ヒロアカ 第二部


「出留、おはよう」

聞こえた声に顔を上げて、手も上げる。

『おはよう、人使。今日の数学小テストだよね?』

「ああ。昨日送っておいた範囲だ。復習できたか?」

『ん、なんとか』

「最近テスト多いよな」

『実力確認のためだもん。今度あるのは現社のテストだよね?』

「ああ」

朝練のために大体同じタイミングで起きて顔を合わせる。ストレッチをしながら軽い会話をして、それから人使と二人で、もしくはその日に合わせてだけど出久と勝己も一緒に朝練をしたりして、朝練が終われば授業、放課後は訓練がメインだけど、勝手に抜け出して遊びにも行く。

「出留くん、どっちがいいですか?」

「なぁなぁ!出留!これ俺似合うと思うか!?」

『んー、ヒミコちゃんのやつは右の青色が可愛いかなぁ。トゥワイスのは……たぶんそれ着たら荼毘さんに燃やされんじゃない…?』

「え!?そうか!??」

向けられた画面に答えればトゥワイスがそんな?!と目を見開く。パーティー用のような派手な装飾付きの水着は、たぶん荼毘さんが見たら目障りと燃やすだろうし、弔とコンプレスは他人のふりをするだろう。

「やっぱ現物見ねぇとだな!」

「お買い物しにいきたいです…!」

「死柄木も最近全然連絡とれねーもんなぁ〜」

「マグ姉と圧紘くんもまだ安静ですし、向こうもバタバタしてるみたいですね…」

『俺も危ないから近寄らないほうがいいってスピナーに言われてるんだよなぁ』

「スピナーが?」
「井口くんが?」

『うん』

スピナーから連絡が来たのはだいぶ最初の頃だった。弔がここで提携を結ぶために同席した次の日の夜には、工場やトゥワイスの家には近寄らないようにと言付けられた。

どこに人の目があるかわからない上、巻き込まれたら危ないからと言われたそれに納得して、弔に会えず、更には大怪我中の兄さんや姉さんの見舞いに行けないのは不安だけど、その代わりにスピナーから定期報告とヒミコちゃんとトゥワイスと会うことでなんとか平穏を保つ。

台風はどれだけ勢いがあろうと目は安全地帯だ。

「弔くんはなにを考えてるんでしょうね?」

『んー、なんだろうね』

「俺達なぁんにも聞かされてねぇんだよなぁ」

『そっか…』

あの日から顔を合わせていない弔のことは心配で仕方ない。

ヒミコちゃんとトゥワイスにも連合のためになるとだけ言ってたようだけど、あれ以来二人も弔には会っていないそうで、連絡も途絶えてるらしい。

沈んでる二人の視線に手を叩いて顔を上げさせて、それから微笑んだ。

『弔は二人のことも、それからみんなのことも大好きだから悪いことにはならないよ。ほら、プールの話もっと詰めておこ?』

「そう、ですね…」

「ん、おう。そうだな」

無理やり笑みを繕った二人が手に携帯を持って、さっきまで見ていた水着のカタログを眺める。口元から力を抜いて、視線を落とした。

弔を筆頭に動いているとしたら、五体満足で活動できるのはスピナーと荼毘さんくらいだけど、二人とも俺に詳細を教えてくれるわけがないだろうし、そもそも俺が連合として動いてるはずのみんなの導線を確認するのは変な話だ。

