あんスタ



4


応援合戦を終えて、さて次はと種目の確認をしようとした瞬間に目の前に影がかかった。

「ほら!出場者は早くしゅーご!」

『え、?』

「さっさと歩き!」

いきなり押された背と引かれた手。楽しそうな黄蘗と木賊によって連行されたそこには出場者が集まっていて目を瞬く。

「これで全員だな。それではビブスを配るからペアで着てくれ」

バインダーと出場者の顔を見比べていた蓮巳さんが指示を出すのをぽかんとして見ていれば背が叩かれて、振り返ると鮮烈な赤色が揺れた。

「遅いヨ」

『さ、かさき?』

眉間に薄っすらと皺を寄せながら突き出された青色のビブス。受け取ってから相手の顔と見比べて首を傾げた。

『えっと、これはなんの競技?』

「…?」

ビブスを着て髪を払った逆先も首を傾げる。何を言ってるんだみたいな目に苦笑いを浮かべた。

『ごめん。黄蘗たちが僕をエントリーしたみたいで参加種目なの知らなかったんだ』

「ああ、だから事前打ち合わせ来なかったんだネ」

『そんなのあったの?』

「ウン。まぁ走者の順番の確認とかだからそんな重大なものじゃなかったけド。この競技はお題競争だヨ」

『……どういう競技?』

「とりあえずあそこまで走って、箱の中に入ってるお題をペアで達成してゴールするって競技。借り物競争の派生じゃないかナ」

『ペアで…逆先、よく参加したね?』

「僕が出席していない日に種目決めしたらしいヨ」

『ああ、なるほどね…?』

仲のいい木賊と柑子、それから明星くんといった見慣れた面々が隣にいない理由を察して苦笑いをこぼす。

受け取ったビブスをまとって、そうすればもう人数が揃っているからかアナウンスが流れて先頭から次々と人がグラウンドへ向かっていく。

特徴的な発砲音を響かせて走り出す二人一組のそれを見つめて流れを確認する。借り物競争の応用らしく箱からお題を引いて、それからそれを達成しながら走る。

手を繋ぐやおんぶに始まり、横抱き、背中合わせ、足を結ぶ、片方が目隠しをして誘導する。いくつかパターンがあるらしいそれを眺めていればどんどん隣の逆先の顔が険しくなっていく。

「何だよ、あのお題…」

『逆先も知らなかったの?』

「お題に関しては当日まで極秘とか言ってて作った生徒会くらいしか知らないはずだヨ」

『そっか』

「僕を選出した奴、探し出して呪ってやりたい…」

零された声を最後に俺達の番が来てしまって足を進める。

見ていたのと同じだから走る準備をして、一緒に並んで立つ。

「やるからには負けは許さないからネ!!」

『うん。がんばるよ』

「まぁお題に関しても僕が引けばなんてことはないヨ」

『ああ、頼りにしてるね』

ぱんっと音が響いて走り出す。同時にお題箱にたどり着いて、逆先が手を伸ばした。

「っ、引き直し、」

「できません」

自信満々に箱に手を入れて、引っ張りだした平凡な紙切れに書かれた言葉。

焦る逆先に笑顔で返した伏見はなかなかにいい根性をしているし、近くで同じようにお題を引いていた走者が頭を抱えるか絶叫しているから引き直したところでこれよりいいとは限らない。

