あんスタ(過去編)
【紅紫一年・睦月】
喧騒から少し離れたガーデンテラスは季節通り風は冷たいが晴れた天気と差込む太陽光のおかげで暖かかった。
花は全く咲いていないけど手入れはされているのか雑草の見当たらない庭を見つめていれば草を踏みしめる音がして、視界に白く長い髪が映った。
「貴方は昔からそうして眺めていますね」
目を細めて俺を見るその人の結ばれなくなった髪が風により舞う。同じように、彼よりも短いといっても俺の毛先も顔にかかって邪魔になるから一度右手で押さえた。
『眺めていては…駄目ですか?』
「いいえ?…―ただ、貴方は主演になりたくはないのかと思いまして」
じっと見られているのは感じているけど視線を向けず、瞼も下ろしてすべてを遮断する。風に揺られる木々。ざわつく葉の音だけが聞こえて心が落ち着いた。
『僕はそんな大層な人間じゃないですよ』
「…―貴方が目をそらしているだけでは?」
『…なのかもしれませんね。でも、もし僕が主演になり得る人間だったとして…今、目をそらしている時点で失格ですよ』
目をあければさきほどと変わらない庭園が広がっていて、俺達の声以外なにも響かない。あまりの人気の少なさに最近は人に囲まれすぎてたからか寂しさを覚えた。
「随分と小心なのですね」
『ふふ、手厳しい』
あまり接点のないはずのこの人はどうしてか俺の心をえぐっていくような言葉ばかりをかけてきて、“日々樹渉”という存在をはかりかねる。
そもそもこの人はこんなところで何をしていたのだろう。
じっと見つめていると彼は真面目な目つきのまま息を吸った。
「私は彼らと違い、貴方を求めることはきっとありません。しかしながら、彼らのためとあれば貴方のちからになることは躊躇いませんよ」
『……―そうですか』
じっと俺の目を覗き込んでたチャロアイトみたいな目は瞬きをした間に弧を描く。
「ということで私の連絡先を入れておきました!なにかありましたらご連絡下さい?…まあ、お返事するかどうかはその時によりますが!」
『はあ、今までの空気はなんだったんですかね…一応、ありがとうございます』
いつ取られたのかもわからない俺の携帯電話が手に返ってくる。気の抜けた返事をしてしまったあとに携帯に目を落とす。中には日々樹渉と新しく登録が入っていて、フルネームでの記載がなんとなく意外だった。
「機会がありましたらよろしくお願いします!」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
なんとなくお互いに右手を伸ばして握手をかわせばその人の手は暖かくて、風により肌寒さを覚えてたから心地よかった。
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