「出留」

『ん?』

顔を上げれば隣に居る勝己の赤色の瞳が見据えてきていて、眉間にはしっかりと皺が寄ってる。手が止まっていたわけではないだろうけど上の空だったらしい。

勝己が手を伸ばして俺の持っていた皿を代わりに持つと棚にしまった。

「悩みごとか」

『………うーん。俺の悩みごとってわけじゃないんだけど…ちょっと気になることがあって…』

「学校か?」

『うんん』

「インターンか?」

『はずれ』

「ならお前の友達の話か」

『うん』

「………はあ」

相手を確認した勝己は短く息を吐くと俺の手を取った。

「出留」

『なぁに?』

「悪さすんならバレねぇようにやれよ」

『んん?俺は別にあっちでは悪さしないよ?』

「ならいい」

出留のことは捕まえたくねぇしと零した勝己に俺も捕まりたくはないなと苦笑いを返す。

『拘留されちゃったら出久とも勝己とも会えなくなっちゃうからね』

「それ以外にも問題あんだろうが」

伸ばされた手が俺の額を叩いていって、勝己はそのまま叩いたところを撫でると手を下ろす。

「ダチは大事にしろよ、出留」

『うん』

勝己は少し笑うとそれで?と首を傾げた。

「なにが気になんだ?」

『最近連絡取れなくて』

「彼奴ら忙しいんか?」

『どうなんだろ…?危ないから来るなって言われてる』

「あ?悪さの算段つけてる最中じゃねぇか」

『うーん。なんか向こうもいろいろトラブルがあって後処理に追われてるっぽい』

「へー」

俺の手を取って歩き出した勝己についていく。まっすぐと寮の外に出て、それから裏手の森の中に進み大きめの岩の上に並んで腰掛けた。

「出留はそれ手伝わねぇのか?」

『俺は友達の手伝いはするけど、敵の仕事はしないって知ってるから』

「分別がしっかりしててなによりだ」

『さすがにそのへんはね』

先生にも宣言したとおり、家族や大切な人を泣かせるようなことはしないようにしてるつもりだ。

この間の弔に付き添って八斎会に交渉したのは事故みたいなものだし、誰の血も流れてないんだからノーカウントだろう。

勝己が両手を広げるように伸ばすから俺も同じように広げて、抱え込む。

見た目よりもずっと柔らかくてふわりとした金髪に鼻先を埋めて、目を瞑れば胸元で息が吐かれた。

「………し、」

『ん?』

「…、」

くぐもっていてなんて言ったのか聞き取れない。顔を離そうとすれば背中に回っていた腕に押さえられて、聞き間違いかもしれないと動くのを諦めた。

とりあえずもう一度連絡を入れて、もしダメそうなら別の方法を考えるしかない。

「お兄ちゃん!」

ぱっと上がった顔に輝いた赤色の瞳。きらきらとした目と同じくらい赤みを帯びた頬に口元を緩めた。

『こんにちは、えりちゃん』

「うん!」

待ってくれていたのだろう椅子から降りると駆けるように近づいてきて、俺の一歩前で立ち止まるとそわそわと視線を動かすから俺も屈んで顔を覗いた。

『どうしたの?』

「あ、あのね、えっと、」

『うん』

「…わ、わたし、お兄ちゃんとまた、会えるの、楽しみで」

『ほんと?兄ちゃんもえりちゃんと会えるの楽しみだったんだ』

「!」

ぱっとこちらを見た赤色に微笑む。

「お兄ちゃんも、一緒?」

『うん。一緒だね、えりちゃん』

「…!!」

嬉しそうなえりちゃんは恐る恐る手を伸ばして俺の服を握る。

「あのね、私、お兄ちゃんに会えたら、ありがとうってしたくて、」

『ん?』

「えっと、こっち」

連れられるように小さく引かれた服に立ち上がって歩き出す。えりちゃんはベッドに向かうと一度俺の服を離して、それから下に潜り込むと出てきた。

「お兄ちゃん、あげる…!」

『紙…?』

A4を4つ折りにしてあるらしい。誤って切ってしまったりしないように丁寧に開く。白色の髪に黒色の線で引かれたそれに目を瞬いた。

『これ…』

「お、お兄ちゃん…」

子供らしい筆使いで描かれた絵は可愛らしい。そわそわしてるえりちゃんは不安そうで、立ったままだったのを思い出してすぐに屈んだ。

『えりちゃん、ありがとう』

「うんん、私がお兄ちゃんにありがとうしたかったの!でも、その、はじめてだから、じょうずにできなくて」

『そんなことないよ。すごく丁寧に描いてくれたのがよく伝わる。素敵なお礼だ。初めて貰ったよ』

「、お兄ちゃん、初めて…?」

『うん。初めて。だからすっごく嬉しい。…ありがとう、えりちゃん。宝物にするね』

「っ〜!うん!」

嬉しそうなえりちゃんは、出久だったら跳ねて回ってるだろうなってくらいで、笑いながらえりちゃんの手を取る。

『お礼に俺もお絵描きしたいな。一緒にお絵描きしてくれる?』

「お兄ちゃんもおえかきするの?一緒にしたい!」

『ほんと?嬉しいなぁ』

ふわふわとしてる足取りのえりちゃんとテーブルに近づいて、並べられたペンと紙の前に座る。横に座ったえりちゃんがはいっとクレヨンを貸してくれて、久々に触るしっかりとした太めの重さに丁寧に受け取る。

