あんスタ
3
ユニットを組んだその翌日から、柑子は他人からの頼みは最小限受けて、ユニット勧誘はきっぱりと断るようにしてた。
その際に驚きや戸惑いの目を見せる人もいれば、多少の悪態を吐かれることもあったけれど、柑子は僕はもう僕の時間を一人で使っていいわけじゃないと微笑む。
取捨選択はしっかりと見極めてから。もちろん生徒会業務がある分俺よりも柑子は自由時間が少なくて忙しそうだったけど、この程度なんともありませんとさらりと流した。
一緒にいるようになって、柑子は音楽と演出に関してプロ顔負けの技術を持ってた。柑子いわく、学んだ内容を元に他人の目を惹くもの、耳に残るもの、そういったものを集めて俺達に合わせているらしい。
「すごいなぁ!」
「僕にできることをしているだけですよ。それに、裁縫は木賊のほうが早くてお上手でしょう?」
「あかんあかん。俺のは早いだけで雑なんや。編み物も得意とちゃうし」
「ふふ。ユニットなんですから、得意不得意は補っていけばいいんですよ」
「…せ、せやな」
自分は独りじゃない。そう実感するだけでなんとなくむず痒さと暖かさが心の中を占めてる。最近は右手の疼きは治まってた。
柑子が用意するものに応えないといけない。
俺にできることなんて限られているから、間違わないように、失敗しないように、せめてできることはすべて正答を叩き出せるように努める。
進めていく準備は次の学園内のライブに向けてで、入学から一ヶ月も経っていないのに気が早いなとは思う。だけどこのライブは参加費がかからないのに経費で必要なものを買えて、更には出演料が払われる。外部からも客が入るそうで自分たちがどの程度なのか測るには最適な舞台だった。
学園から渡されている活動用衣装でもいいらしいけど、本気ならば間に合わせないといけない。
俺達の衣装は柑子の要望で黒を基調にしていて、それからどことなく力強くて、荒々しい。そんなイメージ。
短い時間で作られた曲を覚えて、合わせて、踊って。このライブは一曲目は指定曲。二、三曲目は自由曲と決まってる。
指定曲は入学からずっと聞かされてたものだから今更覚え直す必要はない。
だからこそ俺達は自由曲の準備に力を注いでいて、柑子もやる気に満ち溢れていた。
「はぁ。緊張すんなぁ」
「ふふ。笑っていますよ?」
「柑子こそ笑っとるやん」
「ええ。とても嬉しいものですから」
揃いの衣装に身を包んで、隣に居る柑子は口角を上げていてとても楽しそうにしてる。
周りも同じように緊張や不安、それから闘志といったそれぞれ好きな感情で瞳の色を染めていて、その中の一つに目を向けた。
「本当に僕達だけでやるの??」
「間に合わない。仕方ない」
「え〜!!」
「諦めろ」
「だって!僕!すっごくがんばったのに!!」
「俺もがんばった」
「うん!しーちゃんもがんばってたよね!」
いいこいいこと背伸びして、高い背丈のそれの頭を無理やり撫でるように手を伸ばして動かすとすぐに腕をおろした。
「よし!じゃあ二人で予選ガンガン突破して、決勝戦で迎え入れなきゃだね!」
「ああ。俺達が機会を奪うわけにはいかない。これ以上足は引っ張れない」
「だねっ!」
喧しい高い声と、落ち着いた低い声。揃いの衣装だろう二人はフードを深く被っていて誰かはまでわからないし、服装も見覚えがない。
同じ一年ではあるんだろうけど柑子ならば知ってるだろうかと隣を見ようとすれば柑子は持っていたそれを操作して差し出した。
「木賊、最後の確認をいたしましょう」
「おん」
耳に宛てられたイヤホンに、一緒に画面を覗き込む。撮った動画は俺達が踊ってるもの。歌も俺達が歌ったもので、客観的にも確認して、終わったところで耳を離して目を合わした。
「やっぱええ感じ!」
「はい。僕達で魅せましょう」
「ん!」
ちょうどよく集合の合図がされて集まる。
さっと見渡した周りには俺達が喰ってやろうと思っていた人間は一人くらいしか見当たらない。黒色の艶のある髪と一房長い三つ編み。氷鷹北斗はソロで出るらしい。トーナメント表の向かい側にある名前に、順当に行けば決勝でかち合うはずだ。
