イナイレ



「来栖ー!」

響きわたった大きすぎる声に仕方なく顔を上げる。わかりきっていけれど大きく手を降って駆け寄ってきてたのは円堂で、一緒に食堂を出て話していた条助や虎、立向居、飛鷹がおやすみなさいと笑って離れていった。

『なに?』

「もう今日は寝るのか?」

『飯も食ったし風呂も入ってんだから寝る以外にやることねぇだろ』

「んん、そうか…」

わかりやすく肩を落とした円堂に、ヘアバンドのせいで跳ねてる毛先まで落ちたように見えて眉根を寄せる。

『何する気だったんだよ』

「え、サッカー!」

『しねぇわ。何時だと思ってんだよ』

「八時半!」

『……はぁ〜』

元気すぎる笑顔は明日の試合に向けて気分が高揚してるせいだろう。

昨日の観光帰りから数時間、今日も朝から条助のサーフィンを眺めるために早起きをしてそこから朝練、練習とスケジュールをこなしてまぁまぁ眠気は強い。

あくびを一度こぼして、それから息を吐いた。

『三十分だけ。砂はたくのめんどくせぇからグラウンドなら遊んでやる』

「うん!!」

ぱぁっと明るくなった表情。次の瞬間には手を取られて走り出してたから駆け足でついていく。

勢い良く飛び出した寮に数時間前までいたグラウンドに降り立って、円堂は転がってるボールを拾い上げるとこちらに蹴った。

「遊ぼうぜ!来栖!」

『んー』

届いたボールをそのまま軽く蹴り返す。楽しそうにボールを追いかけて取りに行く姿に犬みたいだなと思いながらパスを繰り返す。

円堂が送り出すボールは全部まっすぐで、迷いがない。本人と同じ軌道で送られてくるボールを丁寧に返していく。

「あ!ごめん!」

風の勢いにのって、舞い上がったボールに思い切り地面を蹴って駆け上がる。芯を捉えて、蹴る。

「っ!」

まっすぐ一直線に進んだボールに円堂が咄嗟に構えて抱えこむ。しばらくボールの擦れる音が響いてて、音が落ち着いた頃に円堂が地面に座り込んだ。

「いって〜!あー!やっぱ来栖のボールは早くてすごいな!!」

『あー…』

「ボールから楽しい!って伝わってくる!」

『んー』

立ち上がった円堂がボールを抱えたまま近寄ってきて、俺の一歩前に立つ。

「付き合ってくれてありがとう!また遊ぼうな!来栖!」

『……気が向いたら』

「おう!」

変わらずたのしそうな円堂に目元を擦ってから歩き出す。弾むように歩いてる円堂はまだ物足りないだろうにえらく上機嫌で、寮に入ったところであれ?と声が聞こえた。

「諧音くん、守くん、どこ行ってたの?」

「来栖に付き合ってもらってた!」

『付き合ってた…』

「ふふ。そっか」

見せるように出されたボールに冬花は笑い声を転がして、目を細めて俺達を見つめる。

「もうおしまいにしたのかな?」

『んー…』

「おう!明日も早いし来栖も眠そうだったから!」

「ふふ。本当だ。諧音くんお部屋まで行けそう?」

『…あー…』

「え、来栖、ほんと大丈夫か?」

「階段は危険そうだね?…諧音くん」

そっと取られた右手に、空いてる方の左手で目元を擦って、なんとか目を開ける。霞んでる視界に、これはダメそうともう一度冬花が笑ったのが聞こえた。

「お父さんの部屋に連れて行くね。守くん、今日も諧音くんと遊んでくれてありがとう。明日もよろしくね?おやすみなさい」

「ああ!おやすみ!ふゆっペ!来栖!」

『ん……すみィ………』

元気な声は遠くから聞こえる。くらくらする頭の中に、冬花のこっちだよの声でなんとか歩きだして、少し進んだところでがちゃりと音が聞こえた。

「冬花…諧音?どうしたんだ?」

「守くんと遊んでたみたいなんだけど、眠くなっちゃったみたい。階段は危なそうだからこっちのほうがいいかなって」

「…はぁ。まったく…諧音」

二人の穏やかな声。するりと解かれた手のひらに、手を上げれば深めのため息のあとに抱えられて今度こそ目を閉じる。

『…すみ…』

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」



×



「諧音、朝だぞ。起きなさい」

ぽんぽんと頭を撫でられる感覚。低い声。まだどことなく寝ぼけてるようなそれに目を開ければいつも以上に瞼の落ちてる道也が映って、ぼーっとしていればまた頭を撫でられる。

