イナイレ
「今日はここまで!」
「「「ありがとうございました!」」」
午前練というと遅いし、通し練習といわれれば短い。そんな微妙な時間に終わった練習にまだ遊び足りなそうな鬼道と豪炎寺がそわそわと近寄ってきて、少し付き合ってやるかとと目を細めたところで金色が揺れた。
「かいとーん!」
『あ?』
にこにこと大きく手を振ってる姿に目を瞬く。
『ようた?』
「…約束してたのか?」
『してねぇ』
練習を始めようとしてた面々も俺と同じように目を丸くしていて、ようたが跳ねて俺を呼ぶから近づいた。
『どーしたァ?』
「ふふん!お届け物だよん!」
言い終わるのが早いか俺の後ろに回ったようたが抱きついて、俺の目を塞ぐように手を置く。
『ようた?』
「受取拒否しないでね?」
楽しそうな声。それからタッと聞こえた地を蹴るような男。スパイクやシューズとは違うそれにあれ?と思ったところで手が離れて、同時に背中が支えられて、前から勢い良く二つ飛び込んできた。
「すぅー……………、十六日ぶりの諧音むっちゃいい匂いする…」
「元気そうでよかった!もー、寂しかったよ!かいとぉ」
くっついてる二人と向こう側から楽しそうに笑みをこぼしながら近寄ってくる二人に視線を移す。
「ここまじ色々ある!!こんなとこで試合してたんだな!なぁなぁ!遊び行こ!!」
「久しぶりだねー。かいちゃんがいないからつまんなかったよぉ」
たどり着いて足を止めて、つい先日も見た顔にとんと背中を押されたところで意を決すしたように顔を上げた。
「よ、耀太くんと誠さんにみせてもらった!お、お疲れ様!かっこよかった!」
『特にまだ何もしてねぇけど…ありがとォ…?』
ひっついたままのきょうじとゆあは離れる様子がないし、だいきとゆきやはくすくすと笑っていて、あいなは良くできましたとみきの頭を撫でてる。ようたと一緒に俺を支えてたせいに顔を上げて視線を向けた。
『迎えに行ってくれたのか?』
「ああ。蜜月から連絡をもらってな」
「練習の邪魔するのも悪いでしょぉ?あいな一人で空港までお迎え行っても良かったけどせっかくなら誠さんと耀太くんも一緒にどうかなぁって」
『ん、そうか。ありがと』
「ふふ。もっと褒めてくれてもいいんだよぉ、かいと?」
口元を緩めるあいなにせいとようたは笑って、俺の髪に触れる。
「諧音が嬉しそうでよかった」
「だねん!!」
くっついたままのゆあの頭を軽くなでて、それから息を吸い続けてるきょうじの背を叩く。
『呼吸しろ』
「んん…」
「恭司にそんなに肺活量があったとは知らなかったわぁ?」
「すごいくらくらしてるよ、哀奈」
「恭司くん大丈夫??」
「んん?死んじゃわないでね??」
「ふふ。恭司くん、はい、吐いて、すって」
「だ、だいじょうぶ…?ゆっくり、ね?」
顔色の悪いきょうじにあいなが呆れ顔を見せて、だいきがそわつき、ゆあも眉尻を下げる。ゆきやとみきが呼吸を手伝ってやってるのを横目に振り返る。
『せい、ようた』
「安心しろ、開けておこう」
「俺っちも午後からしか練習ないから平気!」
『ん、そうか』
「なにか必要なものはあるか?」
『ねぇと思う…?』
目を細めるせいに断って、それから改めて賑やかな向こうを見る。
『落ち着いたかァ?』
「おちつきました…」
「きょ、きょうじ、さん、…苦しくない?」
「大丈夫よ、みきちゃん。ちょっと放っておけば治るわ」
「ゆきやくんとだいきくんに任せておこ!」
「待って、俺何もできないんだけど??」
「ふふ。いざとなったら落とすから大丈夫だよ、だいきくん」
「お、おと…?そ、それは安心できないんじゃ…??」
「ゆきやくん、落とすのだけはやめて。落ち着きます」
「うんうん!これで一件落着!安心だね!せいたん!!」
「ああ。明日も十二分に活動ができそうでなによりだ」
「う、はい…」
肩を落とすきょうじにようたとせいが再度俺の髪に触れて、一歩離れた。俺の向かいに回って全員が正面に立つ。
「か、諧音くん、こ、この後も、…練習がんばって!!」
「応援してるねー!」
『おー、ありがとォ』
「明日の準備は任せて!」
