あんスタ(過去編)


【紅紫一年・晩冬】


『大丈夫、大丈夫』

まるで絵画みたいだと思った。

寄り添うセッちゃんも、抱きとめる紅紫も、儚くてそのまま消えてしまいそうなくらい脆い。穢れの一つも知らなそうなのに、どこまでも深い闇に包まれているような二人は、見ているだけで寒気と吐き気がした。

「…いなくなるなんて…許さない」

『大丈夫、ちゃんと俺はここにいますよ』

「……ずっと?」

『ええ、貴方が望むのなら』

掃除されることも少なく、換気の回数も少ないから空気中に舞ってるほこりが目視できて、光にあたりきらきらと輝いては二人を彩る。

重いようで繊細な、ドロドロとしているのに薄氷の上のような心許無さを覚える空間。

背中に回した手で一定の感覚、リズムで背を叩く紅紫にセッちゃんのまぶたはどんどん落ち四肢の力が抜けていってる。

このまま眠るかと思った。不意に、セッちゃんの右手が紅紫の制服を握った。

「…しろくん」

『なんですか?』

「つかれた」

その単語を耳に入れた瞬間、泣きそうになった。

目を細めた紅紫は俺と違って息を乱すことなく、さっきよりも腕に力を入れて抱き直すとセッちゃんの柔らかい毛に触れる。

『そうですね…。俺も少しつかれました。…今度、ゆっくり休みましょうか』

あくまでもセッちゃんを落ち着かせるためだけに、それ以外は考えていないような柔らかい声。

「…今度って…いつ?」

それに気づいているのかセッちゃんは再び微睡みながら紅紫にもたれ掛かった。

『いつがいいと思いますか?』

「……明日、アンタ仕事?」

『ふふ、ありませんよ。知ってるでしょう?』

「うん、聞いただけ。…今日しろくん家泊まるから明日は休みね」

『わかりました。そうしたら買い物して帰りましょう』

どこか楽しそうに弾ませた声の紅紫にセッちゃんの重くなりかけてた瞼が開かれてアイスブルーが鈍く輝く。

「なにつくるの?」

期待の混じった声にこんな声を出すのかなんて驚いてしまう。けれど紅紫は戸惑いもなく髪をなで続けてた。

『そうですね…休みなんですから、好きな物がよくありませんか?』

「…エビチリ食べたい。ちゃんと海老も揚げてソースも甘くていっぱいかかってるやつ」

『はい』

あのストイックでご飯を食べるにしてもサラダとかそばとかカロリーがなんちゃらと口煩いセッちゃんから飛び出した料理名に目を丸くしてしまう。

「ちゃんとうずらの卵もいれてね」

『もちろんです』

それでも紅紫は取り乱さないからそんなに珍しいことでもないのかもしれない。俺の知ってるエビチリとなにか違う気はするけど、リクエストに頷く紅紫にセッちゃんはふふっと笑った。

「早く休みにならないかな…」

小さい子どもが土日を待ちわびるみたいな、心の底からの願望を告げる無邪気な声に心臓が握りつぶされそうだ。

無意識のうちに胸の上で手を握っていたらしく、手のひらに爪がささって痕を残してる。

落ち着こうと息を吐いて吸えば少し埃臭かった。

「ねぇ、デザートも食べていい?」

聞こえてきたセッちゃんらしからぬ台詞にまたも目を丸くしてしまう。

『それは休みまで頑張れたらいいですよ』

さっきとは違い簡単に頷かなかった紅紫はセッちゃんの毛先を指にからませて微笑んだ。

『あと五時間だけ、貴方は“Knightsの代理リーダー瀬名泉”として生きてください』

「ただの瀬名泉じゃ、だめなの?」

『はい、あと五時間だけでいいんです。そうしたらデザートも好きなものを食べましょう?久しぶりに、一緒にケーキ作りましょうか』

言い聞かせるように柔らかな言葉をかけてから指を解いて髪を撫でる。

「ん」

目を細めたセッちゃんは気を許した猫みたいに小さくなって、今までよりもぴっとりと紅紫にくっついた。

「あとどれくらいで休み時間終わる?」

『20分くらいですね』

「…10分だけ寝る」

『わかりました』

「ちゃんと起こしてね」

『はい。おやすみなさい』

瞼を下ろしてほんの少し、場所を探すみたいに身じろいだセッちゃんはぴたりと止まった。本当に寝たのかはわからないけど、お互いになにも声を発さない。紅紫が一定の間隔でセッちゃんの頭を撫で続けてなければ時間が止まったような錯覚さえした。




「セッちゃんってどう息抜きしてるの?」

「はぁ?」

「疲れた時とかの息抜き方法とか、俺あんまり知らないからどうやってるのかなぁって」

訝しんだ目が俺に突き刺さってるけどへらりと笑って見せれば眉根を寄せたセッちゃんは息を吐く。

「……好きなもの食べたり、お風呂はいったり、音楽聞いたり、寝たりすればぁ?」

「セッちゃんはそうしてるの?」

「…たまぁにねぇ。そもそもそんな疲れて休みたいなんて思うことないから。もっと気を引き締めなよ」

「ふぅ~ん。セッちゃん、今度中華食べいこ」

「はぁ?中華なんてカロリー高いものが多いんだから嫌に決まってるでしょ、ばっかじゃないのぉ?」

「じゃあケーキ」

「なに、アンタそんなに俺に恨みがあるわけぇ?」

射殺すみたいな目に冗談だよと笑えばぷいっと顔ごと視線が外れた。


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