「今日のアメリカ戦、みんなが応援に来てくれているんだろう?」

『…ん…』

「楽しく遊ぶならそろそろ準備しないと遊びたりなくなるぞ」

『んー…』

前髪が梳かれて額が晒される。涼しくなったそこに指か置かれて突かれたから仕方なく一度目を閉じてから開き直した。

「おはよう」

『はよォ…』

起き上がった道也に俺も体を起こす。思い切り伸びをして首を回して、見慣れた道也の部屋に目を瞬いた。

『なんで道也の部屋にいんだァ?』

「昨日円堂と遊んだ後に寝落ち仕掛けていたところを冬花が連れてきたからだな」

『あー…』

思えば最後の方はかなり眠かった気はする。寮に入ったあたりで気が抜けて意識もあまりなかったし、冬花と少しだけ話したような気もするけど記憶はほとんど無い。

「諧音」

飛んできたペットボトルを受け取る。中身は水らしいからそのまま口をつけて、思ったよりも喉が渇いてたらしく半分ほど減らしたところでキャップをしめた。

「体調はどうだ?」

『普通』

「そうか」

ならいいとこぼして、朝の準備をするらしい道也が洗面所に消えていったのを確認して、左目に手のひらを当てる。

『…………』

痛みはもちろん、ブレもない。唐突に襲ってくる不調はある時とない時の差が激しくてタイミングの予想もつかない。

原因の見当はついていたって、今すぐに俺がどうにかできるようなものでもないから、息を吐いて、ベッドから降りて道也を追いかける。



×



今も昔も、俺ができることなんて、ひとつもない。



×



人が多すぎて賑やかすぎる会場に息を吐く。道也は会議室、選手は控室。マネージャーもそちらへと誘導されてしまって、アップまでは自由行動だからとふらふら外に出て観客席に通じる廊下に進んだところで待っていた人影が二つ飛び込んできたから受け止めた。

「おはよう!かいとぉ!」

「おはよ!」

『おはよォ。元気だなァ』

一番近いゆあときょうじの頭を撫でて、それから少し手を伸ばして近くまで来ていたゆきやとだいきに触れる。

『みき。届かねぇからもーちょい近寄ってくんね?』

「ぁ、う、うん!」

『ん』

視線を泳がせながら二歩近づいたことで届いたみきの髪に触れて、にこにことしてる三人を見据えた。

『送迎ありがとな』

「気にしないでちょーだい?あいなも楽しいわ?」

『なら良かった』

あいなが笑って、でもそうねとこつりと額を合わせた。

「あいな、試合が終わったらご褒美もらおうかしらぁ?」

『ああ、楽しみにしとけ』

あいなが離れたところでずっとくっついていた二人も顔を上げて笑った。

「いってらっしゃい!諧音!」

「たっくさん応援するね!」

「ふふ。ねぇねぇ、かいちゃんの出番いつから??」

『あー、たぶん後半?』

「じゃあ前半までに勉強しておく!」

「がんばろうね、だいきくん」

『無理しねぇ程度でいいぞ。楽しんで見れる範囲にしとけ』

「はぁい」
「おう!」

スポーツに詳しくないゆきやとだいきに笑いかけて、とんとんとくっついてる二人の背中を叩く。

『きょうじ、ゆあ。サポート頼んだぞ』

「「うん!」」

わざわざ調べ尽くしてサッカーに関しては詳しいきょうじと、最初から割と知識のあったゆあが任せてと胸を張り、二人の側に戻る。

代わりに飛び込んできた金糸に目を瞬けばぐりぐりと首元に額を押し付けられて、それから伸びてきた手のひらが俺の首筋に触れた。

『ようた?』

「天使」

硬い声色。上がらない顔に視線を落として。さらさらとした金髪に触れていれば一度強く抱きついてから離れた。

上がった頭。覗いた蒼色が我慢するように揺らいでから微笑む。

「かいとん!いってらっしゃい!」

『……うん、いってきます』

「、あれあれ〜??元気ないなぁ??もしかして唯一無二の相棒ようたくんと離れるのが寂しかったり〜?かいとん??」

『…いつもサッカーのときはようたが一緒にいたから、ようたに見送られんのは変な感じする…?』

「、」

ぴしりと固まったようたに目を合わせて、じっと見ていればようたの腕にまた力が入って強く抱きつかれた。

『ぅぐっ』

「あー!!俺の天使が尊いっ!!ぴゅあっぴゅあ!可愛すぎる!!!こんな可愛くてどうするの天使!一人にしたらまた誘拐されちゃう!!ねぇ?!危ないよね?!せい!やっぱり俺今からでも日本代表に、」