「いっぱい遊ぼうね」
「しっかり睡眠取っておいてね!かいとぉ!」
『ん』
「明日は迎えにくるね」
『わかった。また明日な』
「「うん!」」
「はぁい」
「おー!」
「う、うん!」
「ふふ。みんないい返事ねぇ。さぁ、行きましょ」
「諧音、この子達はきちんと送り届けるから安心してくれ」
「練習がんばってねーん!!」
『ああ。頼んだ』
あいなとせいとようたは六人を支えつつさっさと車に乗り込む。振られてる手に右手を上げて返して、車が去っていったから振り返ればじっとこちらを見てたらしい面々とばちりと目があった。
『練習しねぇの?』
「あ、いや、え、っと…」
さっきまで一番近くにいた鬼道に問い掛ければどうしてか視線を泳がせて言葉をつまらせる。
「来栖くん、鬼道くん。僕も練習の仲間に入れて?」
『ん、いいんじゃね?』
「…、は!来栖!鬼道!俺も!俺も一緒に練習したい!」
『はいはい。ならさっさと始めんぞ。人数多いと時間足んなくなる』
「うん!」
「ああ!」
『ほら、いつまでもぼーっとしてんな、鬼道』
「、あ、ああ」
やっと意識が覚醒したらしい鬼道に心の中でため息をこぼしつつ、飛んできたボールを受け取る。
「来栖ー!俺達ともやろうぜ!」
『んー』
土方を筆頭に、風丸、飛鷹、小暮、壁山が固まっていて守備の強化をする気らしい。
辺りを見渡して、目についたピンク色に口を開いた。
『染岡ァ』
「、んだよ」
『フォワード集め?』
「…はっ!ならてめぇはディフェンダーしろよ、来栖!今日という今日は抜いてやんからな!」
『できるといいなァ?』
「やってやるわ!!」
大はしゃぎの染岡に息を吐く。さてとベンチに近寄り、一人ずっと隅でぽつんとしていてそのまま荷物を持って帰ろうとしてる茶色を捕まえた。
服を引く。
『どこいんくんだ?』
「、なんだよ」
『練習しねぇの?』
「……俺が?お前らと?」
驚いたように目を丸くした不動が不思議で、瞬きを返した。
『俺とお前であいつらと練習しねぇと意味ないだろ?』
「、」
『俺は一人でサッカーする気はねぇぞ。ほら、俺がやんだからお前もついてこい。さぼんな』
「………普段サボってばっかのくせに」
『最近はちゃんと起きてるし飯も食ってるからセーフだァ』
「…少ししか付き合ってやんねぇぞ」
『俺もちょっとしかやる気ねぇよ。ほら、行くぞ。彼奴ら待ちくたびれてる』
「練習止めてたのお前らだけどな」
『それはそれ』
掴んでた服から手を離して歩き出す。ちゃんとついてきてる不動と一緒にすっかり準備万端なそこに混ざった。
×
食事はいつもどおり食堂で、全員揃うまで待つのもいつもどおり。揃ってから挨拶をして食事は開始して、食べ終われば各自解散。
夕食を済ませて口元を拭ったところですみれ色が近寄ってきて、目線を上げる。
「諧音くん、明日は朝から出る?」
『たぶん?十時くらいに来るってだいきから来てた』
「そっか。そうしたら朝ごはんは一緒だね」
『あー、起きれればァ?』
「ちゃんと食べてから行ってね?用意しておくから」
『んー』
ひらひらと手を振った冬花に手を振り返して、ずっとこっちを見てきてた向かいに視線を戻せば口を開く。
「…明日でかけんのか?」
『ああ。来るか?』
「、俺が行ってどうすんだよ」
『さぁ?買い物とかゲーセンとか、たぶん彼奴らのしてぇこすると思うからお前もきょうじとバイクの話したり、好きにしたらァ?』
「……………」
「、ゲームセンター…?」
『あー、だいきいるし、お前も来るか?』
「い、いいのか…?」
『いーんじゃね?』
「諧音!諧音!俺も!」
『来ると思ってた。どーぞォ?』
「うっしゃあ!」
「諧音さん!俺もいいですか!」
『はいはい。好きにしろ』
「はーい!好きにします!」
たまたま近くで食事をしてて反応した鬼道に、そんな気はしてた条助と虎の二人の頭に手を置いて、軽く撫でてから部屋を出る。
明日は早いし準備もしないといけない。さっさと寝てしまおうと出てきたあくびを噛み殺した。
×
『…人数多くね?』
「あんなふうに言ったらこうなるだろう」