「……いない」
「ん?」
「…ああ、いえ。なんでもありません」
ぼそりと零した柑子は聞き返したけど首を横に振る。柑子は視線を落として手のひらを握りしめると顔を上げ直した。
「行きましょう、木賊」
「ああ」
目を合わせて歩き出す。
初戦の相手は隣のクラスの奴らで、ひどく緊張した面持ちだ。流れ始めた課題曲にすぐさま息を吸って言葉を吐いて、柑子と合わせていた通りに踊っていく。
向こうは練習時間が不足してるのか、それともまだ恥や照れが勝ってるのか、動きが固くて違和感がある。これならばと歌い続けて、すぐに出た投票結果に俺達の勝ちが表示されていたから手を合わせて叩いた、
「よっしゃぁ!」
「第一回戦突破ですね」
二人で顔を見合わせて笑う。表示された票数も多いし、動きも予定通り。俺も柑子も万全だ。
「この調子でがんがん行くで!!」
「はい、もちろん」
二回戦は先程とは違いやる気のなさそうな四人組で、おそらく出演料目当てなんだろう。そこそこに踊っていたけれど俺達の敵ではなくて、また勝って流れた汗を拭う。
とてもいい流れだ。隣を見れば、携帯を睨みつけてる柑子がいて目を瞬く。
「柑子、どないしたん?」
「…氷鷹北斗が負けました」
「はぁ?!あの氷鷹がか?なんで!誰にや!!」
「………これは…なんて読むんでしょうかね…?」
トーナメント表を確認していたらしい柑子は、画面を見せてくる。氷鷹北斗はそのまま本名で登録されていて、相手方はユニット名らしいアルファベットが並んでいる。造語に近いのか見慣れない文字配列に眉根を寄せた。
「あの氷鷹が負けたんなら、俺達の前にも来そうやな」
「ええ、このまま行くと決勝であたるでしようね」
柑子は目を細めて息を吐くと俺の胸元に手を当てた。
「あの氷鷹北斗を下したとなれば相当の存在でしょう。準決勝、見に行きますか?」
「敵情視察やな」
「ふふ、宣戦布告でも良いですよ」
「ほんま血の気多い奴っちゃな…?」
二人で反対のステージに向かう。背中合わせのように設置されてるステージ。予選は同時に行われるけれど、本戦ともなれば時間をずらして両方のステージが見れるように配慮されている。
盛り上がりを見せている向こう側。在校生は一般とは別のところから見れて、ステージを覗いた。
ディスプレイにはAとBの文字とその下に並ぶユニット名。Bにあたるグループが氷鷹北斗を下した奴らで、ステージにはフードをかぶってる二人がいた。
「あいつら…」
「お知り合いですか?」
「んや。本番前に仲間が間に合わへんって騒いどった奴らや」
「…間に合わない…?」
じっとステージを見る柑子に俺も改めてステージを見据える。
「南ステージ、準決勝!開始!」
司会の声と同時に流れ始めたのは課題曲。準々決勝となれば残っているのもそれなりにやる気のある人間で、堂々と歌ってパフォーマンスをしてる。
それに対してBグループのそいつらはぱっと弾けるように笑って大きく踊り始めた。
「なんや、あれ…。あんな振りやったか…?」
「……原型はありますが…随分とアレンジが入っていますね。それに、自分たちを魅せるのがとてもうまい」
「魅せる…?」
「ええ。小柄な彼は精一杯跳ね回ることで愛らしさを、大柄な彼は逆に細部まで動きに神経をとがらせることで繊細さを表現してます。そして…それだけ違う見せ方をしているのに、二人の動きには一切のズレがない」
「、」
どれだけ大きく動き回っても、ターンや手の払いが止まるタイミングはコンマのズレもないほど同じで、お互いに居場所を把握してるかのように自由に広くステージを使っているのに二人の距離感は離れすぎず常に対称の位置にいる。
自由のように見えて計算しつくされた、そんなステージに相手方もやりづらそうに見えて、観客の視線はどんどん奪われていく。
「あれは…檳榔子くん」
「びん…なんやて??」
