あんスタ(過去編)



学校生活の一年目が終わりを迎えようとしてる。

怒涛の日々だったそれらに、相変わらず体の調子は悪いままで、目元のサングラスは外せないし足は時折痛んで走ることもままならない。

それでも最終日をサボるわけには行かないかと学校に向かって、ホームルームが始まるのを待っていれば携帯が揺れた。

ちらりと確認した画面にはメッセージが1件。短いそれに目を瞬く。

“駐輪場”

あまりにも短すぎて誤送信かとも思ったけれど、相手があの人ならバイクの近くかなと了承の返事を送って携帯をしまった。




講堂で行われた終業式に、息を吐く。

ぞろぞろとその場をあとにする群衆に従って施設を抜け出て、みんなに軽い挨拶をして別れる。

ふわふわと風に吹かれて舞い落ちるピンク色を視界に入れながら足を進めれば、自身のバイクの横ではなく、すぐ近くにある大きな木の下にその人は立ってた。

『瀬名さん』

「遅い」

『すみません。お待たせしました』

「アンタ、先輩を待たせるなんて随分と偉くなったもんだねぇ?」

言葉は刺々しいけど機嫌はそう悪くなさそうで声色は明るい。なのにどことなく硬い動きに少し不思議に思いつつ、その場を動く気配のないその人に近づいて、同じ木の下の影に立った。

きゅっと一度眉根を寄せた表情に言葉を待って、そうすればさらに眉根を寄せて右手を握りしめて、解いた。

「ここでの一年間はどうだった?」

『こんなに忙しいとは思ってませんでしたね』

「それはアンタがあちこちに首を突っ込み過ぎなだけ。自業自得でしょ」

『ふふ。それもそうですね』

「はぁ。まったく…。それ、今日の調子はどうなの」

『もう特に何もないですよ。万が一に備えてるだけです』

「ふぅーん」

かけたままのサングラスに目尻を下げて、それから俺の足元を見る。視線の注がれてる右足に苦笑いをこぼした。

『そっちはまだもう少し安静です』

「そもそも歩いていいわけ?松葉杖は?」

『さすがにその許可は降りてますよ』

「へぇ〜??」

『そんなに怪しまないでください。嘘じゃないです』

「まぁ、いざとなったら確認するから」

『…あの人に連絡取るのだけはやめてくださいね』

「アンタが無茶しなきゃいいだけの話」

動いた右手が顔の高さまで上げられて、ぱちんと俺の額を弾く。

「今年も危ないことしたら監禁するからね」

『ええ…?』

「返事」

『はい。気をつけます』

「本当にわかってんの…?」

わかりやすくため息をつかれて、それから俺の額を弾いていた手が降りたと思うと自分の首元に下ろす。人差し指を引っ掛けて緩めて、それからさらに引いて解いた。

一本の布になった青色に目を瞬いて、左手にそれを持ったまま空の右手がまた俺に伸ばされる。

さっきと同じように、結び目に指を引っ掛けて、引かれた。

『あの…?』

「……………」

窺うように見つめても何も言葉は返ってこない。引き抜かれた赤色は迷い無く泉さんの口元に運ばれて、軽く食んで右手を空けたと思えばさっさと両手が俺に伸ばされ襟が立てられた。

