あんスタ(過去編)
慣れないステージに立って、散々たる俺らの舞台は幕を下ろした。そのときにお師さんはなずなにぃと俺と、たしかに、笑っていたはずだ。
『この人は修繕に時間がかかる』
それなのに、それなのに、終幕後、天祥院英智に呼び出されていたはずのお師さんは何故かぐったりとして戻ってきて、隣に居たそれはなにもかも悟って呑み込んだあとみたいな優しい目で俺を覗き込む。
『だからその間、君は軍資金を貯めて、いつあの人が動き出しても問題がないように準備するんだ』
逃げても、見放してもいいけど、君自身は決して折れてはいけない。腐っても駄目だよ。と告げられてなんとなく、お師さんは綻びてしまったのだと気づいて、当の昔に枯れたはずの涙が溢れだせば困ったように頭を撫でられた。
【紅紫一年・秋】
数日経っても戻らない生活に対して異常を普通と、現実を逃避することに成功した俺は教えてもらった校内アルバイトとやらで学園内の通貨を集めることにした。
なんや種類があるそれは衣装の洗濯やら食堂の皿洗い。時にはライブの裏方なんていうのもあって選ぶのに困らなそうではあったけどお賃金はライブをするのに比べたら少ない。
朝から長ければ夕方までアルバイトをしてからお家に帰りすっかりと閉じこもってしまったお師さんと顔を合わせる。
「あんなぁ、お師さん、今日のアルバイトでかわいいぬいぐるみみっけてきたん」
一日にあった出来事を話して、返事どころか反応があることも少ないけどそれだけで満足だった。
だってお師さんは死んでへんから
お師さんとのお喋りを終えてご飯を食べ、お風呂に入り布団に潜り込む。忘れないうちにと携帯をとりだした。
一日の終わりか次の日の起きてからに報告と行動をメールで送る。お師さんが休んでしまってる今、代わりをしてくれてるのは何故かあの日お師さんを連れて帰ってきたその人で、まるでお師さんと同じように俺を丁重に整えてくれる。
あの日お師さんと彼がなんの話をしたのかなんて俺に知る由もないけど、それを聞く必要性もない気がした。
だから今日もアルバイトをしてお師さんと話して、死なないように生きるのだ。
でも、俺は出来損ないの人形やから生きるのも下手くそで、お師さんがいない今、それは更に顕著になった。
雁字搦めの立場も淀んだ学園内も、息を吸うことさえ難しいここで俺一人が生き延びるなんて至難の業で、そこに“お師さんも一緒に”とは馬鹿な俺にでも自殺するほうがよっぽど簡単だとわかってた。
お師さんを置いて、何故かフラフラしてるなずなにぃはどこに行ったのかもわからないから頼ることもできず、なっちゃんも何かに巻き込まれてるようで最近は見てない。
そもそも生きるのに必死な俺にお師さん以外のものを見るほど余裕なんてあるわけがなくて、ただえさえ不安定な足場で誰かを助けたり手を貸したりなんてできるわけがなかった。
今日も今日とて一日一日、周りが一人二人ずつ死んでいく中で藻掻いて這いずって、どうにも沈んでしまいそうになったときにはそこに助けを求める。
連絡をいれればよっぽどのことがない限り三十分以内に返信がくる。もしくは天文台の外に座ってれば彼の周りが気づいて声をかけてくれた。
今日は連絡を入れるとすぐに返信が来て、指定された空き教室で顔を合わせる。
「…ごめん、どないしたらええかわからん」
『うん。そうしたら―…』
毎回毎回、初めに言ってたとおり、俺が困ってどうしようもなくなったときヒントをくれた。
優しい笑顔と柔らかい声、お師さんと真反対の表情と教え方なのにお師さんより厳しく聞こえるそれはなんでかよくわからない。
丁寧に説かれたそれの最後に理解を示して見せるとぽんぽんと頭を撫でられた。
始まりのあの日、見捨ててもいいと、逃げてもいいと言われた俺は否定も肯定もしなかった。いや、できなかった。
それでもこんな出来損ないの俺が少しでもお師さんの踏み台になればと思ってここにいる。それを知ってるのか知らないのか、どんなに俺が慣れないことで頼っても嫌な顔をしないで導いてくれ、あんな選択肢を与えてきたのも最初のあれ一回きり。以降ちらつかせられたこともない。