逆先よりも俺のほうが身長もあるし、客観的に見てもこうするのがいいかなと屈んだ。

『逆先』

なんとか伏見からお題の入った箱を奪い取ろうとしてた逆先の、は?なんていう驚き混じりの声が聞こえた。

「な、なにやって」

『ん?お題やらないとゴールできないでしょう?』

「、本気?!」

『そういう競技だし、そういうお題だからね。はい』

「え、え、ま、まってよ」

慌ててる声に急かさず待っていれば、伏見の早くなさらないと最下位になってしまいますよの言葉に歯を軋ませる音が響いて、手が伸びてきた。

「お、落としたら許さないからな!」

『なら暴れないでしっかり捕まっててよね、逆先』

「っ、」

腰を上げた瞬間揺れたのか、しがみつくように首元に腕が回されて力がこもる。

『走るよ』

「う、うん」

ぐっと更に力が入ってしっかりとくっついたのを確認して走り出す。途中で2グループ抜いて、200mもないそれを走り抜けた。

先にいた水色に口を開く。

『一位おめでとうございます』

「きみたちもはやかったですね♪」

「ナイスファイトだったぞ!紅紫!」

『ありがとうございます』

流星隊のリーダーと競技に出ていたその人は目が合えば嬉しそうに笑う。

「ふふ。なっちゃん、だいじょうぶですか?」

「に、にいさ、っ〜!もうおろして!」

『わかったから暴れないでよね』

気持ち膝を折って腕の力を抜けば身軽に足を地につけた逆先は少し頬が赤い。

『お疲れ様』

「…おつかれ」

ふいっと視線どころか顔まで逸らされてしまい苦笑いを浮かべれば背中に重みがかかった。

「はーちゃん!僕もおんぶ!」

『はいはい』

振り返らずとも降ってきた声とさっぱりとした柑橘系の香水に手を後ろに回して立ち上がる。ぐいぐいとおしつけるようにくっついてる黄蘗の顔が首元にあるようで息が掛かると擽ったかった。

「ふふ、なかよしですね〜」

『それなりには』

「はーちゃん大好き〜!」

きゃーなんて悲鳴を上げて腕に力を込めるから首が絞まりそうだ。

『黄蘗、苦しいよ』

「わ!はーちゃんごめんねぇ」

許して許してと首元に顔を押し付けて更に力を込めるから一瞬わざとなのかとも思うけど黄蘗のことだから気づいてないだけだ。

「きぃ、また首締めとる」

「うええ、難しいよもぉ!」

木賊が力抜けやと笑っていて、俺の背中とその横で賑やかな二人に逆先が息を吐いた。

「競技も終わったことだし、僕はもう行くヨ」

『うん。お疲れ様』

「おつかれさまー!」

「おつかれさん」

手を振るために片手を離した黄蘗を支えなおす。木賊も手を振って、逆先が少し笑ってから離れていくのを見送った。




自分の出番を終わらせて、競技の終了を見届けずにこちらに走ってくる。輝いてる瞳に思わず口元を緩めてに左手を上げた。

「にいさんっ!」

「頑張っておったのぉ」

「うん!ちゃんと一番だヨ!」

「くくっ。…ああ、とても嬉しそうじゃったな?」

「っ?!嬉しくなんかないよ!もう!からかわないでよにいさん!」

頬を真っ赤にして首を横に振る。尖らせた唇と寄せられた眉根。図星をつかれて恥ずかしがっているのは見て取れた。

「あんな公衆の面前で恥ずかしいし!何考えてんのアイツって感じだし!」

「そうかそうか」

「〜っ、にいさん〜!」

地団駄を踏むあまりにも可愛らしいその姿に届いていた写真を転送して、そうすれば向かいの夏目は肩をゆらし、携帯を取り出して目を丸くした。

「にいさんっ!!!」

「ははは!!」

「ん〜っ!なんで撮ってるのさ!!」

送ったのは先程の競技の一場面を切り取ったもので目の前の赤色が背負われている写真だった。

「正確には日々樹くんが撮ってくれたものなんじゃけど…くくっ、よく撮れておるなぁ。さすが渉じゃ」

「師匠〜っ!」

髪と同じくらい真っ赤な目元と耳に堪えきれずに腹を抱えて笑う。

「そんなに照れんでも良いじゃろう」

滲んだ涙を拭って息を吐いた。

「お主があやつと手を取り合い一位で完走したその姿…我輩は感動したぞ?」

「は、…………べ、別に…彼奴と手なんか取り合ってないし…」

「そうかそうか」

手を伸ばして少し跳ねてる髪を撫でる。一度目を瞑ってから俺を見上げた瞳に、目尻を下げた。

写真と一緒に添えられていた文章。“こんな未来があるなんて、あの頃は思ってもいなかった。私達がここまで紡いできたものは間違ってなかったんですね” と続いてた言葉に、思わず目の奥が熱くなったのは夏目にも秘密だ。