「おちつけ、耀太」

ごすっと短く鈍い音が響いて込められてた腕の力が緩まる。絞められて軋みかけてた体の骨にようやく息を吐いて、手刀を落とされた痛みに呻いてるようたを抱えたせいが俺と目を合わせた。

「痛みはないか?諧音」

『ない』

「そうか、ならいい」

俺の様子を確認したせいはそのまま抱えてるようたから手を離す。痛むらしい頭を押さえて唸ってるようたに呆れたように息を吐いて、背を強めに一度叩いた。

「耀太、諧音をきちんと見送らなくていいのか?」

「見送るよ!!」

若干キレた口調のようたは大きな声で言葉を返して、咳払いをすると顔を上げる。

いつものようににこりと、優しく笑ったようたは俺の頬にキスを送った。

「楽しんできてね、かいとん!」

「たくさん遊んでおいで、諧音」

せいも反対の頬に唇を寄せて、短く触れさせると離れたから目を合わせた。

『ああ。お前らも楽しめよ』

「うん!もちこ!!みんなといっぱい応援するよ!!俺っちの声援を聞き逃さないでね!」

すっかり普段通りのようたの頭をなでて、聞こえてきたアナウンスに、全員と目を合わせてからその場を後にする。

ゆったりと来た道を戻って、控室近くに人が多くいたから一度足を止めた。

「土門さん!」

「よぉー!ひさしぶり!」

壁山と小暮が近寄っていって、同じように風丸や鬼道も笑いかける。エイリアン騒動のときの顔見知りたちは和気藹々としていて、あまり関わりがないらしい不動や基山は少し離れた位置にいる。

不意に動いてた視線がこちらに向いて、ぱぁっと笑った。

「来栖!久しぶり!この間一之瀬とマークとディランとサッカーしたんだろ?今日は俺もよろしくな!」

「え、そうだったんですか?」

「そうなのか!?」

『…………そういえば?』

「なんで忘れてる風なんですか??」

近くにいた虎が不思議そうに首を傾げて、ひょろりとしたそいつはへらへらと笑ってた。

「相変わらずだなぁ…」

「…あれ?土門って諧音と仲良かったのか?」

「あー」

条助の言葉にゴボウが視線を逸らして、円堂と鬼道と豪炎寺が、あ、となにかに思い至ったように目を丸くする。

俺も手を伸ばして、いつかと同じようにひっつかんで壁際に投げ、足を壁にあてた。

『なぁ、くそゴボウ。お前俺に言うことねぇかァ?』

「……………ああああ、もしかして、っ」

『ぺらぺら喋ってんじゃねぇぞ、てめぇ』

「ご、ごめーん…」

『許さねぇわ』

睨み付けていれば風丸が俺を引っぺがすように手を引く。

「こら!来栖!土門を脅すんじゃない!」

『脅してねぇわ。約束も守れねぇくそゴボウの調理方法考えてんだよ』

「、約束…?」

「う、うわぁ、俺料理される…?」

「ご、ごめん、土門!俺が話しちゃったんだ!」

「あー、うーん、元は俺が言ったのが悪いし…」

『フィールドに埋まって詫びろ』

「ガチギレじゃん…」

「円堂、土門、どういうことだ?」

「「あー…」」

『ちっ』

風丸が掴んだままの俺の腕を払って、歩き出す。会話から離れた俺に戸惑いの声が聞こえてきてたがすべて無視してイヤホンを耳につけながら廊下を進んで、静かな場所を探しに出た。