それがいいことなのか悪いことなのかは俺なんかじゃ判断はつかなくて、今日も感謝の言葉とともに部屋を出ようとすれば背中に声をかけられた。
『あまり根を詰めちゃ駄目だよ。君は休むのも下手そうだ』
「んあ?どういう…?」
『無理はしないこと。それだけ頭の隅っこに置いておいて』
引き留めてごめんね、いってらっしゃい。背中を押されて首を傾げながら走り出せば、慣れないアルバイトですっかりそれは頭の中から転げ落ちてしまってた。
一日一日と日を増すごとに重くなってく頭のなか。変かもしれないと少し思う頃には遅かったらしい。
朝から重かった体はアルバイト中足を引っ張っていって、なんとか作業を終える頃には目の前が歪んで見える。
『ほら、危ないっていっただろ』
「…ん、ぁ、?」
飛びかけた意識と霞んだ視界。ぐらついた体が何かに支えられて柔らかい声が鼓膜を揺らした気がした。
「まったく、不甲斐ないのだよ」
目を覚ますと怒った顔のお師さんがいて眉間に寄ってる皺に申し訳なくなると同時に、見えた天井が家なことに驚いた。
「おれ…なんでここにおるん?」
「……はぁ、アルバイトが終わると同時に倒れたのだよ。寝不足と過労だろう、と言っていた」
むっとしたお師さんは最近のお師さんとは似ても似つかない、まるで昔に戻った時みたいで元気で強いお師さんだった。
これは夢なのかもしれない
ぼーと顔を見ていれば表情を変えて、お師さんは眉間に皺を寄せながら目を伏せ俺の頭をなでた。
「今は寝ろ。全快したのならアレに礼を言っておけ。運んでくれたうえに介抱していってくれた」
「……ん、はぁい」
俺が知らないだけで体は随分と前から悲鳴を上げてたみたいだ。眠ろうと思って目を閉じればすぐに意識が遠くなってく。
「…すまないね、影片」
寝落ちる直前に聞こえたのは幻聴なのか、とても弱いお師さんの声だった。
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『この人は修繕に時間がかかる』
それなのに、それなのに、終幕後、天祥院英智に呼び出されていたはずのお師さんは何故かぐったりとして戻ってきて、隣に居たそれはなにもかも悟って呑み込んだあとみたいな優しい目で俺を覗き込む。
『だからその間、君は軍資金を貯めて、いつあの人が動き出しても問題がないように準備するんだ』
逃げても、見放してもいいけど、君自身は決して折れてはいけない。腐っても駄目だよ。と告げられてなんとなく、お師さんは綻びてしまったのだと気づいて、当の昔に枯れたはずの涙が溢れだせば困ったように頭を撫でられた。
【紅紫一年・秋】
数日経っても戻らない生活に対して異常を普通と、現実を逃避することに成功した俺は教えてもらった校内アルバイトとやらで学園内の通貨を集めることにした。
なんや種類があるそれは衣装の洗濯やら食堂の皿洗い。時にはライブの裏方なんていうのもあって選ぶのに困らなそうではあったけどお賃金はライブをするのに比べたら少ない。
朝から長ければ夕方までアルバイトをしてからお家に帰りすっかりと閉じこもってしまったお師さんと顔を合わせる。
「あんなぁ、お師さん、今日のアルバイトでかわいいぬいぐるみみっけてきたん」
一日にあった出来事を話して、返事どころか反応があることも少ないけどそれだけで満足だった。
だってお師さんは死んでへんから
お師さんとのお喋りを終えてご飯を食べ、お風呂に入り布団に潜り込む。忘れないうちにと携帯をとりだした。
一日の終わりか次の日の起きてからに報告と行動をメールで送る。お師さんが休んでしまってる今、代わりをしてくれてるのは何故かあの日お師さんを連れて帰ってきたその人で、まるでお師さんと同じように俺を丁重に整えてくれる。
あの日お師さんと彼がなんの話をしたのかなんて俺に知る由もないけど、それを聞く必要性もない気がした。
だから今日もアルバイトをしてお師さんと話して、死なないように生きるのだ。
