イナイレ
「来栖!」
聞こえた声に仕方なくそっちを見る。一之瀬は随分とすっきりとした顔をしてて、さっきまで話してた円堂との会話で心残りもなくなったんだろう。
「今日はありがとう!」
『あー、こちらこそ』
「久々に笑ってるところ見たよ!一緒に遊んでくれてありがとう!」
『んー』
技を見せたわけでもないのに。ただ数分間ボールを取り合っただけでこんなに喜ばれると調子が狂う。
前髪を押さえて、生返事をすれば一之瀬はくすくすと笑って、目を細めた。
「俺、また必ずフィールドに帰ってくるよ」
『…そうか』
「その時はまた、試合しよう、来栖」
差し出された右手に、前髪から手を離して握り返す。試合が始まる前にもした覚えのあるそれに、今度はすんなりと手が離されて、一之瀬は穏やかに笑った。
「最後に一個だけ、君と会えたらしたかったことがあったんだ」
『?』
×
秋と土門、俺達日本代表とアメリカ代表。挨拶を交わしていればいつの間にか応援に来ていたらしい栄垣と誠もその場にいて、足りないふたりの姿を探す。
「あ!いたいた!」
二人は会話をしてたみたいで、向かい合っている一之瀬は口角を上げて、それから目を閉じる。
両の手を結んで鼻先に持ってくるとその状態で止まって、向かいの来栖が息を呑んだ。
「天使様。
『___』
祈るように優しく、柔らかく。なんて言ったのかはわからないけど、丁寧な言葉を唱えた一之瀬は息を吐いてから顔を上げる。
「……なーんて…どう?懐かしい…」
『___…一之瀬』
「え、」
来栖が手を伸ばした。
あ、と誰かが声を零しても、来栖は迷い無く一之瀬に近づく。
さらりと揺れた髪と、見えた横顔。視線を伏せて長いまつげが影を落として、一之瀬の額に唇を寄せたと思うとそっと離れて目を合わせる。
『
ふわりと微笑む来栖に、目が奪われる。
「、」
「「天使様…」」
目を見開いているのは一之瀬。秋と土門はそう零した。
試合中の笑顔とはまた違う。優しさに満ち溢れた、柔らかい笑みを浮かべてる来栖は初めて見る顔をしてる。
二人だけの世界みたいに、静まり返ってる室内にだっと風が走ったと思うと見つめ合ったままの来栖と一之瀬の間に割って入って来栖を守るように抱えた。
「人間ごときが俺の天使の祈りを受けるなんて死ぬ覚悟ができてるんだよな?!!」
「………あ、え!もしかして栄垣耀太…?!」
「俺こそが天使の唯一無二の相棒栄垣耀太様だよ!図が高いぞ!人間!!」
きゃんきゃんと騒ぐ栄垣に全員がはっとしてようやく空気が動く。
ぽかんとしてるのは来栖で、ぱちぱちとまばたきをしたと思うと首を傾げた。
『ようた?』
「天使!?あのね!言ったよね?!俺がいないところでお祈りしちゃだめって!!」
『ようたそこに居たろ?』
「そういうことじゃない!!」
『??』
栄垣の叫びの意味を理解してないらしい来栖はきょとんとしてる。あんなに不思議そうな来栖の顔なんて初めて見て、半泣きで怒りはじめた栄垣の横に苦笑いのふゆっペが立った。
「諧音くん」
『冬花?』
「えっと…一之瀬くんにお祈りしてあげたんだね」
『ああ。祈られたから』
「うーん、そっかぁ…」
『?』
「まったく…」
額を押さえた監督に、来栖は首を傾げて、そういえばとこちらを見る。
『お前も祈っとくか?』
「おおおお??!俺は特にないから大丈夫!ありがとな!!」
『?』
即座に栄垣と綱波、虎丸に睨まれた土門は視線泳がせながら速攻で断る。一人も二人も変わんねぇけどと来栖は目を瞬いていて、誠に必要になったときに祈ってあげなさいと流されて、土門はほっとしたように息を吐いた。
誠は来栖と栄垣の頭を撫で始める。
「人間、天使の祝福を受けたのならば立ち去れ」
「あ、はい…」
誠に凄まれて一之瀬は足を引く。こっちに来て秋と土門を見つけると肩の力を抜いた。