見送りに来てた道也が当たり前のように息を吐く。
それぞれ顔見知りのきょうじと不動、だいきと鬼道が挨拶を交わして、意外にも虎はみきと、豪炎寺がゆきやと波長が合ったようで、条助はあいなと話してる。
最後の組み合わせに変な闘争心を燃やさなければいいけどと思いつつ隣を見た。
『音無と木野はいいのか?』
「はい!今日は立向居くんと小暮くんと壁山くんの特訓に付き合うんです!!」
『そうだったのか?』
「楽しんできてください!諧音さん!」
『ん、付き合えなくてわりぃな』
「気にするな。俺と土方でしっかりと面倒を見ておく」
「帰ってきたら来栖がたまげるくらいの成果見せてやんよ!」
「うええ??す、すごいハードルがあがったっす…!」
「そんなこと言ってなんにも成果なかったら格好つかないけどねぇ」
楽しそうで不安そうな一年組に、風丸と音無が水を刺さないと息を吐き、土方は快活に笑い飛ばす。
それから木野も表情を緩めた。
「うん。私も、未紀ちゃんとお話はしたいけど円堂くんと吹雪くんと基山くんと飛鷹くんの練習に混ざるの」
『何だそのメンツ?』
「ふふ。楽しそうでしょ?」
『予想はできねぇなァ…?』
肩を揺らす木野に目を瞬いて、傾げてしまってた首を元に戻す。
ふわりと髪を揺らした冬花が差し出したそれを受け取って、頭に乗せて被った。
「いってらっしゃい、諧音くん。楽しんできてね」
『ん、ありがとォ。いってきます』
見送られて手を振る。
「楽しんできてね、みきちゃん」
「う、うん!またあとでね、秋ちゃん!」
ぱぁっと表情を明るくしたみきは嬉しそうで、木野がにっこりと笑ってよろしくねと俺を見る。風丸が胡乱げな目を向けてくるから、そのまま近くのゆきやの頭をなでて歩きだす。わかってたようにゆきやが手を叩いた。
「さぁさ。そろそろいかないと時間がなくなっちゃうよ?」
「「遊ぶ時間!」」
「ふふ。はい、恭司。よろしくね」
「ん。はいはい。任せておいて」
ゆあとだいきがぱっと顔を上げて俺に飛びついて、あいなが持っていた鞄を渡してきょうじが肩からかける。みきとゆきやが目線を合わせて、条助と虎が固まってる不動と鬼道と豪炎寺の背を押した。
「あっちのあれ見たい!」
「行こっ!」
『んー』
元気なゆあとだいきに引っ張られて、それをゆきやとあいなとみきが微笑みついてきて、きょうじと条助と虎が適度に距離が離れる度に待ってーと追いかけてくる。
不動と鬼道と豪炎寺が目を瞬いていれば、置いてかれているのに気づいたらしいみきが手招いて、あいなとゆきやが連れてきた。
「かいとぉ。この辺きたことある?」
『ねぇな』
「じゃあ探索しよーぜ!」
最初はウィンドウショッピングらしい。あれがそれがと目を輝かせるのはゆあで、小物や洋服を見つけるたびに手を引かれたみきやだいき、ゆきやが着せ替え人形になっていて虎と条助、それから巻き込まれたらしい豪炎寺も着替えさせられてる。
「ゆあさんは洋服が好きなんだな」
『モデルやってんうちに服とかメイクに興味出たらしいぞ』
「え、モデル?」
『モデル』
「うふふ。鬼道くん知らなかったのね?」
「、せ、浅学で、申し訳ありません…」
「あれ?哀奈、鬼道くんまで脅したの?」
「あらぁ?事実無根の人聞きが悪いことを言うお口はこれかしらぁ??」
「いたいいたい、そこはほっぺた!!」
ぎりぎりと二本の指で抓まれた頬にきょうじが涙目になって、鬼道が固まる。賑やかなそれにきょとんとしてた条助と不動が俺を見た。
「なー、諧音、ゆあさんってモデルやってんのか?」
『おー。なんかの雑誌のモデルやってる』
「なんかのって…お前興味ねぇのか…?」
『あー、本に載ってたりしたらそれは買うけど…。別にモデル辞めたってゆあに変わりはねぇし、モデルなことに対して特別なにか思ってたりはしねぇって感じ』
「あ!そういうことか!諧音らしいな!」
にかっと笑った条助は楽しそうで、不動がそういうもんなのかと目を瞬く。
頬を離されて赤くなった右側を抑えてるきょうじがこちらを見た。
「ねぇ諧音、なんで鬼道くんは哀奈に敬語なの?」