「お兄ちゃん、なにかくの?」

『うーん、せっかくだから俺もえりちゃんをまずかこうかなぁ』

「私?」

『うん』

あんまりじょうずにかけないかもと零しつつ人の形を作っていって、特徴を捉えながら描き終えれば隣のえりちゃんはきらきらと目を輝かせてた。

「お兄ちゃん、わたし?」

『うん。本物のえりちゃんはもっとふわふわで可愛いんだけど、俺の画力じゃこれが限界』

「私、かわいい…?」

不思議そうなえりちゃんに思わず笑みをこぼしながら、せっかくだしとペンを持ち直す。

『周りにえりちゃんの好きなものをかこうかな』

「私の?」

きょとんとして大きな瞳を隠すようにぱちぱちと瞬きをして、首を傾げた。

『えりちゃん、何が好き?』

「ええと…チョコレート!」

『ふふ。気に入ったんだね。他には?』

「うんんと…すきなもの…」

さっきまでの明るい表情はどこへやら。困ったように沈んだ視線に質問を間違えたかなと黒色のクレヨンから隣にあった黄色を取った。

一筆書きをするように、五つほど角を作るようにチョコレートの横に散りばめて中を塗る。

『俺はね、星が好き』

「ほし?」

『うん。夜にはね、空にお星さまが浮かぶんだよ』

「お星さま…?」

『深い青色のお空は暗いんだけど、お星さまがあると白く光ったり、黄色かったり、とても明るい星は赤色に見えたりするんだ』

「あお、しろ、きいろ、あか…」

『そう。赤色はこの間のチョコレートの包の色もだけど、えりちゃんの目の色もおんなじだね。すごく澄んでてきれい』

「あかが、きれい…?」

目を瞬くえりちゃんに先程描き終えてた目に赤色をはめて、さてと視線を合わせた。

『せっかくだから今日はたくさんお絵描きしながら色の話でもしようか』

「おえかきといろ?」

『うん。こうやって色を入れるだけでとっても楽しいんだよ』

追加で波のようなマークを書いて青色を、木を描いて緑を塗って、そうすればぱっとえりちゃんが顔を上げた。

「お兄ちゃんのおめめ!」

『うん。緑色だね』

「きれい!私、みどりすき!」

『俺も緑色好きだよ』

「、えっと、お兄ちゃん!あのね、さっきのプレゼント、かしてほしいの」

そわそわとするえりちゃんに今度は俺が首を傾げながらもらったプレゼントを返す。

広げた紙に緑色のクレヨンを置いて、丁寧に目の丸の中を塗るえりちゃんに可愛らしいなぁと行動を見守って、よしっと頷いたえりちゃんは改めて俺に差し出した。

「みどりいろにしました!」

『ははっ、もっと素敵になったね。嬉しいよ』

輝いてる瞳と笑顔。どこまでも純粋で真っ直ぐな空気にそぐわない大量の包帯。

突き刺さっていた視線は逸れないし、最近音信不通な弔も不安で、えりちゃんの頭を撫でた。

「お兄ちゃん?」

『__、次は何描こうか?』

出かけた言葉は飲み込んで笑みを向ける。えりちゃんが目を輝かせてクレヨンを持つから俺も倣って、一緒に紙に線を引いて、色を付けていく。

白色の紙に一生懸命に色を乗せるえりちゃんに、近頃の俺は安定してないなと目を細めた。




「緑谷」

『はい』

授業が終われば大抵は人使との訓練かインターンで、今日はインターンだった。前回と同じく普段と少し違う見慣れない洋服をまとって髪をまとめてる先生に、俺も似たような格好で前回とは違い髪色だけは落ち着かせてある。

