あんスタ(過去編)
【紅紫一年・冬】
“『俺と、遊びましょう?』”
にっこりと嗤って俺の体を無理やり暴いたそれは同じ人間だと思えなくて、悪魔かなにかだと思った。
教示を求められていたときでも、生徒会長として祭りたてられてたときでも、それなりに邪な目を向けてくるやつがいなかったわけではないし、海外に飛んでる間に言い寄られたことも少なくはない。けれどどれもうまくやり過ごしてきたし、もちろん自分から誘ったことだってない。
なのに、
泣いたことで目は腫れてしまい目立って仕方がなかった。
誤魔化しようがないからそのまま棺桶の中に一日篭ろうと思ったけど、まぶたを閉じれば昨日のことを思い出してしまって眠りにつくこともできない。
仕方無しに棺桶からはいずり出て人の目を避け移動する。よく聞くような、腰などに痛みはなかったけど、運動をしたあとの何倍も体がだるくて重い。ゆっくりと移動を続けていれば不意に進行方向にある扉が開いて、水色の髪が揺れた。
「れい」
ぴょこんと頭頂部の毛先をゆらして笑った奏汰くんは俺が何か言葉を返すよりも早く俺を横抱きにして抵抗する間もなく部屋に連れ込まれた。
「か、かなたくん?!」
「ようこそ『かいようせいぶつぶ』へ~」
こちらの意見は総無視に、ソファーに丁重に座らせられて今お茶を用意しますと冷蔵庫に向かった。
薄暗い部屋の中は水槽のランプだけが光源のようで淡く水色に光ってる。先程歩いてきた廊下とも棺桶の中とも違う、どことなく異世界に紛れ込んでしまったような感覚。
「どうぞ」
目の前に差し出されたペットボトルのお茶に小さく礼を返して受け取れば冷えていて手のひらの熱を奪っていった。
それが気持ちよくて少し堪能していれば視線を感じて顔を上げる。
「ふふ」
にこにこと笑ってる奏汰くんが斜め向かいに座っていて、彼の手元には同じペットボトルでも水が入ってた。
どうにも嬉しそうなその表情につられて表情が緩んだ。
「…なにか良いことでもあったのかえ?」
「はい!れいとあえました♪」
まるで人生二度あるかどうかみたいなことに対して喜ぶようなその物言いに、気恥ずかしさを覚えて目をそらしてしまった。
「……我輩も奏汰くんと会えて嬉しい」
「ふふ♪『ひさしぶり』ですもんね♪」
しあわせですと微笑んでからペットボトルを机においてその隣にあった携帯に手を伸ばした。我輩と同じく電子機器が苦手なはずの彼が慣れた手つきで操作してる。手に持った薄型のそれはスマートフォンに違いがないけど、以前見たのは薄い水色だったはずなのに収まったそれは濃いピンク色だ。
何故かそれが気になってしまって、気づけば言葉がこぼれてでいた。
「ふむ?携帯を変えたんじゃな?」
「…―、」
一瞬を息を飲んだ気がして、奏汰くんらしくないその行動に違和感を覚えたけど声にするよりも早くいつもの、ゆるい笑顔を繕った。
「よく『みず』にいれてこわしてしまうので、『これ』はよびの『けいたい』なんです~」
「ほう、話題の二台持ちというやつじゃな」
「はい♪」
買い替えたわけではないから答えに迷って固まっただけなんだろう。さっきの違和感の答えに一人で頷いていれば両手で持ち触れていたスマートフォンをそうだ!なんて口にしながらポケットに入れた。
「れい、『ごはん』はもうたべましたか?」
ここ最近食事なんて意識した覚えもなくて、不意に出された言葉と昨日の疲れからか腹が思い出したように空腹を訴え始める。
「…―食べて、おらんよ」
「それならいっしょにおさかなたべませんか?」
持ってきてくれるんですよなんて笑った彼に首を傾げる。いつから食堂は出前を始めたのだろう。そんな話聞いたことがなかったが俺がひきこもってる間に変わったのか。
「おさかながいいですか?おにくがいいですか?」
「………―うむ、そばかうどんがよいのう」
「あたたかいのにしておきますか?」
「そうじゃな。頼む」
「わかりました~」
嬉しそうに笑って携帯を片手にした彼は指を動かしてなにかを入力してる。出前はネットで注文するのだろうか
手に持ったまま忘れてたお茶を飲む。表面に汗はかいていたけど中は冷たく、喉を通ると少し痛んだ。そういえば昨日は叫んだような、咽んだような、そんな気がする。
体は暴かれたのに最後まで触れることのなかった唇に指を伸ばせば、ぴりっとした痛みを感じて、噛み締めた時に切ってしまったのかもしれない。そういえばあまりにも俺が唇を噛むから途中から指を突っ込まれて、だいぶ強くあれの指を噛んだ気がする。滲みだしてた血が美味しかったなんてたとえ追い詰められてたからだとしても認めたくない。
口元に力を入れると歯が軋んだ。
「……―んでしまえ」
「なにかいいましたか?」
携帯から顔を上げて首を傾げてる奏汰くんにはっとし、なんでもないように笑う。
「言い忘れてしまって…七味は抜きでお願いできるかの?」
「えっと、だいじょうぶだとおもいます。『つたえて』おきますね~」
また視線を落とした彼に、気づかれなかったことに小さく息を吐いて、胸の中に育ち始めた黒い感情を飲み込もうともう一度お茶を飲んだ。
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