『知らね』
「いや、知らないじゃないだろう?!お前、この方は蜜月のご令嬢だぞ?!逆になんでそんな普通なんだ?!」
『それはあいなの家の話だろ。あいながそうしろって言ってこねぇ限りは特別対応しねぇわ』
「そうそぉ。鬼道くんももっと恭司に接するように気軽に接してちょうだい?ここは社交の場でもないわ?」
「し、しかし…」
「そうだぜ!鬼道!話し方なんてそんなん海の広さに比べたらちっぽけもんよ!」
「これは小さくないんだ…!綱波…!!」
眉根を寄せる鬼道に、きょうじが俺は?と首を傾げてるけど、首を横に振る。それを見てた不動が不思議そうに目を瞬いて、口を開くより早く扉が開いた。
「見てみて!似合う?どうかな!かいとぉ!」
『ん。色味もあっててかわいい』
「きゃー!ほんと?!うれしい!!」
飛び出してきて、濃いブルーのワンピースの裾をくるりと回ってひらつかせてみせたゆあは跳ねて喜ぶ。それから同じように勢い良く開いた扉は二つで、そちらに目を向けた。
「どうでしょうか!」
「似合うか?」
『へー。お前らがそういう格好してるの初めて見るけど、似合うな』
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ虎に、口元を緩める豪炎寺。どちらもジャージかユニフォームのイメージしかないからゆあチョイスの私服は珍しくて新鮮だ。
「虎丸くんは年下らしい可愛さを、豪炎寺くんにはおとなっぽさを意識してみました!」
『同じジャケットなのに全然印象違うし、二人によく似合ってる。センスいいな、ゆあ』
「えへへ、もっと褒めて〜!」
『もちろん褒めるけど、みきとだいきとゆきやも見たい』
「そうだね!ねぇねぇ準備できた〜?!」
はっとしてぱたぱたと試着室に向かって駆けていったゆあに、辺りを確認する。
虎と豪炎寺はお互いの服装に表情を緩めて会話していて、鬼道は条助に気にすんな!と背を叩かれて笑ってる。
この扱いの差はなんで?と問いかけるきょうじに不動は不思議そうに首を傾げて、それをあいなが微笑んで流した。
視線が外れてる間に店員にいくつか言葉を告げて、終わる頃にはおまたせしました!!と大きな声が響いたからそちらを見る。
「まずはゆきやくん!」
「おまたせ〜」
ふふっと笑って出てきたゆきやは普段と違って、柄の入ったシャツにシルエットがゆるくて長さがまちまちに見えるパンツを纏っていて、少し長めの裾で隠れてる右手を口元に当てた。
「どうかな?かいちゃん?」
『ああ、似合う』
「ふふ。でしょう?僕なんでも似合っちゃうから。でもこういう格好はあんまりしないからゆあちゃん様々だね〜」
「ゆきやくんは顔ちっちゃくて色白で何でも似合うから!とりあえず今回は控えめにしたけど今度はもっと派手なの着ようね!」
「たのしそ〜」
にこにことしてるゆきやがきょうじに近寄っていって、どう?と首を傾げる。あいなに素気無くあしらわれて肩を落としてたきょうじが笑ったのを確認して視線を隣に移した。
「次はだいきくん!」
「俺本当にこれであってる??」
「あってるあってる!ね!かっこいいよね!かいとぉ!」
『んなに不安がるなって。似合ってんぞ、だいき』
「…へへっ、そっか」
ゆきやと似たシルエットの洋服だけど、上は7分丈でさらっとした材質のシャツに足元はかっちりめの編み上げのブーツですっきりとしてる。
嬉しそうに口元を緩めただいきにあいなが良かったわねぇと頭を撫でてやって、ゆあがしまったままの扉に近寄った。
「みきちゃん!みきちゃん!」
「む、むりだよ…!!」
「大丈夫だってー!すごくかわいいから!!」
「で、でも、こ、こんなきれいなお洋服着たことなくて、わたしいつも体操服だし、」
「だからこそだよ!せっかくのデートだもん!お出かけにはとびっきりかわいいを詰め込まないと!!」
「で、っ!????」
ばんっと扉を開けたゆあにみきが固まる。濃い青がゆあだったけど、みきは淡い黄色にしたらしい。みきの性格に合わせてか少し長めの丈で足を出さないように配慮されているけど、たしかに珍しい格好をしていて、真っ赤になってるみきと視線が合う。