「前回がうまく行き過ぎたんだ。任務は日数をかけることが前提でいい。無茶はするなよ」

『大丈夫ですよ』

今日から始まるのは新興宗教の潜入捜査で、先生とは、また別行動と決まってる。そもそもこの団体はまだ様子見の段階だ。

『それでは、ご武運を』

「ああ」

挨拶を交わして歩き出す。先生はどこに行くのか知らないけど、俺は場所を決めてある。

新興宗教もマルチ商法の勧誘も、大抵こういうのは人の多い場所に向かうのが正しい。

ざっくりと櫛で溶かして下ろしただけの前髪と、どこにでも売っているようなシンプルで動きやすいパーカーにパンツ。スニーカーだけ自前なのは使用感を出すためで、鞄は気持ち大きめの物をかける。マスクに顔の見えにくそうな野暮ったい眼鏡をかければ準備は万端だ。

俺も勝己も弔も収集したいほど好きなものがないからあまり足を運んだことはないけど、以前に出久がオールマイトグッズの検索をしているときに調べていた店の何個かに目をつけて足を運ぶ。

世の中にはヒーローのグッズ以外にも、テレビでやっているアニメやドラマのグッズを取り扱い販売している専門店があるらしい。

物珍しい空気を出すようにたまにきょろきょろとしつつ歩いて回って、いろんなキャラクターや人が描かれたアクリルのプレートや中身の見えないように同じ梱包のなされてる大量のカードやバッジのような商品を冷やかして、その中にはひどく見覚えのある顔のグッズを見つけてしまって思わず吹き出しそうになって息を落ち着かせる。

出久と勝己も言っていたけれど、元気そうで何よりだ。

迷わずに同じ梱包のものを3つ手にとって、レジに向かう。

ずっと着いてきていたそれも俺と同じようにグッズを持って、とてつもなく並んでいるレジの列の最後尾にたどり着けば後ろに並ばれた。

気にせずに手に持ってるそれの外装を確認する。ノーマル9種類、プラスシークレット3種類の計12種類の商品は、すべてランダムで出てくるらしく出久がトレーディング商品はこれだから…!と騒いでたのはこれかと納得する。