でも、俺は出来損ないの人形やから生きるのも下手くそで、お師さんがいない今、それは更に顕著になった。
雁字搦めの立場も淀んだ学園内も、息を吸うことさえ難しいここで俺一人が生き延びるなんて至難の業で、そこに“お師さんも一緒に”とは馬鹿な俺にでも自殺するほうがよっぽど簡単だとわかってた。
お師さんを置いて、何故かフラフラしてるなずなにぃはどこに行ったのかもわからないから頼ることもできず、なっちゃんも何かに巻き込まれてるようで最近は見てない。
そもそも生きるのに必死な俺にお師さん以外のものを見るほど余裕なんてあるわけがなくて、ただえさえ不安定な足場で誰かを助けたり手を貸したりなんてできるわけがなかった。
今日も今日とて一日一日、周りが一人二人ずつ死んでいく中で藻掻いて這いずって、どうにも沈んでしまいそうになったときにはそこに助けを求める。
連絡をいれればよっぽどのことがない限り三十分以内に返信がくる。もしくは天文台の外に座ってれば彼の周りが気づいて声をかけてくれた。
今日は連絡を入れるとすぐに返信が来て、指定された空き教室で顔を合わせる。
「…ごめん、どないしたらええかわからん」
『うん。そうしたら―…』
毎回毎回、初めに言ってたとおり、俺が困ってどうしようもなくなったときヒントをくれた。
優しい笑顔と柔らかい声、お師さんと真反対の表情と教え方なのにお師さんより厳しく聞こえるそれはなんでかよくわからない。
丁寧に説かれたそれの最後に理解を示して見せるとぽんぽんと頭を撫でられた。
始まりのあの日、見捨ててもいいと、逃げてもいいと言われた俺は否定も肯定もしなかった。いや、できなかった。
それでもこんな出来損ないの俺が少しでもお師さんの踏み台になればと思ってここにいる。それを知ってるのか知らないのか、どんなに俺が慣れないことで頼っても嫌な顔をしないで導いてくれ、あんな選択肢を与えてきたのも最初のあれ一回きり。以降ちらつかせられたこともない。
それがいいことなのか悪いことなのかは俺なんかじゃ判断はつかなくて、今日も感謝の言葉とともに部屋を出ようとすれば背中に声をかけられた。
『あまり根を詰めちゃ駄目だよ。君は休むのも下手そうだ』
「んあ?どういう…?」
『無理はしないこと。それだけ頭の隅っこに置いておいて』
引き留めてごめんね、いってらっしゃい。背中を押されて首を傾げながら走り出せば、慣れないアルバイトですっかりそれは頭の中から転げ落ちてしまってた。
一日一日と日を増すごとに重くなってく頭のなか。変かもしれないと少し思う頃には遅かったらしい。
朝から重かった体はアルバイト中足を引っ張っていって、なんとか作業を終える頃には目の前が歪んで見える。
『ほら、危ないっていっただろ』
「…ん、ぁ、?」
飛びかけた意識と霞んだ視界。ぐらついた体が何かに支えられて柔らかい声が鼓膜を揺らした気がした。
「まったく、不甲斐ないのだよ」
目を覚ますと怒った顔のお師さんがいて眉間に寄ってる皺に申し訳なくなると同時に、見えた天井が家なことに驚いた。
「おれ…なんでここにおるん?」
「……はぁ、アルバイトが終わると同時に倒れたのだよ。寝不足と過労だろう、と言っていた」
むっとしたお師さんは最近のお師さんとは似ても似つかない、まるで昔に戻った時みたいで元気で強いお師さんだった。
これは夢なのかもしれない
ぼーと顔を見ていれば表情を変えて、お師さんは眉間に皺を寄せながら目を伏せ俺の頭をなでた。
「今は寝ろ。全快したのならアレに礼を言っておけ。運んでくれたうえに介抱していってくれた」
「……ん、はぁい」
俺が知らないだけで体は随分と前から悲鳴を上げてたみたいだ。眠ろうと思って目を閉じればすぐに意識が遠くなってく。
「…すまないね、影片」
寝落ちる直前に聞こえたのは幻聴なのか、とても弱いお師さんの声だった。
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