×


「来栖さん、行っちゃいましたね…」

追うか追わないか迷っているような顔で音無が零す。

消えていった背中に俺も追いかけるか悩んで、とりあえずと向かいを見た。

「それで?どうしたんだ?」

「何かあったの?」

隣から木野も心配するように首を傾げていて、見据えられた円堂と土門は顔を見合わせて、それから鬼道と豪炎寺を見た。

「あー…その、俺少しの間来栖の家でお世話になってて」

「え、土門くんが?」

「ああ。ちょっといろいろあって一ヶ月位住ませてもらってて、その時の条件に誰にも言わないってのがあったんだけど、円堂にばらしちゃって」

「それを俺が来栖に言っちゃって、あんな感じに…」

「……それはお前らが悪いな?」

「「う、ごめんなさい…」」

肩をすくめる二人に、ほとんどの人間が驚いたように顔を見合わせたり目を瞬く中で、豪炎寺と鬼道だけそうなるよなと納得したような空気を出してるのが気になった。

「二人は知ってたのか?」

「ああ。この間たまたまな」

「円堂が来栖に聞いたときに同じ場所にいて…」

「なるほど…?」

息を吐きながら脳みそを整理する。隣の木野も似たようなことをしていて、目が合うなりもう一度ため息がこぼれた。

「まったく。後でちゃんと謝るんだぞ?土門」

「やっぱり…?」

「そこまで怒ってはないだろうけど、一応けじめとしてな?」

「そうする…」

肩を落とした土門に、円堂も俺はどうしたほうが?とおろおろしてて、木野が笑う。

「円堂くんには怒ってないと思うから、もし気になるようなら謝るくらいで平気だと思うよ?」

「わ、わかった…!」

涙目の円堂はようやく肩の力を抜く。落ち着き始めた空気に豪炎寺が首を傾げた。

「ふたりともどうしてそう思ったんだ?」

木野は俺を見て微笑むだけで話す気はないらしい。不思議に思いながら口を開いた。

「来栖は約束したことを反故にされたことに対して怒ってるだけだから、一区切りつけるために土門から話したほうがいいって感じだな。円堂には言いふらされたことに照れて語調が強くなってるだけでそもそも怒ってもないぞ」

「………え、あれ照れてるの?」

「ああ。来栖は自分が話題の中心にされてうるさくなるのが好きじゃない。賑やかなのを眺めてたり、たまに会話に混ざるくらいがちょうどいいみたいだ」

「へー…!」

ヒロトと吹雪が感心したように目を瞬いて、小暮と土方が口角を上げた。

「相変わらずお母さんしてるねぇ、風丸」

「さすがかぁちゃんだな!こんだけわかってくれる奴が身近にいると来栖も安心だろうよ!」

「だからあんなに手がかかっちゃうんじゃない??」

「風丸離れできなそうだな!」

「「あはは!!」」

「いやいや、俺も彼奴とずっと一緒にいるわけじゃないからそういう怖いこと言うのやめてくれ!!」

何故か盛り上がって笑い始めた二人に慌てれば更に二人は笑って、はっとして振り返る。

虎丸は眉根を寄せてじっと俺を見ているものの、もう一つの爆弾の綱波は俺を見てなくて、ふらりと揺れると俺ではない青髪の肩に手を伸ばした。

「…………土門」

とんっと肩に手が置かれて、ゆらりと揺れた影と光のない黒色の瞳に土門がひょっと喉の奥から変な声をこぼす。

「諧音の世話になってたって何?どういうこと?俺なにも聞いてない。なんで?なぁ、諧音とどういう関係?」

「え、つ、綱波?!こわいこわいこわい!どうした!!?」

「あー…始まっちゃったよ…」

「ど、土門さん、綱波さんは来栖さんガチ勢なんす…」

「ガチ勢?!なにそれ!!?」

「そのまんまの意味っす…!」

壁山の補足も虚しく、綱波の目はどんどん光がなくなって言葉が投げつけられていく。

「どんくらい一緒にいた?もちろん何も無かったんだよな?諧音と同じ部屋にいない?ねぇ、飯は?風呂は?支度手伝ってあげた?なぁ、諧音に触れてないよな?」

「ひっ…!!」

かたかたと震えはじめた土門にわかる、わかるぞその気持ちといつぞやかに詰められたことを思い出して頷く。

勢いが強すぎて土門の目と鼻の先まで近づいて追い詰めていた綱波の肩を掴んだのは、眉根を寄せてる飛鷹だった。

「落ち着け、綱波」

「落ち着けるわけねーだろ?」

「そんなに詰めてちゃ土門とやらも話したくても話せねぇよ」

「……………」

「大体、そういうのはこいつから聞いたってお前は納得できないだろ。今そいつを詰めるよりも、直接来栖さんに聞いて回答を貰ってこい。来栖さんもこれ以上ここで騒いでたら嫌がる」