「び…っくりした…!土門、よく来栖と同居できてたね?」
「あー、俺のほうから近づかなければ、来栖無害だから…」
「俺近づきすぎ?」
「近づきすぎっつーか、お祈りしたらそうなるよな…」
「あー、やっぱそうか…」
「来栖くんって本当に天使様なんだなって思っちゃうね…」
「「ほんとそれ」」
秋の言葉に一之瀬と土門は迷い無く頷いて、来栖に抱っこされてすっかりおとなしくなった栄垣を見たあとに三人を見る。
「なぁなぁ」
「ん?どうした?円堂?」
「どうして三人とも来栖のこと天使様って呼んでるんだ?」
「あー…」
「秋、もしかしてまだみんな知らない…?」
「うん。たぶん栄垣くんたちが天使って呼んでるのはニックネームというか、そういうことだと思ってる人のほうが多いんじゃないかなぁ」
苦笑いの秋に一之瀬と土門は顔を見合わせて頬をかく。
「来栖が天使と呼ばれてるのは彼奴らの間での愛称じゃないのか?」
豪炎寺も不思議そうに問いかけて、三人は目を合わせるとやっぱり苦笑いをこぼした。
「来栖怒るかなぁ」
「俺が助けてもらったときの条件も勝手に言わないことだったし、たぶん…」
「来栖くん、騒がしいの苦手だもんね…」
騒動を見ていたみんなも気になるのか話の続きを待っていて、仕方なさそうに一之瀬が口を開く。
「来栖はその…うーん、昔から人に天使様って呼ばれてるんだよ」
「あの自堕落節操なし社会不適合者の来栖が天使様???」
「風丸の中の来栖のイメージやばくない?」
「いや彼奴の私生活見たらみんなそうなるだろ?!」
「うーん、今の来栖くんだけ見たら否定はしきれないような…?」
今も昔も知ってるらしい秋の苦笑は止まらないし、土門と一之瀬は顔を見わせて眉尻を下げる。
「雷門での来栖ってそんなにやばいの?」
「あー、俺は助けられてた側だから天使様ってのは変わんないかな…」
「むずかしいところかなぁ」
秋の言葉に風丸はやっぱりありえないと首を横に振るばかりで、秋はなにから説明したらいいのかなと頬を掻く。
「来栖くんたちはね、常勝の天使様なんだよ」
「常勝…?」
「そう。来栖くんたちは、試合で一度も負けたことないの」
「え、一回も?!」
小暮と壁山が目をひん剥いて、豪炎寺でさえ固まる。
「うん。どんな試合でも、どれだけの強敵が相手でも、天使の出る試合は必ず勝つの。だから常勝の天使様って言われて崇められてて、ファンとかではなにか困難に遭ったときは天使様にお祈りをするのが通例だったんだよ」
「お、お祈り…?」
「神頼みと同じかな?お祈りして、天使様に応えて貰えるとすべての願いが叶う…そんなお噺が海外では普通で、だからみんな天使様に応えて貰えるように必死な人が多かったかも」
「ええ…?」
わかりやすく戸惑うのはあまりそういうのを信じてないらしいヒロトや染岡、土方で、風丸が信じられないと零す。
「迷信、だろ…?」
「……ふふ。どうだろうね」
「え」
秋は意味深に笑って、一之瀬と土門も否定しない。
曖昧な笑顔になんでか背筋が寒くなって、視線を落とした秋は言葉を溢す。
「あの頃の来栖くんたちは、天使様というよりはもう神様に近かったのかもね。だから今の来栖くんはとても人間らしくて、私はすごく安心してる」
「人間らしい…」
「どこに行っても崇められて、祈られてて、たぶん周りの人たちは護ったりするのに相当大変だったと思うよ」
「あがめ、…人間を、っすか?」
「ああ。憧れとか敬愛とか、そういうのを飛び越えて…盲信してる人はかなり多かったよ」
「…………」
流れた汗は冷たくて、来栖の存在が急に不安になって、不動と綱波が眉根を寄せたところで秋は笑った。
「でも、うん。来栖くんがまた誰かと一緒にいて楽しそうにしてるのを見れて、今はほっとしてるかな」
