あんスタ


私立夢ノ咲学園は国内有数のマンモス校である。在校生は全学科合わせて4000人をゆうに超え、学科も多岐に分かれる。その中でも特にこの学園が有名な理由となっているのがアイドル科であり、文字通り、アイドルを育成する学科だ。



イヤホンをつけながら道を歩く。周りには同じような制服を身につけ歩く学生がちらほら見られ、赤色のネクタイが目立った。ちくちくと刺さる視線に飲まれそうになる。

少し早めの歩調で足を進めていけば指定された学校に近い場所にある広場の木の下、そこに青色のネクタイをつけたその人がいた。

「しろくん、遅い」

指定された時間にはまだ20分はあるのだけど、相手のほうが早く来ているんだから待たせたのに違いはない。

イヤホンを外して三歩ほど離れた場所で足を止めた。

『お待たせしてすみません、おはようございます』

「…まぁ、俺も今来たところだから別にいいけどねぇ」

結っていた唇を緩めて目尻を下げながらイヤホンをボケットに仕舞い、顔を上げると俺の格好を足元から頭の先まで見上げふーんと緩く笑う。

「初々しいねぇ」

相手と違い、赤色の俺のネクタイの結び目に指先を押し付けた。

「アンタ、これから大変だよ?」

『はい、承知の上です』

「無理はしないこと」

『はい』

「本当にわかってんの?」

『大丈夫ですよ』

「…………」

ぐっとネクタイを引っ張られ、息が詰まりそうになるから腰を折り屈めば頭に手を乗せられた。無遠慮に髪を乱すように頭が撫でられる。

「アンタの“大丈夫”は一番信用ならないから、何かあっても何もなくても、必ず俺に連絡しな」

ぱっと手が離れ、曲がってしまったネクタイを直しながら姿勢を戻した。

『…ありがとうございます、泉さん』

「ふん」

ぎこちない声援。鼻を鳴らした彼に表情を緩めればどんっと後ろから衝撃が走る。

ふわりと草みたいな匂いがして、ブレザーとその下から覗くジャージ、小さな手が見えた。オレンジ色の髪をゆらしてにっこりと笑った彼は両頬の前にピースを作って見せる。

「うっちゅー!」

「はいはい、うちゅー」

『お久しぶりですね』

「おう!二人とも早いな!」

朝から元気なその人のブレザーと髪に草がついていることが目について払うため手を伸ばした。

どうにもどこかでまた寝転がってらしい

『あまり無防備なのはよくありませんよ』

「わはは!霊感が湧いてきてな!一曲できたぞ!」

「全く、これだから王様は…」

頭が痛そうに抑えた泉さんに月永さんは楽しそうに笑って、俺の服を見て目を輝かせた。

「腹が立つくらいに似合ってるな!」

『ありがとうございます』

「イケメンだなー!」

『よく言われます。…はい、取れましたよ』

綺麗にしたついでに皺がついて少し寄れてるブレザーも直しておく。いくらか整った制服に息を吐いた。ついでに携帯を見ると待ち合わせていた時間からそれなりに時間が経っていて人が増えてた。

『あまり人が多いと動きづらいですし、向かいませんか?』

「そうだねぇ」

「えー?もう行くのか?」

『入学初日から遅れたくありませんから』

「アンタも稼げるときに出席数は稼ぎなよぉ」

俺と泉さんに押されて渋々歩き始めた月永さんは十歩も歩けばもう嬉々として歩いてる。学園に進むに連れ、先程よりも増えた学生の目がこちらに向けられて息苦しい。少しネクタイを緩めて息をすればブレザーの袖口が引かれた。

「無理なら言えよ?」

月永さんの少し眉間に寄った皺を目視してしまいゆるく笑む。

『いえ、まだ平気です…でも、ちょっとだけ、いいですか…』

「おう!」

ぱっと広げられた両腕は無視して少し身を屈め月永さんの首筋に鼻を寄せる。金木犀のようなほのかな甘い香りが鼻孔をくすぐって、息が落ち着いた。

『すみません、ありがとうございます』

「気にするな!」

「終わったならさっさと離れなよね。目立つ」

人目よけをしてくれてる泉さんの声に体制を戻して歩き始める。

見えてきた塀とその向こう側の校舎。集まって仕方ない視線に両サイドの二人はそうだと言葉をこぼして俺を見た。

「しろくん」

「入学おめでとう!」

「地獄へようこそ」

笑った二人に俺はありがとうございますと返し、校舎の中へ足を踏み入れた。

二人と別れ新入生である俺は事前に指定されてた講堂に向かう。校内図で確認しておいたそこに入ると俺と同じように赤色のネクタイをつけている人がおそらく全体の半分ほどいて、視線が刺さった。

見られていることに反応しないよう入り口すぐにあった受付に顔を向けた。

『おはようございます』

「…ふむ、おはよう」

そこにいたその人は眼鏡を直すと名簿に視線を落としてから横にあったA4ほどの紙袋を渡される。

「入学おめでとう。君の入学を歓迎する、紅紫はくあ」

『ありがとうございます』

頭を下げて指示された席を探す。映画館のように列ごとにアルファベットが振られ、左から数字が振られてる。Kの35。全体的に見ても真ん中の位置にまだあまり人が座っていなかったからあっさり座って、渡された紙袋の中を覗いた。

入学式の段取りから始まり、クラス分け、校則などが入ってるらしい。待ち時間が暇で校則を取り出し広げた。

学園の開放時間、食堂やレッスン室の使用方法。部活動の一覧などページをおくっていくと後ろの方に第二性における対処と項目が掲げられていて目を細めた。

ざっと目を通したあとに小さく息を吐いて袋にしまう。

どうにも突き刺さる視線と混ざった匂いに息が苦しくて、俯いて胸元で手を握った。

大丈夫、大丈夫

「なに、気分でも悪いノ?」

不意にかけられた声に顔を上げる。赤色に白の筋が入った、左側だけサイドが長い特徴的な髪型。琥珀色の瞳は澄んでいて純粋に俺を見つめてた。

『ううん、ごめん、大丈夫…ちょっと人に酔ったみたいで』

笑顔を繕ってみせれば俺の顔を見て彼は目を丸くし固まる。わなわなと唇が動いた後に目を逸らした。

「…なんでこんなところに…―ごめん、何でもないヨ。大丈夫ならいいンダ」

目を逸らして恐らく席なのだろう俺から四つ離れた席に座った彼は携帯を触りはじめ、俺も同じように携帯を取り出す。予定開始時間まではあと十分以上あるものの人が集まり始め人口密度は高くなってた。

時間の確認のため取り出したけど、良く考えればまだあの人に連絡してない。短めに着きましたとだけ入れて送っておく。そのままついでにニュースをいくつか見て時間をつぶしていれば室内にアナウンスが響いた。

「間もなく式が始まります。開場にあたりまして、注意事項を―…」

先程受付にいた人とは別の、目元に泣きぼくろのあるその人はゆっくりとした口調で言葉を並べていく。促され電源を落とした携帯をポケットにしまった。


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