「同じクラスにいらっしゃるじゃないですか。とても元気な金髪の小柄な方です」
「おったかぁ…?」
「一緒にいるのは確か…隣のクラスの椋実くんですね。お二人とも成績も素行も大変良いので生徒会補佐にと名前が上がっていたので覚えております」
「優等生ユニットちゅーわけやな」
「……………」
怖い顔をしてる柑子はステージを見たままで、なにかを考えてるらしい。
いつの間にか終わった課題曲に続けてAチームが歌い始めて、湧き上がった観客に流れるようにBが歌い始める。
明るい課題曲に相反するような、ロック調の曲。今回のライブは全体的に明るかったり可愛らしいイメージの曲が多いから驚いてしまって、大柄な、椋実と呼ばれていたほうの人間がセンターに近い位置で立ち回り、それをフォローするように檳榔子が笑ってる。
さっきまでは弾けんばかりの笑顔だった分、激しい曲と浮かべられてる好戦的な笑みに観客は驚きからか声を上げて喜び、柑子がますます表情を歪めた。
「このライブ、Bグループの勝ちですね」
「、なんでそないなことわかるん?」
「……観客の熱はもう、Aグループには残っていませんから」
「…………」
最後の曲を奏でたAグループに、なぜがBグループの三曲目は開示されずに投票時間に移る。
たしかに規程上、課題曲を含めて二曲以上、三曲以内でのパフォーマンスが必須ではあるけど、二曲では駄目なんて言われていない。
ただ本来なら勝負事だから自分たちの印象が残るようにと長く時間を作るために三曲歌うのが通例で、それをたったの二曲、更に片方は課題曲で勝利を収めているとなれば相当の力量だ。
柑子の言うとおりにBグループに歓声が送られて、二人はにこやかに微笑むと観客に手を振る。
「それでは決勝戦進出を決めたpuppeteeerのお二人!一言どうぞ!」
「はーい!」
もらったマイクに小さいほうが口を寄せて、すぅっと息を吸った。
「みんなー!応援ありがとー!決勝戦はもーっと楽しいを見せられるからよろしくねー!」
「puppeteeerは二人じゃないぞ」
「あ、失礼いたしました…!」
「しーちゃん!ほら、コメント!」
「黄蘗、間違いは訂正するべきだ」
「僕も訂正しようと思ってたもーん!!僕達は三人でpuppeteeerだからね!!」
「ああ。三人でpuppeteeerだ」
むっとしていた青色がふにゃりと笑う。満足そうなそれにさっきまで怒っていたはずなのにと目を瞬いてしまって、黄色はにぱっと笑う。
「それじゃあしーちゃんも!みんなにありがとうして!」
「そうだな。投票、声援、感謝する。次からは正式な三人のパフォーマンスを魅せられるだろう。最後まで楽しんでいってくれ」
「ばいばーい!」
楽しそうな黄色に対して、パフォーマンス中はあんなにもふわふわと笑っていた青色は生真面目なのか堅い言葉を残す。
二人がステージから降りていって、司会が決勝戦の時間を案内し始めたから俺達も離れた。
「………puppeteeerなぁ。こんな学園にあんな実力ある奴らが隠れとったなんて知らんかったわ」
「…ええ、誤算でしたね」
「なんやねん。そこは俺らなら大丈夫返すとこやろ」
「…………杞憂だと、いいんですが…」
浮かない表情の柑子はなにか気がかりがあるらしい。あまりに翳ってるから手を伸ばして、両頬を挟むようにばしりと叩けば視線が上がった。
「木賊??」
「ごちゃごちゃ考えても仕方ないやろ!もうあと一つで王手!詰めや!出し切ってから考えるで!」
「………はい、そうですね」
ふふっと笑う柑子はいつもどおりに見える。二人で控室代わりの部屋に戻って、顔を見合わせた。
「柑子、なにをそんなに怖がっとるん?」
「怖いというより…違和感ですかね」
「違和感?」
「……このライブに出るはずの人間がまだ見えてないんです」
「誰のことや?知り合いか?」
「いいえ。僕自身は一度も直接話したことはございません。ただ、僕も貴方も…いいえ、この業界で生きていく気の人間ならば知っていない訳がない人物です」