『かわいい。花みてぇ』
「、」
ぶわりと首元まで赤くなったみきが涙目になって、顔を覆うからゆあが苦笑いをこぼして、あいなが手を伸ばして抱きしめた。
「えーっと、刺激が強すぎるかな?」
『俺のせいかよ』
「ふふ。諧音以外に原因がないと思ったのかしらぁ?」
「大丈夫だよー、みきちゃん。ほら、息しようね〜!」
ぽんぽんとんとんとあやしはじめた二人に慣れたようにだいきとゆきやがさてさてと俺を見て、それから合図すれば鬼道と不動の腕を掴んだ。
「「は、?」」
『お前らも行ってこい』
「え、な、なぜ俺が!?」
「なんで俺まで!」
『みきが落ち着くまで時間かかるだろうからな。きょうじ、ゆきや、だいき、頼んだァ』
「うん!まかせて!」
「リクエストある?」
『あー、せっかくだし俺と似たやつで』
「「、」」
「んー、じゃあこっちかなぁ」
「さぁさぁ!行くよ!」
弾むように歩く二人に連れられて消えていくから、一人静かになってる条助の頭を撫でて歩き出す。
わかってたようについてくるから近くに用意されていたベンチに腰掛けて、隣に座った条助がじっと真っ黒の瞳で俺を見据えた。
「なぁなぁ諧音、なんで俺は着替えさせてくれねぇの?」
『はぁ?俺のあげた服着てきてんのになんで着替えさせなきゃなんねぇんだァ?』
「気づいてくれてたんだな!」
『当たり前だろ』
「嬉しい!」
『頭からつま先まで揃えてんだから気づかねぇわけがあるか』
「覚えててくれたのが嬉しいんだ!」
上機嫌の条助がこてんと俺の肩に頭を乗せるから息を吐く。これみよがしにまとった服は小物から靴までしっかりと俺が見繕ったもので、ばらばらに用意したのにうまい具合に合わせて着こなしてる。
『わざわざ日本から持ってきてたのか』
「諧音と遊びいけるかもしれねーだろ?」
『違いねぇ』
「水着もあるから海も行こうな!」
『時間があれば』
「合宿所の裏に海あんだぜ!」
『あー、そういやあったな』
いつだかに円堂に引きずられて砂浜でボールを蹴ったのが昔のことに思える。
円堂は彼処にタイヤまで用意して特訓に使っているようだけど、条助は波乗りに行ってるのかもしれない。
『サーフィンは厳しいけど、飯食い終わった夜なら行けるか?』
「おう!海はいつ見たって大きいからな!」
海の話をしてるときの条助はいつだって楽しそうで俺も気持ちが落ち着く。条助はからからと笑っていて、沖縄で会った頃から変わらないなと息を吐いた。
『…朝でもいいかもな』
「朝?」
『ん。水面がきらきらしてる』
「はは!諧音海大好きだよな!」
『ああ。お前が好きだからな。それに朝の波が一番好きなんだろ?お前がサーフィンしてるとこ久々に見てぇ』
「!」
ぱっと起き上がった条助にそちらを向く。きらきらとした目の条助に手を伸ばして髪を撫でた。
『次いつ海行くんだ?』
「明日!!」
『ふはっ。急すぎんだろ。せめて明日の天気確認してからにしろよ』
「諧音が来てくれんならいつでも!」
『はいはい。いま確認するからちょっと待て』
携帯を取り出して操作すればぴったりとくっついて同じ画面を覗き込む。
検索をかけた画面に表示される天候。ついでに風向も調べてさっき条助がしてたように肩に頭を乗せて寄りかかる。
『乗れそーかァ?』
「風向きは合ってる!」
『じゃあ明日』
「夜明け4時半!」
『はや…起きれっかなァ』
「今日一緒に寝る!起こすし準備手伝う!」
『ん、頼んだ』
「まかせろっ!」
携帯をしまって空いた腕を組んで目を瞑る。
静かに息をしていれば条助はするすると帽子から出てる毛先に触れていて、うとうととしているうちに向こう側から聞こえてくる声が俺の名前を呼び始めたから目を開けた。
『用意できたみてーだな』
「だな!」
体を起こせば条助が先に立ち上がる。俺も伸びてから立って、二人で元いた場所に戻れば、ぱっとゆきやが振り返った。
「おかえりなさい。かいちゃん、綱波くん」
「おう!」
『ん。今どんな感じだァ?』