夏目も昨年まではなかったこんなのどかな空気と、俺の言葉の意味を理解してかまだ若干頬は赤いものの言葉を荒げたりはしてない。

夏目がずっと尖らせてた唇を落ち着かせて、それからゆっくりと、口元を緩ませた。

「もう、誰かに頼ってもいい。一緒に優勝が出来るんだね」

「、」

零れた言葉に思わず手を止める。夏目は気にしていないのか穏やかな表情を浮かべていて、手を下ろした。

「…ああ、そうだな。人に背を預け、一緒に生きていける。そんな時代になった」

「…うん」

頷いた夏目は透き通った目をしてる。あの日処刑だから遠ざけられて泣いていた赤色の目はもうどこにもなくて、ゆっくりと息を吐く。

「本当に、良い時代になった」

「……それもこれも、兄さんたちのおかげだよ」

「俺達はなんにもしてねぇよ」

もう一度手を上げて、跳ねてしまってる毛先をつまんで流す。整えてやってから目を合わせた。

「ほれ、いつまでもこんな場所にいても仕方なかろう。まだまだ競技は残っておる」

「……そうだね。兄さんは後は何に出るの?」

「我輩はもう騎馬戦だけじゃよ」

「…え、あの…?」

「………む?あの?」

「ううん、なんでもない…」

目を丸くした夏目に思わず聞き返す。夏目は首を横に振って一歩離れた。

「応援してるよ、零兄さん!」

「老体にはちっとばかし厳しそうじゃが、がんばるぞい」

にっこりと笑えば夏目が頷く。

集合時間に遅れてしまっては元も子もないから、二人で賑やかなグラウンドの方向へと足を進めた。




事前に予定していた場所に向かえばその人はすっと顔を上げて俺を見るなり眉根を寄せた。

「遅いのだよ」

『時間通りですよ』

「よろしくなぁ」

『うん、こちらこそ』

迎え入れてくれた影片の頭を撫でて改めて向かいを見つめる。

さっきも少しだけ見たけれど体操服姿の斎宮さんは軽装すぎてなんだか新鮮だ。

息を深く吐き出した斎宮さんは俺と影片を確認すると一つ頷いて、背を向けると歩き出した。

「行くぞ」

「ん!」

『はい』

先陣をきると言うけれど、斎宮さんは堂々と進んでいく。

体育祭の種目も残すところあと三つ。この騎馬戦は最終の二連続のリレーを除けば実質最後で、出番がほとんど終わった生徒たちは帰るか見ているかのどちらからしくひと目が集まってる。

「やぁ、斎宮くん」

「、天祥院…」

にこやかに笑いかけてくるのは天祥院さんで、斎宮さんはわかりやすく機嫌が悪くなる。向こうもわかっててやってるのか楽しみだねなんてさらりと伝えてきて、それから俺達を見ると驚いたように目を瞬いた。

「影片くんはわかっていたけど…まさか紅紫くんを巻き込むとはね」

「学年に制限はないのだから、使えるものを使うだけだろう」

「そうかい。これは更に楽しみだ。お互いに頑張ろうね」

「ふんっ。そんな顔をしていられるのも今のうちさ」

悪役らしい捨て台詞を吐いた斎宮さんに天祥院さんはやっぱり笑みを崩さない。最初と同じ笑顔で手を振り離れていって、影片と一緒に斎宮さんを見上げた。

「なにを見ているのかね。さっさと行くぞ」

「んぁぁ、置いてかんといて、お師さん〜」

騎馬戦のルールは最低二人、最高四人で騎馬を組み、規定の時間までに奪っていた鉢巻が多さを見る。

騎馬は崩れたらそこで失格。鉢巻を奪われたら終了。騎馬を保っていても一本以上誰かのはちまきを奪っておかないといけないらしい。

練習でも組んでみたけれど、影片には重心のかかる後ろも先導しなければならない前も荷が重いというから、俺が前で影片が後ろ、なおかつ、斎宮さんはなるべく俺の肩に手をおいて重みをかける方向で話をまとめた。

「んん…っ」

『大丈夫?』

「ま、まだ平気や…!」

「しゃんとしろ、影片。始まってもいないのだよ」

「が、がんばるでぇ…!!」

「ああ」

後ろから聞こえる声に不安が勝る。

騎馬戦は一回勝負で、一気に始まる。何度も騎馬を組まなくて済むのはありがたいけど、あまり体力がない俺と、そういう作りをしてない影片とじゃ最後まで騎馬を組んでられたら御の字のはずだ。

「狙うは天祥院の首だ」

『いつからここは合戦場になったんですかね…?』

「何を言ってるんだね。学園はいつだって戦場だろう」

『それはそうですけど…』

「とにかく君は、僕が天祥院に勝つところを一番近くで見届ける義務がある。しっかりと働くのだよ」

『ええ、引き受けたからには手は抜きませんよ』

しっかりと影片と繋いでる手に力を入れ直して、息を吐く。

向かいを見れば見慣れた白金が上に見えて、その土台は守沢さんと泉さんで、それから横には相反するように黒色のくせ毛が揺れていて下には蓮巳さんと青葉さんがいて俺達の方を見て目を瞬いてた。