「……氷鷹北斗はもうおった。明星スバルと逆先夏目は出ぇへん。……てなったら、」
「ええ、あの紅紫はくあです」
「…………そういえば、居らんな」
「はい。あれだけ目立つ人間がネットの話題にも上がっていない。そうなると考えられる可能性は三つ」
指がそっと三本立てられて、俺の前に突き出される。
「一つ目。参加するというのがデマであった。二つ目。事情により辞退した」
「……それならそれやけど…、」
「ええ。…三つ目。対戦相手であるpuppeteeerの未だ見えぬ三人目が紅紫はくあである」
「なんらかの理由で遅れてるとか、そんなところちゅーわけか」
「はい。あちらはすでにプロですからね。本日のような休日ですと仕事が重なっていたりする可能性もあります」
「せやな」
降ろされた手に息を吐いて、それから目を合わせて笑い合う。
「まぁ居っても居らんくても、俺らのやることは一つや」
「…ええ。僕達は必ず勝つ。それだけですね」
意思がかわっていないのなら、準備は万端だ。
ステージ袖に立てば、反対側には二つの影が揺れていて、黄色いほうが顔を上げるなり大きく手を振ってくる。柑子は微笑んで小さく振り返してやって、青色が首を傾げたことに黄色はなにか言葉を返してる。
楽しげな向こうはえらくお気楽でゆるい空気をまとってて、いつの間にか右の手首を掴んでしまっていた左手に熱が触れた。
「行きましょう、木賊」
「ああ…!」
手を握り返して、司会のアナウンスに合わせて登壇する。
明るくなった視界に一瞬目が眩みつつ、まっすぐと歩けば反対側から二つの高さの違う影が寄ってきて、片方がにぱっと笑った。
「まさか二人がユニット組んでるなんて思わなかったよ!」
「ふふ。僕も貴方が椋実くんと組まれていたなんて知りませんでしたよ」
「でしょう!僕たち結成一週間の出来たてほやほやユニットだからねっ!」
「、一週間?」
「うん!」
楽しそうな黄色は嘘は言っていないんだろう。屈託のない笑顔は小さな子どもみたいで、その横に立っている青色は何を考えているのかわからないくらい表情がない。
さっきまであんなに楽しそうに笑っていたのに、同じ人間か?と目を瞬いていれば青色は黄色の服を掴んだ。
「黄蘗。それは必要か?」
「も〜!必要だよぉ!コミュニケーション!はーちゃんもお話してねって言ってたでしょ!」
「ああ。そうだったな」
微かに頷いた青色はぬっと俺達を見下ろすと口を開いた。
「puppeteeer 椋実シアン。よろしく」
「、木賊や。よろしゅう頼んます」
「柑子です。よろしくお願いいたします」
「ああ」
こくりと頷くともう終わりなのか唇を閉じてそれ以上に言葉は吐き出さない。つんけんとまではいかないけど澄ました表情は鼻に触いた。
眉根を寄せてしまった俺に木賊はとんとんと背を叩いて、仕方なく息を吐いて目を逸らす。
「しーちゃん、しーちゃん。準備はいい?」
「ああ」
「あは!うん!いい感じだね!それじゃあはーちゃんのためにステージの熱上げとこうか!」
「そうだな」
跳ねるように歩く黄色と静かに進む青色。所定位置についたらしい二人に俺達も目を合わせて準備をして、息を吸う。
「〜♪」
この曲の最初は柑子から。丁寧な歌い出しのそれに俺が声を重ねて、そうすれば向こうは愉しそうに目を細めながら、口を開いた。
「「〜♪」」
本来ならば一人ずつ歌うパート。それを二人同時に音を零して左右が対称になるように踊りした。
さっきとは違う見せ方にぎょっとしてそちらを見てしまって、黄色と青色は俺達の事を気にせずに向こう側、観客席に向けて笑いかけて歌い、踊る。
「なんやねん、さっきとちゃうやんか…嘘やろ」
「いくつものパターンを用意してきてるんでしょうね…」
柑子も同じことを思ってたのか、休止のターンの俺達は二人の背を見据える。
くるくると舞う黄色に、ひらひらと舞う青色。二つの色味はやはり違う魅せ方なのにどこまでも揃った動きに統一感があって、どことなく引っ張られていくような会場の雰囲気に息を吐き、腹の底に力を入れ直す。
