DC 原作沿い
スコッチはNOC
見つけ次第処刑せよ
そんなメールが届いて、ぐらりと視界が歪む。膝が痛くて、どうやら俺は崩れ落ちたらしい。
ずきずきする膝と、ぐわんぐわんと揺れる脳みそ。滲んで不鮮明な視界。
なんだろう、なにかが変だ。
息を吐いて、腹を擦る。
『いか、ないと』
震える足を叱咤して、立ち上がり駆け出す。誰よりも早く、見つけて、処刑しないと。裏切り者の処分は俺の仕事だ。
携帯を取り出してGPSの情報を確認する。スコッチの発信は今の所、知り得る限りの誰とも近くなく、すぐにバイクのエンジンを入れて走り出す。この距離なら一時間も走ればつくだろう。
スコッチが裏切り者だった今、景色に合わせるように一緒に過ごした日々が流れていく。
仕事が早いと褒めてくれたのも、手料理を振る舞ってくれたのも、どれもこれも、全部取り入るための嘘だったんだろう。
『それは、哀しいなぁ』
熱くなってきた目頭に唇を噛んで堪え、前を見る。
一番にたどり着いて、俺がこの手で処分してあげよう。
『嘘つきみーつけた』
さっと銃を構えて、撃つ。スコッチが持っていた銃を落としてこちらを見たから唇を噛んで、それから笑った。
「、パリジャン、」
『俺ねー、かくれんぼの鬼って得意なんだぁ。百戦百勝。…どうしてか知ってる?』
警戒と動揺の色。上擦った声に開いた瞳孔。銃を構えながら一歩ずつ近づく。
『かくれんぼの参加者にはねぇ、全員にGPSがついてるんだよ』
「は、」
『驚いた?』
見開かれた目はなんでと言いたげで、でも答えてあげはしない。それよりも先に聞かないといけないことがたくさんある。
『これから聞く質問に拒否権黙秘権は存在しない。全部五秒以内に答えて。答えなければ一発ずつ撃ち込んでく。嘘も許さない』
「ま、」
『ひとつ。スコッチ、お前はNOCで間違いないか。1、2、』
「…、おれは、………」
『4、5。…時間切れ』
小さな音のあとに左の指先に赤が飛ぶ。叫ばないようにか唇を噛んで呻く。苦痛に歪む表情にぐっとお腹の奥が熱くなって、空いてる左手で擦る。
『ふたつ。他にNOCとして潜入している人物を知っているか。1、』
「っ、しらない!」
『ふーん』
もう一発、今度は右の手首を赤く染める。目を細めて、息を吐く。
『嘘つき』
「、なんで、」
『みっつ。NOCはバーボンかライか…ふーん。バーボンかぁ、そっかぁ』
答えを聞くまでもなく視線が揺れた。今度は撃たないであげればスコッチは睨むように俺を見てきて口を開く。
「俺は答えてない」
『見るだけでわかったから。…それにね、俺はもう、嘘つきの言葉は信じないよ』
「…………」
『よっつ。お前の名前と所属は? 1、2、』
大きく揺れた瞳。なにかに驚くような表情になったスコッチは眉尻を下げる。
『3、4、……なんでお前がそんな顔をするの』
思わずカウントを途中で止めてしまった。スコッチは痛みとは別に、なんでか泣きそうな顔をしていて、声が、震える。
「今、自分が辛そうな顔してるのわかってるか?」
『…辛くなんか、ない』
「無理をしないでくれ」
なんとなく腹が立ったから右の前腕を撃ち抜く。
スコッチがなんて言おうと、心を動かしちゃいけない。
『……どうせ、それも嘘なんでしょ』
「嘘なんか、」
『嘘つき!』
左のふくらはぎを撃つ。痛みにさすがにふらついて地面に膝をついたスコッチは冷や汗を垂らして、俺を見上げた。
『なんでそんな目ぇするんだよ!泣きたいのはこっちなのに!!』
「パリジャ、」
『俺に優しくしてくれたのも!ぜんぶ嘘だったんだろ!最低だ!』
「パリ、」
どんどん歪んでいく視界の中で撃つ。足、上腕。少しずつ四肢を奪っていけばスコッチは両膝をついて、それでも俺を見つめる。
『俺、俺は、スコッチのこと良い奴だって思ってたのに!』
「っ、ふー、」
『スコッチの声は優しくて落ち着いたのに!嘘だったんだろ!スコッチなんてきらいだ!!』
「…………」
『俺、俺は、』
歪む視界の中で、外さないようにしっかりと構えて、青白く光る顔に銃口を定める。
絡まったスコッチの視線は迷いがなくて、まっすぐに俺を見据え、青ざめてる唇がゆっくり動く。
「パリジャン、いつもNCOを処分するときに泣くのか?」
『っ、泣いてなんかないよ!』
「そうか」
なぜ、どうしてそんなに落ち着いてるのか。NCOとバレた人間は早々に自死するか殺されることを願うのに、どこまでも俺を心配してる目をして、安心させるように笑いかけくる。
『なんなんだよ!ほんと!!お前はっ!もう死んで、』
「質問は…もういいのか?」
『お前から聞きたいことなんか…!』
「俺の名前、まだ答えてないよ」
『、』
じっと、俺から逸らされない視線。まっすぐとした瞳が気持ち悪くて、安寧のためにも心を見出してくるこいつを今すぐ殺してしまいたいのに、なぜか唇が動く。
『お前の、なまえ、は…』
「…ヒロだよ」
『ひ、ろ』
かちり、小さな部品がはまるよな。そんな音がどこかで聞こえた。
「俺は、諸伏景光だ」
ひどく、懐かしい響き。甘く柔らかな声が頭の中に広がって、腹がずくりと重みを増し、頭が内側から圧迫されてるのか痛み始めて腹を押さえてた左手で頭を押さえる。
『ひろ、みつ。もろふし、ひろ』
「なぁ、どうして泣いてるんだ。良かったら教えてくれ、―――。」
ざらりと耳に流し込まれたみっつの音。その並びに吐き気が襲ってきて、頭が痛い。
『あああああ!!!!』
「はなっ、」
振り上げた銃を、叩き下ろす。がっと鈍い音がして、目の前の塊が崩れた。
『はっ、はぁっ、うぇ、』
倒れたそれは頭から赤色を流してる。こみあげて来る吐き気をすべて飲み込んで、震える手で携帯を取り出し、写真を撮り、送信する。
屈んで、首筋に触れ、息を吐く。
いつでも頼っていいって、言ったくせに。
『…嘘つき』
溢れた涙が頬を伝う。揺れた携帯の画面には返信が来ていて、ジンくんとライくんとバーボンからで、鼻をすすって電話をかけた。
「早かったな、パリジャン」
『おつかれさまー。嘘つきのスコッチはもういないよー!』
「そうか。処理はどうする」
『んー、結構撃って血まみれにしちゃったし、このままこのへん全部燃やしちゃおうかなって』
「きれいに片付けろ」
『はーい』
通話を終えれば、ずっと着信してる携帯が揺れてる。表示されてる名前を確認して目を細めた。嘘つきは、まだいる。
携帯の画面を変える。
位置情報はまだ遠いところにあってここにたどり着くには相当な時間がかかるだろう。
俺の仕事はまだ終わらない。
唇を結って、それから口角を上げた。床に転がるそれを眺めて口を開く。
『さようなら、スコッチ』
次は、どうか、俺に関係しないところで末永く幸せに生きてね
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