イナイレ
「来栖くん、どんなシュートが好きなの?」
『ん、その辺はお前らに合わせる。二人ともどんなのがいいんだァ?』
「僕は隙のないシュートかなぁ。豪炎寺くんは?」
「燃えるようなかっこいいやつだ」
『ふーん』
不動とボールを蹴ってるうちにやってきた二人も合わせて四人で練習して、午後からの練習が始まる前の小休憩中に首を傾げられた。
ざっくりとしたそれに頷けば豪炎寺が前のめりに俺に近づく。
「さっき二回目に打ち込んでいたシュート。来栖は回転かけるのも得意なら俺のファイアートルネードとかけ合わせたような上位互換のシュートもありじゃないか?」
『お前のシュート派手じゃねぇか』
「嫌なのか?」
『嫌じゃねぇけど派手なシュートはあんましたことねぇ』
「「アルディートステラがあるのに??」」
『あれはようたとの技だからノーカン』
「なら俺とのシュートもノーカンだな」
『それもそうか』
「ふふ。じゃあ僕とのシュートも派手にしちゃおうかなぁ」
「どっちが派手か勝負だな!」
「うん!」
「どこで競ってんだよ」
意気投合してる二人に聞いてた不動が息を吐く。同感すぎて手元のボトルから水分をとろうとして空なのに気づいて下ろす。近づいてきた喧騒と人影に三人が顔を上げた。
「あ!豪炎寺〜!吹雪〜!不動〜!来栖〜!」
「円堂」
「円堂くん」
駆け寄ってきた円堂と一緒に居たらしく隣に並んだ風丸、基山。大抵こいつら一緒にいるよなと思ったところで揺れた青色が持ってた物を差し出した。
「来栖、ほら」
『おー、ありがとォ』
「水分はしっかりと摂れ。後で木野が新しいのくれるからもらうんだぞ」
『んー』
風丸のボトルを受け取って蓋を開けて少し飲み込む。潤った喉に口を離して蓋を締めれば空のボトルと一緒に受け取られて隣に立った。
「それで?シュートの話は進んでるのか?」
『全然。二人とも派手さで競うって盛り上がってんとこ』
「へー、派手なシュート…。それなら豪炎寺は炎系で吹雪は氷系になりそうだな」
『あー、それっぽいなァ』
「来栖が混ざるなら豪炎寺は回転メインで吹雪はスピードメインとかか?」
「「それいいな!」」
ぱっと話に混ざってきたのは円堂と豪炎寺で、一緒に話してただろう吹雪が深く頷く。
「いい感じ!風丸くん!もっと意見聞かせて!」
「え、なんで俺が…?」
「風丸なら来栖のことなんでもわかるじゃん!来栖シュート技作るの得意じゃないし、外からアドバイスもらったらいい感じのができそうだろ!」
『別に作るのが不得意なんて言ってねぇわ』
「でも来栖ってシュート決めるときよりもボールカットしたりしてるときのが楽しそうだろ?」
『…………』
こてんと首を傾げられて丸くなった目を向けられれば何も返せない。息を吐いて目を逸らして、豪炎寺と吹雪に捕まった風丸から離れるように不動に近寄れば肩を揺らされた。
「お前混ざってこなくていいのかよ」
『喧しすぎる。ここが一番落ち着く』
「…………、念願のお前とのシュート技の話してんだから仕方ねぇんじゃねぇの」
『それはそれだ』
不動は顔を逸らして息を吐く。呆れられても騒がしいのに違いはなくて、聞こえてくる喧騒と近づいてきた人影に自然とそちらを見た。
「はい、来栖くん」
『助かる。ありがとォ』
「ふふ」
渡されたボトルを受け取って、木野は俺と後ろで盛り上がってる数人を見比べると表情を緩めた。
「シュートの特訓、応援してるね」
『おー』
「あ、でも無理のし過ぎは禁止。風丸くんの注意はちゃんと聞くようにね?」
『はぁ?要らねぇけど?』
「駄目だよ。来栖くん絶対にサッカー始めたらご飯も睡眠もおろそかになっちゃうから、ちゃんと一日三食、8時間以上睡眠とるようにね!」
『だる…』
笑った木野が土方たちに呼ばれて、もう一度がんばってね!と言葉を残す。離れていく背中にもらった水分を摂って、隣を見た。
『んだよ』
「お前本当に世話焼かれすぎじゃねぇのか…?」
『木野と風丸のは教師からの指示とおせっかいだ』
「どんだけ日頃の行い悪いんだよ」
『それなりに』