「みきちゃんはそろそろ平気そう。大輝くんは鬼道くん、恭司くんが不動くんについてて、たぶんそろそろ終わるんじゃないかな?」
『そーか』
バッと開いた扉にゆきやが頬を緩ませる。
「タイミングばっちりだね」
開いた扉には抵抗されたのかいい仕事した!と汗を拭うだいきときょうじ、それからさっきまでとは違う服を着た鬼道と不動がいて、目が合うなり固まるから思わず笑った。
『お前らなに固まってんだよ』
「い、いや、だって、出かけてる最中に一式着替えることなんてないから!!」
『普通に買い物するときは着替えるもんなんだろ?』
「………よっぽどの理由がなけりゃ丸々着替えねぇよ」
『そうなのか?』
「んー、俺はよく知らない」
「試着して気に入ったらそのまま買うことはあるんじゃね?」
『ゆあとあいなもよく着替えてんし、普通だろ』
「「絶対おかしい…」」
「まぁまぁ!鬼道も不動もいつもと違った感じだな!」
『ああ。初めて見るけど雰囲気にあってていいな』
「だな!」
「わぁ!鬼道さんと不動さんおしゃれです!」
「似合ってるな」
間を取り持った条助に賛同するように虎と豪炎寺も頷く。
やっぱり固まったままの二人に、黄色の裾が揺れて動き出したのがわかったから近寄ってきてた店員に用意してあったものを渡して、慣れたようにきょうじとあいなが一人ずつの背に回った。
「え、なななななんだ?!」
「なにして…」
「値札切っちゃうんですか?」
「まだ買ってないが…」
動揺する鬼道に、目を丸くした不動。それから虎と豪炎寺も驚いていて、相変わらず慣れないらしいみきとだいきがそわそわと俺を見つめる。
『忘れもんすんなよォ』
「ふふ。大丈夫よ。まとめて預かっておくわぁ」
『ん、ありがと。世話かけるな』
「あいなも楽しいから気にしないでちょうだい?」
最後にきょうじの服も値札を外して、あいなが鋏を返すから歩き出す。店を出て、追いかけるようにとてとてと走ってきたみきとだいきが一番に俺の服を掴んだ。
「あ、あの、…いつもありがとう」
「ありがと、諧音」
『んー、気にすんな。似合ってんだからそのまま一日着てろよォ』
「…うん」
「うん!」
戸惑い混じりながらも表情を緩めた二人によしよしと頭をなでて、みきにはゆあが、だいきにはゆきやが横に並んで顔を覗かせる。
「ありがと!かいとぉ!」
「ありがとう、かいちゃん」
『ん。ついでに髪とメイクも変えてくればァ?』
「あ!たしかに!」
「ふふ。楽しそうだねぇ」
『条助はどうする?』
「次どこ行くんだ?」
『ゲーセン』
「なら俺もあっち混ざる!」
『おー。楽しんでこい』
「おう!」
分かれ道で俺側に近寄るのはきょうじとだいきで、虎と豪炎寺はこっち!とゆあと条助に引っ張られて別れる。みきとゆきやもあちら側だから手を振って、状況の飲み込めてない鬼道と不動に息を吐いた。
『鬼道ォ、ゲーセン』
「!」
『不動もついてこい』
「、ぁ、」
「なぁなぁ!諧音!こっちのゲーセンにおいてあんの?!」
『日本とおんなじ』
「え、海外来た意味??」
「あはは。それなら午後は別エリア行ってみる?そうしたらその国のゲームあるんじゃない?」
「そっか!恭司くんいればどこでも安心して行くしかける!」
「俺は諧音と違って英語とフランス語しかできないから微妙かなぁ…?」
「じゃあアメリカエリア行く!」
楽しそうに会話を弾ませる二人が先を歩く。歩みの遅い後ろに足を止めて振り返った。
『鬼道ォ、不動ォ、おいてくぞー』
「あ、?!ちょっと待ってくれ!来栖!」
『はぁ?なに?』
「なにって、いや、この服!!」
『はぁ??服がなんだよ』
「なにって、だから!意味がわからない!!」
『???』
「………なんで俺達試着してたのかもわからねぇけど、そのまま着させられてんのかもわからねぇ」
『服屋に来たから服着て、それが似合ってたからそのままま着れるようにした』
「、」
「いや、だからその思考が謎なんだ!会計はどうした!!?」
『済んでるに決まってんだろ』
「そうじゃ!ない!!!」
『はぁ?じゃあなんだよ。つーか彼奴ら行っちまうんだけど。ゲームしてぇから行くぞ』
