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僕の学園遊戯
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どろりどろりと空気が重みを持って淀む。
沈んでいく空気にとどめを刺したのはやっぱり明石だった。
『お世話になりました』
見慣れた藍色は赤色に、双子だと言っていた通り赤司そっくりな容姿で笑いするりと俺達の間を縫って出口をくぐる。
「や、待って、待ってください!」
ぼろりと涙を落として急に振り返った鳳は勢いのあまりバランスを崩し松葉杖ごと床に倒れた。
大きな音がしたけど明石は振り返ることなく、真新しい白いブレザーと赤い髪をしまった扉が遮る。
やけに大きな音を立ててしまった扉に皆が声を失って、がんっと大きな音が響いた。
「…跡部」
自由な右腕がきつく握りしめられ拳をつくり机を叩きつけてる。
「くそっ」
「待って、待ってください、」
「鳳…」
蹲って泣きじゃくる鳳を痛ましげに見つめる岳人、息を吐いた宍戸。
拳を叩きつけてから微動だりしない跡部は俯いてて何を考えてるのか検討もつかない。
じくりと痛む右目を眼帯越しに抑えた。
届かぬ祈り、はるかとおく
『明石です。――から来ました。特技は話術で部活はまだ決めてません。同じ出身校がいないので仲良くしてくれると嬉しいです』
よろしくお願いしますと締めくくりぺこりと頭を下げたその明石とやらは出席番号の関係で一番最初に自己紹介をしたためなんとなく覚えてた。
切り忘れてるのか伸ばしてるのか、少しばかり目にかかる前髪と黒ではないけど藍色みがかっていて暗く、口調や落ち着いた声色と相まって重たい印象を受ける。
垢抜けたやつばかりではないにしても、どこか浮いてた。
「明石くん」
なんとなく、好奇心から。
あえてそれらしい理由をつけるのなら俺も同じ出身校がおらず一人になるのを避けるため。
「次移動らしいな?」
鞄に配られたプリントを丁寧に折りたたんでた明石くんは顔を上げ、俺を不思議そうな目で見てた。
『…そうだっけ?』
首を少し傾げた拍子に髪がサラリと流れ前髪の隙間から赤い目が覗く。
浮世離れした澄んだビー玉みたいな目が印象的だった。
「さっき担任が言っとったで」
『ほんと?危なー、ありがとうね』
第一印象と違って、随分と柔らかく笑うやつだ。
かばんを机の横にかけた明石は立ち上がる。意外と背は高めらしく、俺よりほんの少し目線が低いだけだった。
「ほな、行こか」
『どこだっけ?』
「地歴室。1階に地図とかぎょーさん置いてある部屋あったやろ?」
人も疎らになった教室を出て廊下を歩く。一斉移動なわけではないから混み合ってるとまではいかない廊下を進んでいけば小走りで隣に明石が並んだ。
「ここやな」
一つ下の階に降り、隣の棟に移ったところで見つけた部屋の扉を開ける。
先に来た奴が多く、俺達は最後の方だったらしい。来た順に詰めて座るように促され最後尾のテーブルについた。
ちょうどチャイムが鳴り、スライドを見るらしく冊子が回され明かりが少し落とされる。
とんとんと右隣、机が控えめに叩かれ顔を上げると明石が小さな声を出した。
『えっと、ほんとにありがとうね。しのびあし…あ、忍足くん、かな?』
名前を書いたばかりのプリントを見つめ首を傾げた明石に、これは珍しいと頷く。
「忍足であっとるよ。自分よう読めたな?」
『たまたまだよ』
生きてきてこのかた、苗字をきちんと呼ばれたことは事前に知っていた者と同じ名前のやつ以外いなかった。
知り合いに同じ名前のやつがいるのか、博識なのか、判断はできないが興味が出たのは確かだ。
『忍足くんいなかったら危うく遅刻するとこだったよ、本当にありがとう』
「律儀やな、そないに気にせんでええよ」
ゆるく口角を上げた明石に笑って返せばまた謝礼を口にした。
ちょうど準備ができたらしく前のスクリーンから音が聞こえ始めたことで俺達は前を向いて耳を傾ける。
さして面白みもない構内案内の映像に欠伸を堪えて、なんの気無しに目を隣に向けると明石は物珍しかったのか目を輝かせては一つずつに驚いたようで表情を変えてた。
どこのおのぼりさんなんやろ
このつまらない授業が終わったら、まずは出身地について聞いてみようか。
文武両道を掲げる氷帝学園は部活所属は必須だ。
授業を終えてそのまま帰ろうとしていた明石をなんとなく捕まえる。
「明石くんまだ部活決めとらんてゆーてたよな?」
『うん。たくさん部活あるみたいだから何がいいのかわからなくて。それにここって持ち上がりが多いでしょ?』
付け加えられた言葉にああと納得がいった。
坊っちゃん校の特色なのかはしらないが、小中高と一貫校のこの学園は都内屈指の名門校であるためスポーツ推薦や学力推薦も多く、俺も明石もそうだから忘れてたが外部生と持ち上がりは3:7くらいの割合だ。
『僕は外部生な上に知り合いもいないし、どの部活も盛んすぎて馴染めるか…ちょっと困ってるところ』
見た目通りと言ったらいいのか、すこしばかりマイナスな台詞に何故か納得してしまい明石の肩を叩く。
「なら俺と一緒にテニス部見にいかへん?」
きょとりと赤い目を丸くした明石は一瞬目線を逸らした後にうなずいた。
『テニスやったことないから、見学だけになるかもしれないけど…一緒に行きたいな』
ゆるく笑んだ表情はどことなく幼くて同じ歳のはずなのに庇護欲がそそられる。
「よしきた、まかしとき」
二人で地歴室を抜け出す。拍子にリュックを背負い直してみせると首を傾げた明石が目を瞬かせた。
『そっか、その大きいリュックってラケットか入ってたんだね』
「今更やな」
言葉を交わしながらふと、明石を見据える。
藍色の髪の下、揺れて開けた首筋やら顎やらを覆う肌は日焼けにくいのか白くテニスなんて世辞でもなく言ってた通りしたこともなさそうだ。
もし、明石がテニス部に入らなかったとして、
「あっちみたいやな」
『テニスコートたくさんあるみたいだね』
「どない強いやつおるのか楽しみや」
『忍足くんほんとテニス好きなんだね?』
この掴めない、抜けてるやつが友達になったのであれば、この笑顔が曇らぬよう
「……せや明石、もし良かったら明日のお弁当一緒に食べよか」
『ん?うん、食べよ、食べよ』
一期一会、合縁奇縁だと思いながら、大切にしていこうか。
ぱんっと大きく響いたテニスボールの音に隣の明石は驚いたように肩を跳ね上げたのに、目を輝かせてた。
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