濁して目をそらせばじとりと見据えられて、逃れるように歩き出す。荷物を置こうとベンチに向かえば不動もついてきて、ボトルをタオルのすぐ近くに置いたところで様子を窺うように視界の端にいるそれを見据えた。
『鬼道ォ』
「、なんだ」
『なんだじゃねぇ、用あんのお前の方だろ?なんだよ』
「…流石だな。よく見えてる」
『てめぇの赤マントが目立つだけだわ』
俺のことを調べたときに、俺の眼についても多少理解してるのかもしれない。驚き混じりに感心したような声が漏れたから目を細めて、そうすれば鬼道は視線を揺らしてから俺を見つめ直した。
「その、練習なんだが…」
『ああ。とりあえずようたに聞いたことまとめて伝えてぇんだけど、今日の夕食後暇か?』
「ああ、!時間を空けておく」
『じゃあそこで話して時間余ってたら動きの確認すんぞォ』
「ああ」
口元を緩めた鬼道に道也の集合という大きな声が聞こえたから足を動かして集団に近寄った。
×
夜には鬼道と練習していれば豪炎寺と吹雪が乱入してきて、朝練はまだなんとか不動と二人でできているけどこのまま行くと彼奴らも含めた練習に変わる可能性が高い。
人数が多ければその分連携や対戦形式の練習がしやすいけれど、固定の技を作るとなると効率は微妙で、今日はどうしたものかなと午後練のことを考えていれば影が近寄ってきた。
「来栖くん」
『あ?』
聞こえた声に顔を上げる。ふわりと笑うのは木野で、心なしか翳りのある表情に息を吐いた。
『なに?』
「練習前に申し訳ないんだけど、買い出しに付き合ってもらえないかな?」
『俺がァ?』
「だめ?」
『…誰か拾って来る』
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
『……………』
「ちょっとだけ寄り道と相談もしたいの」
『…わかった』
海外にもいただろう木野が、二人きりになる危険性を知らないわけがないだろうに否定するのならもう諦める。
万一に備えて携帯の機能だけは確認して寮を出た。
黙々と進む道のりに、日本エリアを離れて、星の散った旗が見えたところで息を吐く。
『昨日の試合か?』
「ふふ。さすが来栖くん。なんでもお見通しだね」
『キャプテンとマネージャーが訝しげな顔してりゃ気にもなんだろ』
「そうかな?」
表情を崩した木野にもう一度ため息をこぼす。
昨日の夜。行われた試合をテレビ越しに観戦してそれはもう日本代表たちは湧き上がっていた。
アメリカ代表として活躍しているキャプテンとその相棒のマークとディランはもちろん、シュートカットに余念の無いごぼう。それからフィールドに指示を飛ばして動かし、自らも動いて回ってボールを打ち込む一之瀬。
『んで?一之瀬のプレーでなにが気になんだァ?』
「うーん…。何がって言われると、明確にはできないの」
視線を落とした木野は胸元を抑える。しばらく歩いて進んで、見えてきた建物に木野は顔を上げて、よしと頷いた。
「来栖くんは?」
『そこの公園でジュース飲んでる』
「うん。わかった。終わったら迎えに行くね」
『おー』
寮の近くにある大きめの公園。見つけた自販機で飲み物を一つ買ってベンチに座る。
ジュースに口をつけて、ぼーっとしていればぽんっと音が聞こえて、硬いその音の後に転がってきたそれは俺のつま先に触れて止まったから目を開く。
「やぁ」
『…………』
「ちょっと、そんなに嫌そうな顔しないでよ?」
『いやそうじゃなくて嫌なんだっつーの』
目の前の爽やかな笑顔に顔を背けようとして、失敗する。一之瀬の横からひょこりと顔を出したのはどことなく見覚えのある二人組で、額を押さえた。
「あはは、そんな風に頭を抱えてどうしたの??」
『心当たりがねぇとは言わせねぇぞ』
「わざわざアメリカエリアに来てるんだから俺達に会いに来たんだろ?」
『用があんのは俺じゃねぇわ』
「え?」
『木野の付き添い』
「、秋の?」
『暇そうにしてたのが俺だけだから護身用に連れてきたんだろ。てめぇに会いに来たのにここに居るっつーことは入れ違いだな』
「あー…みたいだね」
頬を掻いてる一之瀬に両サイドはガールフレンドか?とにまにまと笑っていて、茶化された一之瀬はあっちに行っててと二人を追い払う。