『すごく嫌な予感がしてるんですけど』

「なにかね」

『…もしかして、瀬名さんと朔間さんにあなたと僕が出ること伝えてないですか?』

「敵に情報を漏らすわけがないだろう?」

『あー…そうですよね……』

愉しそうに笑う泉さんに、ギラギラとした目を向けてくる朔間さん。それに守沢さんと蓮巳さんが頷いて、息を吸った。

『影片』

「ん!」

『作戦はCで行くよ』

「おい、なんの…」

上からの抗議の言葉は響いた音によってかき消される。スタートの合図と同時に走り出したのが見えたから迷わずに俺達も走る。

「おい!どこに行く気だ!!!」

『このままだと挟み撃ちにされます!影片!』

「大丈夫や!見えとる!」

標的は俺達らしく向かってくる二つの騎馬に、他の騎馬の後ろや横を抜けていく。

『斎宮さん!きちんと鉢巻守ってくださいよ!』

「守るも何も天祥院から離れているんだが!?」

『きちんと対面の機会は設けますのでご安心ください!!』

天祥院さんとの相対は想定していたけれど、朔間さん率いる騎馬が居たのは予想外だった。

蓮巳さんも楽しそうに追いかけてくるからどちらかに気を取られたら負ける可能性が高い。

『影片、予定にない朔間さんたちの騎馬を壊すよ』

「ん!」

「零のかね?」

『ええ。壊すと言っても適当な敵をあてがっていくだけなのでご安心ください』

通る道を選別して走っていく。赤と白の騎馬が同数存在するグラウンド上は、うまくやれば抜けていく最中にあった騎馬たちが追いかけてくる朔間さんたちの相手をしてくれる。

天祥院さんに関しても会長ということもあってか血気盛んな人間に挑まれている様子で、朔間さんたちと十分な距離を置いたのを確認したところで口を開いた。

『影片、Bに変更!』

「ん!!」

元気な返事にまた動き出す。右へ左へと進んでいきながら伸ばされそうな手を避けて、斎宮さんは煩わしそうに相手の鉢巻を奪ったりしつつ俺の肩に置いてる手に力を込めた。

「残り一分だぞ」

『はい』

だいぶ生きてる騎馬は少なくなってる。見晴らしのいい視界、黒色が羽風さんと大神、乙狩のいる騎馬を追い回してるのを見つけて今のうちにと白金に近づいた。

「おや、お客様だね」

「お!斎宮!紅紫!影片!」

「やぁっとお出まし?」

「天祥院、貴様の首をもらうのだよ!」

「こわいなぁ。せっかくの行事なんだ、もっと肩の力を抜いて楽しくいこうじゃないか、斎宮くん。鉢巻をいただくよ」

ばちりと火花が散って、斎宮さんが手を伸ばす。攻防によって土台にかかる負荷は増す。結んでいる指先は結構前からびりびりとしていたけど、ほとんど感覚がなくて、踏み込まれるたびに体重が左右ばらばらにかかるから歯を食いしばって堪える。

「しろくんきつそうだねぇ」

『そ、いう泉さんも、顔険しいですよ…!』

「はぁ?当たり前でしょぉ?俺はこういう汗かくの嫌いなの!」

『そうですね…』

感覚の足りない指先に後ろを確認する余裕もないけれど、俺がこれだけ辛いのなら影片はもっと厳しいはずだ。

守沢さんは天祥院さんを応援するために上を見てるから、俺も同じように確認する。リーチの長さで有利な斎宮さんに対し、土台が安定していて危うげなく出方を見て対処してる天祥院さん。長引くほど俺達に不利なそれに息を詰めた。

『影片、大丈夫?』

「…んっ」

苦しそうな返事にもう一度、強く手を握り合って言葉を吐き出す。

『A』

「ん!」

一歩、急に足を引いて離れる。

「っ!?」

「危ない!」

「ちょ、」

「もらった!!」

手を伸ばしかけていた天祥院さんの体がぐらつく。驚きで目を瞬いて、咄嗟に守沢さんが前に出て、そうすれば泉さんねいきなりでついていけないから土台同士の距離が離れて不安定になって、その瞬間に斎宮さんの大きな声が響いた。

