DC 原作沿い
『アイくん、アイくん。はい、あーん』
「あ」
差し出されたストローに口を付けながらそのままカップを受け取る。空になった右手がそっと腹を抑えるように置かれたのを確認して、目を細める。
ずっと啜った液体は冷たくて少し重たい。珍しく欲したフレッシュジュースは美味しい!と飲み込んでたけれど、三口ほど減らしたところで理由もなく俺に渡ったのならもう要らなくなったんだろう。
最近のパリジャンは、様子がおかしい。
一番小さなサイズにしていたから一気に吸い上げて中身を空にして、ゴミ箱に投げ込んでカップを捨てる。
「他に見てーもんか欲しいもんはねぇのか?」
『んー?特にないかなー』
久々に連れ出したけれど、移らない視線と動かない食指。腹を擦ってた右手を下ろすと思い出したかのようにぱっと笑う。
『ねえねぇアイくん!お家でゲームしよ!』
「あ?いーけど…」
『あとポップコーンつくって!!』
「おー。いいぞ」
『やったー!!』
嬉しそうに跳ねて飛びついてくるかは抱えて歩き出す。
今日は何味のポップコーンかなぁと弾む声をあやしつつ、ヘルメットを二つとって、一つかぶせる。
「走ってるときに寝んなよ」
『大丈夫!』
「返事だけはいいんだよなぁ」
『そんなことないよ!いつもいい子だもん!』
「へーへー。ほら、掴まれ」
『うん!』
跨ったバイクに同じように座ったパリジャンが背中にひっつく。
手首をひねり走り出したバイクに慣れたように後ろに座るパリジャンに、どうせ風音で聞こえないだろうからため息をついた。
パリジャンがNOCを処理した後。こうなるのは初めてじゃない。
自分に親しくしてくれた人間を消したときには多少なり心が痛むのか一人を自覚するのを普段以上に嫌がる。
眠る時間が長くなり、感情に蓋をするまで感情が乏しくなる。
けれど今回。あれだけ懐いていたスコッチを自らの手で処刑したことで感情を乱されているのに、眠らないのはいつもとどうにも違う。
たどりついた目的地に車庫に入って、パリジャンは跳ねるようにして降りるとヘルメットを外した。
『到着!運転ありがと、アイくん!』
「おー」
笑みも声色も変わらない。俺といるときに向けられる暖かみのある視線。
俺と同じように目をかけているベルモットと、それからあのジンはこの違和感に気づいているのだろうか。
『アイくん、アイくん。早く部屋行こー』
「急かすなってーの」
しっかりとバイクを立てて家の中に入る。
一緒に手を洗い、つまみを用意して、それからゲーム機をセットして酒を置く。
座ればいつものように膝の上に乗ってくるから抱えるようにコントローラーを持てば、胸に預けるように頭が凭れた。
始まったゲームをぼんやりと眺めているらしい。30分経っても眠らないパリジャンに、いよいよこれはと眉根を寄せて、時折煙草や酒を傾けていれば小さく音がこぼれた。
『……、アイくん』
「…なんだ」
『…………俺って…、…』
淀んだあとに唇が結ばれて言葉が飲み込まれる。
諦めたように目をつむったパリジャンが更に体の力を抜いて、俺に寄りかかった。
『おやすみなさい』
「…ああ、おやすみ」
代わりに吐き出された言葉。少し経てば本当に意識を落としたのか寝息を零し始めたから、大きく揺らさないように右腕で抱え込みながら左手だけ動かしてグラスを取り、中身を一気に呷った。
液体を飲み込めば喉がカッと熱くなる。せっかく高い度数のものを選んだのに酔える気もしなくて、仕方なく左腕も使って眠りこけてパリジャンを抱えあげる。
いつもどおりベッド転がって腕の中を見る。
すやすやと眠る表情は、出会った頃から変わらない。
すっかりと伸びた髪を撫でれば口元が緩んで、擦り寄る。
『……ーて、』
「、」
いつからか、俺が頭を撫でるたびに零されるその名前は生憎と聞き覚えがない。当人ですら溢してる自覚がないのに、酷く柔らかな声といい、俺達の知らない名前といい。開きかけているらしい記憶に手を止めた。
拾われてきた当初、右と左はわかっても自分がどこの誰で何をしていたのかわからなかったパリジャンは、全身に負った火傷を含めた負傷を抱えながら文字通り死に物狂いでこの組織に居場所を作り上げた。
指南役を押し付けられた俺とベルモットはあの頃から哀れみの目を向けていたけれど、それが俺達が持つとは思ってもいなかった父性や母性に似た慈愛の感情が含まれるようになった。
今は、俺もベルモットも、こいつが誰であったとしても幸せになることを望んでる。
「……思い出すなら、さっさと思い出しちまえ」
どこまでも正確で無慈悲に、ただ処刑を繰り返す仕事人のパリジャンは組織になくてはならない存在だ。
「そんで、思い出したなら」
だからこそ上層部は重宝しているし、それからあのジンもこいつに固執してる。
もしパリジャンが自由を求めたのならば、こいつはどこにも行けないようにと足も腕も簡単にもがれてしまう。
その時、俺はどこまで障害になれるだろうか。
「じょうずに逃げんだぞ、パリジャン」
もう一度手を頭にのせて、髪を撫でる。深い眠りについているのか、もう言葉は零されなかった。
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