「早く来いよー!カズヤ!」
「待ちきれないからな!」
「わかってるよ!!」
俺の足元に転がってたボールを拾った二人が駆け出して公園でボールを蹴りだす。軽い遊びらしいそれを始めた二人に一之瀬は迷わず近寄ると俺の隣に掛けた。
『勝手に座んな』
「積もる話に立ったままもなんじゃないか」
『積もらせんな。俺はお前と話すことは一つもねぇ』
「俺はあるから付き合ってね」
一之瀬はにっこりと笑うと足に肘をおいて、顔を覆った。
「秋に合わせる顔がない」
『あ?』
「今、俺は秋に会うわけに行かないんだ」
『痴情の縺れに人を巻き込むな』
「うんん、俺は来栖と違ってそんな色恋には積極的じゃないし、秋とも付き合ってないからな…?」
『あっそ。ならなおのこと付き合ってもいねぇ奴らが顔を合わせにくいとかどうでもいい』
「はぁ。辛辣すぎて涙が出そう。もう少し親身に話を聞いてくれない?」
『てめぇと俺は友達でも兄弟でもねぇ。無理』
「土門にはあんなに優しかったんだから、俺にも昔の好で話だけ聞いてよ」
『ちっ。……さっさと話せ』
笑った一之瀬に頬杖をつく。
顔を覆ったままの一之瀬はゆっくりと息を吐いた。
「…………俺、」
何か言おうとして、止まる。すぐに顔を上げた一之瀬は笑う。
「俺、アメリカのユースに選ばれたんだ」
『ふーん』
「それで、秋にアメリカに一緒に来てほしいって言ってて」
『へー』
「秋にはぽかんてされちゃったんだけど、試合に招待するって意味だよって伝えて、きっと秋はそれでアメリカエリアにわざわざ来てくれたんだと思うんだよね」
『あっそ』
「来栖、ちゃんと話聞いてる?」
『てめぇの話に合わせた返事はしてるだろ』
「もう。適当な返事しかしてないくせに」
『適当な話に適当な返事してなにが悪いんだァ?』
「、」
固まった一之瀬にペットボトルを取って口に持っていく。
『そんな話ならお前がそこまで深刻な面する理由にも覇気迫ったプレーをする理由にもならねーだろ』
ユースに選ばれた。アメリカに来てくれ。言われた側の木野が色恋には悩むようなタイプならまだしも、当人のあの表情といい、木野が仕事放棄してわざわざこんなとこまでくる理由にもならなそうなそれに息を吐く。
『俺はお前に興味がねぇし、わざわざ深く聞いてやったりしねぇからお前の話す内容を聞き返したりもしない。昔の好はそろそろ終わりでいいか』
「………ごめん。もう少しだけ付き合って」
『気が変わる前に話せ』
「…俺、次の試合が最後になるんだ」
『ふーん』
「ちょっと、ほんとにちゃんと聞いてる?」
『聞いてる』
「はぁ…じゃあ続けるけど…。俺、試合が終わったら手術するんだ」
『…足か?』
「うんん。心臓と肺」
『…………持病か?』
「後遺症かな。土門と秋から聞いたことはない?俺、…それこそ来栖たちとの試合の後くらいに、大きな事故に遭って。サッカーどころか日常生活もできなくて、それで二人には死んだことにしてて、それくらい再起不能って言われてたんだけどなんとかここまで回復させたんだ」
『…わりぃ』
「うんん。別に。俺も隠してないし、それに、この間までは俺ももう全部大丈夫だって思ってたんだ」
『………手術の成功率は?』
「一桁」
『……………』
「成功してもまたリハビリ。やっとここまでこれたのにね」
はぁっと大きく息を吐いた一之瀬は空を見上げて、手を伸ばす。
「神様って酷いよね。俺が何をしたっていうんだよ」
ぐっと顔に力を込めた一之瀬はそれ以上の言葉を零さない。俺も何も言えなくて、手元のボトルを握っていればすっと手をおろした。
「来栖、今の話を、秋には…うんん、イナズマジャパンには内緒にしていてほしい」
『俺が言うと思うか?』
「全然。というか、来栖って日本代表でうまくやってけてる?未だにみんな知らないでしょ?そもそも仲のいい人いるの?」
『なめんな。三人くらい喋れる奴いるわ』
「そっか。風丸と円堂以外にも仲のいい人ができたんだね」
『うっざ』
さっきまでの悲痛そうな空気をかき消すとくすくすと笑う。