「……………」

「わかったなら一旦この話は終いにして元にもどれ」

「……、それもそうだな!わりぃ!土門!」

ぱっと笑った綱波はいつも通りの目の色でにこにこしてる。

今の今まで追い詰められてた土門は一体なにが…?と怯えと混乱を混ぜていて、飛鷹は掴んでた綱波を離す。

「お騒がせしてすみませんでした」

「わりーわりー!そろそろ時間だよな!」

「…そうだな、監督のところ行かないと」

「ああ、遅くなるとアップの時間が足りなくなる」

「それじゃあまた後で!土門!いい試合にしような!!」

鬼道、豪炎寺、円堂が顔を上げればみんなもはっとして移動をする体制になって、苦笑いのままの土門は一度木野に視線を向けて、すぐに逸らすと笑った。

「おう!試合で!」

土門の様子が気にならないわけじゃなかったけど、何か声をかけるより早く走り出してしまった土門に仕方なく視線を動かして、未だ戻ってきてない存在に息を吐いた。

「まったく、来栖はまだ放浪中か…」

「私探してくるから、みんなは準備してて!」

ぱっと顔を上げた木野が駆け出す。試合直前の選手よりマネージャーがという配慮からだろうそれに申し訳無さを覚えつつ、フィールドに向かった。



×



ふらふらして気分転換でもと思っていたのに。まだ見なくて済むと思ってたはずの顔を見つけて、向こうに視認されてしまったから足を止めた。

「やぁ、来栖」

『よー』

「今日はよろしくね」

『んー』

にこりと笑って右手が差し出されたから仕方なく受け取って握手を交わす。どうせ後でも同じ挨拶をするのにと手を離そうとして、力が込められたままなのに気づき目を合わせる。