朝も自分でした覚えのあるその行動に、もしかしてと思えば青色が回されてするすると巻きつけられ、襟の形まで整えると手が離れる。

咥えてた赤色を左手に持って、じっと俺の姿を眺めたと思えば自由になった口が音をこぼす。

「ふぅん。まぁまぁ青色も似合ってるんじゃない?」

『、…?』

満足気に頷いて赤色は丁寧に丸められて泉さんのポケットに収められた。

「四月からはそれつけてきな」

『え、自分のありますよ』

「なに、文句でもあるの?」

『文句はないですけど…えぇ…?』

新手のカツアゲに首を傾げていれば泉さんはにんまりと笑って、わざとらしく息を吐く。

「いくつになっても危なっかしいしろくんへ、優しいお兄ちゃんからの御守り。そこらへんの御守りよりご利益あると思うから大切にしなよぉ?」

『はあ…。ありがとうございます…?』

「わかったら絶対に外さないこと。やぶったら許さないからねぇ?」

『わかりました…?』

首元の青色は多少の使用感はあれど、ほころびの1つも見当たらない。泉さんが丁寧に使ってたのであろうそれに、まあ断るほどでもないかと頷いた。

泉さんはえらく機嫌がよさそうに鼻を鳴らして、それから視線を逸らす。

「ほら、さっさと帰るよぉ」

『あ、はい』

横を抜け、駐輪場に近づいていく背中を追いかける。

普段よりもリズミカルに歩く背中はバイクにたどり着くのも早くて、俺が横に立つ頃にはすでにバイクの鍵を外し、向きも変えられていて、自身のものとは別の、ヘルメットが差し出された。

『え』

「なに。送ってあげるって言ってんの。早くつけなよね」

『ありがとうございます…??』

思わず両手で受け取って、泉さんはさっさとバイクに跨がってエンジンをかける。

手慣れた様子のそれに本気で送る気なんだと、俺もヘルメットを被って後ろにかけた。

『よろしくお願いします』

「はいはい。しっかり掴まってなよぉ」

『はい』

右腕を泉さんの体に回して前を見る。フルフェイスのヘルメットに押された銀色の髪が首筋に少しだけ、襟に乗るように風で舞っている。

さっきまで視界にあったのはピンク色だったから、透けるような銀色は目に眩しくて、瞼を閉じ、泉さんの奇行の理由を少し考えようとして、諦めた。

泉さんの行動は泉さんの気分に則ったもので、真面目に考えて正解が出るときと出ないときがある。

それでも前の泉さんが鼻歌をこぼすくらいに機嫌が良いのなら、理由は特段悪いことではないはずだ。

あっという間についた我が家に泉さんがバイクをしっかりと停めるから、声をかけて降りる。

『ありがとうございました』

「はい。どういたしましてぇ」

脱いだヘルメットを手渡せばすぐにしまわれて、またバイクに跨がったところで泉さんの手が伸びてきて俺のネクタイを指す。

「ちゃんと大事しなよぉ」

『はい。大事に使わせていただきます』

「うん。そうして」

左手がきちんとハンドルを握って、挨拶をすれば一度頷いた泉さんは走り出す。

音とともに遠くなっていく背中を見送って、完全に見えなくなったところでマンションに入る。

家について、クローゼットの前に立ち、ブレザーを脱いだところで指をかけたネクタイを見下ろす。

終業式で渡された袋に、青色のネクタイがあると説明は聞いている。新品のそれは今は俺の鞄の中に存在していて、止まっていた手を動かしてネクタイを外した。

『………あとが怖いし、しばらくはこれでいいか』

あまりに汚れているわけでもなければ、ネクタイなんて新品でもお下がりでもさして変わりはない。

もしも言うことを聞かずに、自分のものを身につけていることをバレたときのほうがいろいろとめんどくさいことになりそうだ。

丁寧に解いて一度皺を伸ばしたネクタイを掛ければ裏地に入った瀬名泉の刺繍がちらつく。防犯の観点から1人ずつのネクタイに施された刺繍に、学校で外せないなとなんとなく思いながら制服やもらったばかりの資料をまとめていく。

あってないような成績のついた通信簿に、新年度のスケジュール表。色の変わった上履きとジャージ、それからネクタイ。

使うつもりのジャージは一回洗うために横にどかして、ネクタイは箱のままクローゼットにしまう。

泉さんのきまぐれによって貸し出されてるであろうネクタイを、もし返してと言われても困らないよう、邪魔ではないけど取り出しやすいところに置いたところで、あ、と声がこぼれた。

『俺のネクタイ返してもらってないな』

あのとき泉さんの左ポケットにしまわれた赤色に、少し考えてまぁいいかと片付けの続きに専念する。

一年生のときにだけ使う赤色の指定グッズなんて、捨てる他の使いみちはないし、きっと泉さんが捨てておいてくれるはず。

整理を終えたクローゼットをしめて、ついでに要らなくなる上履きとジャージも片付けないとなと、今から処分の手間を考えて息を吐いた。



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