「ふふ。あの来栖が一人でぽつんとしてるから本当に驚いたんだよ。秋も土門も近寄り難そうにしてたし、円堂と風丸くらいしか近寄らせなかったでしょ?」
『彼奴らも勝手に近寄ってただけで俺は許可してねぇ』
「はぁ。全く、またそんなこと言って。世界中のエンジェルファンが見たら泣くよ?」
『気持ち悪いこと言うな』
一之瀬はすっかりいつもどおりに笑ってる。むず痒いそれに目を逸らせばくすくすと肩を揺らして立ち上がった。
「来栖、時間は?」
『木野が来るまでここにいる』
「なら付き合ってよ」
『は、』
引っ張られた右手に釣られて立ち上がる。連れ込まれたフィールドに目を見開けば先にいた二人も顔を上げて目を丸くしてる。
「ディラン!ボール!」
「オーケーカズヤ!」
飛んできたボールに一之瀬は手を離して三歩先に駆けて受け取った。
「来栖!」
『ちっ』
蹴り飛ばされたそれに回転がかかってるのはわかってる。すぐさま地を蹴って走り出す。くるくるふわふわと踊るようなそれに惑わされずに落下地点にたどり着いてボールを蹴り返せば一之瀬は満足そうに笑った。
「さすがだね!」
『うるせぇ、勝手にパスしてくんな』
「せっかく君とサッカーできるんだ!この機会を逃さないではないよ!」
楽しそうな一之瀬がまたボールを蹴ってくるから仕方なく返す。三回も往復させればうずうずしていた眼鏡が走り出したのが見えたからボールを蹴るのに違う回転をかけて、飛び込んできた障害物を避けて一之瀬の元に落ちるように加減する。
「What?!」
「やるなぁ」
「のってきたね!来栖!」
『全然』
「よし!マーク!ディラン!俺達からボール取れるか勝負だよ!」
「もちろんさ!」
「ここで負けてはアメリカ代表の名が廃る」
笑う三人に息を吐いて、結局こうなるのかとボールを回していく。
一之瀬のプレースタイルは俺やようたに似てる。ボールテクニックが光る、周りをよく見たプレー。何を考えているのか手に取るようにわかるからどんどんボールを送っていって、見えた水色と深緑色に足元にあったボールを目の前の相手に渡した。
「あれ?どうしたんだ?」
『時間だ。帰る』
「えー!そんな!俺まだボール奪えてない!」
『知るか』
「ははっ。それじゃあ来栖、試合で!」
『俺が出ると思うなよ』
「え?出ないの?」
『監督次第だろ』
「来栖のやる気次第でしょ?」
笑う一之瀬にベンチに置いたままだったペットボトルを拾って歩き出す。
いつの間にか一人になってる木野は俺を見て笑った。
「楽しそうだったね、来栖くん」
『別に』
「ふふ。円堂くんたちが聞いたらヤキモチやいちゃいそう」
『気色わりいこと言うな』
「ふふ」
笑った木野は一瞬後ろ髪をひかれるように向こうを見ようとして、くるりと踵を返した。
「行こうか、来栖くん」
『話さなくていいのか』
「…うん。ちょっと、整理したくて」
『そうか』
用がないなら帰るだけだ。歩き出してアメリカエリアを進んで、まっすぐ寮には向かわずに店に入る。
ダイナーらしいそこに、レジに並んでドリンクとちょっとした甘いものを頼んで、トレーを受け取り席につく。
『なにしにきたんだ?』
「お茶かな。お腹空いてない?」
『普通』
「なら付き合ってくれたお礼!食べて食べて」
ふかふかのボリュームのあるドーナツは海外特有のもので、差し出されたそれに礼を零して口をつける。
日本を経つ前に食べたものとは食感もサイズも違うふわふわしたそれを食して、向かいの木野も一口かじって目尻を落とした。
「ん〜!おいしい!」
『親しんだ味か?』
「うん!変わってない!」
『そうか』
海外では有名なチェーン店だし、そんな気はしていたけど懐かしいなぁと笑ってる木野はぱくぱくとドーナツを食べ進める。
俺も少しずつ口にしていれば木野は口元を拭って、グラスのアイスカフェラテを吸うと一息つく。
「………来栖くん、一之瀬くんから聞いた?」
『勝手に話された』
「そっか…」
ストローをつまんでゆっくりと中身を混ぜるように動かし始める。からからと氷がガラスにぶつかる音が響いて、木野は視線を落とした。
「私も、土門くんに聞いたんだ」
『彼奴はなんて?』