「誰かと?」
「そうだよ。もう本当にびっくりしたんだから!来栖くん誰とも話さないようにしてたし!」
「ほんとそれな!ツンケンしすぎてて人違いかと思って慌てたぜ!」
「まだ二人は話してもらえてたからいいじゃないか。俺なんて逃げられてたからね??」
「あー、それに関しては俺のせいもあるから、ごめん!一之瀬!」
「まったくだよ、もう」
三人が楽しそうに笑う。立向居と虎丸も大きく頷いた。
「諧音さんがまた楽しそうにされてて嬉しいです!」
「やっぱり諧音さんは笑顔が一番かっこいいですもんね!」
「あれ?二人は天使の来栖も知ってるの?」
「うん。ふたりとも来栖くんたちの試合見たり、一緒にサッカーしたこともあるみたいだよ」
「えー!羨ましいなぁ!」
なんだか盛り上がり始めてしまった五人に置いてけぼりの俺達は顔を見合わせて、あほらしいと不動は離れていき、飛鷹は隣の綱波が暴走しないよう眺めながら口元を緩めた。
「カズヤ!アスカ!」
「そろそろ行こう!」
聞こえてきたのはディランとマークの声で、呼びかけられた二人は顔を上げると俺達に笑う。
「「それじゃあまた!」」
足音を立てて離れていった二人に一度空気が緩んで、落ち着いたらしい栄垣を伴って来栖たちがこちらに歩いてきた。
「いい?かいとん?俺っちとせいたんがいいよって言った人じゃないとほんっとーにだめだからね!」
『気をつける』
「本当に!気をつけてよ!!!」
「道也さん、冬花さん、頼んだぞ」
「ああ…」
「うん。見ておくね」
笑ったふゆっぺに誠と栄垣は心配そうなままで、監督は顔を上げると全員揃っているのを確認して大きく声を出す。
「撤収する」
「はーい!」
帰り支度は済んでいるから、バスに向かう。栄垣と誠は応援に来ていたらしい来栖の友達たちと帰るようで、来栖は短く全員と挨拶を交わすとバスにきちんと乗り込んだ。
少しバスに揺られて、順番に降りる。まっすぐ歩いた豪炎寺が来栖を捕まえた。
「来栖、俺も祈ったら応えてくれるか?」
『は?今?しねぇわ』
「なんで…!一之瀬にはやってただろ?!」
『ようたが居ないとやっちゃだめって言われてる』
「栄垣…!!」
律儀な来栖に豪炎寺はここにはいない栄垣に地団駄を踏む。
『なにやってんだァ…?』
不可解そうに眉根を寄せてる来栖はそのまますたすたと歩きだして、飛びついてきた虎丸を支えた。
「諧音さん!諧音さん!あっちでご飯食べましょ!」
『おー』
「諧音!俺も一緒に食う!」
『いーぞ。ほら、立向居も離れてねぇでこっち来い』
「は、はい!!」
いつも通りの仲良し面子を集めて、それから少し離れたところにいる二人も見据える。
『飛鷹と不動も同じ席な』
「わかりました」
「は?」
すんなり頷く飛鷹と対象的に不動は目を瞬いて、こてりと来栖が首を傾げた。
『やなのか?』
「嫌っつーか…なんで俺まで…」
『飯はみんなで食ったほうがおいしい』
「それなら俺は別に、」
『俺がお前と食いたい』
「、」
『飛鷹も条助の相手してくれてありがとうな。助かった』
「いえいえ、お気になさらず。俺は平穏に過ごしたいだけですので」
『そうか』
飛鷹はすっかり来栖と仲良しになったなと頷いて、不動も短い時間固まっていたけど結局六人でテーブルを囲むから、仲良しはいいことだなとヒロトと笑う。
「僕達もご飯を食べに行こう」
「そうだな!もー腹ペコだ!!」
近くにいた、肩を落としたままの豪炎寺と風丸と話してた吹雪にも声をかけて、染岡と席につく。
見渡せば食堂に全員いたから、手を合わせた。
「いただきます!」
「「「いただきます!!!」」」
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