『なんだよ』

「…………………」

ぐっと奥歯を噛むような表情。何かを言おうとして堪えてるそれに息を吐く。

『言葉は口に出さねぇと人には伝わらねぇ』

「、」

『言葉を飲み込む理由が相手のためならそれは控えろ。でも自分のためなら吐き出せ』

「それは…」

『必要以上に相手が傷つくことと悲しむことは言わないほうがいい。自分が傷つきたくない、怖いだけなら言ったほうがいい』

「………、来栖って面白いね」

『みんな違うのか?』

「うーん。どうかなぁ…俺は、臆病だから…でも、来栖の言ってることは理解できたよ」

『そうか』

ふふっと笑い声を転がして、一之瀬は目を合わせると口元を緩める。

「秋に、自分から言ってみるよ」

『好きにすれば?』

「それから、土門にも心配かけてごめんって謝る」

『あっそォ』

「来栖も、話を聞いてくれてありがとう」

『昔のよしみ。次はねぇ』

「あははっ。来栖は本当に真面目だね」

『俺ほど適当な奴もいねぇよ』

ようやく手が離されて、一之瀬は落ち着いた顔を見せる。

「試合終わったら少し話をさせてよ」

『はぁ?』

「それで昔のよしみは終わりにしよう」

『………はぁ。少しだからな』

「ああ。ありがとう」

催促するように響いたアナウンスは、未だフィールドに現れないアメリカのエースに向けてだろう。

一之瀬もわかってるのかつま先の向きを変えた。

「それじゃあ、今日はいい試合にしよう」

『円堂たちが気合い入れてんし、勝手にいい試合になんじゃねぇの』

「君ともサッカーできたらいいな」

『それは監督と気分しだい』

「そっか」

ひらりと手を振って歩き出した一之瀬を見送る。

すっかり一之瀬が見えなくなったところで俺も体の方向を変えて、通路に足を進めて曲がり角で止まった。

「来栖くん」

『…木野、一之瀬と話さなくてよかったのか?』

「うん。今は…一之瀬くんが話してくれるつもりなら、私、待ってる」

『そうか』

「ありがとう、来栖くん」

ぐっと眉間に力を入れて、感情を抑え込んで笑う木野は試合が始まるよと笑みを繕って歩き出す。

迎えに来てもらってるのなら逸れるのは失礼かとついていって、一緒にグラウンドにたどり着く。

歓声と熱気。一瞬めまいがして、木野が伸ばしてた手に支えられた。

「顔色、悪いよ」

『………いつものことだ』

「応援はしてるけど、無理はしないでね」

『……ああ』

そっと離れていく手に呼吸を意識して、足を進めた。



×



白い陽射しの下、明るすぎるピッチに青色のユニフォーム。

キャプテンもストライカーも司令塔も、あの頃と、何もかもが違う。

頼りなさげに佇む青色に、違う青色をまとった奴が近づいて迎え入れて、固い表情のそれを見下ろす。

「そこにいるべきなのは、ーーーー…」



×



試合が始まった。この一戦に賭ける思いが強いのか、最初から飛ばしてる一之瀬に開幕点を取られて追いかける形で試合は流れる。

予想通り、キーとなりそうな不動は後半導入予定なのか隣でベンチスタートしていて、俺もじっと試合を眺める。

反撃の豪炎寺のシュートは土門によって威力を削られ、キーパーがしっかりと止めた。

「珍しいな」

聞こえた声は隣から。試合を見ていたはずの不動は俺の様子も観察していたらしい。

「随分真面目に試合見てんじゃねぇか」

『あー…まぁ、たまにはァ?』

「へぇ?」

上がった語尾に口を閉じる。不動がそんなことを言うくらい珍しいことをしてる自覚はある。

案外、一之瀬のことを俺も気にかけてるのかもしれない。

人一倍動いて、右へ左へ、ボールがあるところに走り込んでボールを運んでいく一之瀬は、運動量が多いのにとても楽しそうに見える。

あの頃試合したときよりも、少しだけ怖く見えるのは、きっと、

『…………俺も、』

「あ?なんか言ったか?」

シュートを蹴りこんだ一之瀬に、円堂がボールを弾いてゴールを守る。大きな歓声にかき消された声は不動には届かないで済んだようで、目を閉じて一度首を横に振った。

目を開け直して、点が入らずに進んでいく試合を眺める。

動きすぎている一之瀬の、身体の負荷はどのくらいなのだろう。

吹雪と風丸が大きく上がっていって、二人で向こうのディフェンスラインを突破して、シュートを放つ。

風と氷を合わせたシュートは止められることなくネットを揺らして、湧き上がる会場内にホイッスルが響いて前半終了を告げた。

湧きたつのはベンチ内もで、全員が近寄って話し始めた横で静かに木野が席を立った。俺も立ち上がって、目のあった土門に一度裏に入る。

「来栖、あの、約束をやぶって本当にごめん」

『ん。わかった。もういい』

「……ごめん。ありがとう」

肩の力が抜けた土門に息を吐く。お調子者だけど生真面目らしい性格に手を振った。

『この話は終わりだァ』

「ああ、わかった」

土門と別れようとして、聞こえた声に顔を見合わせてからそちらを見る。

「そんな…!二度と、サッカーができなくなるかもしれないなんて…嘘だろ?」

「嘘じゃない…君たちと戦うこの試合が…きっと」

二人分の声にいるのは三人。重い場面に来てしまったなと土門と顔を歪めたところで、円堂はまっすぐ顔を上げた。

「わかった。遠慮はしないぞ」

「…円堂なら、そう言ってくれると思っていた。後半、楽しみにしてるよ」

一之瀬がその場を離れていって、木野と円堂が話し始めたから隣を見る。

『だ、そうだけどお前も遠慮すんなよ』

「…、ああ!あの頃の俺達より、もっとずっと強くなってるから、今回は負けないぜ、来栖!」

笑った土門が一之瀬を追いかけるように走り出す。一人になって、妙に空いた胸の辺りに手を当てて、青色のユニフォームを握る。

俺は、今独りで。そんな俺が、彼奴らと競えるのだろうか。

『…俺には、』

「来栖?」
「来栖くん?」

はっとして顔を上げる。いつの間に話を終わらせたのか、円堂と木野が驚いたように目を丸くして俺を見てて、顔色を変えた木野が俺の肩を支える。

「顔色、さっきよりも悪いよ」