「柑子、ついてこい」
「ええ、行きますよ、木賊」
交互に歌う曲は次は俺達のターン。
息を吸って、しっかりと腹の底から吐き出して音を奏でる。一緒に踊って流れを戻す。
「ふぅん?」
「……なるほど」
どこからか聞こえた二つの声はやはり楽しそうで、俺達が課題曲を終わらせた時点で会場の空気感は半々だった。
「っ、戻すのが精一杯や」
「ここからですよ、木賊」
「ん」
俺達の自由曲は二つ。どちらも俺達二人だけの曲で、俺達が一番楽しく在れる曲になってる。
さっき聞いたpuppeteeerの曲に少しだけ似たロック調の曲に思いっきり想いを籠めて歌って、歌い終わったと同時に流れ始めた曲はさっき聞いたものと違うようだった。
「あ?」
「…………」
似てはいるけど、準決勝のときは青色がメインにいた曲は、今度は黄色が真ん中にいる。黄色が主旋律を歌い青色がそれに合わせるように歌って踊っていて、二人はやはり愉しそうに観客に視線を向けて歌っていて、観客も歓声を返しながらペンライトを振ってる。
結成から一週間などと抜かしていたけど、人の目を惹くその歌声もパフォーマンスもどれをとっても完成度が高い。
それから、観客を第一に据えているその様子に俺達の足りないものを自覚して、胸に手を置いた。
「………すぅ〜、はぁ〜」
「木賊?」
「…柑子」
不思議そうに俺を見上げてくる相方に目を合わせて、笑う。
「勝つんには、観客を楽しませなぁあかんよな」
「、ええ。そうですね」
「俺らは人を見れてへんかった。この際対戦相手が誰であろうとええ。来とるお客さんに楽しんで帰ってもらう。それが前提やな」
「……ふふ。ええ、全くもって、そのとおりですね。勝つからファンがつくのではなく、ファンができたから勝つ」
どちらからともなく近づいて、背中合わせになる。背を預けて、マイクをしっかりと持って目をつむった。
「暴れましょう、木賊」
「暴れんで、柑子」
大きく息を吸って、柑子が叫べば、びりびりと観客が驚いたように息を呑む。顔を上げて俺が煽ればきらきらした目の観客がコールを返してくれて、口元を緩んだ。
『いいステージだね』
聞こえたのは、どこまでも軽やかで澄んでいて、透き通った声。
天使の囁きにも、悪魔の嘲笑とも取れるそれはマイク越しでもないのに鮮明に耳に届いて、ちょうど音が切れたことで出し切った俺達は顔を上げてしまって、見据えたその先にいた赤色に目を奪われた。
「こ…」
「はーちゃん!」
「はくあ」
『ごめんね、お待たせ』
嬉しそうな二人と同じような服をまとった赤色はフードを更に深くかぶる。口元だけが見える程度のそれに強い電子音が流れ始めて、すたすたと歩きながらステージの中心へと向かう。二人も同じように歩きながらそれぞれ手を叩き始めて、コツリと、少し高めのヒールをわざと叩きつける音が響いた。
『SCREAM』
聞こえた声は赤色のもの。観客は唐突に増えた一人に戸惑いつつも、大きく流れ始めた音楽とそれにあわせて揃って踊り始めた三人に目を奪われた。
さっきよりも曲の速さはゆるいのに、振りはきっちりとしてる。
赤色がセンターに、黄色と青色を左右に置いたと思うとすぅっと吐息が響いた。
「「ride on time 」」
『世界は思うより crazy』
「「your playing style 」」
『頑丈な感情さ maybe』
「「君とつないだ手なら離しはしない
二人なら何処へでも行けるだろう」」
歌いながら踊ってる。それは当然のことだけど三人は身長も雰囲気も違うだろうに揃った動きで統一感を出していて、声もきれいに合わせてる。
「「君が望んだ世界なら終わりはしない」」
『「if you will come with me now
we could get be fine
and we will ride it again 」』
くるくると動きながらセンターは黄色や青色になっても見劣りも崩れもしない動きに目が奪われて、舞った青色に目を見開く。