普通に考えれば3/12だから4個に1個はでシークレットが出るけれど、あの売り場にあったのはそれを遥かに越した量の大量の商品だったし、被りが出ないとも限らない。

一つ1000円ほどのそれに被りなく全種類集められても1万円と考えるとそれ以上に必要になるだろう金銭に世の中は怖いなと目を細めた。

「進まないね」

『、え?』

聞こえた声は俺にかけられてる。だからわかりやすく驚いたように大げさに振り返れば後ろにいたその人は目を瞬いてごめんと謝った。

「急に声かけられて驚くよね」

『ぁ、いえ、大丈夫、です』

視線を彷徨わせて言葉を詰めて、言葉尻をすぼめる。それから妙な間をおいて口を開く。

『進み、ませんね』

「うん。すごく混んでるよね。レジもっと開けてくれればいいのに」

『ぁ、そうですね』

そわついていれば会話相手のその人は俺の手元を指す。

「それ買うの?」

『あ、はい』

「俺も」

『そうなんですか!』

「うん。いつも二個ずつ買っててそろそろシークレット欲しいんだよね」

『バラチャレしてるんですね!…シークレットの確率低いならもっと買っておけばよかった…』

「シークレット狙い?」

『はい!』

「やっぱそうだよね」

にこにこと笑うその人にレジが空いて呼ばれる。ぺこりと頭を下げてさっさと進んで、会計を済ませて出口に向かう。

すぐに端に寄って、三つ封を切り中身を確認する。それぞれ別の絵柄、ついでに見覚えのなかった柄なことに苦笑いを浮かべてしっかりとしまった。

「あ、いたいた!」

『、さっきの…』

「ねぇどうだった?!」

『ええと、普通のでした…しかも二つダブってて…』

「うわ、残念だね」

『俺、こういうの運無いんですよね…』

肩を落として見せれば、あーと気まずそうに言葉を零して、そうだと笑みを繕う。

「あっちにもグッズ取り扱いしてるとこあるし、シクレよく出るって聞くから行ってみたら!」

『そうなんですか?そんなところあるんですか??』

「あれ?もしかしたこの辺あまり来ない?」

『あ、はい。初めてで…』

「そうなの?じゃあ案内するよ」

『あ、え、』

「こっちこっち。早く行かないと混んでくるよ!」

『は、はい』

促されるままに歩き出す。こっちの店は在庫が多いけどその分混む、あっちの店は品揃えが悪い。そんなふうに案内されながら進んでいって時折店の中を冷やかして、適度に買い物をしたところでまだ時間あるならとカフェに入った。

ひと気が多いチェーン店で飲み物を頼んでそのまま席につく。向かい合ったその人とは道中と同じように会話を続けて、それとなく偽名と年齢、在学中の大学名、更には地方から出てきてることを情報として落として、ランダム商品の話やチケットの抽選の話になったら大抵被って外れてしまうことを零す。

『あんまりにもひどいので、一回お祓いに行ったほうがいいのかなって思ってて』

冗談らしく笑ってやれば向こうもへらりと笑う。

「運が悪いのも考えものだよねー」

『はい…』

肩を落として見せれば、あ、じゃああそこ行かない?とにっこりと笑った。

「神社!」

『え、神社、ですか??』

「そそ!こういうときこそ神頼みしないと!」

『か、神頼み…たしかに…?そのくらいしないともう出る気しませんもんね?』

「じゃあ行こー!」

席を立ったその人に俺も続く。道中は同じように会話をしつつ、案内されてたどり着いた場所に目を瞬いた。

『結構本格的な神社…。都会のど真ん中にこんなところあるんですね…?』

「そうそう。それだけ由緒正しきってやつなんじゃない??」

『神社の名前は…あ、鳥居ありますね。すごい年季入ってそう…!これは御利益ありそうですね!』

「でしょ!じゃあぱってお参りしてもっかいくじ引きに行こ!」

『はい!』

知識として知っているとおりに、賽銭とお辞儀、柏手。なんの神か知らないけど、ここがもし本当に御利益がある場所なのであれば、あの子が救われる未来が訪れるといいなと目を瞑って、ふわりとした浮遊感に目を開けばさっきとは違いきれいな室内に立っていた。