『……、』

「も、もしかして来栖具合悪いのか?!」

『んや、別に…』

「か、監督…ふゆっぺ呼ぶか?それとも風丸?!不動!??」

あわあわしてる円堂が上げた名前に目を瞬く。

『なんで風丸と不動…?』

「え?だって来栖その二人といるときは楽そうだから…??」

『、』

自覚のなかったそれに固まって、木野がふふっと笑った。

「うん。二人はすっかり来栖くんの片腕って感じだもんね」

「片腕!そうそう!それ!」

頷いた円堂に木野は俺の目を覗き込む。

「来栖くん、不安なら声かけてくるよ。どうしたい?」

暖かい眼差しに目をそらして、首を横に振った。

『まだ、平気だ』

「そう。なら今はそうするね。本当に困ったらすぐ言って?」

「俺も手伝うぞ!」

『…、……ありがとう』

握りしめていた手のひらを解く。少しだけ皺になっているユニフォームに手が震えていないのを確認して、木野がにっこりと笑った。

「さぁ、試合に向かわないと!」

「勝とうな!来栖!」

『ああ』

円堂の声に頷いて歩き出す。


×



大丈夫、まだ、俺は、



×


後半が再開してすぐに向こうのツートップにより二点目が決められた。相変わらずアメリカが優勢な空気感になんとか三点目は前に出た円堂が止めて、ボールは前に送られる。

染岡の決めそこねたボールを条助がコーナーから直接決めて、二対ニ。なんとかまた同点になったところでアメリカの動きが変わる。

極端にペナルティエリアに詰め込んだアメリカ陣営がディフェンダーである条助と壁山に詰め寄って、二人の動きが乱れたところでシュートに転じる。

不動が鼻で笑ったところで道也も頷いて、土方と小暮をまとめて呼び、俺も目を合わせられた。

「諧音、わかっているな」

『俺は…』

「大丈夫だ」

『、』

「好きに遊んでくるといい、諧音」

ふわり、風が吹いて。横を抜けていくその感覚。

足を縺れさせるように転んだ条助がボールをクリアしたことで、止まった流れに選手が交代の合図が出て、入れ替わりを始める。

「お前に今必要なのは勝つことじゃない。楽しむことだ。さぁ、みんなと遊んでおいで」

背を押されて、少しずつ、足を進めて、ふらふらと歩き出せば入れ替わりの風丸が笑って俺の肩をたたいた。

「いってこい、来栖」

『…ん』

「いつまでそこいんだ!早く来い!」

鬼道たちと作戦会議を終えたのか不動は顔を上げて、不服そうな顔で俺を手招く。

「いってらっしゃい!諧音!」

『…いって、きます』

条助が外に出たから、俺も中に入って、かわりに出てもらった染岡にじっと見据えられる。

「適当したら承知しねぇからな!」

『…ああ』

一歩進んで、線を越える。

降ってくる歓声。スパイクで踏みしめるフィールド。少し前も立ったはずなのに、どうにも感覚が慣れないそれに、手が取られて引っ張られた。

「お前待ってたら試合が始まんねえ!」

怒りながら俺を引っ張るのは不動で、迎えに来てくれたらしい。慌てて歩けば俺は中腹で手を離されて、立てられた人差し指が俺の額をつついた。

「ボール送ってやんから、赤ちゃん来栖くんはそこで待ってろ!」

『……』

「俺の仕事ちゃんと見てろよ!」

『わかった』

ふんふんと怒りながら不動が持ち場につく。再開した試合を眺める。

不動はさくさくとアメリカの動きを読んで対応した指示を出していき、アメリカの戦略を崩す。

円堂によって大きく投げられたボールは豪炎寺と虎と基山がゴールに叩き込んで、湧いた歓声に、目を開けた。



×



たのしそう。一緒に、遊びたい。



×



試合は三対三。体力的にも時間的にもこれ以上点を取られては逆転は厳しい。だからこそ、次の点は実質決勝点で、点を取るために全員が死力を尽くす。

「っ゙」

最初からずっと走り回ってた一之瀬の息は荒い。痛みなのか、麻痺なのか、もう体が追いついていないようで脚はもつれてるし、表情は固くて、目だけはまっすぐで。

「カズヤ?」

「一之瀬…?」

まとう空気のあまりの異様さに、全員が息をのもうとしたところで、たっと軽やかな足音が舞った。

Tell you what?
Come play with me, magician!
ねぇねぇ?俺と一緒に遊ぼうよ!魔術師!


「っ、yup!! ああ!

弾む、明るい声。いつからそこにいたのかわからない。でも気づけばボールを持ってた来栖の問いかけに、すごく苦しそうにしていた一之瀬が、嬉しそうに笑う。

それから走り出して、来栖からボールを奪おうと足を伸ばして、二人はいくつものフェイントや技で相手を躱してボールをキープしてを繰り返す。

さっきまでの辛い顔なんて嘘みたいに、いつも通りの一之瀬と来栖がボールを舞わせて、二人の様子に土門はぐっと唇を噛み締めたあとに口を開いた。

I want to play too! Join us! 俺も遊びたい!仲間に入れて!

Let's play together! 一緒に遊ぼう!

手招く一之瀬の笑顔に誘われた土門も笑う。

Quickly! Quickly!はやく!はやく!

まるで虎丸や小暮みたいにはしゃぐ来栖が本当に明るくて、心の底から楽しいと表現する来栖にマークとディランも口角を上げた。

Count me in!俺も仲間に入れてくれ!

I want to play!俺も遊びたい!

Sure! You'll run out of time!うん!時間がなくなっちゃうよ!

キープしてるボールを取りに来たディランとマークを避けて、一之瀬の足を避けるように跳ねるとボールを蹴りだす。

Hey! Play with me! ねぇ!一緒に遊ぼうよ!

パスの先、鬼道は目を見開いていて、唇を噛むと強く頷いた。

「ああ!」

俺はわからないけど、きっと鬼道は言葉も聞き取れて理解できたんだろう。でも、言葉がわからなくても来栖の表情を見てるだけで何を言ってるのか感じ取れて、その証拠ににっと笑った不動や頷いたヒロト、豪炎寺が走り出した。

fun!たのしい!

