの間に剥がされたのか、ワイシャツのボタンが取られてたらしい、腹や胸が寒い。

俺がその人を押さえつけてることに一瞬固まった先生はすぐに手袋をつけた手に持った布を暴れるその人に押し付けた。

「ぐ、っ…ぅ…」

小さく声を漏らしながら力が抜けていったその人の足がパタリと床に落ちて、俺も手を離し立ち上がる。

「驚きました…本当に彼がヒートを起こすなんて…」

ぐったりとしたその人を転がして仰向けにさせると晒された白い肌が目に毒で、先生でさえ一瞬目を逸らしたから上着を脱いでかけた。

『先生、助かりました』

「…いいえ、こちらこそ。彼が無事なのは君のおかげです、ありがとうございました。……彼を保健室まで運びます」

『手伝いますね』

ぐったりとしたその人を抱えあげる。甘い残り香がして息を詰めそうになったから唇を噛んでから椚先生の後ろについて足を進めた。


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