「勢いを増すスピードで」
「二人きりまばゆい場所へ」
『何の邪魔も見当たらない』
音ハメの多い振り付けは三人とも一か所たりともズレることはない。
どれだけ動いても震えない声量、揺らがない体幹。こいつらはと思った瞬間に曲調がまた変わる。
『「「どうなってもいいって想いで
いざ you're going to fall in 乱」」』
「「do not get me down
猛威 君の瞳 飽きさせないよう oh please」」
黄色を真ん中にしていた曲はくるりと場所を変えて、センターに来た赤色の、深くかぶってるフードのせいで唯一見えている口元が嗤った。
『どうしたって逃げられないよ もう
いざ you're going to ride my crazy なロマンス』
「「do not get me down so it's 君こそ only
唯一の人よ oh please 」」
『now it's time, scream! 』
一切のズレもなく、三人がそろって右手を差し出せば観客から歓声があがる。後奏まできっちりと揃って踊りきって、笑みを浮かべた三人に曲が止まった。
割れんばかりの声援。赤らんだ頬は堕ちた観客らしく、ぱっと黄色が赤色に飛びついた。
「はーちゃん!お疲れ様!」
「間に合ってよかった」
『待たせてごめんね。二人なら大丈夫だと思ってたよ』
「えへへ!しーちゃんとがんばったの!」
「がんばった」
『うん。そうみたいだね』
黄色を支えつつ、寄り添う青色の髪を撫でた赤色は穏やかに笑っている。
「皆様!最終投票をお願いいたします!」
響いた声と促されたことでステージに上がる。歯を軋ませる音が響いて、握りしめた手のひらに爪が刺さってる痛みだけが唯一の感覚で、足元が覚束ない。
「それでは!結果発表です!」
見なくてもわかる。最後の一曲は決定的だった。
「優勝は!puppeteeer!!」
圧倒的な票数差。背筋が冷たくもならないし足元が崩れるような感覚もしない。
ただただ、熱い。
「やったぁ!」
「…よかった」
『言ったでしょう?二人なら大丈夫だって』
体全部を使って跳ねて回って嬉しいを表現する黄色。力が抜けたのかふらついた青色を赤色が支える。
「優勝されたpuppeteeer!コメントをどうぞ!」
「はーちゃん!」
「はくあ」
『うん』
差し出されたマイクに真ん中の赤色が頷いて、手を上げるとマイクを受け取る前に被していたフードに手をかけて、落とす。
さらりと靡いた黒髪。晒された白い肌と宝石みたいに赤色の瞳。
目視して、認識した観客は一瞬静まって、それから、絶叫が響いた。
「紅紫はくあ?!!!」
「なに、え、まじ?!」
「うそうそうそ!なんで!?」
動物園よりも賑やかなそれに赤色はわかっていたのかマイクを受け取って、それから口元に指を置く。
反射的に静まった会場内に赤色が満足そうに微笑んだ。
『本日はお忙しい中お越し下さり、また、たくさんのアイドルへのご声援ありがとうございました。この度優勝いたしましたpuppeteeerであるリーダーの紅紫はくあが代表してご挨拶させていただきます』
慣れたように始まった挨拶に観客は携帯を向けたり手を握りしめたり涙を拭ったりと忙しそうで、でも最初に言葉を発さないようにと合図されたからかおとなしく言いつけを守ってて場内は余計な音が聞こえない。
『代表してと話しましたが、今回僕は大遅刻しておりますので申し訳ない限りです。また、今回の優勝に関しましてもうちの黄蘗とシアンの力が八割ですので、次回があればきちんと最初から参加し万全のpuppeteeerのパフォーマンスをお楽しみいただければと思います』
にこにこと笑ってる黄色とふわりと笑みを浮かべてる青色。二人とも中心の赤色しか見えていないように嬉しそうで、赤色はとんとんと二人の髪をなでたと思うと前を向き直した。