「一之瀬くんがすごく難しい手術をしないといけないってざっくり教えてくれた」
『俺と同じだな』
「……………」
手が止まって、目を細めた木野は顔を覆う。
「どうして一之瀬くんばかり…」
『…………』
「せっかくまたサッカーできて、楽しそうなのに。なんで今なんだろう。世界一を目指す、よりによって、こんなタイミングで、どうして…」
水気のまじりはじめた声に視線を逸らす。こういうときに俺が言葉をかけたところでなんの意味もないから、向こう側を眺める。
ゆったりと流れる音楽。会話をしてる人の声。賑やかなそれに時間が過ぎるのを待って、不意に向かいが身じろいだから視線を戻す。
顔を上げた木野はハンカチで目元を押さえて息を吐いた。
「ごめんね、来栖くん」
『別に』
「ふふ。来栖くんって静かだよね」
『不必要に騒がねぇだけ』
「たしかに」
楽しそうに笑い始めた木野はまたグラスを取って、カフェラテを飲み込むと目を細めた。
「泣くと喉乾くよね」
『あー、そうだな』
「ふふ。本当に優しいなぁ」
『あ?』
「私も、困ったときには天使に祈ろうかなぁ」
『何言ってんだァ?』
「有名でしょ?」
笑う木野にため息をつきながら俺もグラスに口をつけて、少し液体を飲み込む。
木野は俺を見たままにっこりと笑ってる。
「私達からしたら勝利の女神よりも常勝の天使様のほうが身近だったから。一之瀬くんの無事のお祈りしたいなって」
『んなもんに祈るくらいならそのへんの神社に賽銭したほうがまだご利益あるだろ』
「またそんな捻くれたこと言って」
肩を揺らす木野に視線を逸らす。祈られたところで何一つも嬉しくないけど、木野の気分が少しでも晴れるのなら好きにさせてやってもいいだろう。
「最近の来栖くんはとっても楽しそうだよ」
『…………』
「学校で一人で居るよりよっぽど息ができてそう。土門くんもそう言ってた」
『…なんでゴボウが出てくんだよ』
「ん?だって土門くんが転校してきて一番最初に私に聞いてきたの、来栖くんのことだもん」
『はぁ?』
「本当にあの仏頂面が来栖かーって慌ててたし、誰とも一緒にいないからずっとそわそわしてたんだよ」
『もとから誰も置いてねぇわ』
「ふふ」
言葉を飲み込んで笑った木野は立ち上がる。いつの間にか空になってるトレーに俺も立ち上がって、使用済みのそれらをまとめて片して店を出た。
「土門くんが次の試合ではサッカーしようねだって」
『俺が出ると思うなよ』
「出ない気なの?」
『一之瀬にも言ったけど、メンバー選出は監督だろ』
「ならスタメン…うーん。後半から不動くんと投下かなぁ」
斜め上を見て零す木野の目元はまだ少し赤い。このまままっすぐ行くと日本エリアに入ってしまうけど、気にしてないのか歩くスピードは落ちなくて、離れない程度ついていく。
見慣れた道のりに、そうだと声をこぼした木野は建物を指す。
「買い出しも付き合ってもらえるかな?」
『元から荷物持ちの予定だったろ』
「ありがとう」
笑った木野と、いつかに来た覚えのあるスーパーに入る。
基本的に選手と登録されているサポーターはIDを提示すれば日用品や飲食品は経費で落ちる。
無駄なくしっかりと必要な食料と備品を選んだ木野に袋を受け取って店を出た。
「来栖くんは誰にも言わないの?」
『大したことでもねぇし、自分から言い触らすようなもんじゃないだろ』
「そういうものかな…?みんな結構興味津々だけどね?」
『気になる奴は調べればいい。隠してるわけでもねぇ』
「たしかに。知ってる人は知ってるもんね」
雑談しながら道を進んで、見えてきた寮とグラウンド。俺達に気づいて顔を上げた面々が目を丸くした。
「木野と来栖??」
「買い出しですか?!お手伝いしたのに!」
「ふふ、気持ちだけで十分だよ。ありがとう、春奈ちゃん」
「えれぇなぁ、来栖!手伝ってやってたのか!」
『暇だっただけ』
「あれ?先輩たちなんか甘い匂いするっす!」
『嗅覚犬並みかよ』
わらわらしてる面々に息を吐いて、荷物を置くために建物に入る。木野も同じようについてきてキッチンに荷物をおいたところで目を合わせた。