「おい来栖!お前日本語忘れてんぞ!」

Eh? È sbagliato? あれ?違う?

「英語でもなくなってんじゃねぇよ!わからねぇっつってんだろ!」

『んん…っ。……ねぇ、…あそぼう?たのしいしよ??』

不安そうに零した来栖に不動が笑って、目を合わせる。

「合ってる」

『そうか!』

嬉しそうな来栖に不動は呆れたように表情を緩めて、二人が駆け出す。それにヒロトと吹雪が大きく声を出した。

「来栖くん!遊ぼう!」

「僕も仲間に入れてほしいな!」

『もちろん!』

回り始めたボール。一気に活気が戻った賑やかなそこにいいなぁと気持ちが浮く。

「俺も遊びたい!」

「ちょ!キャプテン!今はだめだからね!!」

「ゴール守ってくれよ!円堂!!」

「えー!!でも!あんなに楽しそう!」

「大丈夫ですよ、キャプテン。来栖さんは全員と遊ぶ気ですから」

「ん?」

飛鷹がさらりとこぼして、その瞬間歓声が響く。回されていてる最中のボール。前線まで運ばれていたボールを豪炎寺から一之瀬が奪ったようで、大きく蹴り進めたボールが素早く押し戻されてハーフラインを超える。

「ディフェンスライン!集中しろ!」

土方の声が聞こえてみんながボールと相手チームの選手に視線を向ける。ちらりと、不動だけどこかを見て、口角を上げると進んで相手のフォワードの一人をマークしてルートを潰した。

「ちっ」

仕方なさそうに別の人間に回されたボールが蹴られてこちらに向かってきて、急ぎで蹴られたそれは力がこもってなかったからしっかりと受け取って、顔を上げるより早く息を吸う音がした。

「飛ばせ!!」

「え…」

投げられた指示は不動。ほぼ同時にベンチにいるはずの風丸の声が響く。

「円堂!上だ!!」

端的なそれ。二人が声を出した意味に誰かが準備を始めるよりも早く、ボールを、思い切り投げる。

普段よりも随分と上に向けつけた角度。投げた先は適当だったからディランがいて、ボールを奪おうと位置を調整しようとしたディランに、影が落ちる。

『円堂!いい子だ!』

合わせて跳んでいたのは来栖で、誰よりも頭上にいた来栖は難なくボールを受けて、地上に降り立つ前に蹴り上げる。

『基山!』

「うん!」

繋がったパスにヒロトが上がっていく。追従する豪炎寺と虎丸に来栖は音もなく降り立った。

「すっげぇ!!来栖お前マジ最高だ!!」

『あたりまえだろォ?』

自信満々に笑う来栖はどこまでも楽しそうで、見てるこっちも楽しくなる。

「来栖くん!はやくー!」

『んー!』

吹雪の弾む声に応えて走り出した来栖にフィールドはまた賑わい始めて、楽しそうなそれに思わず口元が緩む。

いつの間にか一之瀬は苦しい顔をしてなくて、土門も辛い顔をしてない。ふと見たベンチの秋はぼろぼろと涙をこぼしながら笑っていて、おろおろとしつつも音無がそっとハンカチを添えてて、監督とふゆっぺは目を潤ませながら笑ってる。

「たのしいなぁ…!」

空気が緩んでるわけじゃない。試合に勝ちたいっていう気持ちへの程よい緊張感も競争心もあるのに、みんなが笑ってる。

全員が楽しそうなサッカーにどくどくと心臓が高鳴って、

それから、

ぐらり、蹲るみたいに身体を縮こませてその場でふらついた一之瀬をそっと来栖が支えた。

「ぐ、っぅ」

『…………』

ピッと笛の音が響く。ラインを超えるように蹴りだされたボールに試合は止まっていて、もう一度聞こえた音にすぐにそっちを見れば、アメリカチームの監督がメンバーチェンジの指名をしたらしい。

表示されている背番号に、唇を噛む。

土門と来栖に支えられてラインにまで運ばれて、一之瀬は悔しそうながらも笑った。

「みんな、後はよろしく」

「っ、ああ!」

土門が強く頷いて、来栖が笑う。

I had a lot of fun. とても楽しかった

…Me too. Thank you. 俺もだよ。ありがとう

離れた来栖と土門に一之瀬はベンチに向かって、座るとじっと試合を見つめる。

再開された試合。一之瀬の気迫が残されたフィールドは緊張感があって、変わらず楽しそうに舞ってる来栖によって回されたボールは豪炎寺に渡り、シュートが決まった。


.
70/75ページ
更新促進!