『え』

「すばらしい!」

『あ、え?』

見知らぬ場所、それから隣にはさっきまでの笑みを止めてうきうきとしてる男と、少し離れたところに立っていた影がゆらりと揺れた。

「素晴らしい慈愛の精神をお持ちですね」

『え、あの、え…?』

「ここに来れる人は本当に素直できれいな人だけなんだ!心の底から神を信じてる君は素晴らしいよ!」

『どういう…?』

演技抜きに動揺を覚える。テンションが高いのはここまで連れてきた男。その近くに立つそれは両手を見せるようにゆっくりと開いて笑った。

「清く真っ直ぐな魂を持つ貴方に神は救いの手を差し伸べました」

『か、かみ…?』

「新たなる同胞の誕生を、心より祝福します」

勝手に愉しそうにしてるそれに目を瞬いて言葉を失う。

同士認定されてしまったらしく隣にいた男が俺の手を取った。

「これからもよろしくね!」

『あ、あの、どういうことですか…?』

「神は君のことを歓迎してるってこと!」

会話を噛み合わせる気はないらしい。とはいえ熱に侵されたようにふわついてる男と気味が悪い笑みをうかべてるそれに意識はだいぶ落ち着いてきていて、首を傾げた。

『歓迎してくださるのはありがたい?んですけど…ここはどこなんですか…?』

「ここは神に選ばれた者のみが訪れることができる場所です」

「さぁさぁ!こっちこっち!みんなにあわせてあげる!」

『み、みんな…?』

手を引かれて歩き出す。気が急いているのか早足のそれに引っ張られつつ駆けるように進んでいって、ぱんっと扉を勢い良く開いたその人に景色が広がった。

「みんなー!新しい仲間だよー!」

「「え?ほんと?」」

「はやいね」

「大丈夫なのかよ」

「へいきへいき!なんたって神に選ばれてるんだから!」

向こう側にいたのは制服をまとった女の子ふたり組と、目を細めた茶髪のロン毛。それから苦言を呈す金髪短髪で、俺の手を引っ張ってた男が胸を張る。

「えー?なんか冴えなーい」

「陰キャってかんじ〜」

「こら!人を見た目で判断しない!」

「「だって〜!」」

「ひ弱そうなナリしてんな」

「それ言ったら俺もそうなんだけど??」

好き勝手に言われてるなぁと思いつつ何も言えませんと言うように口を閉ざして、じっと機会を待つ。

この場にいるのは六人だけだけど、誰がどんな個性を持っているのかわからないし、ここがどこで何があるかもはっきりしていない以上しっかりと見極めてからのほうがいいだろう。

「さぁ、皆さん。神が受け入れた同胞と契を交わしましょう」

寄ってきたそれが持ってるのは筆と紙。紙はすでに文字が記されていて、赤黒いそれはただの墨にしては嫌な色をしてる。

差し出された筆に冷や汗が流れた。

「貴方のお名前を」

『ま、待ってください、俺、なにがなんだか、!』

「ああ?お前も神に選ばれたんだろ?」

「神に選ばれたのに理解してないの?」

『そ、その、さっきから言ってる神ってなんなんですか…?!』

「えー、神は神じゃん?」

「そんな簡単なこと今更言われても〜?」

まともな返答がなくて全員殴ってしまおうかと眉間に皺を寄せそうになる。

「うんうん!いきなりじゃ驚くよね!」

『っ、あ、あの、説明してください!』

「もちろん!」

俺をここにつれてきた原因のそれは微笑むり

「神は人の慈愛の心にのみ答えるんだ。その神を俺達は崇めて祀ってる!」

『慈愛…祀る…?』

「神が認めた人間には神より幸運が授けられるんだよ!すごいだろう!」

『こ、幸運って…具体的にはどんな…?』

「どんなことでも!手近なところで話すのであればランダム商品で狙ったものが出るのはもちろんなこと、チケット抽選、ギャンブル、宝くじの当選。億万長者も夢じゃないよ!」

『えっと…』

ずいぶんと物欲に優しい神らしい。異様に運の話をしていたし、まぁそういうもんだよなぁと思いつつ、戸惑うように視線を泳がせた。

『教えてくださって、ありがとうございます…?でも、俺まだよくわからなくて、』

「不安なのも無理ないね。それじゃあ一回中を見せてあげるよ!神を崇める人たちがたくさんいるから話を聞くといい!」

来たときと同じように手が引かれて走り出す。長い廊下といくつのもの扉を抜けて、開かれたそこはどことなく校舎のようなつくりをしてる。

『ここは…?』

「入教者たちの住処、それからあっちがお祈りをする間だよ!」

たくさんの扉の前を抜けていく。顔のあたりの高さにある窓から少しだけ中の様子を見ることができて、十畳にも満たなそうなそこには布団とテーブルくらいしかあるように思えず、その中には人が立っていたり座っていたりと各々が虚ろな目で過ごしてる。

「ここがお祈りの間!」

ゆっくりと開かれた扉に一緒に足を進める。

体育館のような広さの平面の室内。中心に置かれた台座には不思議な方をした金の置物が鎮座していて、草の葉や紙などがあしらわれてた。

『真ん中にあるのは…?』

「神の依代!」

わかっていても戸惑う。置物は人型でも犬や猫のようなわかりやすい生き物の形をしているわけでもなくて、生命体をモチーフにしてないのかもしれない。

「神に直接お会い出来る人間は限られてるから、ああやって依代を通して人々はお祈りするんだよ!」

『お祈り…?』

「そろそろ時間だからよかったら見ていこうか」

にこにこと笑うその人に手を引かれる。壁に手を置いたその人に壁が切れるように開いて、隠し扉なのだろうそこに入る。広いそこにはモニターや椅子があって、そのうちの一つに座らせられた。