『改めまして、皆様、本日はたくさんのアイドルを応援してくださりありがとうございました。好きなユニットは見つかったでしょうか?これからもどうか、夢ノ咲学園をよろしくお願いします』
「お願いいたします」
「お願いしまーす!」
三人が挨拶をして締めれば観客ははっとしたように手を叩き、それから声援を送る。
いくつもの、割れんばかりの歓声や舞う紙吹雪。輝かしすぎる景色に奥歯を噛み締めて、隣の手を取って歩き出す。
ステージを降りて、まっすぐと控室に向かって、扉が閉まる。熱くなってる目頭と流れてきたそれに鼻を啜った。
「っくそっ、完敗や!!」
「……………」
「あれがトップアイドル…っ、存在感も完成度も全然ちゃう!!」
出来栄えが同じ一年とは思えなかった。そもそも紅紫はくあは顔を隠して名前も出さずに舞台に上がってる。元から持ってた肩書を一切使わずに勝負して負けたのなら、それ以外のすべてが俺達は劣ってることになる。
「紅紫はくあだけやないっ。あの黄色のも青いのも、歌も踊りも完璧やった!あれで一週間なんて、彼奴ら天才か、なんやねん!」
puppeteeerが氷鷹北斗を下したとき、紅紫はくあは居らずあの二人が直接対決して勝ったことになる。
どんな演出で、どんな踊りで、どんな歌を見せたのか。俺達の知る限りこの決勝と準決勝で魅せ方があれだけ違ったのなら、氷鷹北斗のときもきっと違ったんだろう。
「柑子!!」
「、はい」
ずっと泣きそうな顔をしてる柑子の、握ったままだった手を引っ張って、顔を合わせる。
「もう二度と負けへん!こないな屈辱はもう味わいたない!」
「、あれに…勝てると、思ってるんですか?」
「当たり前や!!」
空いてる方の手で柑子の額を叩く。
「アホ言っとるとしばくで!言ったやろ!俺らは全部喰らって一番になって、そんで生きるんや!」
「、」
「次や…っ、もっともっと、全部磨いて、次はあいつらに煮え湯を飲ませたるねん。もう負けへん…!!」
溢れてきたそれに歯を食いしばって、そうすれば柑子もやっとぼろぼろと涙をこぼす。伸ばされた手が俺の目尻に触れて水を掬った。
「はい。そうですね…。負けはこれで最後です。僕達にはこんなところで立ち止まっている時間はありません」
「ん」
「行きましょう、木賊。やるべきことはたくさんあります」
「んっ!」
二人で涙を拭って、息を吐く。顔を合わせれば真っ赤な目元と鼻をしていて、揃いのそれにひどい顔だと笑いあって。
着替えて忘れ物がないのを確認して、扉を開けた。
『こんにちは』
「「、」」
そこにいた赤色に、二人で固まる。
ずっと待っていたのか、微笑んでいるそれの周りには青色も黄色も見当たらず、柑子がぎゅっと俺の手を掴んだ。
「こんにちは。優勝、おめでとうございます」
『ありがとうございます。重ねて、本日は対戦ありがとうございました』
ふわりと微笑む紅紫はくあは、紙面やテレビ越しで見ていたのと同じ柔らかな表情で、あんなに激しく踊っていた気配なんて一つも残ってない。
柑子の手を握り返して、見据える。
「なんの用や」
『addictのお二人とお話がしたくて』
「…俺ら忙しいねん。手短に済ませてや」
『ありがとうございます』
警戒してる俺達に気づいてるのにそんなこと気にもしないで笑う紅紫はくあに、何かがおかしいと、唇を結う。
紅紫はくあはポケットから細長いものを取り出して、俺達に向ける。
『今回のライブの映像データです』
「「は?」」
思わずそろった声に紅紫はくあはやっぱり微笑む。
『貴方たちaddictと、後puppeteeerのパフォーマンス動画が入っていますのでよろしければ活用ください』
「、なんでそんなものを貴方が…?」
『とある方法でとだけ言っておきますね』
柑子の警戒は強い。俺を守るように一歩前に、半身重なるように立った柑子はまっすぐ相対する。
「僕達に施して、そちらになんのメリットがあるんですか?」
『…………』
にっこりと嗤った紅紫はくあの、赤色の瞳が俺達を見つめて、ゆっくりと口元が動く。
『______…』