右の手に見えるひらひらとした赤色の鉢巻。輝かしい太陽を背にして笑う斎宮さんに天祥院さんは信じられなさそうに目を瞠っていて、伸びた影に叫んだ。

『F ! 』

「んあああ!!」

「うわ!」

「ちっ!」

空振った手とすぐ近くから聞こえた舌打ち。影片が避けなければ斎宮さんの白色は持って行かれていたはずで、すぐに体制を立て直す。

「れ、零?!」

「よぉ、宗。楽しそうじゃねぇか」

「楽しい楽しくないの問題ではないのだよ!僕は今あの憎き天祥院を下したところなのだからね!」

テンションの高い斎宮さんに同じく楽しそうな朔間さんはやっぱり鉢巻を狙ってる。

「んじゃあ俺は旧友の鉢巻もらって優勝するぜ」

「たとえ零にであっても僕に土をつけるのは許されないよ」

上で楽しそうに会話をしているけど疲れてる斎宮さんとまだまだ元気な朔間さんとじゃ勝敗はわかりきってる。

『影片、』

「あ、あかん…さっきの、で、も…」

『だよね…』

本来ならば撤退するところだけれど、後ろの影片も俺ももう走って撒けるだけの体力は残ってない。

繋いでる手が離れていないのが奇跡の状態で、向こうの騎馬である蓮巳さんと青葉さんは元気そうだから後は上の二人で戦ってもらうしかない。

残り時間のカウントを確認して、それから、見えた色と合った目に頷いた。

「寄越せ!」

「嫌なのだよ!」

二人は取っ組み合いをしていて気づいてない。

蓮巳さんが気づいて、あ、と声を出すけれど間に合わない。

伸びてきた手がそれぞれの白と赤を奪って、ぱんっと発砲音が響いた。

「「は?」」

「わりぃなぁ、いっちゃん」

「申し訳ありません、会長。いただきました」

しれっと笑った鬼龍さんと柑子の手にはそれぞれの色が握られてる。

上の二人はぽかんとしたと思うと周りの空気を見て、それからはぁ?!ともう一度叫んで、騎馬を崩す。

大量の赤と白の鉢巻を持ってる二人に斎宮さんと朔間さんが詰め寄った。

「りゅーくん!!」

「柑子てめぇ…!」

「背中ががら空きだったぜ」

「後ろからなんて卑怯なのだよ!!」

「真剣勝負に卑怯もへちまもねぇよ」

「ええ、真剣勝負ですから。この競技には年功序列もございません」

「っ〜!蓮巳くん!つむぎ!気づいてたなら言え!」

「す、すまない、間に合わなかった」

「気づきませんでした〜」

賑やかな向こう側に息を吐いて、ふらついた隣をすぐに支える。

『影片、お疲れ様』

「ぅん…」

顔色が悪い影片は両の腕は痺れてるのか少し痙攣しているし、膝も笑っていてふらついてる。

「影片、抱えるぞ」

「ありがとぉ…」

近づいて慣れたように抱えたシアンに影片は目を瞑って、木賊が手を伸ばすと乱れた髪をなでてあげる。

「よぉ頑張っとったなぁ。おつかれさん」

「ん…」

そのまま意識を飛ばしたのだろう。力の抜けた手足にシアンは俺を見据える。

「影片は救護室でいいか?」

『そうだね。佐賀美先生か椚先生に任せよう』

「わかった」

『木賊、ついていってあげて』

「ん、任しときぃ」

『よろしくね。あと、二人ともお疲れ様』

「おん!」

「ああ」

離れていった三人にさてと賑やかなそちらを見る。未だ柑子と鬼龍さんに絡んでいる斎宮さんと朔間さんに、蓮巳さんはなにかで呼ばれたのかそこにいなくて、青葉さんが一人であわあわとしてる。