「あ!待て!!話は終わってないぞ!!」
『ゲームしてからにしろ』
とっくに二人がくぐって行ってしまった扉を抜ける。途端に聞こえた電子音に鬼道は一瞬固まって、不動は眉根を寄せたあとに息を吐く。
以前にもようたと一緒に来たことがあるから大体の場所は把握してて、音ゲーコーナーに向かえば視界の端に映った見覚えのある二人組がいたから近寄った。
いつもと同じように用意を済ませたらしいだいきがぱっと顔を上げて俺に近づき耳元に口を近づける。
「なにからやる?」
『任せる』
「なら鬼道くんもいるしこの間やったやつからにしよっか!」
『いーんじゃね』
今度は鬼道に話しかけに行くらしいから顔を上げて、きょうじが笑みを浮かべながら近づいて少し屈んだ。
「不動くんはやるの?」
『あー…、どーする、不動』
「…あ?なんか言ったか?」
距離と周りの音で聞こえなかったらしい不動が顔を上げて目を丸くする。仕方無しに近づいて口元を耳に寄せれば大きく肩が揺れた。
『お前もゲームするか?』
「っ、い、いい!やんねぇ!」
『ん、そうか。ならきょうじと待ってろ』
ばっと離れて耳を手で覆った不動は早口で返す。あまりに大きな動作にまばたきをしてからきょうじを見据えた。
『不動頼んだわ』
「うん。楽しんできてね」
『ああ』
きょうじに任せておけば危機感が薄くて危なっかしい不動が悪さに巻き込まれることもないだろう。
被っていた帽子を外してきょうじに被せる。目を丸くしたあとに口元を緩めたのを確認して、だいきと鬼道に近寄ればにっこりと笑っただいきに迎え入れられた。
×
「あ、あの、」
「うん?どうしたの?」
目尻を落として首をかすかに傾げた恭司さんはおだやかな表情で、周りの喧騒を気にも止めてない。
隣同士に座っているのもあってさっきよりも声が通りやすいのもあるのか、普段とさほど変わらない距離に息を吐いてから視線を落とした。
「恭司さんって、彼奴と仲いいじゃないですか」
「諧音のこと?んー、たぶん仲はいいほうかな…?」
「…?」
曖昧な回答に思わず目を丸くする。恭司さんのことだからそうだよとまっすぐ頷くとばかり思っていた。
濁した言葉の意味を考えるよりも早く、恭司さんは笑みを繕い直して俺を見据える。
「急にどうしたの?なにか聞きたいことがあった?」
「あ、えっと、はい」
「俺に答えられることかな?どうしたの?」
「……彼奴が、なんで服を買ったのかわからなくて」
「?」
「服なんてほいほい人に買い与えるようなものじゃないですし…前も飲み物奢られたりとか、…彼奴、金銭感覚も距離感もバグってるっつーか…」
「…あ、そういうことか。たしかにそう感じることもあるかもね」
あははと笑った恭司さんは一瞬辺りを見渡すと笑みを深めて、そっと口を開く。
「俺なんかよりも、よっぽど諧音は好きな人に尽くすのが好きなんだよね」
「え、」
「別に好きっていうのは恋人に限った話じゃないんだけど、家族、友人、誰に対しても相手を尊重するし、自分の持つものを分け与えるのも気にしない。哀奈はnoblesse obligeって言ってたけど、俺的には与えよ、受けるより幸いなりって感じ」
「のぶ…?」
「ふふ。諧音は自分の大切にしたいものに対して努力も労力も惜しまないってことだよ」
「大切…」
「そう深く考えないで。全体的に諧音の思考回路が海外寄りだからちょっと感覚がずれてるんだと思うよ」
「…そういえば彼奴、小せえ頃は海外住んでたって言ってた…」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
「、恭司さん、聞いてないんですか?」
「うん。諧音ってあまり自分の話しないからね。調べたら出てくるだろうけど…まぁ小さい頃のことまで調べたら流石に怒られそうだし、もう怒られたくないから自重してる」
にっこりと笑って締めた恭司さんに一体なんで怒られたのか気になりつつ、そうですかと会話を終わらせる。
恭司さんは気になるなぁと零しつつも被せられてる帽子の鍔を掴んで、息を吐き、気持ちを落ち着かせる。それからさっきよりも普段通りの笑顔で俺を見つめた。