がっと音が響いて寝ぼけながら顔を上げる。持っていた携帯が床に落ちたらしいそれに、仕方なく手を伸ばして、携帯を見ればずっと再生したままの動画はいつの間にか初舞台の映像になっていた。
「あー……」
「木賊、起きたんですか?」
聞こえてきた足音と気配。マグカップを片手に近づいてきた柑子は俺の隣に腰掛けて、手元を覗くとふふっと笑った。
「懐かしいですね」
「せやな」
「改めて見ると、僕達も変わりましたね」
「ん。この頃の俺らはいっぱいいっぱいやったからな」
完璧だと思ってた。万全を尽くしたと思ってた。けれど改めて見ると声が出ていなかったり、震えていたり、振りもトチっていたり動きが小さかったりと粗が目立つ。
「はぁ。客観的に見るって、ほんま大切やなぁ」
「ふふ。そうですね」
あの日渡された映像を見て、俺達は反省点を夜が明けるまで出し続けて何故負けたのか、何が足りなかったのかをノートいっぱいになるまで書き留めた。
そしてそれから、puppeteeerの動画も見て、参考にした。
「今考えても彼奴らほんま腹立つわ」
「どうしてですか?」
「三人一つ言うくせに二人でガンガン勝ち進んで、あんだけファンをとか抜かしてたくせに彼奴らの目線の先は一人やったやん」
「結果として観客がそれを自分たちのためと勘違いしてファンになるんです。良いではありませんか」
「はぁ〜。きぃもシアンも昔っからほんま変わらんな」
「黄蘗くんもシアンくんもはくあくんが一番大切ですからね」
「何がおおてあぁなったんか知らんけど、はくあの吸収率エグいねん。スポンジかいな」
「ふふ。そのはくあくんに僕も貴方も吸われてる側ですよ?木賊」
「ちゃうわ!俺は臣下やなくて対等なんや!!」
「はいはい。そうでしたね。お茶でもどうぞ」
「っ〜!!」
微笑ましそうにぬるい目を向けてくる柑子によって流された俺の言葉に、差し出されたカップを受け取って一気に中身を飲み干す。
空になったから口元を拭って、息を吐いた。
「いつまでもしゃーない昔話なんてしとらんで、本番の準備すんで」
「そうですね。本日の支度は万全ですか?木賊?」
「あったりまえや!俺らのステージで会場沸かせたるねん!!」
「ええ。僕達でステージを沸かせましょう」
「ん!やったるで!柑子!!」
すでに愉しそうな柑子に俺も自然と口角が上がって、心臓が今から高鳴る。
今日は久々のaddictとしてのライブ。はくあときぃが俺達の友人に声をかけて予定をつけさせていたし、届いていたメッセージには今日を楽しみにしてると添えられていた。
「どうや!柑子!」
「ふふ。ええ、とても良いですね、木賊」
着て見せた衣装に柑子が微笑む。着々と進むライブの準備。もとから山ほどやりたいことはあったから場所と時間さえ揃えば後は詰め込んでいくだけだ。
衣装は一人2種類。白っぽいのと黒っぽいの。黒は元からあるやつにアレンジをかけたもので、白は新規衣装になる。
普段よりもかっちりとしたそれは帽子付きで、柑子がかぶって笑った。
「似合いますか?」
「ん!ええ感じ!」
軍服をイメージしたけれど、柑子がまとうとどうにも王子様みたいなイメージになる。俺と揃いだけどだいぶ印象が変わりそうなそれに、柑子は満足そうだ。
「楽しみですね、木賊」
下がった目尻と上がってる口角。きらきらした赤色の瞳に大きく頷いて胸を叩く。
「俺と柑子がいれば間違いない!やってやんで!柑子!」
「はい」
「大神も鳴上もみかも!シアンもきぃもはくあも!度肝ぬいたるわ!」
「ふふ。ええ、どこまでも楽しんでくださいね。貴方が迷子にならないよう、僕が支えます」
目を合わせて笑いあう。柑子の目はいつものようにまっすぐで澄んでるけど、少しどろどろしてて、ライブの前の柑子はいつもよりもギラギラしてる。
聞こえる期待のこもった心地よいざわめき。暗い室内に唯一灯る強すぎる光の元へ。
「行くで!柑子!」
「ええ、木賊。行きましょう」
同時に出した手を繋いで走り出した。