止めるべきかと息を吐いたところで、どうしたどうした!と明るい声が響いた。

「喧嘩か?良くないぞ!」

「け、喧嘩はしておらんよ!」

「ちょっと、斎宮?アンタ俺達に勝っといてなに負けてんのぉ?」

「負けてないのだよ!!」

「ふふ。つむぎも災難だね」

「いいえ、そんなことはありませんよ!僕はとても楽しかったので朔間くんが誘ってくれてよかったです!」

「それはよかった。…それから、朔間さん、斎宮くん。早く鉢巻を渡してあげないと集計ができないよ。生徒会役員を困らせるのはやめてもらえるかな?」

口を止めて持っていた鉢巻を役員に渡した二人は息を吐く。話の流れが切れたことで怒りは収まったらしい。

斎宮さんが顔を上げて視線を動かすなり眉根を寄せて俺に近づいた。

「影片はどこなのだよ」

『体力の限界だったようなのでシアンが救護室に運んでます』

「そうか」

目を細めた斎宮さんは一度視線を落として、それからゆっくりと俺を見つめる。

「……ありがとう」

『はい、どういたしまして。影片が待っているので行ってあげてください』

「ああ」

微かに首を縦に振って、それから口元を緩めて足早に離れていく。

集計はいつの間にか中央の司会が行っていて、俺達のグループは三人中二人が離脱、騎手が居ないのならば俺が残っている必要もないだろう。

『泉さん、お疲れ様でした』

「はいはい、アンタもお疲れ様。しっかりと冷やすんだよぉ」

『はい』

俺の行動を唯一目で追ってた泉さんに挨拶を交わして歩き出す。グラウンドから出ればずっもうずうずとしていた水色が飛びついてきて咄嗟に足を引いて踏ん張って堪えた。

『なんなんですか…』

「ずるいです!」

『はい…?』

「なっちゃんもしゅうもれいも、ぼくはきみにおぶってもらったことがありません…!!」

『別に朔間さんのこともそんな頻繁におぶったりしてませんよ…?』

「ぼくのしりうるかぎり、さんかいちゅうにかいはおんぶでした」

『母数が少ないからそう見えるだけです。逆先もさっきが初めてです』

「むぅ」

『……今日はもう疲れてるのでやりませんからね』

「むぅ」

『頬を膨らませても駄目です』

息を吐いて膨らんでる頬をつついて空気を抜く。連動するように肩を落とす。

「ざんねんです。なかまはずれはさみしいです」

『今度機会があればにしてください』

「ならあした!」

『明日は振替休日ですよ』

「ん〜」

唸ってる深海さんに、さてと顔を上げればずっと待ってた二人がふわりと笑った。

「はーちゃん!お疲れ様!」

「お疲れ様でした、はくあくん」

『応援ありがとう、黄蘗。柑子もお疲れ様、おめでとう』

「僕いーっぱい応援したよ!聞こえた?!」

『うん。聞こえたよ。すごく元気出た』

「えへへ!」

褒めて褒めてと笑う黄蘗に手を上げて、思ったよりも震えてるそれにすぐに手が重ねられた。

「無理をされましたね?」

『あー…』

「みぃちゃんと二人でしゅーちゃん先輩持ち上げたんだし、しょうがないよね」

ふにふにとマッサージをするように、筋を確かめながら触れてくる柑子に深海さんが首を傾げる。

「はくあ、だいじょうぶですか?」

『ええ。すぐに治ります。ただ今日はおぶれませんよ』

「さすがにそこまでむりじいはしませんよ」

伸ばされた手が俺の頭の上に置かれた。

「いいこいいこ。とてもよくがんばりました。しゅうのおねがいをきいてくださってありがとうございます」

『……、貴方に感謝される理由はないんですけどね…』

「ふふ。しゅうがいっていました。はくあがおねがいをききいれてくれて、とてもうれしいって」

『斎宮さんが?』

「はい。しゅうのあれはいらいではなくおねがいだったんでしょう?」

『……………』

「たいかをもらわずにはたらいたきみは、どうしてしゅうのおねがいをきいてくれたのか、ぼくたちはそれがふしぎで、そしてどうじにうれしい」

深海さんはぽんぽんと頭の上に手を置くと下ろす。

「はくあ、きみがどうしてしゅうのおねがいをききいれたのか、よくかんがえてみて…もしわかったら、ぼくにもおしえてくださいね」

ふわふわと笑って、最後にもう一度おつかれさまでしたと挨拶をしてスキップでもするように軽やかに離れていく背中を見送る。

人混みに紛れてしまった水色が見えなくなっても何も言えなくて、そっと抱きついた黄蘗に視線を落とした。

『黄蘗…?』

「はーちゃん。しーちゃんとくーちゃんが待ってるから、そろそろ行こ?」

「コールドスプレーも用意してありますし、早急に冷やしたほうが良さそうですからね。行きましょう、はくあくん」

『……ああ、そうだね』

二人ともさっきまでの深海さんとのやりとりを見ていないわけがないのに、何故か触れてこない。

黄蘗がしっかりと右手を握ってくれるから三人で進む。誘導されるままに歩いていけば見慣れた青色と緑色が俺達を迎え入れてくれた。



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