「大丈夫だよ、不動くん」
「、なにが…」
「求めよ、さすれば与えられん」
「え、?」
聞き覚えのない言葉に目を瞬く。
恭司さんは立ち上がって歩き出すから目で追って、そうすればゲームを終わらせたところらしい三人が近寄ってきていて恭司さんはひとりひとりに声をかけながら飲み物を渡して会話をしてる。
来栖と大輝と自己紹介したその人と談笑している様子は慣れていて、鬼道が声をかけたあとに輪から離れ、俺の横に座った。
「不動はやってこなくていいのか?」
「いい。…つーか、お前ゲームやんだな」
「以前混ぜてもらってそのときにやり方を教えてもらってな。これが二回目だ」
「、前も彼奴とゲームしに行ったのか?」
「正確には源田と成神と遊んでいたらしい来栖と偶然会って、春奈が興味を示したから混ぜてもらったんだ」
「へー…」
たしかに寮を出てくるときに音無もいいのかと来栖が声をかけていたけど、前回も遊んでいたのならあれは自然な声掛けだったんだろう。
今更繋がった点と点に息を吐いて、そうすれば三人がこちらに寄ってきた。
「次はあのゲームするけど、不動くんと鬼道くんも一緒にやる?」
「…みてる」
「俺も一度休憩で」
「おっけー!じゃ、諧音行こ!」
『ん』
手を取られて駆け足で隣の機械に移る。さっきまでが壁面にあるパネルを腕を使ってリズムにあわせて叩くゲームだったのに、今度は床に広がったパネルを踏むタイプらしい。
大輝が来栖に笑いかけながら機械を操作していて、来栖も言葉を返しながら頷いたりしてる。
楽しそうな姿にいつの間にか恭司さんは俺の隣に腰掛けていて、選曲が完了したらしい二人はパネルの上に立った。
「……………」
曲が始まって、画面上にマークが流れる。赤と青色はそれぞれたぶん右足と左足で、それにあわせて踊ってる二人は若干腕の振り肩に違いはあるものの足を踏み込むタイミングは全く一緒で、白っぽいマークが出れば同時にジャンプして笑った。
『ずれてね?』
「スラッシュ久しぶりって言ったじゃん!」
『俺もだわ』
「とか言って今んとこ進捗100っしょ?!」
『とーぜん』
「さっきのグッドが!!腹立つ!!」
『ざまぁ』
笑いながら踊る二人の会話から察したものの、大輝がどこでミスをしたのかわからない。恭司さんは楽しそうに目を細めて眺めてて、鬼道がすごいなと零す。
軽い身のこなしできれいに踊る来栖と動作は大きめなもののキレのある動きをする大輝、それぞれのダンスを眺めていれば同時に二人が跳ねて、着地したところで画面が切り替わる。二回ほど繰り返したところでバッと大輝が顔を上げた。
「あー!もう!また負けた!!」
『もっかいやんかァ?』
「いや!あっちやる!どっちがいい?!」
『アラでもエボでも好きな方で』
「じゃあアラ!!!」
『へーへー』
引っ張られて少し離れた機械に移動したから恭司さんの誘導のもとついていく。先についてた二人はすでに選曲を終えていて、さっきよりも随分と足場が横に細長い。
『「せーの」』
同時に決定を選んだ二人に画面が暗くなる。
流れてきた曲に今度は腕まで同じように動かして、さっきよりも全身で判定が入るらしいそれにまた目を瞬く。
「ずいぶんと難しそうだ…」
「わかるわかる。踊り覚えるだけでも大変なのにタイミングまで合わせるとか無茶ぶりだよね」
「恭司さんはやらないんですか?」
「俺は見る専。ダンスのセンスないんだよね」
ははっと笑い声を転がす恭司さんに鬼道はそうなんですねと零す。
二人の会話を横に、さっきよりも歌詞がある音楽をぼーっと聞きながら踊りを眺めて、そうすればいきなりくるりと回って向きを変えた。そのうちの一人とばちりと目が合って固まってしまう。
おそらく振り付けなんだろう。画面に指示は出てるのに後ろ向きのまま音を取った後にまた前を向いて、数秒のはずなのにばくばくとうるさい心臓に手を握りしめて、深呼吸をして、息が整う頃には曲が終わってた。
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