「ありがとう、来栖くん」
『んー』
「これから練習だよね?頑張ってね!」
『おー』
手を振って歩き出す。
グラウンドはさっきも見たけどほとんどの面子が揃っていて、あと数分で練習が始まる時間だ。
一之瀬のことも気になるけど、俺は俺でしっかりとやらないと、試合に出ることすらできない。
しっかりと靴を履き直して靴紐を結ぶ。
戸を開ければちょうど同じように出たばかりらしい立向居と目があって、ぱぁっと表情が明るくなった。
「諧音さん!今日も練習楽しみですね!」
『んなに楽しむことあったかァ…?』
「諧音さんがボール蹴ってるのを見てるだけで楽しいです!」
『あ、そォ…?』
相変わらず子犬がしっぽを振ってるような従順な姿に首を傾げて、キラキラとした目をしてるから息を吐いて歩き出す。
『練習遅れるぞ、立向居』
「あ!遅刻はよくないですね!」
『そーだなァ。行くぞォ、立向居』
「はい!」
勢い良く返事をしてついてくる立向居はにこにこしてる。腕には俺と揃いの黄色が揺れているのが見えて、すでにグラウンドにいる虎は青色をつけてるはずで、自分の手首に触れて唇を結んで、開く。
『…立向居』
「なんですか?諧音さん」
『………その、』
「諧音さぁあああん!!」
グラウンドの端から端まで届くような大きな声に目線を上げる。ぶんぶんと手を振ってるのは音源の虎で、笑顔で口を開いた。
「諧音さん!立向居さん!こっちで一緒にアップしましょ!」
「あ!うん!」
『、おー』
断る理由もないからか立向居が迷わず頷いて、俺も首を縦に振る。
やったー!と跳ねて喜ぶ虎に近くにいた条助も跳ねて喜んでいて、あの二人はいつも楽しそうだ。
そっと伸びてきた手が服をつまむ。
『なんだァ?』
「あ、えっと…お話、途中でしたよね?」
『あー…』
名前を呼ばれたことで中断した言葉を思い出して頭を掻く。
少し迷ってからもう一回、口を開いた。
『……もし、今後…俺が試合に出れたとして、そんときに甘味ばっかり使ってたら、お前はどう思う…?』
「え?」
目を見開いて固まった立向居はすぐに眉尻を下げる。
「ええと…俺は諧音さんたちの技はどれもきれいでかっこいいと思ってるので、音も甘味も好きですし、諧音さんが甘味ばかり使ってたとしても残念とか嫌だとかは思いません」
『……………』
「けど、」
『…けど?』
「諧音さんは音の技のときのほうが楽しそうに見えるので、…その、せっかくなら!楽しそうなほうが俺もいいなって、思います…!」
『楽しそう…』
「あ、えっと、俺の個人的な意見なので!そう見える気がするってだけなので、もちろん甘味のときの諧音さんも!ぐぁって心臓が掴まれるような!勢いのあるシュートをしてくださるので全然!嫌とか!そんなんじゃないんです!!」
『、そう、か』
「俺は音と魅せてくださるときも!甘味で圧倒してくださるときも!どっちの技も好きです!!」
『、ありがとォ』
「はい!!!」
大きく頷いて微笑む立向居に目を合わせられなくて、前髪を押さえて息を吐く。
『…練習すんぞ、立向居』
「はい!虎丸と綱波さんも待ってますもんね!」
少し落ち着いた心拍にもう一度息を吐いてから手を離して顔を上げる。二歩先にいた立向居は俺を見てふわりと笑った。
「いきましょ!諧音さん!」
『…ん』
目を合わせて歩き出す。弾むように軽い足取りにつられて歩いて、たどり着いた先で飛び込んできたそれを支える。
「諧音さん!一緒に練習しましょ!」
『おー。よろしくなァ、虎、条助』
「おう!」
腕の中の虎、それからにぱっと笑う条助にも手を伸ばして頭をなでて目を合わせる。
『んで?練習ってなにすんのォ?』
「せっかくなので俺と諧音さんで連携して!」
「俺が止めようかなって!」
『ふーん。いいんじゃね。味方役は適当に入れ替えてやんから、そんときは間違えんなよ』
「「はーい!」」
元気な返事に虎を離して、今度は立向居を見据える。
『シュート打つから気合い入れて止めろよォ、立向居』
「はい!!」
しっかりとグローブをつけた立向居が大きく頷く。すっかりやる気らしい三人に口元を緩めてからボールを蹴りだした。