「毎日朝と晩、決まった時間にお祈りを捧げるんだ」

『ええと、お祈りってなにをするんです?』

「人によるけど、一生懸命願う人が多いかなぁ?」

扉から人が次々と入ってくる。三分もしないうちに室内は人でいっぱいになっていて、座ったり立ったりと好きなように陣取ってる。

ポーンっと不思議な音が響いた。

同時にチリっとした痛みが走って、頭の中が靄がかったように不鮮明になったからすぐに手を握って堪える。隣のそれも室内の人間も気づいていないのか何も言わず、室内の人々は何かをつぶやいたり両の手を組んだりと忙しそうにしてた。

一分ほどその光景を眺めて、くるりと振り返った男はにっこりと微笑む。

「誰も彼も神を心から信じて祈ってる!素晴らしいでしょ!」

『素晴らしいのかはわかりませんが…皆さん熱心に祈られてるなとは…』

「皆、それだけ救いを求めてるんだよ!この世の中じゃヒーローも敵もあてにならいからね!」

『、あてにならない…ですか?』

「うん!」

笑うその人は何を考えてるのか変わらない。それでも悪意はなさそうなその表情は違和感しかなくて、ただ純粋に神を信じてるだけに見えるから対処がしづらい。

「みんな、ヒーローも敵も信じない。信じてるのは神だけさ」

手を引かれて歩き出す。道を進んでいって、さっきまでいた場所に帰ってくればさぁと微笑まれた。

「君も神に選ばれた尊き慈愛の精神の持ち主。貴方も神に尽くしましょう」

『え、えっと…一旦検討?しちゃ…駄目ですか?』

「えー?神に選ばれてるのになにを迷うことがあるの??」

『その、神に選ばれたっていうのが、まだよくわからなくて…』

「これだから陰キャは」

「そんなもん直感で決めなよね!」

援護射撃してくる女子たちに、口を出さないもののじっとこちらの様子を見ている茶髪と金髪。

『か、神を疑ってるわけじゃないんです、でも、こういうの初めてで、どうしたらいいのか…』

「うーん。まぁたしかに!驚いちゃうよね!」

『…はい……』

「それならどれくらい時間欲しい?決まるのいつ??」

『あ、えっと、明日…とか?』

「んー、まぁ明日ならいいよ!そうしたら明日、またあのお店で会おう!」

『わ、わかりました?』

「楽しみにしてる!」

ぐっと手が握られて、その瞬間にジリっと肌に違和感が走る。眉を寄せる瞬間に足元がぐらついて、気づけば神社に立ってた。

『………ええ…?急すぎて……??』

いきなり解放されたことに戸惑いがない人間なんていないだろうし、入信について考える余裕があるわけがない。

『ええと…とりあえず帰る…?てか神様について調べたほうがいい…??』

全部口に出すように意識して、社に背を向ける。ふらふらと歩きだして階段を降りて、一度振り返る。

階段は消えもしないし、頂上にも誰もいない。

まるで狐にでも摘まれたような、そんな気分に夢だったのかもしれないと思ってから、手を見る。

小指をぐるりと一周するように輪になった見慣れない赤い痕が目に入る。

『え、ええ…?約束、みたいなこと…?』

個性の不正使用だけでしょっ引けるじゃんと眉根を寄せつつ、携帯で写真を撮る。ついでに神社の名前が入ったそれも撮って、保管したところで歩き出した。

『んん、頭痛いしもう帰ろ…』

視線はない。でも、今の俺に施されたこれがなんのかはわからない。

素直にまっすぐ寮に帰るわけにもいかないし、拠点に帰るのもなんとなくまずい気がして、とりあえず電車に乗り込む。

さっさと文字を打って、送信。

まるで待っていたかのように返ってきた文字は住所の羅列で、息を吐いて乗換駅を考えながらもう一つの携帯に入った連絡を確認して息を吐いた。

『先生に明日の現社のテスト再試受けさせてもらえるようにお願いしておかないと』

一日でどこまで調べてもらえるかはわからかいけど、なにか成果があるといい。

揺れる電車に背中を壁に押し付けて、目を閉じた。

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